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41歳で始める就職活動


 鬼瓦一家が新築一戸建てごと異世界へ転移して、1週間が経った。

 

 休職、休学といった諸手続きはつつがなく終わり、正蔵はメールや電話で仕事も部下に引き継いだ。

 荷物の受け取りも問題なく行えることを確認する。

 また、元の世界(あちら)から不法投棄されないよう、土地にはフェンスを張り巡らし、上部はシートで覆い、さらには警備員まで(日本政府の公費)で派遣されることになった。

 

 正蔵がもっとも懸念していたのは、娘たちの教育だ。

 学校に通えない以上、自宅学習するしかない。通信回線は生きているので、ネットでの授業を画策したものの、

 

「あの、わたくしが家庭教師をしましょうか?」


 同居人となった女神エマリアが申し出てくれたので、お願いすることにした。

 ちなみに彼女、人間年齢で19歳とのこと。

 そも人間年齢が何かは教えてもらえていないが。

 

 教材は日本から持ってきて、公立学校のカリキュラムに沿ってエマリアがつきっきりで上二人を指導する、というかたちになった。

 未就学児の陽菜は、姉の隣でお絵かきしたりお昼寝したり外で運動したり、自由奔放に生きている。

 

 正蔵は神の側と日本政府がどのような話し合いをしたか詳しく知らされていない。

 政府からの指示も簡単なもので、大きくは次の二つだけだった。


『基本、女神の指示に従うこと』

『異世界の情報を開示するのは禁止』

(マスコミとの接触も禁止。個人レベルでの個人的な連絡のやり取りは構わない)



 とにもかくにも、異世界の生活は今のところ問題なく進んでいた。

 

「だが、ライフラインがいつまで使えるかは不透明だ。その心構えはしておかなければならない」


 子どもたちが寝静まった夜。

 正蔵はシルビアとエマリアの三人で話し合った。

 

「生活必需品はネット通販で確保できるが、蓄えるにも限度がある。やはり現地での現金収入を確保し、万が一に備えるべきだと考える」


「そうですね、あなた」


「わたくしはもともと、そのつもりでいましたけど、今は……」


「エマリアさんには娘たちの勉強を見てもらっている。これ以上の負担はかけられんよ」


「奥様は家事でお忙しいですよね? ということは――」


 正蔵はうむ、とうなずいて、

 

「私が働きに出るよ」


 きっぱりと宣言した。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。

 

「では、行ってくる」


 正蔵はぱりっとしたスーツを着て、玄関に立った。手には頑丈なアタッシュケース。中には愛妻弁当が入っている。

 

「あなた、お気をつけて」

「お父さん、行ってらっしゃい」

「パパ、がんばってねー」

「おとーさま、ふぁいとです!」


 家族みんなに見送られ、正蔵はデレデレと表情筋を緩ませる。

 

「やっぱりわたくしも一緒に行ったほうがよくないですか?」


「エマリアさんには娘たちの授業をしっかりお願いします」


「ちっ」と舌打ちしたのは次女の香菜かなだ。彼女はあまり勉強が好きではない。


 

 玄関を出て、門扉を通る。

 

 小高い丘に建つ一軒家から見下ろす景色は、麦畑で埋まっていた。その遥か先に、高い壁で囲まれた石造りの街が見える。

 

 正蔵はふっと息をつくと、軽い足取りで駆けた。

 

 麦畑を横切る間に、農作業中の老婆と挨拶を交わした。

 

「あらまあ、オニガワラさん、おはようござ――」

「おはよう(⤴)ございます(⤵)ぅぅ…………」


 ドップラー効果を生みつつ、ばひゅんと通り過ぎた。

 

 ご近所さんへの挨拶は、この1週間で済ませている。

 といっても、付近に民家はない。

 みな、この先にある城塞都市に住んでいるのだ。

 

 魔物が徘徊するこの辺りに、人は住めない。畑は草食動物を寄せ付けない魔法柵を設置し、日中は肉食の凶暴な魔物を警戒しての作業となる。

 だが聞くところによれば、さほど危険はないらしい。魔物が嫌がる臭いを放つ粉末で、簡単に追っ払えるそうだ。

 とはいえ、なかなかに強烈な悪臭であるため、家を建ててそれを振りまくといったことは無理とのこと。

 

