初の営業、その成果
初の出勤日。正蔵は朝の8時45分きっかりに〝出社〟した。
この街で冒険者ギルドが開くのは午前10時から午後4時まで。その前後は準備や事務仕事を行うのだ。
彼の席は入り口からカウンターへ向かって右奥。なるべくお客様から遠く、目立たない位置に決めた。もっとも正蔵は営業職だから、ギルドの受付時間中は外へ出るつもりでいる。
正蔵はまず、冒険者ギルドに関する法関連の資料に目を通した。自分がどのような規則の中で立ち回るのか、最初に知っておくべきことだ。
ざっと最後まで読み終えて、不可解な点に気づく。
(おかしいな? どこにも書かれていないぞ?)
当然あると思っていた規則が、再読しても見当たらなかった。
依頼が大手に集中する理由。
零細ギルドにまで回ってこない理由。
アドラの話しぶりでは『信用ないところに依頼はない』とされていたが、正蔵は家に帰って黙考するうち、はたしてそれだけだろうか?と疑問を抱いていた。
もっと合理的な理由があると考え、その根拠を規則の中に求めたのだが……見当たらない。完全に記載されていなかった。
ではなぜ?との疑問を抱えたまま、続けて経営状況を確認すべく、帳簿にも目を通す。
(なんだ、これは?)
帳簿には不可解な単語が記されていた。
(まさか……)
とある可能性に思い至り、正蔵はアドラに声をかけた。
「社長、質問をよろしいか?」
相変わらず背もたれに首を預けてうとうとしていたアドラが、のそりと顔を戻す。が、
「ソフィ、頼んだ……」
言いながら机に突っ伏してしまう。
「もう、伯母さんっったら……。もう受付の開始時間はとっくに過ぎているんですから、シャキッとしてください」
正蔵の前の席に座るソフィが口を尖らせた。
「ソフィさん、いいじゃないか。社長は夜遅くまでよそで働いて、疲れているのだろうからな」
「っ!? なんであんたがそれを!」
アドラが血相を変えて飛び起きた。
「たった今、帳簿を見させてもらったが、どう考えても4人が暮らしていける稼ぎはない。というか真っ赤だ。となれば、誰かがどこかでお金を工面しているのは当然だ。昼間はみな、ここで働いていて、たった一人眠そうにしている――」
「ああっ! もういい、もういいよっ! なんだろうね、ホントにもう。勘のいい男だよ。ったく、そういうのは黙っとくもんだろうに」
「隠しているつもりなのは貴女だけだ」
「えっ?」
アドラがぐるりと視線を巡らせる。受付のモコはにんまり笑っていた。
「あんたたち、知ってて……」
「当然だ。沈みかけの船を必死に維持している船長を、船員が見ていないわけがない。どうも社長は彼女らを守ろうとするあまり、逆に守るべき対象をよく観察していない節が――」
「もういい、わかった。わかりましたよ! あんたがいると調子が狂っていけないよ……」
「それで、質問なのだが」
「そりゃソフィに任せたよ」
アドラは真っ赤にした顔を隠すように再び机に突っ伏す。
指名を受けたソフィは苦笑いしつつ、正蔵に「なんでしょうか?」と尋ねた。
「冒険者ギルドの規則によれば、『依頼主は依頼が達成された場合、報奨金の額に応じて数%から十数%を冒険者ギルドに支払う』とある。要するに『斡旋料』だな。それはいいのだが、帳簿にはそれとは別に『手付金』と呼ばれるものが記載されている。これは?」
「手付金は依頼主さんが冒険者ギルドに依頼を登録するときに、前もって支払うお金です。依頼が達成できなくても、その分はこちらの収入になるんですよ。依頼が達成された場合は、斡旋料から手付金を引いた差額を依頼主さんは冒険者ギルドに支払います。冒険者ギルドの保護を目的としたものですね」
「保護?」
正蔵は引っかかりを覚えた。が、先に別の疑問を口にする。
「だが、規則上は『手付金』という言葉はどこにもない。昨日、社長も『依頼が達成できなければ銅貨一枚も入って来ない』と言っていたが?」
