喫茶《レモングラス》にて(3)
あれから、彼は頻繁に喫茶に訪れるようになっていた。
そして、必ず私の目の前のカウンター席に座るのだ。いつも同じ、決まった会話しかしないが、常連になっていた。
同じく常連さんの一人、真司さんが来ていた。
真司さんは、口数の少ない彼とは真逆で明るく話も楽しい人だった。
「ねー、舞さん!」
「はい?」
「次の休み、いつ?俺とデートする約束!忘れちゃった?」
「またまた、冗談だったんじゃないんですか?」
「冗談なわけないじゃん!俺はいつだって本気だよ、失礼だなぁ……」
と、毎日のようにデートに誘われる。
見た目は今時の人っていう感じで、少しチャラそうな人。でも時々ドジで、よく飲み物をこぼしてしまう。周りが見えなくなってしまうようだ。
「ねー、まい……わー!やっちゃったよ!まただよ!あー、すみません、ごめんなさい!濡れてないですか?」
真司さんは思いっきり私の目の前に座ってコーヒーを飲んでいた彼にミルクティーをぶちまけた。
あー、やっちゃったよ、この人。
「もう、ほんっとにすみません!」
私は謝りながら自分の服で、彼の服を拭こうとしている真司さんを見て慌ててカウンターから出ていき、二人の間に入った。
「結構濡れちゃいましたね……申し訳ありません。真司さん、私がお拭きするので、大丈夫ですよ」
真司さんにそう告げるとさっきまでのハイテンションが嘘のようにしゅんと、怒られた犬のように隣の椅子に座っていた。
「はい、すみません……」
私はその姿に少し笑ってしまいそうになるが、それを堪えて近くのタオルで彼の服を叩きながら拭いていく。
「もしシミになったら言ってください、弁償させていただきます」
「いや、いーよ!それは俺が!……」
「いや、構わん。気にしてないからな……まぁ、クリーニング代を出すとしたらそこにいる小僧が出すのが当たり前だな……店には請求しない」
「いや、でも……」
業務的な会話じゃない会話をしたのはこれが初めてだった……というか、真司さんを睨んでるー!めっちゃ怒ってらっしゃるー!
「なんだよ、そんな言い方しなくてもいいだろ!」
真司さんも彼の言い方にかちんときたのか今にも掴みかかりそうだった。
それを無視するようにカウンターテーブルにコーヒー一杯分の代金を置いて去っていく彼。
「ったく、なんだよ、あいつ……感じわる!」
私はまた彼の背中を見送る。ほんとの彼はどんな人なんだろう。真司さんの言葉より、それが気になって仕方がなかった。