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第二章

ライゼルがクゥに言葉を教える事は、色々と苦労した。

「まず俺のマネして言ってみなよ。『こんにちは、さようなら、ありがとう、嬉しい』って」

「クゥ?」

「ほら、こう言うのさ『こ……ん……に……ち……は』」

「コ……ン……ニ…………チハ?」

「よく出来たじゃないか! 偉いぞ、クゥ」

「クゥ♪」

だが、同時に面白くもあった。それにクゥの呑み込みと学習能力は、とても良かった。 五日後には、単語を繋げただけの、簡単な言葉を話せるようになった。

「ライ……勉強……お話」

「分かったよ。なら今日は、『白雪姫』でも話すか」

「僕……嬉しい」

「クゥに喜んでもらって、良かった。じゃあ話すよ『昔々ある所に、一人のお姫様がいました。そのお姫様は……』」

「昔々……お姫様……」

 こうして、段々と言葉を覚えていく。また言葉を覚えるのに比例して、クゥの知能も伸びていく。自分で本を読んだり、調べたり、ライゼルに色々と聞く事が出来るようになったからだ。

 そして二週間後には、ついにクゥは言葉を完全に覚え、知能も十六歳の女の子のそれと同じ位にまで上がった。




「ねぇ、ライは何しているの? 僕にも教えて?」

 言葉を覚えてからのクゥは、ライゼルを『ライ』と呼んで、慕った。一人称が『僕』なのは、彼が言葉を教える為に読み聞かせた本の一人称で、『僕』が多かったからだ。

 ライゼルも、まるで父親にでもなったかのように、クゥの事を想っていた。

 そしてクゥに、改めてどこに居たのか聞いた。恐らくアンジェリオについて話すだろうと思ったが、彼女には船に乗る以前の記憶が、殆んど無かった。

 操作している機器類から目を離して、ライゼルは答えた。

「これは、船の航行ルートのチェックと、調整だね。この宇宙船は少し古いからな、時々誤差が生じるからな。でも、今終わった所さ」

「なら良かった! さっき、昼ごはんを作ったんだ。僕の一番の自信作だから、きっと、気に入るよ」

 そう言うと、クゥはライゼルの手を握って、キッチンへと連れていった。

 キッチンの机には、良い匂いがするオムライスが二つ、皿にのって置いていた。

「今度はオムライスに挑戦したよ。色々と違う料理の方が、ライが喜ぶと思って」

 にっこりと笑って、クゥは言った。

「さぁ、一緒に食べよう」

「そうだな。丁度、腹がペコペコだったんだ」

 二人は食卓に着いた。

 クゥは「いただきます」と言って、早速オムライスを食べていた。

 ライゼルもスプーンを握ると、オムライスをすくって、口に運んだ。

「味は、どうかな?」

 クゥは彼を見て、少しもじもじしながら聞いた。

「もちろん、とても美味しいさ。包んだ卵焼きの中の、チキンライスの味が最高だね」

 料理に満足したライゼルの答えを聞いて、クゥは喜ぶ。

 クゥと一緒にする食事は、いつも楽しかった。運び屋と言う仕事上、一人で食事する事ばかりだったライゼルにとって、誰かと共に食卓につく楽しみは、殆ど縁がなかったからだ。

 やがて二人は、昼食を終えた。

「じゃあ、僕は後片付けをするね」

 クゥは二人分の皿を流し台へと持って行き、料理道具と一緒に洗い始めた。

 料理以外にも、クゥは洗濯や掃除などと、色々と家事もこなせるようになっていた。

 そんな彼女の後姿を眺めながら、ライゼルはまるで、自分に恋人が出来たかのように感じていた。

 この間までは子供みたいだったのに、今ではこれだった。

 それにクゥは、最近様子が変だった。以前までは、まるで親みたいにライゼルを慕っていた。しかし最近では、今みたいに、妙に彼を気にしているようだった。

 けど、そんな風に思っている俺だって、クゥの事を気にしているじゃないか。それにさっき、俺は彼女を『恋人』みたいだと感じていた……。そう思っていると、ふとある考えが頭をよぎった。

