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ひとつ屋根の下


 シャルロとユーリアーナが初対面する数時間前。

 

 離宮にて、帝国からの使者と名乗る二人組と正蔵は面会する。

 

 正蔵はユーリと名乗る執事服の付き人を、シャルロの縁談相手であるユーリアーナ姫だと看破した。

 

 結婚とは当人同士が決めること。

 ならば今は絶好の好機ではなかろうか?

 

 せっかくはるばるお越しいただいたのだから、引き合わせて差し上げようと画策する。

 

 ひとまずユーリの正体は知らないふりをして、王国内の視察について打ち合わせを行った。

 

「――以上から、活動拠点は城塞都市トレイアとしていただきたい。宿は私が手配しましょう。もちろん宿代もこちらが用意します」


 正蔵はハンナに語りかけていたが、応じたのはユーリアーナだった。

 

「了解しました。ただ、費用は立て替えていただかなくても結構です。必要なだけの路銀は用意しておりますので」


 『費用はこちら持ち』と言ったのに、あえて『立て替え』と表現したのは『施しは受けない』との意思表示だろう。

 正蔵はうなずく。

 

「では最後に、お二方をご案内する者ですが――」


「ん? お待ちください。オニガワラ殿ではないのですか?」


「申し訳ありません。私は24時間つきっきりというわけにはいきませんので」

 

 ユーリアーナは安堵したような残念そうな、複雑な顔をした。

 正蔵は王国の中心人物だろう。彼からいろいろ話は聞きたいが、見るからに野獣のような容姿と、それでいて話術にも長けている様子。扱いにくそうだと感じていた。

 

「それで、案内をする者なのですが」


 正蔵の次なる言葉を、ごくりと喉を鳴らして待つ、と。

 


「シャルロ殿下にお願いするつもりです」



「なっ!?」

「げっ!?」


 ここでその名が出るのかという驚き。

 ハンナは『どうしましょう姫様!?』と目で訴える。

 

 どうしようもこうしようも……、と困り果てるユーリアーナ。

 国情を探る上で、王族の誰かならこれ以上の人物はいない。

 

 だが、縁談相手の王子本人が案内役を務めるということは、侍女ハンナを通してユーリアーナの人となりを探ろうとする意志があるに違いない。

 

 王国の国情を知り、味方足り得るなら縁談を進める。

 そんな打算を抱えてユーリアーナは海を越えた。

 

 逆に言えば、父である帝国皇帝に抗する力が得られるなら、是が非でも婚姻にこぎつけたかった。

 

 現状、王国の国力は想像以上に大きかった。

 港に上がってから王宮へ通されるまでの間、王国の景色を眺めての感想だ。

 

 聞いたところによると、ウォータードラゴンを単独で打ち倒した武人がいると聞く。

 他国に先駆けて冒険者システムを整え、優秀な冒険者を数多く抱えてもいるらしい。

 周辺国との関係も良好で、賢王として名高い現国王のリーダーシップがあれば……。

 

 ここまで考えて、自身の浅ましさが嫌になる。

 

(我が身を道具とし、目的のために初めて会う王子にこびへつらうのか……)


 だが、もとより自分は政争の具。自由恋愛など許されない。

 憎き皇帝に使われるくらいなら、いっそ――。

 

(迷うな。もう決めたことだ。周囲が反皇帝の御旗に私を使うというのなら、それもいい。私は彼らを利用し、王国をも利用し、凶帝を打ち倒すのだっ)


 ユーリアーナは自分でも驚くほど冷静になれた。

 だから、正蔵の言葉に初めて疑問が浮かんだ。

 

「ひとつ、意見をよろしいでしょうか?」


「なんでしょう?」


 正蔵は柔らかな表情を崩さない。

 何を考えているかわからない不安があるものの、それ以上に相手を安らかにする力があった。騙されては、いけない。油断するなとユーリアーナは自分に言い聞かせる。

 

「王子が街を出歩くとなれば、多くの護衛が必要となります。我らとしては、そこまで仰々しくはしたくないのですが……」


「護衛は付けません」


「は?」

「え?」


「シャルロ殿下には単身でお二方のエスコート役をしていただく予定です」


「ちょ、ちょっと待ってください。おそらくこの国は平和なのでしょう。しかし、王族の命を狙う輩がどこに潜んでいるかわかりません。連中が王子を狙う絶好の機会を与えるようなマネは……」


「その点は心配いりません」


 正蔵はしれっと言う。

 

「現在、殿下は身分を隠し、市井で冒険者をしていますから」


「は?」

「へ?」


 次から次へと予想外の事実を知らされ、頭が混乱してきた。

 

「なぜ、そのようなことを……?」


「事情はいろいろですが、殿下ご自身は今、やる気に満ち溢れていますよ」


(なんという、ことだ……)


 ユーリアーナは、感動で(・・・)打ち震えていた。

 

 国家の宝は、民である。

 民なくして国は成り立たない。

 

 民に寄り添い、民と同じ目線で物事を考える。

 

(きっと王子は、そのために危険をかえりみず、身分を隠して冒険者となったに違いないっ)