疑問に答えたのは、突っ伏したままのアドラだ。
「んなもん、言葉の綾って奴さ。いちいち全部あの場で説明なんてしてらんないよ」
ソフィが言葉を継ぐ。
「規則とは別に、ギルド同士の取り決めや、通例となっているものがいくつかあります。時期によって変わったりもしますから、明文化されてはいないんです」
商慣習というやつか。だが、これは――。
(手付金の慣習で得をするのは、大手だけだな……。なるほど、だから零細にまで依頼が回ってこないのか)
最初に抱いた疑問。その答えが明らかになった。
正蔵は規則上、『ひとつの依頼はひとつの冒険者ギルドにしか登録できない』と考えていた。
だから大手ギルドに依頼が集中するのだと。
しかし、規則にはどこにも言及されていない。
つまり、『ひとつの依頼を複数の冒険者ギルドに登録する』のは禁止されていないのだ。
であれば、重複して達成されても困らないような依頼――たとえば在庫が常に枯渇しているような稀少な素材を調達する依頼を、現存する冒険者ギルドすべてに投げても不思議はない。
が、そんな依頼がこのギルドにひとつもないのは明らかにおかしい。
しかし、『手付金』なる負担が依頼主に発生するのであれば、話は別だ。
これが枷となり、依頼主は信用のおけない零細ギルドには依頼できないのだ。
「もしかして、依頼を取り下げる場合も、違約金が発生するのかね?」
「はい。そちらも規則にはありませんけど、通例として」
いずれも、ソフィはおそらく『零細ギルドにも幾ばくかのお金が入る良い慣習』と捉えているようだ。
(この場で誤解を正すこともできるが……)
経験は知識に勝る。
学ぶならば実地のほうが断然いい。
正蔵は立ち上がると、
「今から出かける。ソフィさん、君も一緒に来てほしい」
「営業ですねっ!」
「ああ。挨拶がてら、仕事の話もしようと思う」
「わかりましたっ」
ソフィは気合十分だ。正蔵はうなずきを返してから、
「それと――」
ぽつんと離れた席で一人、うつむいてぶつぶつ言っている女性に声をかけた。
「ラーライネさん、君にもお願いする」
「………………っ!?」
ぴたりとつぶやきを止め、しばらく固まっていたナーガ族の女性――ラーライネは顔を跳ね上げ、ものすごい勢いで首を横に振った。振り続けた。
長い黒髪が水平にまで上がり、病的までに真っ白な容貌がちらちら覗く。
正蔵は初めて彼女の素顔を見たが、愛らしい整った顔をしていた。
「あの、オニガワラさん。ラーライネさんは極度の人見知りで、外へ出るのは……」
「なんとなく理解したが、ぜひともお願いしたい。誰かと話せと無理を言うつもりはない。我々の後をついてきて、いつものように思ったことを口に出していてくれればよいのだ」
ぴたりとラーライネの動きが止まる。
「そ、それ、くらい、なら……」
蚊がささやくような声だが、正蔵は聞き逃さなかった。
「ありがとう。では急ぐとしよう。昼時は避けたいからな」
正蔵がアタッシュケースをつかむ間に、ソフィはバタバタと支度を整え、尋ねた。
「どちらへ行くんですか? わたし、昨日行きそびれたところがあって――」
丸眼鏡の奥をらんらんと輝かせる彼女に、正蔵は――。
「昨日、君と出会ったお店だよ」
「えっ?」
「そこで大口の契約をひとつふたつ、取ろうと思う」
ソフィは正蔵の言葉を咀嚼するように一人繰り返して、
「……ええっ!?」
腹の底から驚きの声を上げるのだった――。
目的の場所へは、思ったよりも遅く着いた。
ラーライネが遅々として進まなかったからだ。引きこもってばかりいた彼女は20分ちょっと歩いただけでふらふらだった。
歩くと言っても、彼女の下半身(正確には太ももから下)は蛇のそれ。ずりずりうねうねと進んでいたのだが。
2分ほど休憩して、正蔵たちは店に入る。
街でも指折りの素材屋だ。
