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第一章

  最後の積荷を積載した宇宙船が、惑星ラインディールの重力圏を抜けた。

 そして船は、虚空の宇宙空間へと到達した。

 宇宙船の操縦室で、一人の青年がモニター通信で、誰かと会話していた。彼が唯一の、宇宙船の乗組員であった。

 彼の年齢は二十歳前後と若く、少し長めの茶髪の、背がすらっとした好青年である。その雰囲気からは、優しさと、凛々しさが感じられる。

〈ハロー、ライゼル。どうやら積荷は、全て回収したようね〉

 モニターから青年に呼びかける声は、かなり親しげな声だった。

 ライゼルと呼ばれた青年が会話していたのは、ウェーブがかかった赤髪の女性だった。モデルのようなルックスで、快活な美人である。

「ああ、積荷は全部回収して、後は目的地に運ぶだけだ。しかし…………何で社長が?」

 彼の疑問に、彼女は人の良さそうな笑みを浮かべた。

〈ふふっ、貴方の初の大仕事……、様子が気になって、ね〉

 ライゼルは、中小企業フローライトカンパニーの新米社員だ。依頼があれば非合法でない限り、何でもござれの会社である。その中で彼に任される仕事は主に、星から星への積荷の運び屋だ。

 モニターの女性はその社長、ミーシャ・フローライト。優しく部下想いな社長であり、そして手腕も高く、小規模ながらも会社を上手く経営していた。

 今回ライゼルに任された依頼は、あちこちの星で受け取った、複数の依頼人の積荷をまとめて、都市惑星エクスポリスに運ぶという、大仕事であった。

運び屋の仕事には、最近幾らか慣れてきたばかりであり、彼は初めての大きな仕事に緊張していた。

〈もしかして、少し緊張しているのかしら? 大丈夫?〉 

 それを察したのか、ミーシャは尋ねた。

「心配ないさ。仕事の中身は、いつもと同じだからな」

 その通り、主な内容はいつもと同じ。ただ荷物を受け取り、特定の場所へ運ぶ、シンプルな内容だ……。そう考え、ライゼルは緊張をほぐす。

〈なら良かったわ〉

 そう言った後、ミーシャは初めて、一企業の社長としての貫禄を持って、言葉を続ける。

〈分かっているとは思うけど、惑星エクスポリスまでは約一ヶ月半。かなり長い道程だけど、それまで気を抜かずにね。それじゃあ……幸運を〉

 この言葉を最後に、彼女からの通信は切れた。




 船がラインディールを出発して二日目、船は最初のワープ航法に入った。

 ワープ航法とは、船を通常空間と平行に存在する亜空間へと転移、航行し、再び通常空間に再転位する事で、長距離を航行する航法である。

 平行に存在こそすれ、亜空間の距離概念は通常空間とは大きく異なる。例えるなら、亜空間での一メートルの移動が、通常空間ではその十万倍の百キロメートルに相当する。

 だが宇宙空間でワープ航法が出来る場所、そして通常空間へと戻れる場所は、通常空間、亜空間の二つの空間を隔てる壁が薄い場所に限られ、その場所は決して多くはない。

 ラインディールからエクスポリスまでの距離は遠く、ワープの回数は計五回、通常航行とワープ航行を交互に行い、約一ヶ月半で目的地に到達する。

 



 亜空間を抜けるまで後二十四時間、そして船は自動操縦。

 現在する事がないライゼルは、宇宙船の貨物庫で、船に積載している積荷のリストを確認していた。

 貨物庫の機械端末で表示されたリストと、目の前にある積荷を見比べて、ライゼルが確認した依頼人と積荷の内容は、以下の三通りである。

 生物科学者が運搬を依頼した多種多様な機器類と、何種類もの薬物。美術商が依頼した絵画、彫刻等の美術品。

 そして最後の依頼人は、大企業、ゲルベルト重工の経営者、アーノルド・ゲルベルトからである。その会社と経営者には、あまり良い評判は無い。ヤクザ紛いの商売に、違法スレスレの経営方針……。無論、その為に大企業まで、のし上がったとも言えた。

 ゲルベルトに依頼された積荷は、実に奇妙な物だった。

 ライゼルは実際の積荷を確認する。

 その正体は、上部に幾つもの穴が空いた、一辺二メートルの黒い大きな正方形の箱であった。この箱は先程、ラインディールで依頼人の使いから受け取った物である。 だが、その時には貨物室の中央に、器具で固定していたはずが、今は貨物室の奥の壁にぶつかっていた。固定が弱く、惑星を飛び立った衝撃でそれが外れたのだ。

