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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Hey,Paul!

作者: 河傍たれす

なんとなく思いついたものを書いてみました。

「ヘイ、ポール! お前さん、まだ一回も死んだことがないんだって?」

「うん、そうだよ」

「すげぇなぁ、お前さん!このご時世によく死なねぇなぁ!俺なんか先月もやっちまってよぉ。これで、えーと、そう、23回目だぜ?」


 9時を回った人がごった返す交差点。僕がまばらに赤信号を無視して飛び出す忙しいリーマン達を眺めている時、そう喧しく朝から騒ぎ立ててきたのは、この前の身体よりも少しだけ身長が伸びて、少しだけ毛深くなったハリッドだった。右手にはプレッツェル・ベーグルを持ち、くたくたの白いシャツ(襟元が薄汚れているのはいつものことだ)、牛が食べる飼料用トウモロコシのような微妙な黄色のズボンというラフな出で立ちで現れた彼は僕の親友だ。


「飲み過ぎちまってさぁ、赤信号がゆらんゆらん分裂してさぁ、そのまま渡ったら丁度走ってきたトラックにぶつかっちまったわけさ」

「へぇ、そうなんだ」


 僕としては彼の話よりも今横断歩道を渡った先で口論になっているカップルの方に注意を向けたかったのだが、彼はそんなことを察することもなく、くどくどと自分に起きた日常ひげきを話し続ける。


「おい、聞いてるかぁ、ポール」

「聞いてるよ。いつものことだろう?」

「まぁ、そうなんだけどな。それでよ、死んじまったからボディ・ステーションで眼ェ覚ましたんだけどよぉ、そこ、どこだったと思うよ?」と、ハリッド。

「さぁ?3番街?」と、僕は興味ないので適当せいじつに答えてみる。

「12番街だぜ?遠すぎるっつの!」と、激昂して男をした女の金切り声に負けないくらいの大声でハリッドは嘆いてみせた。彼女の持っていたナイフはこの間僕がホームセンターで買ったもの―――今はスーツの胸ポケットに忍ばせている―――と全く同じものだった。

「いいじゃない、12番街。マケドナルド・バーガーでコーン・スターチマンのストラップでも貰ってくればよかったのに」と、言いながら僕は誰もいない青信号になった横断歩道を渡り始める。

「んなもんはとっくのとうに卒業したよ。んで、回生したけど面倒だったからそこの事務員に頼んでもう一回死んで5番街に飛んでからようやっと家に帰れた訳よ」と、ハリッド。

「ま、結果的に少し背が伸びたから少しは良しとするけどなぁ」

「そうかい」


 僕は相変わらずの生返事を返しながら、道路で血溜まりに突っ伏している男を見つめる。石畳の歩道に格子状広がっていく血液がへばりついていたガムに堰き止められて溝から溢れ出す。


「どうして刺されたんだろうね、彼」

「さぁ、知らないな。セックスが下手だったんじゃないか?それか朝はコーンフレーク派だったとか」

「そうなのかな」

「そうだろ」


 死体を通り過ぎて、角を右に曲がると新鮮な血と同じくらい赤い看板に描かれたセフィロト・ツリーが見える。


 "A,nots-U Company ―――パーフェクトなn体目のボディを貴方に"


 ノッツ・ユー社(僕の就職先)の看板は今日もまばゆく、死んだ人々に新たな身体を提供する。

 僕の背中から、先程殺された男を回収する清掃員の溜息が、死体収集車がミルフィーユよろしく死体を折りたたむ音が聞こえた。消耗品である身体は再び誰かの身体になるために、テリーヌみたいに刻まれて成形される。

 オフィスに入るとすぐに創業者のノッツ・プロデュースの銅像が社員を微笑のもとに出迎える。人々の頭から、分厚い法典から、この世の中から"人殺し"の単語が消え去ったのは彼の功績だった。

 ノッツ・ユー社は死体の回収からピカピカのスムーズ・スキンの身体を作ることまで全てを行う。僕の配属された部署は死体回収を担当する。街を巡回して酔っ払いみたいに転がっている人々の死体を集めるスカヴェンジャー・サービスと、コールされたお宅に死体を回収するサルヴェージ・サービスも行っている。僕はサルヴェージの担当だ。


