ヒモになろう
ああ、ヒモになりてぇな......
この俺、紐塚比藻小は一人、部屋で寝ころがりながらそんなことを考えていた。
労働は悪だ。
つくづく俺はそう思っている。新卒と働き始めて三ヶ月経過したが、この社会は本当に腐っていると思う。
分からないことがあったら些細なことでもなんでも聞いてね! → 分からないところがあったので聞く → それくらい自分で調べろ! → 自分でやる → なんで分からないくせに勝手に進めるんだ! バカ!
このループである。おかしい。この世界は一体、どんな因果関係になっているんだ。
ネットで調べたのだが、そもそも西洋と東洋では労働に関する考え方が違うらしい。
西洋ではなんか宗教的な考えで、労働=神の罰が起源だと考えれており、労働は悪だとみなされている。
まぁ、そんな考え方であるため、今の西洋でも労働はできるだけ時間をかけないで終わらせて行こうぜ! という考え方である。
では、東洋はどうかというと、分かるな?
労働最高! 労働こそ人生の生きがい! 働くこそ幸せなり! という狂った価値観を持つ人間が多い(特に高齢者ほどその傾向が高いと言えるかもしれない)。
今でこそ、働き方改革が叫ばれているが、遅い。もっと早く叫べよ。
そもそも、プレミアムフライデーとか、ノー残業デーとか週休三日制とか抜かしたところで仕事が終わらなきゃ休日出勤しなきゃならないだろうが。
考えた人間はアホなのか?
人手不足というにも理由かもしれないが、そもそも会社側が経費削減のために人を雇わず、一人辺りの仕事量を多くしていると言わざるを得ない。
全くけしからんことである。
そんなわけで俺は働きたくない。いや、働かないことは正しいQ.E.D
おっと、前置きが長くなったな。そろそろ本題に入ろうか。
説明しよう! ヒモとは自らは働かず、女子を自分の魅力で惹きつけて経済的に女子に頼る、あるいは女子を人材供出して収入源とする収入源とする男性のことを指す。
男女の年齢の上下や年齢差は関係ない。また、女子がそうする理由も特に関係ない。
以前は女子が「精神的・肉体的に離れたくない」といったものが貢ぐ理由として多かったが、女子の経済的自立とともに「家事をしてくれて便利な男だから養っている」といったものも増えている。これらはどちらもヒモにあたるが、婚姻関係にある場合は女子の稼ぎで生活していてもヒモとは呼ばない。
というわけでこれから、ヒモになる方法を模索していこうと思う。仕事で身に付けた調べる、考える、実行するの3つを抑えて、理想のヒモ生活を得ようではないか。
窓の外を見ると、夕焼けの光が差し込んでいる。夕暮れ時、カラスのアホーアホーという声が聞こえてくる。
さて、さっそくやるか。今日がまさに『ヒモになると誓った日』である。
その日から俺は仕事の昼休みや寝る前などに暇な時間にヒモ化計画の準備を進めた。
まず、俺のような背も高くなく、顔も普通の人間がヒモになるには必要なことがある。
まずは夢を持つこと。できれば大きな夢がいい。
漫画家を目指しているとか、ミュージシャンを目指しているとかそんなところである。
そこで俺は小説家を目指し、いつか芥川龍之介のような名作を生み出すのだという理想を掲げることにした。
次にあえて男としてダメな部分を一つ持つ。パチンコで金を使うとか、部屋が汚いとかそんなところである。
これが女性の母性本能をくすぐるとネットに書いてあった。
そういうわけで、俺はパチンコを始めた。CRま〇マギ、結構おもしれぇな。
次にいよいよ、ヒモになる女性にターゲットを絞る。ネットで街頭ビジョンをなんとなく眺めているような子は狙いやすいと書いてあった。悲しそうな目をしている人が良いらしい。
俺は某駅前に赴き、近くの街頭ビジョンで探すことにした。
早速、良さげな子を探した。辺りを見渡すと、
いた――まさにぴったりな子が。
その子はばやーと上の空で街頭ビジョンを眺めていた。
今日は日曜日だというのに、スーツを着ており、どこかもの寂しげな目をしている。
眼鏡をかけており、いかにも真面目そうなOLという雰囲気である。
年はおそらくは俺よりも一つか二つくらい上のように見える。俺は彼女に近づいた。
「あのーすみません」
すると、彼女は俺の方を振り向いた。
「は、はい?」
少し怯えたような表情で俺の方を見つめてきた。柔らかい口調で話けるようにした。
「ちょっと、お話をしたいんですが、よろしいですか?」
それから一週間後。
「ただいまー! 比藻小くん!」
俺の養い人の娜目好子が帰宅してきた。
「おかえり−! 好子」
食卓を並べ、二人で一緒にテーブルの椅子に座った。
「いただきます!」「いただきます!」
二人で一緒にいただきますをして、夕食を食べた。
ちなみに今晩の料理を俺が作った。
料理はオムライスでケチャップを使い、ハートマークを描いた。
このヒモ生活のために料理の練習を始めたのだが、我ながら料理の腕がかなり上達したと思う。
「うーん! やっぱり比藻小くんの料理美味しいね!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
謙遜してそう言った。俺はビールを次ぎ、好子に渡した。
「ビール飲む?」
「あ、うん。ありがとう。それよりも聞いてよ! 課長がさー。私ばっかりに作業押し付けてくるんだよね! 今日もさー」
うんうんと俺は話を聞いてあげた。
ヒモで居続けるには雇い主のご機嫌を取らなくてはならない。
「あのー好子。悪いんだけどさ、あとで一万円もらってもいい?」
俺は本当に申し訳なさそうにそうお願いした。
「えー、またー? 何に使うの?」
笑いながら尋ねてきた。
「本を書いたくて。ほら! 俺って超売れっ子小説家になるから、そのためにたくさん本読みたくて! お願い!」
両手を合わせて頼み込んだ。
「もーしょうがないな!」
「ありがとう! 愛してるよ、好子!」
俺は好子に抱きついた。まぁ、本当はパチンコで使うんですけどね。
「良いよ。気にしないで。これからもよろしくね。比藻小くん」
「うん!」
きっと誰かは俺のような生き方をダメ人間とかクズ男とかと言うのかも知れない。
だが、俺は大にしてこう言いたいい。
これでいいのだ――
突然、俺の視界が暗くなった。
視界が開けると、白い髭を生やしたおっさんが立っていた。
おっさんは手に杖を持っている。
「だ、誰だ。お前は?」
おっさんが誰なのか尋ねた。
「私は神だ。なにが『これでいいのだ』だ。いいわけねぇだろ、ボケナス。その腐った根性を叩き直す為に異世界で修行してこい!」
とんでもないことをさらりと言ってきた。
せっかく理想のヒモ生活が手に入ったと思ったのに。
「い、いやだぁ! 頼む、元の世界に返してくれぇ!」
俺の頼み事を聞くことも無く、神様は俺の額に杖を当て、俺をどこかの異世界に転送してしまったのだった。