 確かあの箱の中身は…………。ライゼルは箱を受け取った時に、依頼人の使いから言われた事を思い出す。

 話によれば、箱には何かの生物が入っているらしく、上部の穴は箱の中に酸素が行き届くように、空けられたものだそうだ。

 そして、中の生物は凶暴であり、絶対に目的地に到着するまで箱を開けてはいけないと、厳重に指示をされた。

 話を思い出すと、余計に箱の中身が気になった。それに、箱が移動している以上、元の場所に戻す必要があった。

 箱は相当重く、一人で運ぶのは無理である。

 そこで、ライゼルは一度、操縦室に戻り、船内の人工重力を切った。

 途端に船内は無重力となり、操縦室内の物や、機械に接続されたケーブル、そして彼自身が、宙に浮かんだ。

 その状態のまま、固定された物や壁を使い、慣性の力で、ライゼルは貨物庫へと戻った。

 しっかりと固定された、他の積荷は変化は無いが、固定が外れたあの箱だけは、ぷかぷかと浮かび上がっていた。

 この状態であれば、元の場所へと戻し、固定し直すのも簡単だ。

 しかしその前に…………。

 ライゼルは箱へと近づくと、上に空いている穴から、中の様子を覗こうとした。

 中は殆んど暗闇で見えず、かろうじて穴から差し込む、貨物庫の照明の明かりで僅かに見える程度である。

 目が暗闇にある程度慣れると、ようやく中の物が見えた。

 それは綺麗な、黄金に光る羽根を持つ、一対の翼だ。その美しさは、どんな宝石の輝きにも、勝る美しさだった。

 話の通り、確かに何かの生物が入っているみたいだ。しかし、こんなに美しい翼を持つ生物が凶暴であると、ライゼルは思えなかった。

 その翼を眺めている内に、彼は翼の下に、何か埋もれている事に気づいた。

 更によく見ると、その正体に目を疑った。

 翼の下にあったには…………、紛れも無い人間の腕であった。

 と言う事は、箱の中には生物以外に、人間が入っている事になる。

 誰かがうっかり、箱の中に閉じ込められたのだろう。

 ライゼルは大慌てで、中の人間を助ける為に、箱を開けようとする。

 箱を壁からどかすと、箱に電子ロックが取り付けられているのが見えた。だが幸いと言うべきか、それは壁に衝突した時に壊れていた。

 そして箱の扉を、ライゼルは開けた。




 箱を開いた時、ライゼルは自分が間違っていた事に気づく。

 中に入っていたのは、凶暴な怪物では無かった。かと言って、普通の人間でも無かった。

 その正体は、天使の様に翼を生やした、とても可憐な女の子だった。

 年齢は一六歳くらい、少し小柄であり、膝にかかる程の長い金髪であった。また、身体の殆んどが、翼で隠れていたから良かったものの、女の子は何も身に着けていない状態である。そして無重力状態の箱の中、浮かんで眠っていた。

