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刺客


 夜中の訪問者は、鬼瓦邸をぐるりと囲むように展開していた。

 

(一、二、三…………十、十一。二人一組が四。四方からじりじり近づいてきているな。三人の組は正面の奥で動かず。こちらが指揮官か)


 正蔵はパジャマ姿で玄関に到達する。

 タイミングを計ることなく、ドアを開け放って外へ出た。

 

 月光が降りそそぐ中、遠く、街の灯火が星のまたたきのようにひっそりと見える。

 

 正蔵は静かに門扉を出るや、地面を蹴った。夜空へ高く舞い上がり、家を飛び越えて裏手に降りる。

 

「「っ!?」」


 黒ずくめで覆面をした人物が二人。突如空から降ってきた大男に慄く。

 

 正蔵は瞬時に肉薄すると、指先で彼らの顎を軽く撫でた。

 

 軽く、といっても覆面たちの首が真横に倒れるほどの威力で、脳が揺さぶられた二人はその場に崩れ落ちた。意識はあるが、はっきりとはしていない様子。生まれたばかりの小鹿のように、立とうとしても足がふらついて起き上がれない。

 

 正蔵はすぐさま移動した。

 

 横から接近する同じく覆面の二人組も顎を軽く撫でてやる。跳躍。反対側に降り立ち、またも意識を混濁させた。

 

 

 あっと言う間に六人が沈黙。

 

 

 敵の指揮官は、この異常事態を把握していない。

 だが、異様な事態が進行しているのには気づいていた。

 

 彼らは正面を除く三方から同時に奇襲し、正面から出てきたところを狩る作戦だった。

 

 ところが作戦を開始する直前、目標の大男が玄関から現れる。

 大男は門扉を出てすぐ、その姿を消した。上方へ飛んだのだが、予備動作なしでの動きに目が追いつかなかった。移動魔法を使ったと誤解したほどだ。

 

 以降、突入する時間を過ぎたのに、いつまで経っても家の中から悲鳴らしきが聞こえてこない。

 

 何かがあった。

 後方で見守る指揮官は、信じられない。

 

 この場にいる十一人は、精鋭中の精鋭だ。それも、対人戦闘に特化した者たちだった。

 

 ダークドラゴンのような災害級の魔物を相手にする能力はない。だが、それを打倒し得る『白金』の冒険者を、自分たちは倒しきる自信があった。

 

 相手が人間なら、自分たちは最強だ。

 暗がりでの暗殺は、特に失敗する要素のない得意分野だった。

 

 けれど――。

 

 玄関前で待ち構えていた二人が、倒れた。何か黒い大きな影が動いたような気がしたが、視認できない。

 

 思えば、奇妙な命令だった。

 この部隊が赴くべきは、こちらではなくあちら(・・・)が相応しいと思ったからだ。

 

 小娘一人に大げさと感じるも、確実に始末できるのは自分たち以外にはいない。

 もし、相手が『白金』に匹敵するゴルダス侯爵なら納得もいく。それと同格の相手だと聞かされてはいたが、やはり無名のギルド職員になぜ、との思いが強かった。

 

 ああ、そうか。

 

 きっと、見誤っていたのだ。自分たちも、あのお方も。

 

 自分たちは、対人に特化した暗殺部隊。『白金』の冒険者でも倒しきる自信はあるけれど――。

 

 

「貴様が、指揮官か?」


 

 ――人のかたちをした超強力な魔獣には、敵うはずがない。

 

 いつの間にか、ひげ面の大男が目の前に立っていた。眼光鋭く見下ろしている。

 

 傍らの二人はすでに地に伏せていた。

 玄関前の仲間はあくまで牽制。自分を含め、逃げ惑う対象者を確実に仕留める役は、ここにいる最強の三人の予定だった。

 

 うち二人は、呆気なくやられてしまった。

 

「帝国の手の者だな?」


 ああ、そうさ。

 もっとも、素性がバレるヘマはしない。北方の国人たる特徴はすべて消してある。いかなる拷問を受けようとも絶対に答えない訓練を受け、忠誠心を叩きこまれていた。

 

「なぜ、ここを狙った?」


 理由なんて、知るわけがない。

 襲い、殺せ。

 そう命じられただけだ。

 

「ここだけでは、ないな?」


 もちろんだとも。

 本命はトレイアの宿。そこにいる反逆者だ。

 答えるつもりはないが、答えたところでもはや手遅れ。今ごろはもう、ヘルハウンドどもに喉を食いちぎられているはずだ。

 

「ふ、ふひっ……」


 引きつった笑いが生まれた。直後、くわんと頭が揺れ、指揮官は意識を失った――。

 

 

 

 正蔵は倒れた覆面の男たちを見下ろし、考える。

 