 現地の人と普通に会話できているのにも理由がある。

 通常の転移であれば自動翻訳のスキルが付与されるのだが、イレギュラーな転移だった鬼瓦一家は手にしていない。言葉の問題は、妻シルビアの魔法でどうにかしたのだ。さすが1級の女神である。

 

 

 街までは舗装されていない荒れた道で、気を抜けば馬車のわだちに足を取られてしまう。

 

 途中、荷馬車を3台追い抜き、正蔵は20分弱で街の入り口へたどり着いた。およそ20㎞の道のりだった。


 城塞都市『トレイア』。

 人口10万を数える大都市だ。街の反対側には川が走っていて、そこから水を引いて上下水道も完備しているらしい。この世界ではもっとも技術が発達した街である。

 

 街の周囲には堀があり、跳ね橋が降りたところで検問をやっている。

 正蔵は列に並び、通行証を提示して中に入るまで30分を要した。通行証は転移三日目に、『念のため』とエマリアが用意してくれたものだ。使うのは初めてだった。

 

 

 街中は石畳で舗装され、石造りの家々が並んでいる。

 

 正蔵は人波をするする通り抜けながら、大通りを歩いていた。

 

(さて、勢いに任せて来たものの……)


 飛び込みで雇ってくれるところがあるだろうか?

 

 正蔵は転職の経験がなかった。41歳の中年男を雇うところは限られている。さらにこの世界の仕組みもよく知らない。

 今日いきなり仕事が見つかるとは思ってはいないが、手探りの中では不安が募る。

 

 そして何よりの問題は、彼の恐ろしい容姿である。

 

 どう考えても営業に向かない、初対面の人間を恐怖に陥れる巨躯と面構え。

 

 そんな彼が若かりしころ営業職に採用されたのは、むしろこの恐ろしい容姿を生かし『相手を脅して契約を取れる』という、とんでもない理由からだった。

 結果的には大失敗で、正蔵は入社してしばらくはまったく契約が取れなかった。

 

(まあ、仕事にありつけたのは幸運だったが……)


 独身時代を思い出すとすこし陰鬱になる。


 と、前方から歩み寄る影に正蔵はぎょっとした。

 

 トカゲだった。

 正蔵よりも大きなトカゲが、服を着て二本足で歩いている。 

 

(たしか、リザードマンとかいう種族だったか)


 エマリアからこの世界について簡単に説明を受けた中に、『亜人』に関するものがあった。

 この世界は、人とは違う種族が多く住んでいる、と。

 人並みの知能を持ち、言語によるコミュニケーションが可能。身体能力や魔力は人に比べて高かったり低かったり。


 それが『亜人』だ。

 

 姿は千差万別で、中には魔物と間違ってしまいかねない種族もあるとか。

 

 見分ける方法は簡単で、


『服を着て、二足歩行していたら亜人です』


 エマリアの言葉である。

 

 正蔵は立ち止まり、リザードマンの(おそらくは)男性に道を譲った。

 彼は目を細め、ぺこりと頭を下げて通り過ぎて行った。

 

 正蔵は思う。

 自分より大きくて人ならざる容姿をした者たちがいる世界なら、自分はさほど恐ろしがられはしないのでは?と。

 

 大通りの斜め向こう。飲食店が目に留まる。


(となれば、接客業も視野に入れてよいかもしれない)


 考え、お店を観察する。

 

 入る人は少ないが、出てくる人は朝だというのに多かった。

 今は午前9時を回ったところ。多くの業種で仕事が始まるころだろう。

 正蔵が来る前に店で朝食を取っていた人たちが、これから仕事に出かけるのだと推測できる。

 

(ふむ。この街の人たちは、外食が中心なのだろうか?)


