※鬼瓦3姉妹の日常(1)
3姉妹が本編になかなか登場できないので、彼女たちの日常を紹介する短いストーリーを割り込ませてみます。
本編とはあまり関係ありませんが、のんびりお楽しみいただければ。
父、正蔵が不在となるのは、異世界に来て初めてだった。
正蔵が出かけてすぐ、家族と居候一人はリビングに集まる。子どもたちの授業が開始される前の、団らんのひと時だ。
公共放送の幼児向け番組から、楽しげな歌声が聞こえてくる。三女陽菜は銀髪を振り振りさせ、歌のお姉さんに合わせて踊っていた。
ちなみにテレビの電波は届かないが、ネットの番組配信サービスを新たに契約して視聴できるようになった。
日常となった、のんびりした雰囲気の中、いきなり次女の香菜が諸手を挙げて立ち上がり、叫んだ。
「冒険に、行きたいっ」
陽菜がぴたりと動きを止め、目を輝かせて香菜を見た。みなの注目も集まる。
「毎日家にこもってたら、体がなまっちゃうよ。だから、冒険に行こうっ」
右のこぶしを突き上げ、気合も十分だ。
長女の優菜が手を挙げて言った。
「お父さんはいないんだよ? 危ないじゃない」
「それ以前に、今日のお勉強がですね……」と居候女神で教師役のエマリアも挙手してつぶやく。
続けて陽菜が、「はいはいはいっ」と元気よく手を挙げた。
鬼瓦家では、発言するときは手を挙げるよう習慣づけている。でなければ、3人娘の言葉の応酬で収拾がつかなくなってしまうので。
「はい、陽菜っち」
「ひなさまも、おそとであそびたいですっ。なぜなら、かけっこのれんしゅうがしたいからですっ」
鬼瓦家では、発言には理由を伴うよう習慣づけている。思ったことを告げるだけでは、これまた収拾がつかなくなると危惧してだ。
「うん、外で遊びたいのかー。あたしがせっかく『冒険』ってもっともらしい表現を使ったのに、それ言っちゃったかー」
「要するに香菜も遊びたいだけでしょ?」と優菜が半眼で告げる。
「ぶっちゃけちゃうと、そうなんだけどね。てかさ、安全面はママがいるから大丈夫だよ。女神だし。魔法使えるし」
「でもお母さん、家事をしなくてはいけないわ」とシルビアは困り顔。
「んじゃあ――」
香菜はにんまりとしてエマリアを見た。
「わたくしは奥様のように、お気軽に魔法を使えない事情がありまして……」
「じゃなくってさ、エマリア先生が家事をやればいいんだよ」
「それはダメよっ」
ぴしゃりとシルビアが言い放つ。
「鬼瓦家の家事は、私の聖域。たとえお義母様であっても譲れないわ。優菜と香菜はもっとお手伝いしてくれてもいいけど♪」
「しまった。棚ぼただったか……」
「それを言うなら『やぶへび』でしょ。あんたはやっぱり、ちゃんと勉強しなさい」
ぎゃふんと頭を抱える香菜に、シルビアが優しく声をかける。
「お母さん、お洗濯とお掃除を早めに片づけるから、午後に陽菜ちゃんのお昼寝のあと、みんなで外へ行きましょうか」
「さっすがママ」
「その代わり、それまでに今日の課題はきちんと終わらせておくのよ?」
シルビアは釘を刺すのを忘れない。
「はーい」
そうして、午後になり、三時のおやつをいただいて――。
「かけっこですっ」
「お、陽菜っち、やる気だね。でもお姉ちゃんは手加減しないよ?」
「ほんきで、かかってくるです」
香菜と陽菜は、視線で火花を散らす。
敷地の外。
土がむき出しの荒れ地だったところは、シルビアが魔法で均して運動場のようになっていた。
エマリアは「お、奥様ぁ……」と涙目だったが、可愛い娘たちが荒れ地に足を取られて転んでケガをしては困るのだ。
陽菜の後方、20メートルほど距離を開け、香菜がクラウチングスタートの構えを取る。
ゴールは陽菜のおよそ20メートル先。
ハンデ戦だが、両者の目は真剣そのもの。
「では、いくです。よーい………………すたーと、ですっ」
陽菜は自ら掛け声をかけながらも、やや遅れて、たったか走り出す。
「うぉりゃぁっ!」
香菜は本気の爆走だ。
二人の距離はまたたく間に詰まっていき、しかし香菜は、陽菜のすぐ後ろでぴたりと止まった。走る体勢で固まっている。
陽菜は気づかず、たったか走る。
やがてゴールに近づいて、香菜は再び爆走を再開。
「うぉりゃぁっ!」
二人、並んでゴール――ではなく、香菜がわずかに先にゴールした。
「はっ!? しまった!」
慌てて後ろを振り返れば、涙をこらえる園児の姿が。
「いや、あの、これは……」
わたわたと慰める言葉を考えていたら、陽菜はキッと香菜を見上げ、
「ひとは――」
「ん?」
「はいぼくをかってに、せいちょうするです」
「勝手に?」
「かってに」
「そう、か……。うん、人は勝手に成長するもんだよね」
互いにうなずく下姉妹。がっちりと握手を交わす。
「よし、それじゃあ勝手に成長し、姉をも超えた妹の勇姿をご覧に入れましょう」
下姉妹のやり取りを呆れ顔で眺めていた優菜へ、香菜はにんまりと笑みを飛ばす。
「わたしはやらないからね」
「優菜姉も、ちょっとは運動したほうがいいよ」
「い、いいじゃないの、べつに……」
「そんなだから不完全優等生って呼ばれるんだよ?」
「あんた以外言ってないわよっ!」
「ふっ、ようするに、怖いんだね。姉に勝る妹の存在がっ」
「くっ……、そこまで言うなら、見せてあげるわよ。お姉ちゃんの実力ってやつをっ」
顔を紅潮させる姉を見て、妹たちは思う。
(煽るとすぐノッテくる優菜姉って可愛いなー)
(かわいいですぅ)
で、香菜を後方5メートルの位置からスタートとする姉有利のハンデ戦で。
「うん、まあ、優菜姉にしてはがんばったよ」
「うる、さい……」
およそ40メートルを全力で駆け抜けた優菜は、しばらく立ち上がることができなかった――。