喫茶《レモングラス》にて(6)
俺は足が勝手に動いていた。彼女のもとへ。
そして、彼女から強引に電話を奪い取る。
「彼女が嫌がってる。これ以上しつこくするつもりなら、俺が許さん」
相手が何かを言う前に電話を切る。
隣では彼女がぽかんとした表情で俺を見ていた。
「あの、ありがとうございます……しつこくて……助かりました」
しつこい?……彼女から告げられた言葉に眉間にシワを寄せたが、すぐに自分からは想像さえつかなかったような言葉を発していた。無意識に。
「一日くらいなら店番をやっても構わない」
「え?で、でも……」
「ただし、水曜だ。時間が一番短いからな」
「え?いいのかよ……」
「あぁ、構わない」
彼女は遠慮した様子だったが、たまには息抜きをした方がいいと告げれば嬉しそうに俺に微笑みかけた。
「はい、ありがとうございます!」
「……あぁ」
彼女の微笑みで見つめられるとどうしようもなく、高鳴る胸を抑えるように精一杯平然を装った。
「……だがしかし……これだけの皿を一人で洗っているのか?」
いつも座っているカウンターからは皿を洗ったりする様子は見られていない。一人でやってると言うが……いつやっているのだろう。それは、単純な質問だった。だが、なぜか彼女の目が泳ぎ始める。
「え?えっと……その……お客さんが途切れたとき、とか。ですか……?」
となぜか疑問系で聞かれたからか、俺も「そうだな」と返してしまった。
まぁそれは大した問題じゃない。今はこっちだ、ストーカー問題。彼女は直接的には言いたくないようだ。だからこうでもしないと、ストーカーを暴くことは出来ない。
「じゃあ、水曜な!俺、空けとくから!楽しみにしてる!……やべっ、もうこんな時間……」
と、時計を見て慌てたように出ていった。
ここには俺と彼女しかいない。
沈黙が続く。先に口を開いたのは彼女だった。
「あの……お店、任せる日にやっていただきたいこととメニューの作り方、教えますね……時間ありますか?」
「あぁ、もちろん」
彼女と二人きりでカウンター内に入っていく。
これは普通に考えれば好きな人と居られる絶好の機会だが……俺からすれば彼女をどれだけ見ても許されるのか、どれだけの距離でいればいいか……考えるときりがないほどの不安な点が押し寄せてくる。
俺は、どうしたらいい。
彼女の後ろ姿を見れば、自分の胸に収めたくなる。
彼女の笑顔を見れば、その笑顔に触れたいと思う。
つまりは、俺は……ただ、触れたいんだ。傍に居たいと強く願っている。例えそれが叶わなくても。