 以前、中国へ出張に行ったときを思い出す。

 朝早くから飲食店が賑わっていた。

 聞いたところによると、朝食を外で済ます人が多いとのこと。

 

(たしか、共働きが多いから、という理由だったか)


 文化的な側面もあるだろう。

 日本では朝食を取らない人が相当数いて、コンビニでおにぎりを買うなど、よりお手軽なもので済ます人が多く、ファーストフード店くらいしか開いていない。


(あれこれ考えていても仕方がない。当たって砕けろだ)


 慣れない業種にチャレンジするのもいいだろう。

 

 正蔵は意を決して、眺めていた飲食店に飛びこんだ――。

 

 

 ――結果、取りつく島なしっ!

 

 いきなり現れた中年大男に店主は青ざめ、衛兵を呼ぶと騒ぎ出したのだ。

 やっぱり怖いものは怖いらしい。

 誠心誠意、低姿勢で『仕事が欲しい』旨を説明すると、最後は平静を取り戻してくれたものの、『今は募集していない』と突っぱねられた。

 

 しょんぼりする正蔵。

 だが、くじけてばかりもいられない。

 

 別の飲食店に突撃する。

 昼の仕込みで忙しいからと追い返された。

 それでも正蔵は諦めない。

 

『41歳? あと20歳若けりゃねえ』

『テメエの厳つい顔見たら飯がマズくならあ』

『料理ができない? あんた何しにきたの?』


 散々な言われようである。

 

 けれど口が悪いばかりではなく、

 

『力仕事のほうがいいんじゃないかい?』

『テメエの図体は冒険者向きだろうよ』

『どこか怪我でもして引退したの?』


 とお勧め、心配されもした。

 

(冒険者、か……)


 大通りにぽつんと佇み、その言葉を反芻する。

 

 こちらもエマリアから説明を受けていた。

 この世界には、『冒険者』なる働き方がある、と。

 

 基本は依頼を受けて達成し、報酬を得る何でも屋だ。

 依頼はさまざまあるが、魔物を倒して素材を得たり、要人の警護をしたり、危険な仕事が多い。

 

 しかし1級神の女神たる妻から授かった力があれば、冒険者として名を上げるのはたやすいかもしれない。

 

(だが、生物を殺める仕事はいささか抵抗があるな……)


 そういった生業なりわい自体を否定するものではないが、正蔵は虫も殺せぬ男だった。(ただし家族の危機の場合は除く)

 

 もっとも、依頼は冒険者が自由に選べるらしい。

 

(要人警護ならば、私のこの容姿も生かせそうだ。居るだけで抑止力になるだろう)


 自分で言ってて悲しくなるが。


 正蔵は道行く人に身を縮こまらせて尋ね、冒険者に関する情報を集めた。

 

 冒険者は、冒険者ギルドで登録する。

 登録が認められると、複数ある冒険者ギルドすべてから依頼を受けることができる。

 冒険者ギルドには規模の大小があり、依頼内容も大きく異なる。

 

 以上から、ひとまず街一番の冒険者ギルドの所在を聞き出し、正蔵はその場所へ向かった。



 

『ゴルダス冒険者ギルド』


 大通り沿い。5階建てのひと際立派な建物を見上げると、そんな看板がかかっていた。

 

 入り口を抜け、受付で『冒険者になりたい』と申し出ると、奥の応接スペースで説明を受けさせてもらえると言う。

 

 対応したのは、黒髪をテカテカに固めた小狡そうな30代と思しき男だった。

 

「えーっと、オニガワラさん、ですか。家名があるのですね。出身はどちらですか?」


「日本の、神奈川県です」


「ニホン……? カナガワケン、とは? まあ、通行証が発行されている人なら、問題ないでしょう。見たところ腕に自信がおありのようだ。ですが、冒険者は危険がつきまとう職業です。負傷したとしても、当ギルドは責任を負いかねますが、よろしいですか?」


「その前に、どのような仕事があるのか説明していただきたい」


「ああ、これは失礼しました」


 男は広い額をぺちりと叩き、何が可笑しいのかケタケタ笑う。

 どうにも態度の悪い男だ。

 

