第三章
「馬鹿な! クゥを依頼人に引き渡すなんて!」
ライゼルは叫んだ。
〈……何度も言わせないで頂戴。積荷は予定通り、全てエクスポリスに届けるわ。もちろん、クゥもね〉
操縦室には彼一人だけ。ミーシャが、二人きりで話したいと、ライゼルに言ったからだ。
「一体どうして? 社長の話では……」
〈あれは、クゥがアンジェリアンであればの話よ〉
「それはどう言う意味だ」
ミーシャはゆっくりと告げた
〈彼女は…………アンジェリアンのクローンよ〉
「えっ!」
この事実に、ライゼルは衝撃を受けた。
だから彼は、クゥに赤子のような無垢な印象を受けたのだ。そして初めて会った時の彼女は、知能が殆んど無かったのだ。実際生まれて、さほどたっていなかったからだ。
「けど、クローンを作りだす事も、禁止されている筈だろ」
〈人間に対してならね。他の生命体のクローンは、禁止されていないわ。例え人間に似た、異星生命体さえね。依頼人は……法律の抜け穴をかいくぐって、合法的にアンジェリアンを手に入れようとしてるのよ〉
その口調からは、悔しさがにじんでいた。
ライゼルは、強い憤りと、悲しみで顔を歪めた。
「それじゃあクゥは、依頼人の欲の為に生み出されたのか……! あまりにも…………可哀相だろ」
そんな彼の様子を、見るに耐えないミーシャは、彼から顔をそらした。
「社長は平気なのか! このままクゥが引き渡されたら、どんな目に遭うか分かるはずだ。彼女は金持ちのペットとして残酷に弄ばれて、最後には、剥製にされるに決まっている!」
とうとう我慢できずに、ミーシャは言う。
〈だってしょうが無いでしょ! 他にどうしろって言うの! 彼女を連れて逃げ出す? それで罰を受けるのは、貴方よ。結局、すぐに捕まるわ。貴方は刑務所に送られ、彼女は持ち主である依頼人に渡される。どの道、彼女が助からないのなら……〉
「言うな!それ以上は!」
絶叫に近い声で、ライゼルは叫んだ。そしてすぐ、我に返った。
「すみません社長、つい……」
〈気にしたくていいわ。私も……、貴方の気持ちを考えなくて、悪かったわ〉
弱弱しく、ミーシャは言った。
〈クゥには、何も言わない方がいいと思うわ。せめて残りの短い間……、幸せでいてもらいたいから〉
「……」
〈じゃあ……通信を切るわね〉
それを最後に、通信は終わった。
頭の中が真っ白になり、ライゼルは呆然としてその場に座り込んだ。
そんな時、後ろから物音がした。振り向くと、そこにクゥがいた。
「いつから……そこにいたんだ!」
「……ずっと聞いてたよ、二人の会話を」
暗い表情で、彼女は呟いた。
「嫌だよ……。ペットになるのも……剥製にされるのも……嫌だよ」
クゥは目に涙を浮かべている。
彼女の身体は、恐怖と悲しみで震えていた。
「クゥ……」
「ねぇ、僕は何で生まれて来たの? そんな事をされる為に……? 嫌だ……! 怖いよ……! 助けてよ、ライっ!」
クゥはライゼルに抱きついて、胸の中で泣きじゃくる。
彼女が泣いている間、ライゼルには何も、出来る事は無かった。
それからのクゥは、塞ぎ込んで部屋にこもっていた。
食事も、殆んど取っていない。ライゼルとも口を利かなくなった。
部屋からはいつも、彼女のすすり泣く声が聞こえる。
その声を聞くたびに、ライゼルの胸は締め付けられた。
そして今、彼は何かの覚悟を決めた様子で、クゥの部屋に来ていた。
「なぁ……クゥ、平気か?」
ライゼルは扉越しに、クゥに話しかけた。その時も、彼女は泣いていた。
返事は、返ってこない。
「お願いだ、話を聞いてくれ」
彼は、強く懇願する。
僅かな沈黙の後、クゥはようやく口を開いた。
「僕の事は、放っておいて」
「こんな君を……放っておけないだろ?」
クゥの返事が返って来た。
