喫茶《レモングラス》にて(7)
私は一日蓮さんにお店を任せることになり、彼に簡単に何をやるかを伝えていった。
彼に任せるのはケーキセット。これだけにしておくことに。ケーキはあらかじめ作っておき、セットに付くドリンクはコーヒー、紅茶、オレンジジュースのみにすることで、一日は持ちそうだ。
お客さんには事前にお知らせしておけば、大丈夫なはず。
「……という感じで……」
一通りメニューの方は大丈夫そうだ。なぜなら物凄く、彼は器用だったから。ほんとに物凄く。
「客が途絶えなかったら合間で皿を洗えばいいんだな?」
「あぁ、それはスポンジが勝手に……」
「スポンジが勝手に……?ここは自動で洗うシステムか?食洗機だと時間がかかるだろう」
「え?あ、今のは……あ、そう!このスポンジで洗ってください!働き者で……じゃない、使いやすいんです!」
「?……あぁ、わかった」
何とか誤魔化せた。
もう!私ってば何言ってるの!おかしい人だと思われるー……あぁ、もう!
「まぁ、一通りわかった。なんとかなりそうだな。4時間くらいなら」
「ほんとにすみません……無理を言ってしまって……」
「構わない、と言ったはずだ。君も休みが必要だろう……相手があいつじゃ、役不足だが」
「そんなことありませんよ、真司さんは優しいし、楽しい人ですし」
「……そうか、それもそうだな」
あれ……なんだか一瞬彼の表情が曇ったような気がした。ほんとに、一瞬……私、また何か変なこと言っただろうか……はぁ、失敗続きだ。
「じゃあ、俺は仕事に戻る……何かあったらここに連絡してくれ。俺の電話番号とメールアドレスだ」
「え……あ、はい」
わ、蓮さんの連絡先……う、すぐ登録したい……でもさすがに登録したら迷惑かな……
「あ、あの!」
「なんだ?」
カウンターから出ていき、いつもの黒のコートを着ようとしている彼に思わず声をかけていた。
「登録、してもいいですか?……あ、用がなかったら連絡しませんから、絶対に!」
「……あぁ、構わない」
まただ、また目線を下に……やっぱり引いてるかな、嫌われたかなぁ……。
「用がなくても……構わない、連絡しても」
「え?」
「重要な用じゃなくても、いい。気軽に連絡してくれ」
「あ、は、はい!ありがとうございます!」
とてつもなく嬉しかった。ただ、些細な一言なのにこんなに嬉しくなるなんて。
私も心底単純だなぁ、と思ってしまうわけで。
「じゃあ、俺はこれで」
「はい、ありがとうございます」
いつものように彼の後ろ姿を見守る。
今日は彼のことをたくさん知った日。
彼の優しさに触れた日。
私は彼からもらった電話番号とメールアドレスがかかれたメモを無意識に抱き締めていた。