「おはよう、ポール。昨日キャンセルしたカップル、やっぱり回収しに来てほしいとさ」

「そうですか」

「そういうわけだから1番街までサルヴェージしにいってくれ」


 歩くたびに揺れるその巨体と、ソレに見合わないくらい小さなモノクルを顔にひっつけている僕の上司であるゴドウィンがコーヒーカップを片手に去っていく。

 確か昨日やってきたコールは愛を確かめ合うためにお互いを自分の思う一番の方法で殺し合うとかなんとかいうやつだった。別に昨今珍しいものでもないが流行っているものでもない。倦怠期か、若すぎる愛情の表れがソレだった。

 この仕事を始めてから3ヶ月は立った。この心臓が動き始めてからは22年と3ヶ月だろうか。僕は他の人とは違って一回も死んだことがない。へべれけ千鳥足でトラックにミンチにされたこともなければ、愛し、愛され殺し合ったことも、憎しみの刃に断罪されたこともない。

 この回生ぎじゅつの揺籃期において、人々は大いに嘆いたそうだ。小さい頃のことだからはっきりと覚えてはいないが、この数十年で人類はそれぞれの狂乱と悲嘆と恐怖の数だけ生命の限界から逃げ出し、歓喜と羨望と理想の数だけ自由へと駆け出した。とどのつまり「思ってたよりも良いことじゃないか」と受け入れたのだ。今までも革命の数だけそうしてきたし、文句を言いつつも抵抗はすれど消去することはなかった。

 死を繰り返して、生を再生し続ける事が当たり前になった世に、一度も死んだことのなかった僕は友人になんとなく「生きてるってなんだろうね」と口にしたことがあった。友人からは自死を勧められた。


『一回試しに死んでみたら良いんじゃないか?』


 試着してみれば、とおしゃれなズボンからおしゃれなシャツから何までを押し付けるみたいに、提案された。

 その時は僕は何も言わなかったし、そうしようとも思わなかったけど、それから一週間くらい立った頃になんとなくナイフを買って、以来ずっとスーツの胸ポケットに忍ばせている。いつでも、自分を殺せるように。


「これやっといて」

「あぁ……はい……」


 人が死を恐れなくなると技術は圧倒的な速度で進歩していった。どのくらいの速さかと言うと、人がそれに追いつけないくらいには。

 過労死が問題にされることはなくなり、それこそ安物ラジコンカーに使う乾電池みたいに身体は消耗品になった。死ねども死ねども尽きないその身体は拘束された時間と同じくらいの自由と、価値のある貴重な体験を人々にもたらした。最近話題の火口ダイビングなんかがそれに当たるだろうか。どれだけの高さから飛び降りれるかで競い合ったバンジーの世界記録は大気圏すれすれからのダイブだった。人が空を泳ぐような映像が流れたあの時、各家庭の少年少女は夢に喘いだものだ。


「キーンコーン」と、ランチタイムの鐘がなる。僕はいつもとは違って、屋上に出てみることにした。

 が、屋上への扉は固く閉ざされ、そこに貼ってあった張り紙には「caution!―――危険、立入禁止」の文字が書いてあった。

 今さら危険を顧みることがあろうかと、僕はドアノブをガチャガチャと回してみたが外からの空気が室内へ入ってくることはなかった。

 腹がたったのでナイフを取り出して鍵穴に突き立ててグリグリやっていると「カチャ」という音が鳴った。

 これ幸いと屋上へ出ると、雨ざらしでボロになったベンチが置いてあったのでそこに座って昼食のバーガーを食べた。


「結構高いなぁ」


 気づいた時には、そう独り言をもらしていた。あらゆるものが、視界に収まる。周りにはこれだけの建物があったのかと少し新鮮な気持ちになった。それと―――


「飛んだら、どうなるかなぁ」という思いが飛来した。


 バーガーを胃に収めた僕は、少しだけ試してみることにした。フェンスが非力な僕の腕で外れたら―――。その時は、飛んでみようと。

 結果、そのフェンスはいとも簡単に外れた。あぁ、良い機会なのかもしれない。そう思った僕は―――一度、自分のデスクにスマホとか金品、いわゆる貴重品をしまった後に―――街の空に飛び込んだ。


 ふわりと浮かんだ身体は吸い寄せられるように眼下の道路へ落ちていく。最初は背筋が凍るような思いを感じたが、やがて心に描かれたのは飛べたという満足感と、空を泳ぐことの興奮だった。

 僕は今までに抱いたことのない喜びの元、一度目の人生を終えた。

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