 すやすやと可愛い寝息をたてて眠っており、その寝顔は、まるで赤子のように純粋無垢そのものだった。

 箱の中には、翼の羽根が散らばっており、くすんだ灰色をしていた。どうやら翼から抜けると、輝きが消えるらしい。

「一体何で…………女の子が?」

 思わずライゼルは、一人呆然とした状態で呟いた。

 そんな時だった。今まで眠っていた女の子が、もぞもぞと動きだした。

 驚いた彼は、その場で固まる。そして今、貨物室内が無重力である事すらも、一瞬忘れていた。

 女の子が翼を動かした時、翼の一部が箱に当たった。その力の働きと、慣性の法則により、女の子はライゼルの元に向って来た。

「うわっ!」

 そのいきなりの事に、とっさに彼は女の子を抱きとめた。

 女の子はゆっくりと、瞳を開けた。そしてきょとんとした顔をして、澄んだ紅い瞳でライゼルを覗き込んだ

「大丈夫か?」

 ライゼルは、恐る恐る女の子に言った。

 女の子は、少しきょとんとしたままだったが、やがてニッコリと笑った。

 まるで彼の言葉を、理解していないようだった。

「君は……誰だ?」

 やや戸惑いながらも、ライゼルは女の子に尋ねた。

 すると女の子は、初めて口を開いた。

「…………クゥ!」

 とても綺麗で、澄んだ声だった。だがそれが本当に名前かどうかは、ライゼルには判断しかねた。

 どうすれば良いか、ライゼルが考えていると、女の子を抱いている自分の身体や腕に、柔らかい肌の質感を感じた。

 そこで初めて、彼は今、一糸纏わぬ可憐な女の子を抱きしめている事に、気が付いた。

 ライゼルは顔を赤くして、一瞬気を失いそうになった。




「それで、何処から来たんだ? 出身の星は?」

「クゥ?」

 ライゼルの問いに、女の子は相変わらずニコニコしながら、答えた。

 場所は船内の空き部屋。重力は、元に戻していた。

 女の子には毛布を掛けていた。とりあえず、何か着せる必要があったからだ。背中の翼は、毛布からはみ出ている。

 彼は頭を抱えた。

 さっきから、ずっとこの調子だった。

 ライゼルが女の子に何を質問しても、返って来る返事は、さっきみたいに『クゥ』ばかり。

 恐らく言葉そのものを、女の子は知らないのだろう。

 このままでは埒があかない。そう考えたライゼルは、社長のミーシャに相談しようと考えた。




〈何か怪しいとは思っていたけれど、まさか女の子が入っていたなんてね……〉

 やや困った様子で、ミーシャは呟く。

「俺も、とても驚いたよ」

「クゥ!」

 女の子が、ライゼルの横からモニターを覗き込む。

〈でも、とても可愛い女の子ね。私の二人の娘達と、同い年に見えるわ。名前は何かしら?〉

「それが、さっきからこんな調子で、言葉も通じないのさ。社長は、女の子の正体を御存知ですか?」

 ミーシャはしばらく考え込むと、何かを思い出したように言った。

〈あの綺麗な金色の翼…………、恐らく彼女は『アンジェリアン』ね〉

 その言葉は、ライゼルは初めて聞いた。

「『アンジェリアン』って、一体?」

〈惑星アンジェリオに生息する、原生人型生命体。文明水準は過去の中世ヨーロッパ程度。綺麗に輝く翼を持ち、とても美しくて、心優しい種族よ。けど……〉

「けど?」

〈昔、その美しさのせいで乱獲されたの。捕獲されたアンジェリアンは、金持ちにペットとして高値で売られて、多くは剥製にされたわ。その種族は、死んだら翼の輝きは失われるから、ある薬品を体に注入して、それを防ぐみたいよ〉

 話をしているミーシャの様子からは、ある種の嫌悪感が感じられた。自らのエゴの為に、何の罪も無い種族を犠牲にする行為、彼女はそれを許せなかった。

 一方ライゼルは女の子に目を移す。女の子は無垢な笑顔で、彼を見ていた。

 彼女が剥製にされるなんて……。ライゼルには耐えられなかった。

「そんな! それじゃあ、彼女は…………」

〈心配しないで。そうした乱獲や、人型生命体に対する非人道的行為が問題になって、アンジェリアンは、指定保護異星生命体に指定されているわ。だから今では大丈夫〉

 ミーシャはライゼルに、優しく告げた。

〈アンジェリオは、エクスポリスの近くにあるわ。他の積荷もあるから、それを届ける為に、エクスポリスにも寄る必要はあるけどね。つまり…………この可愛い娘ちゃんを、無事故郷に送ってあげて、と言う訳〉