 相手は何も答えなかったが、簡単な質問なら、相手の目の動きで答えは知れる。

 彼らは帝国からの刺客で、理由は知らされていないらしい。そして――。

 

 正蔵は彼らを放置し、家に戻った。寝室で待っていたシルビアに声をかける。

 

「シャルロ君たちが心配だ。私はそちらに向かう。移動を頼めるかね?」


「わかりました。外でお休み中の不届き者たちは、いちおう拘束しておきますね」


「ああ、頼む」


 正蔵の体が光に包まれた。

 移動魔法。

 送り先はシャルロがいる場所――以前、彼に渡したハンカチのある場所だ。そこへ瞬時に移動することができる。

 

「お気をつけて」


 妻の言葉に、「ああ」と大きくうなずいて、正蔵はトレイアへと瞬間移動した――。

 

 

 

 

 

 

 城塞都市トレイアは、高い壁に囲まれ、魔物の侵入を許さない、はずだった。

 

 しかし街中の宿屋に現れたのは、紛れもなくヘルハウンドだった。体高が成人男性ほどもある。鋭い牙と爪は鋼の鎧も貫き、一撃で人の頭は吹っ飛ぶ威力があるだろう。

 

 魔物を前にして、ユーリアーナは呆然と立ち尽くした。

 

 恐れおののいたのではない。

 

 彼女は、理解したのだ。

 アレは、通常の魔物ではない。人に操られ、軍事利用されている特異な魔物だ。

 

(父上……貴方は、そうまでして、私を……)


 覚悟はしていた、はずだった。

 反皇帝勢力に担ぎ上げられているのだから、いつ暗殺されてもおかしくないと。

 

 だが、それでも、愛した女が産み落とした子を、その手にかけはしないと信じたかった。

 

 このタイミングで、かつこの部隊で仕掛けてきた理由も察し、震えが止まらなかった。

 

 魔物を使役した部隊はまだ試験段階。これも試験の一環に違いない。

 とすれば、今回の暗殺が成功すれば、父皇帝は実運用に自信を深めるだろう。

 

 有無を言わさず、王国への侵攻が始まる。

 

「グガァッ!」


 ヘルハウンドが雄叫びを上げて襲いかかってきた。

 

「ぁ……」


 けれどユーリアーナは動けない。

 死が、すぐそこに迫っていた――けれど。

 

「何ぼうっとしてんだっ! このバカっ!」


 ドン、と横から突き飛ばされた。

 シャルロが体当たりしてきたのだ。


(バカとはなんだ、バカとは。バカは、貴様のほうじゃないか……)


 シャルロはユーリアーナと入れ替わる形になった。

 つまり、ヘルハウンドの大口は彼の首筋へまっすぐ迫っていて。

 

(やめて、くれ。私のせいで、誰かが死ぬなんてこと――)


「やめてくれっ!」

「ひっ!?」


 格好をつけたくせに、シャルロは恐怖のあまり悲鳴を上げた。それでも彼は、魔物から目をそらすついでにユーリアーナに顔を向け、逃げろ、と声にならず口だけ動かした。

 

「シャルロっ!」

「うわあっ!」


 二人の絶叫に呼応するように、シャルロの体から光があふれた。

 

 ガキィンッ!とまるで剣が交差するような音が響く。

 

「グギャアッ!」


 ヘルハウンドが弾かれるように後退する。いや、実際に弾かれていた。

 

 

 シャルロとの間に生まれた、光の壁によって。

 

 

「な、なんだ、これ……?」


 防御魔法壁だとは理解できたが、シャルロには使えない。自分でなければ、誰か別の人なのだろうが、ユーリもハンナも呆気に取られているから違うのだろう。

 

「と、とにかく、今がチャンス!」


 シャルロは疑問を頭から追いやり、『風の剣(シルフィード)』を握り直す。そして――。

 

「逃げるぞっ!」


 ハンナを引き寄せ、ユーリアーナの手をつかみ、

 

「風よっ!」


 『風の剣』に魔力を叩きこんだ。

 

 室内に旋風が生まれる。

 風はシャルロの体にまとわりつき、彼のふくよかな体が宙に浮いた。

 

「お、おおっ!? なんだこれ? 僕の魔力だけじゃないぞっ」


 体を軽くして素早くなる程度を期待したのにっ。

 でも、これはこれでチャンスだ。廊下を突っ切る方針をシャルロは変更。 

 ハンナをおんぶし、ユーリアーナの手をしっかりつかむと、窓を睨みつけた。体が勝手にそっちへ突っこんでいく。

 

 シャルロたちの部屋は三階だ。ふつうに落ちればかなり痛い。が、空を飛べるならまったく問題ない。

 

 ところが、窓から飛び出したとたん、がくんと地面に吸い寄せられた。

 

「へ? う、うわああああっ!?」


 真っ逆さまに落っこちる。

 