「当ギルドは王国政府との繋がりも強く、主要な大店おおだなからの依頼も多数受けております。具体的には、このようなものが――」


 男は応接テーブルに紙束を広げた。

 

 ざっと目を通すうち、みるみる正蔵の顔が曇っていく。

 

「あの、1日で完結するような、簡単な依頼はないのですかな?」


 提示されたものは、なにがしの牙を大袋5つ分だの、ヘルハウンドの毛皮を馬車1台分だの、時間がかかりそうなものばかりだ。

 要人警護に至っては、伯爵令嬢の輿入れで2週間遠方の街に泊まり込み、などと書かれていた。

 政府が依頼する魔物討伐も、従軍が義務付けられているので数日は拘束される。

 

 正蔵は家を長く離れたくなかった。できれば9時5時で済む仕事にしたい。


「はあ?」


 男は小バカにしたように鼻で笑う。

 

「我々の顧客は規模の大きなところばかりです。必要な素材は大量に入荷してこそ安くなる。警護の依頼も、やんごとなき方々ばかりですから、数週間に渡り、24時間つきっきりが原則です。魔物討伐もチームプレイ。そもそも一人でふらりと〝街一番の冒険者ギルド(ここ)〟にくる貴方が非常識なのですよ」


「一人だと冒険者はできないのですかな?」


「できなくはありません。そういう可哀そうな人たちは、そこらにある中小のギルドで細々した依頼をこなすのですよ。ドブさらい程度の仕事なら、日中街で働いて、夜は自宅でたっぷりお休みになれますよ」


 この際、ドブさらいでもなんでもやるが、この男の言い方は気に入らなかった。

 

(だが、待てよ……?)


 冒険者ギルドは冒険者に依頼を斡旋する。その依頼は政府や商店から受ける。つまり、依頼をもらうために営業活動を行っていると考えられる。

 ならば――。

 

「私をこのギルドで雇ってもらえないでしょうか?」


「は?」


「業種は違いますが、私は営業を長年務めてきました。ノウハウはため込んでいます。依頼を集める業務を、お任せいただきたい」


「何を言い出すかと思えば……」


 男はまたも鼻で笑う。

 

「うちほど大きなギルドになりますとね、依頼は向こうから勝手に集まってくるんですよ。ここはゴルダス侯爵家が開いた冒険者ギルドです。そこらの零細ギルドのように、汗水たらして依頼を集める必要はないんですよ」


「ほう。つまり、零細の冒険者ギルドならば営業部門がある、というわけですな」


「へ?」


 ぽかんとする男をしり目に、正蔵は立ち上がる。「有益な情報をありがとうございました」とだけ告げて、そそくさと出ていった。

 

 

 

 目標は定まった。

 業界最大手であることに胡坐をかき、地道な営業活動をおろそかにしている怠け者たち。

 彼らに営業の重要性を知らしめるのだっ!

 

 そのためにはまず、中小だろうが零細だろうが、冒険者ギルドに就職しなければならないのだが。

 

「ままならんなあ……」


 2件続けて訪ねてはみたものの、どちらもまともに営業活動をしていなかった。

 単純に断られたのであれば、自己アピール資料を作って再挑戦、といきたいところだが、やる気のないところで働くのはこっちからお断りだ。

 

 時刻は午後2時になるところ。

 腹が減っては就職活動いくさはできぬ。どこかで愛妻弁当を食べながら、次なる冒険者ギルドでどう立ち回るかを考えるとしよう。

 

 しかし、と正蔵は不安になる。 

 道行く人に『ゴルダス冒険者ギルド』以外を訊くと、先ほど訪れた2つの名前しか出てこなかったのだ。もうこの街には冒険者ギルドは存在しないのかもしれない。

 

(いや、まだ一般市民は知らない零細の冒険者ギルドがあるかもしれん)


 そういったところなら、依頼を集めようとそこかしこで営業活動をしているに違いない。

 たとえば、そう。

 

 

 目の前でぺこぺこしている、少女のように……。

 

 

