その昔、「きびだんご」という店ありけり。if桃太郎
鬼ヶ島という名前で有名なこの島には、額から角をはやした鬼と呼ばれる種族と、島民である人間が仲良く暮らしていると言われている。鬼ヶ島の中心には温泉が湧き、そのおかげで島は観光地としても名高く、島全体の景気はかなり良いと噂されていた。
「キャーーーーー」
島の中心地から女性の悲鳴が聞こえてくる。
「桃太郎さまーーー!」
目の錯覚じゃなければ、黄色い声援は、鬼ヶ島の中心から渦巻く雷雲を従えているようにも見えた。
なぜ、このような事態になっているのか。以前の鬼ヶ島は鬼の支配下に島民全員が怯えており、貧しい生活を強要されていたはずだった。このように女性の歓声が聞こえるほど賑やかで、明るい空気に満ち始めたのはわずか五年ほど前のこと。
この物語が始まる原因となったのは、どうやら中心街から少し離れたふもとの村にあるらしい。
「ちょっと、すみませーん。はい、通してくださーい。」
ざわざわとした喧騒の声が聞こえてくる。簡素な扉の前には、そわそわとどこか落ち着きのない鬼や村人たちがごちゃ混ぜになりながらも綺麗な列をなして並んでいた。
「はいはい、すみませんね。」
額から角をはやした記者風の男が一人、同じように額から角をはやしたカメラマンを連れて列の中を割り込んでくる。腕章には「鬼ヶ島テレビ」という文字が書かれており、それをみた長蛇の列は、彼らを通すように列の中に道を作っていった。
「こんにちわー。鬼ヶ島テレビのもんです。」
人懐っこい明るめの声と共に、「準備中」と立札がかけられた木製の扉が勢いよく開かれる。すると、中からは老夫婦がにこやかな笑顔を浮かべてゆっくりとうなずいた。
「はいはい、桃太郎から聞いてます。」
「お客さんが、ぎょーさんおるから、早めにお願ぇしやす。」
人のよさそうなおばあさんと、愛想のいいおじいさん。二人はここ「きびだんご」を営む老夫婦としても有名で、どうやら今日は開店前にテレビの取材を受けることになっているらしい。
「では、さっそくなんすけど、カメラ向けて質問するんで、適当に答えてもらってもいいっすか?」
「はいはい。」
少し早い鬼の説明にも、おばあさんは笑顔で対応している。
すると、記者風の男がつけていた耳元のイヤホンから、「生中継つながりまーす。」という小さな音が聞こえてきた。
空気がガラリと一変する。
「はいっ、わたくしは今、きびだんごに来ています。すでに開店前から長蛇の列が出来ておりますが、仕込みは順調に進んでいるようで、美味しそうな匂いが店内に充満しています。」
カメラに向かってにこりと愛想のいい笑顔を浮かべる男鬼は、とがった八重歯をのぞかせながら、どこからか持ち出したマイクを口にあてて手を振っていた。
「今日は桃太郎さんがゲストということもあり、普段は撮影NGなのですが、今回は特別に忙しい合間を縫って、こうして撮影する時間を頂戴することが出来ました。」
『私も一度行ってみたかったんですよ。今日は楽しみに拝見させていただきます。』
「いやいや、あんたアナウンサーやろ。テレビの前のお客さんやあらへんねんから、しっかり頼んます。」
『やだ、もう。わかってますよ。』
男鬼は独特の口調でカメラの向こう側にいる女性とイヤホン越しに楽しそうな会話をしている。
おばあさんとおじいさんは、それをどこか微笑ましく見つめながら、開店前の準備の手を止めて向けられたカメラの前に並んだ。
「はい、こちらがきびだんごのご主人。桃太郎さんのおじいさんとおばあさんです。」
カメラが鬼から二人の老夫婦へと焦点を変えていく。
おじいさんとおばあさんは仲がよさそうにカメラに向かって手を振った後、差し出されたマイクにむかって少しだけ緊張したような空気を醸し出していた。それもそうだろう。
これが人生で初めてのテレビ取材。緊張しない方がどうかしている。
「三年前にオープンされたこのお店ですが、きっかけは桃太郎さんのお願いだったということは本当ですか?」
「はいはい。」
「なんでも桃太郎さんがリクエストした食べ物がそのまま店の名前になったとか?」
「はいはい。」
「そうなんですね。今でこそ有名なきびだんごですが、最初からその存在は知っていたんですか?」
「いやー。難儀しました。」
今まで単調にうなずいていただけだったおばあさんが、初めてコロコロと可愛らしい声をあげて笑う。
「そうそう、きびだんごとはなんね?と、最近の若いもんの食べたくなるもんは、ようわからんけぇねぇ。」
「桃太郎のお願いには、昔っからばーさんは、甘ぇんじゃあ。」
「ひとまず、たべものをこさえれば良いのかのぉと作ってみるしかのぉて。」
「ばーさんは、昔っから料理が上手でなぁ。」
どうやら、おじいさんもおばあさんの笑い声につられて、当時のことを思い出したらしい。二人は顔を見合わせて、穏やかにニコニコと笑っていた。
鬼男もマイクを差し出す腕に、ほっこりと温かな気持ちをにじませる。
「桃太郎さんのイメージするきびだんごが出来上がるまでに二年かかったそうですね。」