「依頼人に、渡さなくてもいいのか」

〈もちろんよ。依頼人には、私が断っておくわ。『当社は密輸業者ではありません』ってね〉

 そう言って、ミーシャは軽くウィンクしてみせた。

「…………有難うございます、社長」

〈うふふ、どういたしまして。でも道程は長いから、彼女と良い関係を築くのも、いいかもね〉

「なっ! ちょっと、社長……」

 しかしライゼルが何か言い返す前に、通信が切れた。

 傍にいる女の子を見ながら、ライゼルは悩んだ。

 良い関係を築くって言っても、どう言う意味だよ?それに……。

 視線の先の女の子は確かに無垢ではあるが、その無垢さには、さながら知能が殆んど無いが故の無垢さも、あるように思われた。




 フローライトカンパニー本社の社長室。

 ミーシャは突然の事態に、一人考え込んでいた。

 まさか私の会社に、密輸が依頼されるなんて…………。そう考えると、ショックを受けた。

 だが、何かがおかしかった。この事実の裏に、何か隠されている気がした。

 とにかく依頼人に連絡する必要がある……。そうミーシャが思った時だった。

 一人のスーツを着込んだ男が、社長室に入って来た。男は会社の事務員のようであり、手には大量の書類を持っている。

「どうしたの? 何か用かしら?」

 ミーシャの質問に、男は少し呆れて言った。

「忘れましたか? これらは社長がチェックするべき、今までの依頼内容、仕事、会社経営等に関係する書類です。もう四ヶ月も溜め込んでいますよ」

「それは……他にも仕事があったから……」

「とにかく、急いでチェックしてもらえないと困ります。一応言っておきますけど、これが全部ではありません。他にも、まだ大量に残っていますからね」

 男はそう言い残して、立ち去った。後には沢山の書類だけが残った。

 連絡する前に、まずこれを終わらせないとね……。ミーシャは苦笑いしてそう思った。

 

 


 ライゼルは女の子に、『クゥ』と名付けた。

 本当の名前は何であるか知らないが、何か名前が無いと不便だからだ。

 そして彼は自分の部屋を、クゥに与えた。

 彼女がいるのは一ヶ月の間だけである事と、ライゼル自身も、普段あまり部屋を使わないからである。

 ライゼルはクゥを部屋に案内した

「ほら、ここがクゥの部屋さ。好きに使っていいぞ」

「クゥ♪」

 クゥはとても嬉しそうに、部屋の中を見た。背中の翼も、ぱたぱたと羽ばたかせている。

 彼女は薄いTシャツと長ズボンを着ていた。船にはライゼルの服しか無かったからだ。

 翼の邪魔にならないように、シャツの後ろの幾らかの部分は、切りとられていた。

 部屋は清潔にしてあり、窓からは宇宙空間が眺められる。クゥはしばらくの間、そこに写る、オレンジ色に輝く、巨大な恒星に見とれていた。

 そして中には、椅子と机と大きなベッドが一つ、そして本が多く入っている本棚があった。

 ここまでは元々あった物だが、他にもウサギやネコなどの可愛いヌイグルミが、沢山置かれている。

 これらのヌイグルミは、実はライゼルの趣味で集めていた物だが、女の子はこうした物が好きかもしれないと考えて、彼が部屋に運んだのだ。

 部屋に入ると、クゥは辺りを見渡す。そして大きめなイヌのヌイグルミを、嬉しげに抱き上げた。どうやらそれが気に入ったようだ。

 彼女はキラキラした目で、ライゼルを見た。その目は『これも私がもらっていいの?』と言っていた。

 ライゼルはにっこりと笑って、頷いた。

 それに喜んだクゥは、ヌイグルミを抱きしめて、頬摺りする。

 彼にとって、女の子にこんなに喜ばれたのは、初めてだった。そして、今こうして喜んでいる所を見ている事も、である。

 彼女のそんな様子を見ていて、ライゼルは、微笑ましい気持ちになった。



 

「ほら! 食べる時にはスプーンとフォークを! 食べ物を口に頬張らないで!」

「ムゥー?」

「……後、口に物入れて喋らないように」

 口に食べ物を入れながら喋ったせいで、クゥの『クゥ』が『ムゥー』になっていた。

 それはそれで、とても可愛いらしかった。ただ、辺りの状況を無視すればである。

 二人はクゥの部屋で、食事を取っている所だった。

 船にいる間は、ライゼルはクゥとよく一緒にいた。クゥは寂しがって、よく彼の所に来るし、ライゼルはライゼルで、船にいる間は殆んどする事が無かったからだ。

 ライゼルはスプーンとフォークを使って綺麗に食事するのに対して、クゥは素手で食べ物を掴んで食べていた。

 クゥの周りには、食べかすが沢山こぼれていて、口元も汚れていた。

「全く……、仕方無いな」

 ズボンのポケットからハンカチを取り出すと、ライゼルはクゥの口元をぬぐった。

「何度も言っているだろ。スプーンをこう使って、こう口元に持って行って、食べ物を食べる時は少しずつ飲み込んで……」

 そう言いながら、身振り手振りで食べ方を教えようとするが、クゥはきょとんとしたままで、全く理解していなかった。

 これまでにライゼルは、何度も彼女に食べ方を教えたが、いつもこんな調子だった。

 他にも色々と、教える事に苦労する物が多かった。例えばクゥは昨日、風呂の入り方を間違えて、また辺りを水浸しにしていた。

 やはりジェスチャーで教えるのにも、限界がある。

 まだ時間はあるし、良い機会だから、クゥに言葉を教えるのも良いかもしれない……。ライゼルはそう思った。





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