「もう、覚悟は出来ているよ…………僕はもう助からないんだ。これ以上ライと一緒にいると、きっと別れが辛くなるから……」
彼女の声は、悲痛な声だった。
「その事について、話がある」
何かを決意した様子で、ライゼルは続ける。
「俺は君を……アンジェリオに連れて行く。同じアンジェリアン同士に紛れてしまえば、きっと見つからない」
「……ライはどうなるの?」
不安そうに、クゥは言った。
「心配はいらない、俺は大丈夫。そして、クゥもね」
「それは、本当?」
彼女の問いかけに、ライゼルは笑った。
「ふふっ、クゥは心配性だな。……最初に会った時には、まるで幼児みたいな君が、今では俺を心配してくれる程に、成長してくれた。俺にとっては、驚きさ」
彼は、言葉を続ける
「とにかく、君の事はもう安心だ、それだけは…………覚えていてくれ」
そう言い残すと、クゥの返事も聞かずに、ライゼルは去った。
何故なら、ある『嘘』をついた、罪悪感があったからだ。
ある嘘とは、ライゼルが自分の事を『大丈夫』と言った事である。
もし、その計画を実行した場合、恐らくクゥは無事であるだろうが、ライゼルは捕まり、法の裁きを受ける。
それでも構わない。もしクゥを見捨てたら、一生後悔する。それなら、自分一人が罰を受けた方が……。彼にとっては、その方がマシだった。
しかし、そんな時に事件が起きる。
それは最後のワープを抜けた時だった。
抜けた後すぐに、船は小惑星帯に突入した。あまりにもすぐであった為に、避ける暇も無かった。
今までにもそうした経験があったライゼルは、簡単に小惑星帯を脱出したが、問題はその後だった。
脱出して、しばらく経過した後、操縦室のメータに表示されている酸素量が、急激に低下し始めていた。
原因は……、酸素タンクに穴が空き、そこから空気が漏れ出したからだ。恐らく、小さな小惑星の欠片が、高速でぶつかったせいだった。
急いで、ライゼルはタンクの穴を塞いだ。
だが残っている酸素量は、もう少なかった。
この地点で最も近い惑星は、本来の目的地であるエクスポリス。酸素量は、そこまででさえも、ライゼルとクゥ、二人分の量が足りなかった。
〈……酸素が、足りないようね〉
「ああ」
ライゼルはモニター越しに、ミーシャにその報告をしていた。
〈クゥは、今どこにいるの?〉
「……部屋にいるさ」
〈不測の事故における最悪の場合、船員は乗客と船員自身の生命を最優先するべし……、これは宇宙航行の大原則。そしてクゥは乗客ではなくて、あくまで『積荷』。言いたい事は、分かるわね〉
「もちろん、分かっている」
ライゼルは了解した。
そして彼は、操縦室を出た。
ライゼルは、クゥの部屋にいた。
彼の手元にあったのは、何かの薬品が入っている、注射器である。
部屋には、クゥが待っていた。
「……すまない。俺の為に、こんな事になって……」
彼は、そう彼女に言った。
「ライが謝る事は無いよ。もう、決めた事だから」
「そうか……。準備は、いいか?」
クゥは、黙って右の手首を差し出す。
手にした注射器の、その針を、ライゼルはクゥの手首に刺そうとした。
だがその手は、震えている。
彼は注射器の針を、刺せないでいた。
「……僕が、やるよ」
その様子を見ていたクゥは、いきなりライゼルから注射器を奪い取ると、自分で手首に針を刺した。
彼女は、全身から力が抜けたかのように、崩れ落ちた。
「そんな! クゥ!」
ライゼルはクゥの身体を支えた。
そして彼はゆっくりと、彼女を床に横たえる。
「変だね、何だか……力が入らないんだ。体も、寒いよ」
クゥの手を、ライゼルが両手で握りしめた。するとその手が、冷たくなっていくのが分かった。顔色もからも、血の色が引き始めている。
金色に輝く翼は、その輝きを失いつつあり、翼の先端から灰色になっていく。そして灰色になった翼からは、羽根がぼろぼろと抜け落ちる。