 病気療養のためほとんど外に出られないと聞いていたのに、なんて素晴らしい人物だろうかと、ユーリアーナはひどく感心していた。

 

 ちなみにシャルロが王位を諦めて引きニートになったとは、さすがの国王も恥ずかしすぎて縁談話には盛りこめなかった。

 どうせ見た目で断られるだろうし、病気ってことにしておこう。

 そんなお気楽な嘘が今、ユーリアーナに大きな誤解を与えている。

 

 頬を紅潮させているユーリアーナを横目に見て、ハンナは危機感を募らせた。

 

(あれは、恋する乙女の顔だっ)


 おそらく姫の中では、シャルロ王子が『民草を第一に考える立派な人物』に確定しつつあるようだ。

 

 だが、とハンナは疑念たっぷりに考える。

 

 事情は『いろいろ』と、言葉を濁したのはなぜか? 言えない理由があるのではないか? いやそうに違いないっ。

 そもそも『病気療養』という話が怪しい。肖像画で見た脂肪の塊は、退廃的な臭いがぷんぷんしていた。仮に健康を害したのが本当だとしても、自堕落な生活によるものだとハンナは確信した。

 

 などと考えているうちにも、ユーリアーナの中では『立派なシャルロ王子』像が着々と出来上がっているようだ。

 そのうっとりした横顔はまさに、

 

(メスの顔だっ!?)


 もはや猶予はならない。ハンナは、並々ならぬ決意をこめて言った。

 

「わかりました。その提案、お受けいたします」


(姫様がお幸せになるのなら、それが一番よいとは思います。しかしっ)


 帝国に敵対し得る国の、きっと自堕落に違いない王子と一緒になっては、絶対に幸せになんてなれない。

 となればこの縁談、成功させてなるものかっ。

 

(……潰す、絶対にだ)


 うふふふ♪

 ふへへへ♪

 

 なにやら気持ち悪い笑みをたたえる二人ではあったが、正蔵は気にしない。

 

 結婚とは、当人同士が決めること。

 二人を会わせ、各自が相性を判断すればよいのだ。

 

 国の陰謀やら(侍女の思惑やら)は横に置き、

 

(あとは若い者同士に任せよう)


 むろん、舞台を用意した責任がある。

 なんらかのトラブルに巻きこまれたときを想定し、対策は打っておくべきだろう。

 

「すこし席を外します。その後、王都を案内がてら冒険者ギルドへ参りましょう。そこで移動手段を得て、トレイアへ向かいます」


 ユーリアーナが「わかりました」とうなずくと、正蔵は一度、アルスバイト王のところへ赴いて、必要なものをそろえた。

 

 そうして、王都にあるエルンハイネ冒険者ギルドの支店にやってきたわけだが――。

 

 

 

 

 出会うなり言い争いを始めた二人。

 

 マイナス感情からのスタートはプラスに転じやすいと前向きに考えたものの、ひとつ、気になる点が正蔵にはあった。

 

「……くそっ。なんで僕がこんな意地の悪いイケメンなんかと……。顔のいい奴はみんな、死ねばいいのに。ただし妹は除く」


 ぶつくさと文句を言う彼は、もしかすると――。

 

(ユーリアーナ姫の容姿が、好みではないらしいな)


 そもそも男だと誤認しているのだから、容姿以前の問題だ。

 ただ、ユーリアーナが男と偽っているのを伝えるかどうか、正蔵は迷っていた。

 

 理由を問われれば、言い訳はいくらでもできる。が、変に女だと意識するより、まずは性別を超えた人間性を彼なりに感じ取ってほしかった。

 

(うん、そうだな。何かを忘れているような気がするが、今はよしとしよう)


 シャルロが組んでいたパーティーに依頼するかたちで、トレイアに向かう面々。

 

 荷馬車に乗ることに難色を示していたハンナだったが、ユーリアーナが快諾したこともあり、旅自体はスムーズなものだった。

 

 道中、正蔵はシャルロにあるモノを渡した。

 

 布にくるまれた細い何か。

 

 シャルロが布を取り去ると、

 

「なっ!?」

「――ッ!?」


 シャルロが驚きの声を上げ、離れた位置で様子を窺っていたユーリアーナは驚愕をのみこんだ。


「へえ、『風の剣(シルフィード)』のレプリカか。けっこう上物なんじゃないか?」


 冒険者パーティーのリーダー、ロッシはさほど驚いた風ではなかった。

 それは彼が『レプリカ』と述べたように、『偽物』だと信じて疑っていないからだ。

 

 なにせ『シルフィード』はアルスバイト王家に伝わる四つの聖武具のうちのひとつ。

 値段がつけられない唯一無二の名剣だ。

 

 四つの聖武具はときどき一般公開されており、そのレプリカが多く出回っている。包丁以下の切れ味の粗悪品から、『金』の冒険者が使う業物まで、レプリカにもいろいろある。

 

 が、正蔵が持ってきたのは、紛れもなく本物。

 実物に触れたことのあるシャルロはもちろん、正蔵が出かける前に王から何か賜ったのを知っていたユーリアーナも、すぐにそれを本物だと見抜いた。

 

