表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/36

専属契約

 

けえんな」


 老人はそう言って、バタンと扉を閉めた。

 正蔵の腰までの背丈の痩せた小躯は、全体的に赤みを帯びたがさがさの肌。皺だらけの顔。額には小さな角がひとつ、口と顎に白いひげを生やしていた。

 

 小鬼ゴブリン族の男性で、名はコピル。

 城塞都市『トレイア』から遠く南西にある森の中に、木造りの小屋を建てて一人住んでいる。

 

 正蔵が扉を叩いて現れた当初は、はるばる街からやってきた男を好々爺然とした笑顔で迎え、中に入ってお茶でもどうぞ、と非常に友好的な雰囲気だったのだが、

 

(こちらが『エルンハイネ冒険者ギルド』の者だとわかったとたん、アレか……)


 正蔵が名刺を出して名乗ると、とたんにしかめっ面になり、追い返したのだ。

 

 老人とギルドとの確執は、かなり根深いらしい。

 

 さて、どうしたものか。

 

 初回にしつこく食い下がるのは得策とは言えない。かといっておめおめ帰るのも相手によっては心証が悪い。

 今日は初めから様子見が目的であったし、辺りを見て回ろうと正蔵は決めた。

 

 視線を上げ、小屋の後ろ側を望む。

 

 格子状に腕ほどの太さの木が組まれていた。雑な造りの柵は、高さが15メートルほど。右を見てもずっと続き、左を見てもずっと続く。

 柵の内側は別世界だった。

 霧が立ちこめ、木々の種類も周囲とは異なる。まるでジャングルだ。

 

 正蔵は柵に沿って歩き始めた。

 これは1㎞四方の広大な〝檻〟――いや、正確に表現するなら、〝虫かご〟だ。

 

 ばっさばっさと、羽音が耳に届く。

 正蔵はおそるおそる、そちらへ目を向けると。

 

 柵の内側に、巨大な昆虫が張りついていた。

 

 蛾だ。

 

 成人男性ほどもある、巨大な蛾。

 触覚はカラスの羽のように黒く、ふわふわの白い体毛で覆われている。七色に光る羽からは煌めく鱗粉が舞っていた。

 

 『クロリガ』と呼ばれる魔物の一種だ。

 羽に付着した鱗粉は、他の魔物を追っ払う『魔避薬』の原料となる。

 魔避薬は強烈な悪臭を放つのだが、件の鱗粉はまったく臭いがない。むしろ彼らの分泌液は甘い匂いをほのかに放つので、花畑にいるように錯覚するほどだ。

 

(う、うーむ……。これだけ大きいと細部がよく見えて、グロテスクだな……)


 正蔵は虫も殺せぬ男。たんに虫が苦手だった。むろん、家族の危機であれば苦手だとかは言っていられないが。

 

 クロリガは本来、南方の熱帯地方にのみ生息していて、トレイア近辺はもちろん、王国内にも存在しない魔物だった。

 草食だが、性格は凶暴かつ攻撃的。

 巨大な羽で突風を巻き起こし、鱗粉で目つぶしをしてから巨躯で体当たりを食らわすという、頭脳派か肉体派かよくわからない魔物だ。

 

 しかもこの魔物、群れを作らず単独で生活しているくせに、外敵と戦うときだけ仲間を呼ぶ。同種の危機には近くにいるクロリガたちが集まってくるのだ。

 一匹なら並の冒険者でも立ち向かえるが、ときに100匹が殺到することもあり、外国では羽集めに軍を編成して対処するらしい。

 

 そんな危険で貴重な魔物を、なんと養殖しているのが先のコピル老人だ。

 

 彼は長い年月をかけてクロリガの繁殖に成功し、気候の異なる地で養殖するに至っていた。

 この国においてコピルは、『クロリガの羽』を独占供給する立場にある。

 

 そして同時に、彼は冒険者でもある。

 魔物を相手にする仕事は、専門の資格が必要だからだ。危険を伴う仕事だからというのもあるが、魔物は貴重な資源であるため、乱獲を防ぐ理由もあった。

 その意味では、魔物を養殖する行為は極めて特殊であると言える。

 