「安心しろ。俺が、傍にいるから」
ライゼルは、今にも泣きそうな顔をして言った。
それとは対称的に、クゥは、笑顔を浮かべていた。
「へへっ、嬉しいな。ライが隣にいてくれて」
彼女の声は、とても弱々しかった。
目蓋は、段々と閉じていく。
「僕は……ライの事が……好き。……とても……大好きだよ……」
その言葉を最後に、クゥは瞳を閉じ、意識を失う。
ライゼルが握るその手からは……もう温もりは感じられなかった。
「……それが、この事故の一部始終だ」
ライゼルは、ついに一ヵ月半の航海を終え、惑星エクスポリスの宇宙港に到着した。宇宙港の周囲は、高層ビルに囲まれ、エアカーが無数に飛びかっている。
既に三人の内、生物科学者と美術商には積荷を渡し終えた所だ。
残るは、ゲルベルト重工の会長の積荷であったが……。
宇宙船の傍には、ライゼルと、会長のゲルベルトとその取り巻き、そして状況説明の為に、ミーシャも急きょ宇宙タクシーを借りて、エクスポリスを訪れていた。
ゲルベルトは傲慢な顔つきの、中肉中背の初老男性である。
そしてクゥは、宙に浮かぶ機械のカプセルの中に横たわっていた。透明な蓋から見える、彼女の顔は青白く、灰色になった翼は枯木の様に干からび、羽根も殆んど抜けていた。
ライゼル達二人が説明し終わると、ゲルベルトはカプセルの中のクゥを見て、呻き声を上げた。
「これを作る為に、金を幾らつぎ込んだか……。こうなっては、全て台無しだ。それもこれも……」
ゲルベルトはライゼルを指差す。
「箱を開けるなと言った筈なのに、お前が勝手に箱を開けたせいだ! 好奇心で中身を調べ、その上、情が移って積荷を愛するなんて、運び屋として失格だと思わないかね?」
「……理解している」
彼の反省に対して、ゲルベルトは嫌味たっぷりに言う。
「はっ! クローンと三流運び屋の恋! 私のコレクション趣味だけで作った、たかがクローン如きに愛を抱くなんて……お笑いだな」
クゥを侮辱したゲルベルトの言葉に、ライゼルは逆上した。
「貴様っ!よくも……」
そんな彼を、ミーシャは制した。そしてゲルベルトに言った。
「それは違います、ゲルベルトさん。箱を開けようが開けまいが、事故が起これば中の生物を、始末しなければいけませんでしたから。宇宙事故においては、積荷より乗員の命を優先する必要がありますからね。勿論、それは宇宙航行におけるルールですから、事故におけるこちらの責任はありません」
冷静な声で、ミーシャは続ける。
「彼の非は認めましょう。積荷の固定を怠りロック装置を破壊し、好奇心で箱を覗いて開けた事、更に積荷に情が移った事もです。何より彼は、まだ運び屋として未熟でした。その点については謝罪します。しかし、貴方が積荷の中身を『凶暴な生物』と偽った事にも、問題があるのでは? 初めから積荷の事を正直に伝えていれば、未熟な彼では無くて、別の人間に任せましたのに……」
「……ちっ!」
ゲルベルトは、何も言い返せなかった。
「駄目になってしまった積荷は、当社の規約通り、責任持って処分致します。よろしいですか?」
ミーシャの言葉に対し、苦々しくゲルベルトは頷いた。
「好きにしろ。もう、それには何の価値も無いからな」
そして彼女は、傍にいるライゼルに言う。
「用は済んだわ、帰るわよ。…………クゥも一緒にね」
ライゼルは、物言わぬクゥの入ったカプセルを押しながら、ミーシャと共に宇宙船へと戻る。
屈辱的な表情を浮かべて立ち尽くすゲルベルトに、ミーシャは振り向くと、こう言い残した。
「確かに積荷……いえ、クゥは『凶暴な生物』では無かったわ……。貴方の欲望で生み出された、可哀相な女の子よ」
ミーシャ達は宇宙船に乗り込み、エクスポリスを去った。