店の名前は『ジブロワ商店』。
老舗でもあり、経営者一族は家名を与えられ、店の名に冠している。
天井は2階をぶち抜いたほどの高さがあり、壁面の棚には商品で埋め尽くされている。上の棚の商品は、はしごを上って取るらしい。
「なっ!? あ、あんたは昨日の……」
昨日、ソフィを追い返していた小太りの男がいた。彼が店主だと事前にソフィから聞いている。まだ30代だが、父親が早くに隠居したため、大店を切り盛りしている。
「こんにちは、ジブロワさん」
「な、何しに来たんだ? まさか、やっぱり脅しに……」
「いえいえ、誤解ですよ。今日は、お礼を言いに来たのです」
「お、お礼……?」
ジブロワが怪訝に眉を寄せる。
「私は昨日、本当に偶然通りかかっただけでした。お恥ずかしい話ですが、働き口を探してウロウロしていましてね。そこでたまたま出くわした、という次第です」
「そ、そうななのか……? でも、なんでお礼なんて」
ジブロワは首をひねる。
「そのときの縁で、私は彼女――ここにいるソフィが勤める『エルンハイネ冒険者ギルド』に就職できたんですよ」
ソフィがぺこりと頭を下げる。が、目はジブロワに向いていない。正蔵の一挙手一投足を見逃すまいと、睨むように瞳をぎらつかせていた。
注意したいところだが、お客様になるかもしれない人の手前、みっともなくて何も言えない。
「ふーん……。でもまあ、俺はあんまり関係ないような?」
「いえいえ。ジブロワさんに誤解を与えてしまった私は、彼女に謝罪するため声をかけました。そこから話が進みましてね。もし貴方が誤解していなかったら、何も言わず素通りしてしまうところでした」
正蔵は深々と頭を下げる。
「本来なら手土産を持参するところですが、言葉だけのお礼となってしまい、申し訳ございません」
「よしてくれよ。俺は勘違いしただけだ。逆にそれで感謝されたら、赤っ恥もいいところだよ」
「これは失礼しました。考慮が足りず……」
正蔵が頬をかくと、ジブロワは表情を緩ませた。
「ま、気にしないでくれよ。なんだか怖い人かと思ったけど、やけに腰が低いなあ。てか、ギルドの職員ってより、まんま冒険者をやったほうがよかったんじゃないか?」
「よく言われます。が、自分には向いていないようで」
互いに笑顔となり、打ち解けた雰囲気になったかに思えたが、ジブロワは目をすがめて言った。
「で? あんた、お礼にかこつけて何をしに来たんだい?」
さすがに若くして大店を継いだ男だ。なかなかに鋭い。
しかし正蔵は慌てない。ぐるりと店内を見渡して、
「いやあ、壮観ですなあ。これだけの大店ともなると、商品の数がまさしく見上げるほどある」
「そりゃそうさ。なにせ素材の扱いじゃトレイア一だからな。ちまちました商売はしない主義でね。当然、あんたら零細な冒険者ギルドに頼むような小さな依頼もない」
先んじてジブロワは、言外に『だからお引き取り願おう』とにおわせてニヤついた。
「むろん、承知していますよ」
正蔵は動じることなく、にっこりと笑みを作り、
「すでに他の冒険者ギルドに依頼したものを、私どもにも依頼していただきたい」
あっけらかんと言い放った。
ジブロワだけでなく、ソフィもラーライネも驚いている。
「ひとつの依頼を、複数の冒険者ギルドに同時にお願いするのは、禁止されていませんね?」
「そりゃあそうだが、あんたんとこに改めてとなれば手付金が要る。貴重な金をドブに捨てるようなマネは――」
「手付金は要りません」
またも、正蔵以外が驚きに硬直した。
「他のギルドで先に依頼が達成された場合、取り下げの違約金も必要ありません」
追い打ちをかけるような言葉に、最初に我に返ったのはラーライネ。一人ぶつぶつ言い始める。
次にソフィが声を上げた。
「ちょっと待ってください、オニガワラさん。そんなことをしたら――」
「何か問題があるのかね?」