(コピル氏と専属契約できれば、『エルンハイネ冒険者ギルド』の名声は一気に上がる。定収も確保できるし、ぜひとも実現したいところではあるが……)


 長年営業マンとして培った勘が告げている。

 彼はなかなかの難物だ、と。

 

 コピルの本質は人懐っこい性格のようで、誠意を尽くせば仲良くなるのはそう難しくない。

 だが、彼と『エルンハイネ冒険者ギルド』の間には、確執があった。

 

(社長め、なにが『昔のことだからきっと忘れてる』だ。やはり、これは一筋縄ではいかないぞ)


 正蔵は歩きながら、昨日の打ち合わせを思い出していた。

 

~~


「コピルの爺さんは、ここの職員だったのさ」


 アドラは彼との確執について話し始めた。

 

「ゴブリンってのは、体はひ弱で魔力も低い種族でね。けどあの爺さんは長い間修業して、かなりの魔法を扱えるようになった。つっても攻撃型じゃない」


 クロリガの養殖には、柵に防御魔法をかけ、内部を熱帯環境に変える必要がある。羽を獲るときには、麻痺系の魔法を使うとのこと。

  

「だから、うちが護衛を受け持ってたのさ。最近はそうでもないけど、昔は収穫したクロリガの羽を横からかっさらおうって連中の噂がちらほらあったからね。で、『だったらうちの職員にならないか』ってエル――あたしの弟で前ギルドマスターが誘ったってわけさ」


「まさかとは思うが、利益分配で揉めたのか?」


「冗談はよしてくれ。エルはそんなみみっちい男じゃないよ。コピルには報奨金のほとんどすべてを渡してたから、うちらに護衛を頼んでたときより収入は上がってたさ」


 クロリガの羽の独占権を得る一方、コピルをギルドの『戦力』として確保したかったのだとアドラは語った。

 彼は魔法でのサポート役として優秀だったのだ。

 コピルは『最強の冒険者軍団』の一員になり、狙われることがなくなる。養殖業の合間に小遣い稼ぎもできるので、至れり尽くせりだった。

 

 そんな良好な関係に暗雲が立ち込める。

 

 ギルドマスターであるエルンハイネの死と、『冒険者ギルドの職員は冒険者であってはならない』という規則の改正だ。

 

 冒険者ギルドの依頼は、冒険者でなければ受けられない。

 コピルは養殖業者であり、冒険者でもある。ギルドからの依頼を直接自分で受ければ、報奨金はまるごと自分の収入だが、冒険者でなくなれば、他の冒険者にわざわざ依頼しなければならなかった。

 その分、収入が落ちてしまうのだ。

 

「うちに所属したままじゃ、冒険者の資格は停止させられちまう。エルを慕って集まってた連中はほとんど辞めちまったよ。だからって責めちゃいない。生活のためには当然だからね。で、爺さんもすぐ辞めると思ってたんだけど……」


 ――そんな薄情な真似ができるかっ!

 

 コピルは残ったのだ。

 ともに歩んできた仲間を、裏切りたくはない、と。

 

「なかなか義理堅い老人だな」


 正蔵は感心するも、アドラは呆れたように鼻を鳴らした。

 

「違う違う。たんにマヌケなのさ、あの爺さんは」


 話を聞けば、たしかに『マヌケ』と評して差し支えない内容だった。

 

 魔物を相手にする仕事は、冒険者しか行えない。

 当然、魔物の養殖業も含まれる。

 

 規則が改定された翌日、コピルは役所に呼び出され、養殖場の明け渡しを命じらられたのだ。

 

 彼はその可能性を完全に失念していたらしい。

 アドラに泣きつくも、一介の冒険者ギルドではどうにもならないとアドラは断った。

 