「か、かかか風よっ!」


 藁にもすがる思いで叫んだ。ふっと体が軽くなる。が、地面はすぐそこ。

 

 びったーん。

「ぐえっ」

「ぴぎゃっ」

「ふっ……」


 シャルロは腹から地面に激突。ハンナは衝撃で変な声を出す。ユーリアーナは空中で姿勢を整え、うまく着地できた。


「い、いててて……。でも、助かった……」


 直前で落下スピードが落ちたため、大事には至らなかった。だが――。

 

「グルルゥ……」

 

 外にも数匹のヘルハウンドが待ち構えていた。

 

「くそっ! この野郎っ!」


 シャルロは『風の剣』を振り回す。小さな風の刃が魔物たちに放たれた。

 ヘルハウンドたちを傷つけるほどの威力はなかったが、一瞬怯んだ。その隙を逃さない。

 

「今だっ! 逃げるぞっ!」


 目的は一貫している。

 シャルロの行動にブレはない。

 

 命の安全が最優先。だから逃げる。迷いなく。

 

 シャルロは『風の剣』を口にくわえ、ユーリアーナとハンナの手を握ると、

 

風よ(はへほ)っ!」 

 

 再び風をまとい、その場から全力で逃げ出した――。

 

 

 

 ひらひらと、ハンカチが一枚、舞い落ちる。

 

 正蔵からシャルロに、『肌身離さず持っていろ』と渡されたモノ。ヘルハウンドの突進から、シャルロを守ってくれたモノ。窓から飛び出した際、パジャマのポケットから風に煽られ、空高く舞い上がったモノ。

 

 ハンカチは、ふわりと地面に落ちた。先ほど、シャルロが腹を強打した場所だ。

 

「おや? これは……」


 拾い上げたのは、細目の若い男だった。両の腰に一本ずつ細身の剣を、背中には二本の槍を交差させて負っていた。

 

 彼がハンカチをしげしげ観察していると。

 

「失礼だが、ちょっと質問をよろしいかね?」


 野太い声に振り向く。

 ひげ面の大男が立っていた。知っている。たしか、ショウゾウ・オニガワラという名前だ。

 近づく気配は感じなかったところから、移動魔法で現れたと考えられる。

 

(彼がこの場に現れたということは……)


「先に質問をよろしいですか? と尋ねつつも質問してしまいますが、貴方がここにいるということは、暗殺部隊は任務に失敗したと考えてよいでしょうか?」


 ぶわっと、正蔵から怒りのオーラが吹きつけてきた。

 

「単刀直入に問おう。君は、敵かね、味方かね?」


 青年はすさまじい威圧感にごくりと喉を鳴らす。

 

「僕の主観で答えても、あまり意味はないように思いますね。ただ、自己紹介しておくと――」


 細目をわずかに開き、言った。

 

 

 ――僕の名はカイン・ケトラ。『白金』クラスの冒険者です。

 

 

 

 

 

 正蔵がトレイアに到着したころ、シャルロは通りを爆走していた。

 ヘルハウンドは鼻が利く。

 裏路地をあっちこっち駆け回って巻こうとしても、意味がない。

 

 だから中央広場にまっすぐ赴き、衛兵に助けを求めようと考えた。しかし――。

 

「おかしいぞ。なんで誰もいないんだ……?」


 背中のハンナも続く。

 

「たしかに、変ですね。寝静まる時間ですけど、酔っ払いの一人もいないなんて……」


 並走するユーリアーナは眉間にしわを作った。

 

「人払いの魔法だ。どうやら、こちらの考えはお見通しらしい」


 直後に叫ぶ。

 

「止まれっ! 前に、誰かいる……」


 シャルロは慌てて急停止。目を凝らすと、広い通りのど真ん中に、女が立っていた。

 

 体の線がはっきりわかるドレス風のワンピースに、黒いマント姿。頭にはつばの広いとんがり帽子をかぶっている。キセルを手に、優雅に紫煙をくゆらせる様は、美貌と相まって妖艶に映った。

 

 遠目に美女の容貌が知れると、ユーリアーナが声を震わせた。

 

 

「ローレライ、ケトラ……」



 まさか父皇帝がこんな大物にまで依頼をするとは思いもしなかった。

 

 シャルロは『ケトラ』の家名に反応する。たしか、この国でも活躍している『白金』級の冒険者姉弟の……。

 

「お久しぶりねえ、お姫様ぁ。よくも逃げてこれたと、褒めてあげるわあ」


 甘ったるい口調でしなをつくる美女を見て、シャルロは――。

 

「逃げるぞっ!」


 立ち尽くすユーリアーナの手を引っ張った。

 

「え? あ、ちょ、待ちなさいよぉ~!」


 まったくぶれない男、それが王国の第一王子、シャルロだった――。

 

 


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