「だって、それじゃあ、お金が……」
「ソフィさん、前提を間違えてはいけない。我々冒険者ギルドは、『受けた依頼は達成されるべきもの』と考え、全力を尽くさなければならないのだよ」
ソフィは目から鱗と言わんばかりに「おおっ」と感嘆の声を漏らした。が、やはりちょっと不安そうだ。
「手付金、違約金はともに、零細に仕事を回さず、大手が小金をちょろまかす悪しき慣習だ。そんなもの、存在するほうがおかしい」
場合によっては必要なのだが、現状は零細ギルドに不利に働いている。そして、依頼主側にも。
ジブロワは「へえ」と満足そうな笑みを浮かべた。
「ジブロワさん、いかがですかな?」
「……ま、タダで依頼を受けてくれるなら、全部持ってってほしいくらいだよ。腐る物以外、だけどな」
「いえ、どの依頼を受けるかは、こちらで判断させていただきます」
ジブロワが眉間にしわを寄せた。
ソフィはあわあわと挙動不審な動きをする。この子は感情が揺さぶられると、行動に表れてしまうらしい。
ひとまず注意は後にして。
「お怒りはごもっともです。『零細ギルドが仕事を選ぶのか』とお考えなのでしょう。が、その通り、我らは零細。処理できる依頼の量は限られています。確実に依頼をこなすには、当方で吟味させていただかなければなりません。ご理解いただきたい」
正蔵が頭を下げると、ジブロワはふっと息をつき、頭をかいた。
「確実に、ときたか。大した自信だねえ。ま、こっちに損害はないんだ。乗ってやろうじゃないか。そこまで言うなら、何かしら条件があるんだろ? 言ってみな」
「助かります。では、依頼の期限が比較的長いものを。1か月から3か月程度のものをお願いします」
「じっくりやろうってのか? それもいいか。ちょっと待ってな」
ジブロワは重そうな体を揺らし、奥へと引っこんだ。
待つ間、ソフィは何か言いたげにちらちら正蔵を見やる。さすがにそわそわと落ち着かないので、正蔵から話を振った。
「何か言いたいことがあるなら言ってみなさい」
促され、ソフィは背筋を伸ばした。
「えっと、大口の依頼は、熟練の冒険者が複数人でようやく達成できるものがほとんどです。そんな人たちが、うちを訪ねて来てくれるとは思えませんっ」
自信満々に情けないことを言う。
「それは当然だ」
「だったら――」
「誰が、『座して待つだけ』と言ったかね?」
「えっ?」
ソフィは顎に手を添えて考えてから、『これだっ!』と言わんばかりの表情で声を張り上げた。
「呼び込みですねっ。大通りまで出て、大きな声で呼びかけるんですよね?」
「違う」
「はぅ……」
「それで成功したことがあるのかね?」
「……ありません」
「だろうな。と、ほら、ジブロワさんがいらしたようだ。この話は後にしよう」
正蔵はいったん話を切るも、ソフィにそっと耳打ちした。
「私と彼が話している間、彼女の声に耳を傾けてみなさい」
視線の先には、一人ぶつぶつとつぶやくラーライネがいた――。
「とりあえず、5つばかし持ってきた。どれにするね?」
「拝見します」
正蔵は依頼内容が書かれた紙を受け取り、ひとつひとつ読み上げる。
当初は訝っていたジブロワだが、『変わった男』との印象が定着したのか、口を挟んではこなかった。
「さて、次は……ほう、『クロリガ』の羽ですか。鱗粉がたっぷりついたものを、大袋20個分…………かなりの量ですな…………1度の依頼で指定できる最大量ですか。たしかこれは、『魔避薬』……魔物を追っ払う粉末の材料でしたか」
正蔵は言葉を紡ぎながらも、耳に神経を集めていた。
彼は『クロリガ』が何かも、その鱗粉が何の材料になるかも知らなかった。一度の依頼で指定できる最大量も知らない。
たった今、読み上げながら得た知識だ。
正蔵の背後から届く、小さな小さなつぶやきからだった。
ところで、ソフィはラーライネにくっつきすぎではないだろうか?