 最終的には、他の冒険者ギルドが『極上素材の安定供給が阻害されるから』と嘆願書を提出し、養殖場の運営は特例として認められた。

 が、コピルは冒険者の資格を2年間停止される。しかも冒険者ギルドに所属したままでは期間が延長されるため、エルンハイネ冒険者ギルドを辞したのだ。

 

「去る者は追わずが、うちの主義だからね。快く見送ったのにあの爺さん、『お前らのせいでこうなった』って吐き捨てやがってのさ」

 

「感想をいいだろうか?」


「言わなくてもわかるよ。『逆恨みにもほどがある』ってんだろ?」


 アドラはやれやれと肩をすくめたが、

 

「どっちもどっちだ」


 正蔵はばっさりと切って捨てた。

 

「冒険者の資格がくなれば、養殖場の運営も行えなくなるのは社長も予見すべきだった。泣きつかれたあとの対処もお粗末だ。他の冒険者ギルドができたことを貴女が率先して行っていれば、確執は生まれなかったろう」


 逆に他ギルドはその状況をうまく利用し、独占されていた依頼案件を得たのだ。

 

「確執っても、あっちが一方的に怒ってるだけだよ。ま、昔のことだし、耄碌もうろくした爺さんはもう忘れちまってんじゃないかねえ」


 笑い飛ばそうとしながらも、アドラは冷や汗をかいていた――。

 

~~


 もうすぐ柵を一周する。

 柵の中には千匹のクロリガがいるらしい。

 

(これほどの規模の養殖場を、老人一人で切り盛りするのはしんどかろうな)


 そう思いながら、小屋に近づいていくと。


「ちょっと待ってくださいよ、コピルさんっ。どうしてそんな話になるんですか!」


「しつけえなあ。もう決めたことなんだよ。おまえさんはもう手伝いにも来なくていいってんだ」


「ちょ、困りますって。ここの仕事がなくなったら、家族の生活が……」


「てめえは冒険者で身を立てんだろう? いつまでもこんなとこで燻ってんじゃねえ」


「だけど……」


「くどいっ!」


 コピルと若者が言い合いをしていた。

 

 若者は軽鎧を身に付け、腰に剣を指している。 

 20代前半ほどだろうか。短髪の栗毛。出で立ちに反し、ひょろりと頼りない。

 

 コピルが顔を背けたところで、ちょうど正蔵と目が合った。

 

「んだよ、まだいやがったのか。とっととけえんな」


 コピルが怒を吐き出した先を、青年も見やる。正蔵をみつけてギョッとした。

 

「コピルさん、あの人は……?」


「ああ、クソギルドの職員だ。あいつらも今さらなんの用があるってんだか……」


 コピルはため息を吐きだし、扉を閉めて引っこんでしまった。

 

「あ、コピルさん待っ――はあ……。ん? クソギルドってまさか!? おい、あんた」


 青年が正蔵を睨みつける。

 

「あんた、『エルンハイネ冒険者ギルド』の職員か?」


「そうだが」


「コピルさんになんの用だよ?」


 いきなりのけんか腰にむっとするも、正蔵は淡々と答える。

 

「商談に来た」


「コピルさんにあれだけひどいことをしておいて、よくも……」


 同じ話でも、語る者が違えば内容も変わってくる。はたして青年はコピルからどのような話を聞かされたのか。 その意味ではアドラの話も半分に聞いておくべきだ。

 

 ちょうどいいので、相手側の話を彼から聞こうとした正蔵だったが。

 

「二度とここへは近づくなっ!」


 青年は剣を抜いて襲いかかってきた。

 といっても、刃ではなく刀身の腹を正蔵へ向けている。殺すつもりはなく、殴って脅かしたいのだろう。

 

 ガキンッ!