「お願いです! ちょっとした素材集めでも構いません。わたしどもに依頼を――」


「あんたもしつこいなあ。うちはゴルダスさんとこに依頼は全部任せてあるんだよ。『ちょっとした素材』なんて、うちみたいな大店で扱うわけないだろ」


「そこをなんとか。お願いしますっ!」


 美しい少女だ。

 編込まれた青みがかった髪が膝裏まで流れている。小さな丸眼鏡が頭を上下するたびにずれ、しかしお構いなしでぺこぺこ頭を下げていた。横顔だけ見ても清楚な顔立ち。それを紅潮させ、必死に懇願している。

 よく見れば耳が長くとがっていた。

 エマリアの説明にあった、エルフという種族だろうか。

 

(しかし、拙い営業だな……)


 お願いばかりを連呼して、肝心の顧客側メリットや他社との優位性を説明していない。たぶん、ないのだろう。

 が、その一生懸命さには好感が持てた。

 

(まるで入社したての綿貫わたぬきさんを見ているようだ)


 そんな彼女も3年目の今は急成長し、顧客からの信頼も厚い。むろん、上司である正蔵からも。

 

「ったく、まいったなあ……」


 少女の相手をする小太りの男が頭をかいた。

 彼女の熱意にほだされた、のではなく。

 どうやら少女の胸元を見るために、時間稼ぎをしているようだ。見事に鼻の下を伸ばしている。

 

 少女はゆったりした服を着ている。だからか、胸元は動くたびにぼよよんと揺れていた。

 我が妻シルビアには及ばないものの、弱気な同居女神よりは確実に大きい。

 などど邪なことを考えていたら。


「な、なんだよ、あんた……」


 小太りの男が正蔵を見て慄いていた。

 

「ちっ、こんなのまで連れてきて、脅そうってのか?」


「えっ? いえ、あの……」


 少女は目をぱちくりさせ、正蔵と男を交互に見て困惑していた。

 

「とにかく! あんたみたいな零細のギルドと取引はしないよ。帰ってくれ!」


 男は逃げるように店の中へ駆けていった。

 

「すまない。邪魔をするつもりはなかったのだが……」


 しゅんとうつむく少女に、正蔵は謝罪する。

 

「いえ、こちらこそ通行の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした」


 少女は丁寧にお辞儀をする。

 顔を上げるとずれた眼鏡を直し、そして、とぼとぼと正蔵の横を通り過ぎようとした。

 

「ちょっと、お話をよろしいか?」


「はい?」


 正蔵は彼女を呼び止める。

 

「君は冒険者ギルドの職員なのかね? 営業担当の」


「え? あ、はい。といっても、営業担当はわたしだけですけど」


 少女は疲れた笑みを作る。

 

 驚いた。

 

 さっきからこの少女は、正蔵を恐れていない風だ。

 こんなことは、妻以外では初めてだった。

 

 正蔵は、脳髄に電流が走ったような感覚に打ち震える。

 知らず、頭に浮かんだ言葉を吐いていた。

 

 

「君には、才能がある」



「えっ?」


「営業マンとして必要な、仕事に対する熱意も、顧客を想う情熱も、何度断られても食い下がる根性も。そして何より、私を見ても恐れない心の強さが、君にはあるっ」


「は、はいっ」


 語気を荒げてしまったためか、少女は背筋をピンと伸ばした。

 

「だが残念ながら、君には『技術』が決定的に足りない。ただ頭を下げていれば契約が取れると、勘違いしてはいないか?」


「は、はい……」


「そこで、だ」


「はいっ!」


 青い瞳をらんらんと輝かせる少女に、正蔵は微笑みながら告げた。

 

「私を、君の冒険者ギルドで雇ってはもらえないだろうか?」


「はい?」


 この機を逃してなるものか。

 

 就職先を決めたいとの思いもあるが、この才能あふれる少女を一流の営業マンに育てたい。その激情に正蔵は突き動かされていた。

 

 正蔵も、いろんな意味で必死だったのだ。

 

 そう意気込んだ絶妙のタイミングで、

 

 ぐるるるるぅ……。

 

 正蔵の腹の虫が、騒ぎ出した――。

 

 

 

 

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