表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/71

10.貴船は私を港内へ誘導することができるか? ~Can you lead me into port?~

「……七海を突き飛ばしたこと、謝ってください」


普段は絶対に聞かないような冷たい声で相手を追い詰め、ひらひらと華麗な手さばきでモップの柄を振り回し、不審者を撃退して私の敵を取ってくれる。私が昨日の一件で思い出すのは、突き飛ばされた恐怖よりもむしろセーラに隠された圧倒的な強さと私を守ってくれた頼もしさだった。


「昨日のセーラ、カッコよかったなぁ……」


私は人でごった返す船員食堂で、スクランブルエッグとトーストの朝食を取りながら、誰に聞かせるでもなくそうつぶやいた。


「七海にカッコいいって言われるのは嫌じゃないけど、昨日のことはもう忘れて!」


私の正面でトーストに手を伸ばしていたセーラが、慌てて私の独り言に返してくる。海軍一家で仕込まれた武術は、彼女の中に確かに根付いているとはいえ、彼女自身はあまりそれを良しとはしていないようだった。しかし、私は昨晩、彼女が自分のベッドの中で「大事な人を守れるなら、お父さんたちが教えてくれたことも悪くないのかも……」とこぼしていたのを聞き逃しはしていなかった。このまま彼女の心境が変化し、武術についてもっと肯定的になったらどうなるんだろう。このままやっぱり海軍に入ると言い出したら、それは寂しいからやっぱりセーラには今のままでいて欲しい。


船員用の食堂はいつにも増して混雑しており、配膳を待つ長い行列は、食堂の外の通路まで続いていた。私たちはポーラと一緒に早く朝食にありつくテクニックを駆使していたため、なんとか行列に巻き込まれずに済んだが、それでもギリギリようやく席を確保できたといった具合だった。


「今朝はいつもより格別に混んでるね、いつものこの時間は空いてるはずなのに、どうしてだろ。何かあるのかな。」


私は何の気無しに他の3人に問いかける。すると、マリさんもポーラも、そしてセーラでさえもポカンとした表情でこちらを見つめてきた。私はそんなにおかしなことを言ってしまったのだろうか。


「七海、今日は船が入港する日でしょっ」


ポカンとしたままのマリさんとポーラを差し置いて、セーラが私にこっそりと教えてくれた。なるほど、みんなのこの表情は研修生であるにも関わらず、船の最も大切なスケジュールである出入港予定をすっかり忘れていることに対する驚きらしい。


「ま、まあ、七海はこの船に駆け込み乗船されてますし、昨日も色々大変なことが起きてスケジュールを確認するどころじゃ無かったでしょうから……」


マリさんが私を優しくフォローする。その優しさが逆に私をいたたまれない気持ちにさせてくれた。


これは後でポーラから聞いた話だが、入港当日は船の運航部門もホテル部門も、入港準備や上陸するお客様の対応で朝から大忙しになるらしく、食堂は朝食を早めに取る人で早朝からごった返すとのことだった。当然、この船どころかこの世界ではじめての入港を迎える私は、そんな裏事情を知ることもなく、そして今まで船の運航スケジュールを聞きそびれていたことも仇となり、先程の発言へとつながってしまったというわけだ。


「本当ならもっと早く教えておくべきでしたね。ごめんなさい。」


マリさんが私にそう言って、運航スケジュール表と簡単な地図を渡してくれた。彼女の話によれば、このコーラル・マーメイド号は、私が転生した日に西の大国にあるル・メイズを出港し、オルチャという北の大陸にある港を目指して航海を続けている。船はその間にいくつかの港に寄港し、今日入港するのはル・トゥーガという街で、ここは出発地点であるル・メイズの属する西の大国とその隣国との国境に接した街であるとのことだった。


「でも、入港したところで上陸できるとは限らないですよね。特に私たちは下っ端ですし……」


私がマリさんに向かってそう問いかけると、彼女はニッコリと笑って答えた。


「確かに、船が入港している間も貨物の搭載や、乗船されるお客様の対応といったお仕事があるのは確かです。でも、お仕事の無いオフの時間なら、クルーももちろん上陸することはできますよ。」


そしてなんとも幸運なことに、ル・トゥーガ港に停泊している間、私たち4人がみんなオフになる時間が半日ほど存在することがわかった。船が入港している間は、お休みを取って上陸したいクルーも多いはずだが、どうやらポーラが裏で根回しをしてくれたようだった。


この世界にやってきて初めての上陸。船と海が好きな私だったが、やはり陸で生まれ陸で生活をしてきた以上、揺れない大地が恋しくなるときもある。私はまだ見ぬル・トゥーガの街を想像し、胸をときめかせていた。


船が湾内へと進入し、窓の外には水平線の代わりに緑の山々が連なっているのが見えた。私はセーラ達と共に、上陸を希望されるお客様をご案内し、その数を数えて上の人に報告するという仕事をしていた。クルーでさえ心ときめくのだから、乗客の期待はそれ以上であり、ロビーには上陸を待つ多くのお客様がひしめき合っていた。私とセーラは目の回るような忙しさでお客様を誘導し、動き回るお客様の数をなんとか数え上げ、リーダーへと報告する。船が港へ接岸し、乗客が陸地へと解き放たれていくと、ようやく私たちは一息つくことが出来た。


船外の通路へ出て、みんなと共に外の様子を眺めてみる。船の周りには多くの貨物が集められ、船内に搭載されたり、あるいは逆に荷降ろし作業が行われたりしていた。港には多くの赤レンガで出来た倉庫が立ち並んでおり、ここが国境付近の港町として、交易の拠点になっていることを物語っていた。そして赤レンガ倉庫の奥には、私が元いた世界でよく見かけた瓦屋根の建物と、倉庫と同じく赤レンガで出来た建物がそれぞれ半々くらいの割合で存在していた。


「この街は国境付近ということもあり、西の大陸の文化と隣国、ノルトリンク王国の文化が入り混じった街並みが広がっているんです」


マリさんが街の風景を見ながらそう解説してくれる。


「七海はル・メイズの学校の子だし、名前からしても西の大国出身だよね。やっぱり瓦屋根の方が馴染みがある?」


セーラが手すりから身を半分乗り出しながら問いかけてくる。ル・メイズという街についても西の大国についてもよくは知らないけれど、瓦屋根の建物に私のような名前の人間が多くいるあたり、私が元いた世界の元いた国に類似したところであるらしい。確かに、セーラの言う通り目の前に広がる街並みの瓦屋根を眺めていると、私がもう二度と戻ることはないだろう故郷の光景を思い出し、涙がこぼれそうになる。しかし、みんなが見ている手前、私はぐっと涙を我慢して、セーラに返事をした。


「うん、やっぱり瓦屋根は懐かしくて好きだな」


「そっか、七海のふるさとも見てみたいなぁ、きっととても素敵なところなんだろうね」


「……そう、とっても素敵だよ」


私はセーラやみんなに私の生まれた港町を案内してあげたいと思った。たとえそれが決して叶わぬ夢だったとしても。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