 

 正蔵は微動だにせず受け止めた。

 

「いぎぃ……」


 つぶれたような声は青年から。

 相手を吹っ飛ばすつもりが、想定外の頑丈さ。岩のような硬さに剣がぶつかり、手がしびれてしまったらしい。

 

「いきなり乱暴だな」


 正蔵が見下ろすと、青年はカタカタと震え、怯えに染まった顔で見上げた。


「しかし、あの老人を守ろうとした姿勢は評価したい」


 青年の眼には濁りがまったくなく、正蔵はにっと笑みを作った。

 呆然とする彼に正蔵は告げる。

 

「すこし話がしたい。時間はあるかね?」


 青年は、何がなんだかわからない様子で、こくりと顎を下げるのだった――。

 

 

 


 小屋から離れ、森の中で樹木の根が隆起したところを見つけ、二人並んで腰かける。

 

「私はこういう者だ」


 正蔵が名刺を手渡すと、青年は怪訝な顔を崩さないまま「僕はユノーです」と丁寧に名乗った。

 

「さっそくだが、君とコピル氏との関係を教えてもらえないか?」


「僕は資格停止中のコピルさんに代わって、クロリガの羽の依頼案件を請け負っていました」


 やり取りから予想していた通りの回答だ。

 しかし正蔵は、なぜ彼が?との疑問を持った。

 

 実質的な作業はコピルが一人で行う、ただの名義貸し。

 本来、名義貸しは規則に違反する行為だが、クロリガの養殖は特例措置が取られている。

 

 だから誰が名義貸しをしても不思議はないのだが、だからこそ、見たところ冒険者としては未熟そうな彼が請け負う理由に思い至らない。

 

 それを尋ねると、


「きっかけは些細なことでした。1年半くらい前にコピルさんが街中で倒れていたのを助けたんですよ。持病の腰痛が再発したらしく、僕が小屋まで運んで、手当して、看病して、そこで僕が冒険者だと知ったら、『自分の代わりに依頼を受けてくれないか』って持ちかけてきたんです」


 義理堅い老人にとってはまったく『些細』なことではなかった。

 

「なるほど。しかし今年になって、コピル氏が冒険者の資格を取り戻したから、名義貸しの依頼はなくなった、と?」


「はい……。でもまあ、それはいいんです。分不相応だと自覚していましたから」


 ん?と正蔵は首をかしげる。

 

「では、なぜコピル氏と言い合いを? 先ほどの話に出てきた『手伝い』と関係するのかね?」


「はい。僕はコピルさんが腰を痛めていた間、養殖場のお手伝いをしたんです。直接ではなく、冒険者ギルドを経由して」


 コピルが全快してからも、ちょくちょく手伝っていたそうだ。


「クロリガ自体は放っておいても構わないんですけど、餌の管理が大変なんです。餌になる植物は成長しすぎると毒性を持ちますし、餌が豊富すぎると食べ過ぎでクロリガの品質が落ちちゃうんで」


 自然界では毒性をもろともしない別の魔物も同じ植物を食べるので、クロリガが絶滅することはない。が、養殖場にその魔物はいないため、人が管理しなければならないのだ。

 

「最初は、すごく嫌でした。きついし、稼ぎはそれほどでもないし。でも、やってるうちに楽しくなっちゃって」


 はにかんだような笑みを見せたのも一瞬、ユノーはがっくり肩を落とした。


「でも、『もう手伝いはいらない』って、コピルさんが言うんです」


 次の言葉に、正蔵は衝撃を受けた。

 

「もう、『養殖場は畳むから』、って……」


 これから専属契約を取ろうというときに、養殖場の経営自体を辞められてしまっては。


「それは困る」


「僕だって困りますよ!」


「どうしてコピル氏は養殖場を畳むと言い出したのかね?」


「わかりません。訊いても教えてくれなくて……」


 むむむ、と正蔵は腕を組んで考える。

 が、長く一緒に仕事をしてきたユノーも心当たりがないのだから、今日初めて会った正蔵に理由が思い当たるわけもなく。

 

 それでも必死に状況を分析するうち、

 

(ん? そういえば……)


 先ほどの二人の言い合いで、気になる発言を見つけた。

 

 ――てめえは冒険者で身を立てんだろう?

