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12.ようこそ! ~Welcome!~

「だっはっは!そんなことがあったのか~!」


石畳の道路の両脇に、瓦葺きの木造建築が並ぶ独特の街並みに少女の快活な笑い声が響く。笑い声の主はポーラで、笑いの理由はセーラを助けてくれていた警察官を暴漢だと勘違いして突撃した私のドジに対してだった。


あの後、セーラは親切なおまわりさんになぜか強い怒り口調で呼びかけた私を大層不思議がり、私の「なんでもない」や「気のせい」という言い訳は全く通じなくなった。その結果、セーラだけならまだしも、後から合流してきたポーラやマリさんの前で本当のことを洗いざらい白状する羽目になったというわけである。


「まあ、ついこの間あんなことがあったばかりですからね、そう思うのも仕方がないとは思います。」


「そうだよ、ポーラ!それに七海は私を守ろうと思ってやってくれたんだからね、結果はドジでもその気持ちはとっても嬉しいよ。」


二人の援護射撃が身にしみる。いや私としてはこのまま笑い話にしてくれた方がありがたかったりもするけれど……。しかし、セーラに私の思いが伝わってくれたのだけは、おまわりさんには申し訳ないけれども今回の唯一のプラスだと言っていいかもしれない。


「まっ、それはそれとして着いたぞ。この店だ。」


そういってポーラが案内してくれたのは、入り口に暖簾のかかった建物だった。そう、私たち4人はせっかく一緒に上陸できるタイミングを得たので、みんなでご飯を食べに行くことにしたのだ。


席につきふと隣に目をやると、なんとお皿に乗った寿司が次々に流れてくる見慣れたベルトコンベアーが目に入った。


「あれ、このスタイルのレストラン、西の大国では結構よくあるって聞いてたけど、七海は知らなかったのか?」


驚きを隠せないといった表情で流れる寿司を見る私に対し、ポーラが意外そうに問いかけてくる。もちろん知らないわけはない。ただこの世界にも存在するということが驚きなのだ。しかし、そんなことを言っても誰も信じてくれるとは思えないので、私はできるだけ平静を装う。


「いっいや知らないわけないでしょ、懐かしいなぁ。」


「懐かしいってのも大げさだなぁ、まだル・メイズを出発してそんなに経ってないってのに。」


まぁいいや、とポーラはメニューを眺めて何を食べようかとあれこれ思案を始めた。そして流れる寿司に興味津々なのは何も私だけではなかった。


「すごいすごい、どんどん流れてくるよ、どれも美味しそうで迷っちゃうねっ!」


セーラがこんなもの初めて見るといった様子で瞳をキラキラと輝かせ、次々に流れる寿司を目で追っている。


「私もこういう店があるということは知っていましたが、実際に目にしてみるとなかなか面白いですね。」


そして普段は冷静沈着なマリさんまでもが、目の前のある種特別な光景に対し、感慨深そうに感想を述べた。


「まあまあ、眺めてるばっかりじゃなくてさ、そろそろ乾杯しようぜ」


私たちが流れる寿司を夢中で見つめている間に、テーブルにはみんなが注文していた飲み物が並んでいた。ポーラと私は、この航海ですっかり定番となったコーラのグラス、そしてマリさんはお茶、セーラはオレンジジュースをそれぞれ取る。


「それじゃあ、七海との出会いを祝って、乾杯!」


グラスの重なる音がして、みんながニコニコと私の方を見てくる。


「ようこそ、七海」


「よろしくな~七海」


「一緒にがんばろうね、七海っ!」


突然のことに私は頭の整理が追いつかず、「あっ、うん」としか返せない。


「あれっ、今日は七海の歓迎会ってことになってるんだけど、主役がなんだか固まっちゃってるぞ。」


「コーラル・マーメイド号の船員食堂は基本的に北の方の食事しか出ないから、七海にも喜んでもらえるように、西の料理のレストランを選んだんですが、あまりお気に召さなかったでしょうか……。」


マリさんが不安そうに私の顔を覗き込む。


「ううん、そうじゃなくって、いきなり飛び入りで乗り組むことになった私を、みんなこんなに歓迎してくれてるんだって思うと、嬉しくって、嬉しすぎちゃって……。」


確かに、この船に転生してきてから今まで、船内の食堂での食事はパンが基本で、ご飯を食べることはまったくなく、もう二度とご飯を口にすることは無いのかも知れないと悲しい気持ちになることもあった。確かに、みんな私に良くしてくれているとは言え、いきなり目の前に現れた謎の研修生に対し、本当は心を許してくれていないのかもしれないと考えることも無かったとは言えない。


そんな私の気持ちを見透かしていたかのように、和風(こちらの世界では西風?)のレストランで、私を歓迎する会を開いてくれたみんなの優しさに、私の涙腺は許容量を越え、今にも決壊しそうになっていた。


「みんな、ありがとう」


涙声で私は感謝の声を絞り出す。そんな私の姿を、みんなは暖かく見守ってくれた。


「ささっ、早く食べちまおうぜ」

しばらくして、ポーラ達はそう言うと思い思いに流れている皿を取り出した。私も遅れじとサーモンのようなネタの乗った握り寿司の皿を取った。久しぶりに食べるお米の味は、涙のせいかいつもより少ししょっぱい味がした。


「美味しかったね~」


店から出て、港の方へと続く石畳の道路を歩きながら、セーラが満足そうにそうつぶやいた。彼女はアボカドやカニカマを巻き込み、外側に白ゴマをまぶした巻き寿司をいたく気に入った様子だったが、私がそれはおそらく西側発祥のものではないことを彼女に伝えると、若干残念そうな表情を浮かべていた。


 そして翌朝、コーラル・マーメイド号はル・トゥーガ港での停泊を終え、次の寄港地へ向かい再び航海を再開した。「ボー」という長くて低い汽笛の音が3回連続で鳴ると、いよいよ船が動き出す。私は朝のルーチンワークと化した部屋のベッドメイキングをこなしながら、窓越しに遠ざかりつつある赤レンガと瓦屋根の街並みを眺めていた。次の港ではもうお目にかかれないであろう、私の故郷をちょっとだけ思い出させる景色に若干センチメンタルな気分になる。


「七海、もうベッドメイキング終わった?」


向かいの部屋で私と同じくベッドメイキングをしていたセーラが、私に問いかけてくる。通路の掃除をしていたマリさんとポーラも、作業が一段落したのか、ドアからこちらの方を見ていた。


「うん、今行く!」


次の街の景色がどんなものであるかはまだ分からないけれども、みんなといればきっと楽しいものになるに違いない。私はそんな予感がした。


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