「はいはい。」
「その間に出来上がった料理が話題を呼び、三年前にお店をオープンしたところ、あっという間に有名になったそうです。」
いつの間にか、早口だった鬼の口調もゆっくりとおじいさんとおばあさんのペースに巻き込まれるように穏やかなものになっていた。
それに快く思ったのか、おばあさんが店内の一角をさしてカメラの意識をそこへ向ける。
そこには、合計で五枚の色紙と、一枚の写真が並んでいた。
「桃太郎がおらんでも、犬も猿もキジもよう来とぉよ。」
「では、ここに来れば、もしかすると今全国ツアー真っ最中の大人気バンドMOMOTAROのメンバーにも会えるかもしれませんね。あ、もしかしてこの色紙がそうですか?」
「そうじゃ。」
「なるほど。ファンの方もこの長蛇の列の中にいそうですね。」
MOMOTARO全員の寄せ書きと、各メンバー一人一人のサイン色紙。その横にメンバーと一緒に、おじいさんとおばあさんを中央にすえた写真が飾られている。ファンであればそれだけで嬉しい光景。
メインボーカルの桃太郎の実家だというだけで、客は途切れないに違いない。
「さっそくですが、名物のきびだんごをいただきたいと思います。」
色紙と写真にカメラが向いている間に用意されていた名物料理に、男鬼とカメラマンが意識を戻す。
ほかほかと温かなきびだんごが最初にカメラにうつり、次いで、男鬼が「いただきます」とマイクを置いてから両手を合わせる場面が映し出された。
「うっま、なにこれ。やっば、めっちゃうまい!」
一口ほうばるなり、男鬼はカメラ前だということも忘れて大きな声をあげる。
開店前の長蛇の列にいた先頭の何人かが、クスクスと面白そうな笑い声をこぼしていた。
「そりゃ、あんた。鬼の胃袋をつかむように作っとるけぇのぉ。」
おばあさんが少し自慢げに男鬼が夢中で食べ進める様子を眺めている。
開店前から並ぶお客さんも鬼が多いからか、何人も同じような反応を見続けてきたおばあさんには、特に珍しくもなんともない光景だったのだろう。さっと、お茶を差し出しながら男鬼の取材を円滑にすすめる器量の良さは、さすが川で拾った桃太郎を立派に育て上げてきた人だと思わざるを得ない。
「え、そうだったんすか。てっきりMOMOTAROのバンド結成時に、桃太郎さんがメンバーに食べさせたのが由来かと思っていました。」
「鬼と仲良くなるにはのぉ。鬼の人らに一番に気に入ってもらわんにゃ、話にならんべさ。」
「なるほど。」
鬼の胃袋をつかむために作られた名物のきびだんごは、一部のファンの間では、「MOMOTAROのバンド結成時に、当時、ソロで活動していた今のメンバーを引き入れるために桃太郎が用意した食べ物」だと、言われている。けれど、事実は少し違うらしい。
まあ、大抵の噂話など事実と異なることのほうが大きいと、男鬼はたいして気にも留めずに目の前のきびだんごをまた口に含んでいた。
「きびだんごっ最高。もちもち、ふわふわ、口の中でとろとろ。こりゃ、行列になるのもわかりますわ。並んででも食べたくなるっていうか、ほんま、テレビの前の皆さんにも食べさしたい。」
そう言って、バクバクと完食した男鬼は生中継が終わるなり、おばあさんとおじいさんにお礼を言って去っていく。
その後ろ姿を見送るついでに、「準備中です」から「営業中です」の案内に変わった店内は、開店から満席という嬉しい悲鳴を上げていた。
後に、桃太郎はMOMOTAROというバンドを結成した時の心境を自伝でこう語っている。
「鬼が村人から巻き上げた金を、鬼から村人に返してもらいたい。ただ退治するよりも還元させる仕組みを作った方がいいと思ったんだ。経済はまわってこそ潤うものだろう?」
今日も鬼ヶ島では伝説のバンド「MOMOTARO」のライブが開催されていた。「MOMOTARO」のグッズは飛ぶように売れ、そのグッズを作る村人たちの工場は活気にあふれ、観光名所となった桃太郎の村はにぎやかになり、おじいさんは山へ芝をかりに出かけるかわりに店内の鬼から金を頂戴し、おばあさんは川へ洗濯にいくかわりに鬼たちの心を綺麗に洗い流しているらしい。
「鬼ヶ島にはもともと温泉が湧いていたことも有名だったし、もしかしたら、何かの間違いで鬼が全滅してしまったとしても、僕たちMOMOTAROで鬼ヶ島の知名度を上げて盛り上げれば、いい観光名所になるだろうな~って、おじいさんとおばあさんと話したこともあるよ。そういうこともバンドを結成した理由としては大きいかな。ま、結果はもう言わなくてもわかるだろうけど。」
彼の自伝の締めくくりに、悪寒が駆け抜けた人も多いのではないだろうか。
少なくとも、一部の鬼の間では人間の方が鬼よりも怖いと囁かれているらしい。
きっと鬼を退治するだけなら、それで話は終わっていただろう。ただの鬼ヶ島で起こった事件のひとつとして処理されていたかもしれない。けれど、そうならなかったのは、みなが笑顔で暮らしているからに他ならない。人々の記憶に残るからこそ、桃太郎伝説は永遠に語り継がれていくのだから。
《 おしまい 》