 ――いつまでもこんなとこで燻ってんじゃねえ。


「もしかして、君に立派な冒険者になってほしくて、身を引いたとは考えられないだろうか?」


 暴論のようにも思えたが、藁にも縋る思いで口にした。

 が、やはりユノーは「まさか」と首を振る。

 

「たしかに、けっこう前に今後のことを訊かれて、『冒険者として身を立てたい』とは言いましたけど……。そういえば、そのときちょっとむっとしてたような? ああっ! きっとそれで怒らせちゃったんだ! 養殖場の仕事を踏み台にしていると思われたんですよ、きっと」


 ユノーは頭を抱えてしまった。


「そうだよ。それで『若者に不人気な職業』だと気づいちゃって、なんかどうでもよくなったに違いない。くそっ、僕のせいだ……」


「いや、さすがにそこまで飛躍するのはおかしくないか?」


「じゃあ、どうしてですかっ!?」


 それを知りたいのはこっちだ、と正蔵は肩を落とすも――。

 

「若者に、不人気……? クロリガの養殖は、それほど魅力がないのかね?」


「そりゃまあ、さっきも言いましたけど、きついし、手伝うだけなら稼ぎは低いですからね。実際、手伝いの依頼は誰も受けてくれなくて、いつも残ってましたよ。気の毒だったから、僕が受けてたんです」


 正蔵は頭を整理しようと、しばらくユノーをほったらかして考える。

 

 莫大な利益を生む養殖場を畳むのは、とてつもなく重い決断だ。相当な葛藤があったろう。

 しかし、冒険者の資格を取り戻し、さあこれからというタイミングは、衝動的に決めたようにも思える。

 いや、前々から考えていて、たまたまユノーの言葉がきっかけになったのかもしれない。

 

(前々から……?)


 だとすれば、逆に考えるのも手だ。

 

(コピル氏は、以前から養殖場を畳もうとしていた。そして今まさにこのタイミングで、それを成したのだとしたら?)


 バラバラになったパズルが組み上がっていく感覚に震えが走る。

 

「そうかっ!」


 正蔵は立ち上がり、ずびしっとユノーを指さすと、

 

「君が原因だ!」


「やっぱり!?」


 ユノーは涙目になってしまった。

 

「いや、すまない。興奮のあまり説明を端折ってしまったな」


 正蔵は座り直し、ぽんとユノーの肩に手を置いて、

 

「君には、〝付加価値〟になってもらいたい」


「は?」


 いまだ興奮冷めやらぬ正蔵は自制して、じっくり丁寧にこれこれこう、と説明した。

 

「どうだね? やってみてはくれないかね?」


「………………はい、……はいっ! やります! 僕にできることなら、なんだってやりますよ!」


 ユノーは放心して聞き入ってのち、決意に満ちた瞳で答えた。

 

 正蔵は大きくうなずく。

 

「だがその前に、君にはちょっとした検査を受けてもらう」


「検査、ですか?」


「そうだ。これをクリアしなければ、おそらく何をやっても無駄だからな」


 内容を察したのか、ユノーが顔をこわばらせた。

 

「それと、ひとつ注意しておく」


 ごくりと、ユノーが生唾を飲みこんだ。

 

「検査をしてくれる人を見て、あまりの美しさに卒倒しないように」


「はい?」


 目をぱちくりさせるユノーを、正蔵は肩に担いで走り出した。

 

 最愛の妻が待つ、我が家へ――。

 