「案内役にも何かしら武器は必要だろうと考えてね。シャルロ君の父君から借り受けてきた」


「よ、よくこんなものを、パパが許したな……」


「ん? ああ、父君と話をしているときに、近くに飾ってあったのでね」


 テキトウに『それでいいや』と指差したら、ものすごく嫌な顔をされていたのを正蔵は思い出す。


「その剣を使う機会はないに越したことはない。ま、ただの案内には必要ないだろうがね」


 続いて正蔵は、ポケットからハンカチを取り出してシャルロに渡した。

 

「それは肌身離さず持っているように。何かあれば、君を救ってくれるはずだ」


「なんだこれ? 何か魔法が施されてるのか?」


「まあ、そんなものだよ」


 これで準備は万全。

 何らかのトラブルに巻きこまれても、多少は時間が稼げるだろう。


「では、トレイアに着いてからの流れだが――」


 正蔵は淡々と語る。

 基本は自由行動。シャルロの裁量に任せるというもの。正蔵が面倒を見るのは宿の選定くらいで、あとはときどき様子を見るだけ。

 

 シャルロは不満たらたらの様子だったが、最終的には有無を言わせなかった。

  

 だが、やはり何か引っかかりを正蔵は覚えた。曖昧模糊として、はっきりとしないまま――。

 

 

 ――トレイアに着いた。陽はとっぷりと暮れている。

 

 ロッシたちと別れ、正蔵も宿の場所をシャルロに伝えて帰宅した。

 

「僕にどうしろと……」


 途方に暮れつつも、シャルロは宿へ二人を連れていく。

 

 夕食を簡単に済ませ、部屋を取り、荷物を持って案内した。

 扉を開けると、

 

「ひ、広いですね。ここまでの部屋は必要なかったんですけど……」


 ハンナは恐縮したようにきょろきょろと落ち着かない。

 が、天蓋付きのベッドには目を輝かせていた。他にもゆったりしたソファーや、広いテーブルもある。

 

「おい、ユーリ……だったか。お前はこっちだ」


 シャルロは部屋の奥にある扉を開けた。

 こちらは狭く、簡素なベッドがひとつと、テーブル、いすが二つ。

 従者にあてがわれた部屋だ。

 

 一人で寝るなら、十分な広さだ。

 

 そんな感想を抱いたユーリアーナの耳に、奇妙な言葉が入ってくる。

 

「ふん、二人(・・)だと手狭だけど、仕方ないな」


 知らずシャルロを二度見した。

 ハンナも『こいつ何言ってんの?』という眼差しを向けている。

 

 だがシャルロはお構いなしに、決定的な言葉を放った。

 

「ベッドはひとつだから、交代で使うしかないな。今日は僕が使わせてもらうぞ」


「き、貴様……何を言っている……?」


「荷運びをしたから疲れてるんだよ。それくらい、いいだろう?」


「違うっ! なぜ、私が貴様と同じ部屋で寝る前提で話が進んでいるのかと、聞いてるんだっ」


「はあ? 何を言ってるんだよ? オニガワラからは『24時間つきっきりで』って言われてるんだ。だいたい、毎日行ったり来たりするより、ここに寝泊まりしたほうが効率がいいだろ」


「別の部屋は取っていないのかっ」


「僕もハンナ嬢の付き人みたいなものだからな。別で取るより、ここひとつで十分だろう?」


「い、いや、しかし……。な、なら私は、ハンナと――」


「はあっ!? お前、付き人のくせに女性と一緒(・・・・・)の部屋で寝るつもりかっ。なんて破廉恥なっ」


 噛み合わない会話に、ユーリアーナとハンナは、ここに至りようやく理解する。

 

 シャルロはユーリを男と勘違いしたままだったのだ。

 

「ほら、ハンナ嬢も長旅で疲れてるんだろうし、早く休ませてやれよ。気が利かない奴だなあ」


 シャルロはグイッとユーリアーナの腕をつかんだ。

 

「いや、だからその、私は……」


 今さら自分が女だと告白すれば、正体を知られる危険がある。

 混乱しまくり、ユーリアーナは咄嗟の言い訳も思いつかなかった。

 

「いいから来いってば。僕だって初対面のやつと同室ってのは嫌なんだ。ま、どうせ寝るだけだし、気にしないことにする。それじゃあハンナ嬢、また明日」


 ハンナはわなわな震えて見送るしかできない。

 

 ユーリアーナはこの日、初めて異性と夜を過ごすことになるのだった――。

 

 

 

 その夜。

 正蔵は寝室に入ったところで、ハタと気づいた。

 

(しまった! シャルロ君はユーリアーナ姫を男と認識している。今ごろ二人は……)


 同じ部屋で、床についているかもしれない。

 

(間違いが起きるとは思えんが……しかし……)


 悩める正蔵だったが、すぐに様子を見に行ける状況ではなかった。

 

「うふふ♪ あ・な・たっ♪」


 妻シルビアが、両面『YES』と書かれた枕を持って迫ってきていたので――。

 


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