「これからの季節、魔物が活発になりますからな。期限は2か月後…………」
間の空く語りに我慢できなくなったのか、正蔵が続ける前にジブロワが割って入った。
「今年の分は去年確保しているからな。腐る物でもないし、毎年この時期に出してのんびり待つのさ。ただ、その依頼は誰がやるか、もう決まってるようなもんだぞ」
「……そのようですな」
「しかもその冒険者は、あんたらのとこと因縁があるんだろ?」
にやにやしているところから考えて、こちらの反応を楽しむためだけに持ってきた依頼らしい。
事実、ソフィが苦い顔をしていた。彼女には珍しい表情だ。
「ええ、そのようですな。では、こちらの依頼は受けさせていただきます」
「えっ!?」「は?」
驚きの声はソフィが先。
ジブロワは良心が咎めたのか、バツが悪そうに顔をしかめた。
「意地の悪いことをして、すまなかった。無理に引き受けてくれる必要はないんだぞ?」
「いえ、お気になさらず。自信があるから受けさせていただくのです」
その後、正蔵は残りの依頼案件からひとつを選択した。
登録の手続きを手早く済ませ、深々と頭を下げる。
「ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします」
「依頼の登録をして礼を言われたのは初めてだよ」
ジブロワの最後の言葉が胸に突き刺さる。
そんな横柄な連中に、負けるわけにはいかなかった。
店を出ると、ソフィがいきなり手を挙げた。
「あの、さっきのお話の続きなんですけど」
どうぞ、と促すと、ソフィは自信なさげに言った。
「ラーライネさんは、オニガワラさんが依頼内容を読み上げるたびに、その依頼にふさわしい冒険者の特徴をつぶやいていました。中には、その、具体的なお名前も……」
「うん、それで?」
「だから、わかりました。冒険者を待つのでもなく、呼び込みするでもない。『ふさわしい冒険者に直接お願いする』んですよね?」
「その通りだ」
正蔵は満面の笑みで答えたものの、ソフィは眉尻を下げたままだった。
「なるほど。これも慣習で禁じられているのか。おおかた、特定の冒険者に依頼が集中して不公平だ、という理由か」
「は、はいっ。そうです。よくわかりましたね」
「なるべく仕事を減らしたい大手や中堅どころの詭弁だな」
「はい?」
「ラーライネさんは、どう思うね?」
突然話を振られ、びくっとなって独り言を止める。が、すぐにぼそぼそと語り始めた。
正蔵の問いに答えたものだが、普段のつぶやきとは違い、ものすごくゆっくりペースなので正蔵が代わりに要約すると。
現状、冒険者の数に比して依頼の数は過剰になっている。
冒険者は階級化され、依頼もそれに即して階級が付与されており、依頼は階級が下位に向かうほど多くなる。
仮に自分の実力に見合った依頼が枯渇しても、受ける依頼の階級を一段下げれば仕事には困らない。
以上から、特定の冒険者に一定数の依頼が集中しても、他の冒険者が仕事にありつけない事態は起こりえない。
代わりに語ったのは正蔵だが、ソフィはラーライネに羨望の眼差しを送りながら聞き入っていた。
「大手は放っておいても依頼や冒険者は集まってくる。が、我ら零細が同じことをしてもジリ貧だ。だから、我らは攻めなければならない。依頼も、冒険者も、こちらから出向いて奪い取るんだ」
ソフィはきりりと表情を引き締めた。
ラーライネの表情は黒髪で隠れて覗えないが、黙ってこくこくとうなずいている。
「さて、手付金と違約金の撤廃というカードを使って依頼は取れた。次は依頼をこなしてくれる冒険者を見つけるために何をすべきか、だが」
はいっ、とソフィが手を挙げた。
「斡旋料の一部を、冒険者の報奨金に還元しますっ」
「得策とは言えないな」
「なぜ、でしょうか?」
落ち込むでもなく理由を問うた姿勢に、正蔵は嬉しくなった。
「悪しき慣習である手付金や違約金とは違い、斡旋料は規則で定められた我らギルド側への当然の報酬だ。これを削ってしまうと、いつか我らの首は回らなくなる。短期的にはよいのだが、中長期的には下策となってしまうのだよ。だからといって途中で元に戻しても、今度は冒険者側から不満が漏れるだろう」
ではどうするか?
ソフィはごくりと喉を鳴らし、ラーライネは髪の隙間から正蔵を見やった。
「付加価値を、提供する」
ハッとする二人。
「なんですか、それ……?」
だがよくわかっていないようだ。
「他のギルドで依頼を受けても得られない、冒険者にとって有益なものを提供するんだよ。金銭的なものも含まれるが、今回それは使えない」
たとえば、と正蔵は解説する。
「依頼が飽和状態にあるとはいえ、冒険者にも得意分野や好みがある。だからその人が希望する依頼を、こちらで見つけて紹介する、などだな。あくまで一例に過ぎないが」
なるほどー、と二人が大きくうなずいた。
ソフィがまたも手を挙げる。
「具体的に何を提供するかは、相手に合わせる、ということですね?」
「その通りだ。そのためには、相手を知り、分析し、複数の案を用意しなければならない」
というわけで。
「ギルドに戻って昼食を摂りながら、みんなで話し合おう」
「はいっ!」
「う、うん……」
こうして3人は意気揚々とギルドに戻った。
途中、久しぶりの外出で力尽きたラーライネを、正蔵はおんぶして――。