 

~~~



 翌日、準備万端整えて、コピルの住む小屋を訪れた。

 ユノーと、社長であるアドラも一緒だ。

 とはいえ、追い返されるのは覚悟していた。そうなれば、あとは根競べだ。話を聞いてもらえるまで、何度も足を運ぶ覚悟だった。

 

 が、意外にもコピルはすんなり正蔵たちを迎え入れた。

 もしかしたら、エルンハイネ冒険者ギルドの者たちが謝罪に訪れるのを、ずっと待っていたのかもしれない。


 板張りの殺風景な部屋で、

 

「まだ根に持ってんのかい? 相変わらず小さい男だねえ、見たまんまでっ!」


「なにぉう! てめえこそ、前と一緒でぶくぶく太りやがって! 貧乏暮らしでも脂肪は減ってくれねえってか?」


「もう一度言ってみなっ!」


「おうっ、何度でも言ってやらあ!」


 二人は顔を合わせるなり口論を始めた。

 互いに口汚く罵るだけで、まったく話が進まない。

 

 だが正蔵は座して眺めるだけで、口を挟みはしなかった。

 たまらずユノーが正蔵にすがる。

 

「止めたほうがよくないですか?」


「二人とも意地っ張りなところがある。この手のタイプは、内にため込んだものを全部吐き出したほうがいいのだよ」


 だから黙って見ていなさい、と正蔵は微笑みを返した。

 

 口論はゆうに1時間は続いた。

 お互い声を枯らし、肩で息をしている。

 体力が限界に近づいたのか、口数も少なくなり、最初の勢いも鳴りをひそめた。

 そして、ついに――。

 

「……あたしが、悪かったよ」


 アドラが目をそらし、悔恨の言葉を口にした。

 

「エルが死んじまって、これからどうすりゃいいかって、余裕がなかった……」


「ふん、急にしおらしくなりやがって。らしくねえなあ」


「なんだって!?」


「けっ、余裕がなかったのは俺も一緒だ。あんときゃ、悪かったな……」


「コピル……」


「ああっ! しけた面してんじゃねえよ! この話は終いだ。2年も経ってんだ。ごちゃごちゃ引っ掻き回すこたあねえ」


 コピルはぷいっとそっぽを向いた。その頬を限界まで赤らめて。

 

 確執は幸いにも、早期に丸く収まったようだ。

 やや拍子抜けしつつ、ようやく正蔵が口を開く。

 

「では、わだかまりが解けたところで、仕事の話をしましょう」


「てめえ、ちったあ空気読めよ」


「いちおう読んでいるつもりですがね。さて、私どもはクロリガの羽の調達依頼を受けています。それをコピルさんにお願いしたいのですが」


 コピルは「はんっ」と鼻を鳴らすと、

 

「いいぜ」


 あっさりと承諾した。が、ユノーを見やり、語気を弱めて続ける。

 

「そいつがいるってことは、聞いてんだろ? ここはもう閉めちまうんだ。残ったクロリガは全部処分するから、大量の羽が取れる。てめえらんとこ以外の依頼も、全部賄えるくらいな」


「ええ、聞いていますよ。その上でお願いします」


 正蔵は、ずいっと身を乗り出して、

 

「ここの閉鎖は思いとどまっていただきたい」


「はあ?」


「そして、来年以降も優先して我がエルンハイネ冒険者ギルドから依頼を受けてもらえるよう、専属契約を結んでいただきたい」


 しんと、小屋の中が静まった。

 コピルが目をすがめて言う。

 

「てめえ、話を聞いてたのかよ?」


「もちろんです。そして昔のよしみで専属契約をお願いしているのでもありません。私どもは、貴方の望みを叶える用意があります」


「俺の、望みだと……?」


 正蔵が居住まいを正すと、横から別の人物が前に進み出た。床に額をくっつけるほど頭を下げたのは、ユノーだ。

 

「僕を、ここで働かせてくださいっ!」


「ちょ、てめ、何言ってやがる? そりゃあもう、お断りだって――」


「僕に、クロリガの養殖のすべてを叩きこんでくださいっ!」


「なっ!?」


 コピルが硬直した。

 体を震わせ、目だけを動かして正蔵へ向ける。

 

「コピルさん、貴方がクロリガの養殖場を畳もうと考えたのは、跡継ぎがいないから(、、、、、、、、、)ですね?」


「……」


「それは腰を痛めたあたりから、考えていたのではありませんか?」


「……」


 コピルは答えない。けれど沈黙は肯定だと、この場にいる全員が理解していた。

 