 だがすぐに、ライゼルはその考えを否定した。

「いや、まさかな……」

 ライゼルは小声で、呟いた。




 クゥと出会って、もう一ヶ月が経った。エクスポリスまでの航海も、残り半月程だった。船のワープも五回の内、四回は済ませ、残りは一回のみである。

 ミーシャも時々、二人の様子を見に、通信を送ってきていた。

〈……エクスポリスまで、あと二週間くらい。アンジェリオは、更に三日の距離よ〉

「はい、社長」

〈アンジェリオ管理局には、クゥの事は伝えているわ。無事、受け入れてくれるそうよ〉

「良かった。クゥも喜ぶだろうな、元の場所に戻れるから……」

〈そうね……。でも、何か……忘れている気がするのよ〉

「……?」

「ライっ! 遊ぼうよ!」

 いきなり、ライゼルがいる操縦室へと、クゥが入って来た。

〈あら、クーちゃん。今日も元気みたいね〉

「へへっ♪」

 クゥは得意げに笑った。

「社長との、通信が終わったらな。でも……それは?」

 手にはやたら銃口が大きい、玩具の銃を持っていた。

「部屋の机の引き出しで、僕はこれを見つけたの。面白そうでしょ?」

 ライゼルは、それが何だったか思い出す。

 あれは昔、ある星の物産館で、俺が物珍しさで買った玩具だ。空気圧でボール等、銃口に入る物なら何でも飛ばす玩具だったけど、確かあの玩具は、俺が少し改造して…………。

「ちょっと待て! それは触っちゃ駄目だ!」

 ライゼルは慌てて、それを取り上げようとした。

「えっと……、こうするんだっけ?」

 だが間に合わず、クゥは玩具の銃口を傍の壁に向け、引き金を引いた。

 そして銃口から、ピンクのボールが速い速度で飛び出した。

 ボールはあちこちを飛び跳ね、最後はライゼルの額に衝突した。

「痛っ!」

 思わず彼はのけぞり、額を押えた。クゥは心配そうに駆け寄る。

「ごめんね、痛かった?」

「俺は大丈夫。とにかく……これにはもう触るなよ」

 ライゼルはそう言って、玩具を取り上げた。




 モニターから見える外の様子は、濃紺のもやの様な物で、一面が覆われていた。

 宇宙船は今、マーブィ大星雲を通過していた。船の進路上をまたがる超巨大星雲であり、ここを避けて通る訳にはいかなかった。

 この大星雲の内部は超極寒であり、船の暖房装置でも、その寒さは抑える事が出来ない程だ。

「うー、寒い!」

 厚手のジャケットを何枚も羽織って、いつも以上に厚着をしても、ライゼルにはまだ寒かった。吐いた息も、白くなっている。

 極度の寒さによって、船の自動操縦システムが故障してしまった為、ライゼルは一人、それの修理に取り掛かっている。

 機械装置の蓋は取り外され、内部にある基盤や配線などの取替えや修理、接続のし直し

を、行っている最中だった。

 彼の傍には様々な修理器具と、使えなくなった部品が置いてある。

「機械の修理、お疲れ様っ!」

 クゥが両手にコップを持って、操縦室に入って来た。彼女も、厚着をしていた。手にしているコップからは、暖かい湯気が立ち上っている。

「少し休憩しようよ。ほら! 頑張っているライの為に、ココアを用意したんだ」

 修理には、まだ時間がかかりそうだった。それに、修理を始めてから三時間、寒い中ずっと続けていて疲れていた。

「ああ、そうさせてもらうよ」

 ライゼルとクゥは、操縦室の隅の空いているスペースに、隣同士、くっついて座った。

「ライ、はいっ♪」

「……ありがとう」

 ライゼルは差し出されたココアを受け取って、口にした。

 ココアの味はとても甘く、そして暖かかった。