「冒険者の資格を停止されていた貴方は、いつでも畳むつもりでいた。だが、ユノーさんの働きぶりを見て、彼にすべてを託そうとしたんじゃありませんか? 資格が戻ったら、本格的に彼を育てようと」


 ところがある日、ユノーは『冒険者で身を立てたい』とコピルに語った。

 ユノーに深い意味はなかったが、コピルは若者の野心ある言葉として重く受け止めたのだ。

 

 資格が戻ったら名義貸しはやめると、最初に約束している。

 ユノーとの関係が途切れるいい機会だ。


「だから彼を送り出し、養殖場も畳もうと貴方は決めたのですね。下手に引きとめても、後でごたごたが起きるかもしれないとも考えた。自分のときと、同じように」

 

 コピルが、ふっと息をついた。

 

「ああ、その通りだ。けどな、てめえらはひとつ、考え違いをしてやがる」


「考え違い、ですか?」


「そいつは、魔法が使えねえ。クロリガを相手するには、最低でも俺くらいの魔法が使えなきゃ、やってられねえんだよ」


 沈黙が降りる。

 それを楽しむかのように、正蔵はにやりと笑った。

 

「ええ、たしかにユノーさんに、魔法の才能はまったくありませんでした」


「えっ?」と驚いたのはコピルだ。


 彼は魔法に詳しくない。

 独学で努力して今のように魔法が扱えるようになったが、実のところユノーに才能があるかどうかはわかっていなかった。

 だから別の人が見れば隠された才能があるかもしれないと、ちょっとだけ期待していたのだが……。

 

「この世界でおそらくもっとも魔法に明るい人物に、彼の素質を検査してもらいました。結果、まったく才能なし、と出ました」


「ぇぇ……いやいや、もしかしたらもっとすごい奴にみせれば――」


「いえ、彼女が才能なしと判断したのなら、絶対にユノーさんに魔法は使えませんっ」


「ぁ、ああ、そう……」


「まことに残念です」


「そう、だな……って待ちやがれ! 話の流れがおかしくねえか?」


「おかしくはありません。彼には魔法の才能がありません。が、跡継ぎにはぴったりです」


「は?」


 コピルが呆気にとられる。

 ユノーはさっきからボロクソに言われたがめげず、真摯にコピルへ向き合った。

 

「僕は魔法が使えません。才能がありません。でも――」


 目をキラキラ輝かせ、

 

「魔法が使える人を雇えばいいんですっ!」


「ぁぁ、うん、なるほどなぁ……」


「むしろ、そんな人をお嫁さんにしますっ!」


「ぁぁ、うん、がんばれや……」


 コピルはものすごく覇気が抜けていた。

 

 実のところ、正蔵も一度は諦めかけた。

 魔法のスペシャリスト、女神である妻シルビアにユノーを引き合わせたところ、

 

『なにをどうがんばっても、この方は魔法が一生使えませんね』


 と言われて絶望した。

 が、思考をリセットして考え直したところ、先にユノーが告げた結論に至ったのだ。

 できないことは、誰かにやってもらう。

 外注すれば、いいのだっ!

 

「確約はできませんが、私どももユノーさんのお嫁さん候補を適宜推薦させていただきます。確約はできないのですが」


「えらく念を押しやがるな……」


 コピルは角の生えた頭をぽりぽりとかき、

 

「わかった、わかったよ。俺の負けだ。実力はまあ、高が知れてやがるが、生きのいい跡取りを見つけてきてくれたんだ。仕事は続ける。でもって――」


 ふふっと口元をほころばせて、言った。

 

「あんたらと専属契約ってのを、結んでやらあな」


「ありがとうございますっ!」


 正蔵は右手を前に差し出す。

 

 コピルがその手をがしっとつかんだ。

 

 これで、正蔵の初仕事――初の依頼が達成されたに等しい。

 

「ところでよ、ユノーの嫁さんも、ホントよろしく頼むぜ? 魔法が使えるだの贅沢は言わねえからよ」


 正蔵は、ぐっと力が込められた手を、握り返すことはできなかった――。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このお話はいかがでしたか?
上にある『☆☆☆☆☆』を
押して評価を入れてください。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