「やっぱり寒い時には、温かいココアが一番だよね」

 クゥはココアを飲みながら、言った。

「まぁ、確かに、クゥの言う通りだな」

 フッと笑みを浮かべて、ライゼルもまた、ココアを口にする。

 やがて、彼はココアを飲み終わった。

「さてと、体も温まったことだし、俺はそろそろ修理の続きをするよ」

 ライゼルが立ち上がろうとした時、彼は何かに包まれたような気がした。

 彼を包んだのは、クゥの翼だった。翼は二人を包み込み、互いに相手の温もりを感じた。

「これだったら、寒くないよね。……僕は、もう少し、ライとこうしていたいんだ」

 クゥはライゼルに寄りかかって、甘えた声でそう言う。

 二人はしばらくの間、何も言わずに、このまま過ごしていた。

「ねぇ……」 

 ふいにクゥが、口を開いた。

「ん? どうした?」

「ライは僕の事、好き?」

「もちろん。当たり前だろ」

「なら……いいよね」

 一体何が言いたいのか? ライゼルは思った。

「何を?」

「僕と、キスして」

 この衝撃的な言葉に、彼は耳を疑った。

「好きなんだ……ライの事が。初めは、まるでお父さんのように慕ったよ。だって、あんなに僕の世話をしてくれたもん。けど……今はそれ以上に、ライが好き。好きで、好きで、胸がいっぱいだよ」

 彼女は、純粋なまでの正直な想いを込めて、告白する。

 ライゼルもその想いを聞いて、自分の本心に気づいた。

 本当は、彼も同じようにクゥが好きだった。好きだという感情を、父親に近い感情だけだとして、自分の本心を否定していただけだと、彼は悟った。

「そこまで、クゥは俺の事を……」

「大好きだよ! だから……お願い」

 その願いを聞いて、ライゼルは彼女の両肩に、そっと手を置いた。

「俺も……クゥの事が大好きだ」

 ライゼルはそう言うと顔を近づけ、自分の唇を、クゥの唇に重ねた。

 彼女の唇の味は、甘いココアの味だった。




 一方ミーシャは、ライゼルが運ぶ積荷の資料を見ていた時、ようやく忘れていた事を思い出した。

 それは、依頼人への断りの連絡だった。

 彼女は通信を開いた。相手は依頼人本人では無く、その代理だった。

〈こちらはゲルベルト重工です。ただ今、ゲルベルト会長はいらっしゃいません。用件は、私が伺います〉

「私はフローライトカンパニーの社長、ミーシャ・フローライト。会長から依頼された積荷の件で話があります」

〈ええ、その件は存じております。何なりとどうぞ〉

「渡された積荷、あれはアンジェリアンですね。指定保護異星生命体を売買する事は、法で禁止されている事は御存知ですか?当社は密輸業者ではありません、積荷……いえ、彼女はアンジェリオへと送り届けます。依頼の件は、無かった事に」

 これで全ては解決した……、ミーシャはそう思った。だが……。

〈困りますな、勝手な事をしてもらっては。それに……、積荷はちゃんと、合法的ですよ〉

「……どう言う事ですか?」

〈実は、あの積荷はですね…………〉

 そして代理は、積荷について話した。

「何ですって!」

 積荷の正体に、ミーシャは驚き、そして……戦慄した。

〈お分かり、頂けたでしょうか〉

 その感情を押し殺して、ミーシャは言う。

「はい。……では、積荷は予定通り、エクスポリスに届けます」

〈理解してもらえて、助かります。では〉

 相手からの通信が切れた。

「そんな……、嘘でしょ?」

 ミーシャは、言われた事のショックからまだ立ち直れず、力なく椅子に座った。


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