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幼き賢姫はどこへ行く?


 もうすぐお昼。

 今日は家庭教師のエマリアが不在であるため、シルビアは娘二人を連れて、外へハイキングに出かけた。

 

 青々とした草が茂る丘陵地帯。自宅からは飛んで30分といった距離だ。トレイアの街よりも、王都に近い。

 

 シルビアは大きなつばのある帽子をかぶり、昼食の入ったバスケットを持って、子どもたちが戯れる様を眺めている。

 

「行くよプルっち! 今日こそ音速を超えるんだっ」

「うーわーっ、はーやーいーでーすーっ♪」

「クエェーーッ!」


 ブルードラゴンのプルが、首を前に突き出して流線型の姿勢を取る。香菜と陽菜はその背に突っ伏してしがみついていた。

 頂上付近から丘の斜面ギリギリを滑空して下っている。

 

「香菜、あまりスピードを出しすぎると――」ビュオンッ!「――飛ばされますよ?」


 目の前を猛スピードで通過した彼女らに声をかけるも、速度は衰えるどころか上がっていく。


 あらあら、まあまあ、とシルビアは頬に手を添え困り顔。

 いくらブルードラゴンでも音速を超えるのは無理。だとしても、あまりに速くなれば子どもがしがみつける限界を超える。

 香菜は常軌を逸した運動能力を手に入れているからいいとして、陽菜はふつうの5歳児と体力的には大差ない。


 いつでもフォローできる体制を整え、見守っていると。

 

「あら?」


 遠方。丘のふもと。

 街道を行く多くの人影が見えた。いや、行軍だ。

 

 大きな旗を先頭に、騎馬や歩兵が100人ほど列をなしていた。

 その中心には、絢爛豪華な箱馬車がある。

 

 その、明らかにやんごとない誰かが乗っているであろう豪奢な馬車に、

 

「クエーッ!」


 プルが遠慮なく突っ込んでいった。

 

「なんだアレはっ!?」

「ドラゴンだと!?」

「馬車をお守りしろっ!」

「総員、構えっ!」

「魔法隊、詠唱開始っ!」


 突然の事態にも動揺は少なく、兵士たちは陣形を整えた。

 

 プルも前方に人がたくさんいるのに気づき、避けようと上昇を開始する。

 

 だがプルを脅威と認定した兵士たちは止まらない。

 槍を構えた隊の後方から、ローブを着た者たちが手を前に差し出す。

 

「撃てぇ!」


 指揮官の合図で、いくつもの火球が一斉に放たれた。

 追尾型の火炎魔法。

 魔法部隊の実力の高さがうかがえる。速度も威力も、一発でプルを撃墜するには十分だった。

 

 だが、誤解とはいえ我が子へ向けられた凶弾を、放置する女神(ははおや)などいない。

 

 虚空にいくつもの魔法陣が姿を現す。

 火球が進む先、ほんの十数センチ前に出現したため、火球は進路を変える間もなく激突。ことごとくが消え去った。

 

 シルビアは手を緩めない。

 帯状の魔法陣を無数に生み出すと、眼下の兵士たちへと投げつけた。帯状魔法陣は蛇のように地を這い、兵士を一人一人確実に拘束する。

 

 と、そのときだ。

 

「うーわーっ」

「陽菜っち!?」

「クエッ!?」


 上空。すでに火球は消え去っていたが、それに気づかないプルは回避のため急旋回を繰り返していた。

 陽菜が、振り落とされたのだ。

 

「うーわーっ」


 真っ逆さまに落下する我が子はしかし。

 

 ぼよーんっ。

 

 シルビアが事前に作っていた巨大な風船の上で跳ねた。ぼよーんぼよーんと、何度も落ちては跳ね上がる。

 

「なにそれ楽しそうっ」


 香菜が目をランランと輝かせてプルの背から飛び降りる。

 

「あはははーっ。たーのしーですーっ♪」

「うひゃー♪」


 二人、キャッキャと風船の上を飛び跳ねる。

 

 帯状魔法陣で拘束された兵士たちが呆然と見やる中、馬車の扉が勢いよく開かれた。

 

「狼藉者はいずこであるかっ! このリーンフィル・アルスバイト、逃げも隠れもせぬぞっ」

 

 甲高い声とともに現れたのは、まだ幼い女の子だった。真っ白なドレスを身にまとい、金色でふわふわの髪を手で払う。

 

「姫様っ! 危のうございますっ」

「馬車の中へお戻りくださいっ」


 身動きが取れない兵士たちがどよめく中、女の子は気丈にも前方を睨み据えた。

 

「よい。ここはわらわが注意を引きつける。そなたらは……んん?」


 彼女の前では、ぴょんぴょん跳ねる、楽しげな姉妹。

 

「なにそれ楽しそうっ! わらわもやりたいっ!」


「姫様ぁーっ!?」


 一目散に駆けだした女の子を、馬車の中から老人が涙目で追いすがるのだった――。

 

 

 

 

 

 ぽよーん、ぽよーんと少女たちは跳ね踊る。

 巨大風船での遊びに一人加わって、三人は跳ねながら会話していた。

 

「へー、リーンちゃんって、この国のお姫様なのかー」 


「うむ。先月8つになったばかりであるが、立派なレディーである」


「ひなさまより、おねーさまなのです」


 子どもたちが遊んでいる間にシルビアは事情説明をする。

 兵士たちの拘束を解き、敵意がないことを納得してもらった。

 まともに戦って勝てる相手ではないシルビアが言うのだから、彼らも納得せざるを得なかったのだが。


 風船の側では、リーンフィルの教育係である老魔法使いゲッテルがおろおろとしていた。

 

「おおっ、姫様、そのように高く飛び跳ねては危のうございますぞっ」


 傍らに立つシルビアは「大丈夫ですよ」とニコニコ顔で応じる。


「うわっちゃぁ!?」

「姫様ぁーっ!」


 言ってるそばからリーンフィルの小躯が大きく弾かれた。が、プルが背中でキャッチ。そのまま風船の上に回り、彼女を落っことす。再びぼよーんと跳ねるリーンフィル。

 

「ね? 大丈夫でしょう?」


「ワシの心臓が止まりそうですわいっ!」


 とまあ、ひとしきり遊んでから、リーンフィルは一緒に昼食をとることになった。

 

 丘の上でビニールシートを広げ、お弁当を並べる。兵士たちはふもとで休息に入った。

 

「美味いっ! なんだこれはっ。母君よ、そなたが作ったのか?」


「ええ。たくさん食べてね」


「うむ、美味い、美味いぞっ。よし決めた。そなたを王宮の料理長に任じよう。なに、父王陛下にわらわから具申すれば、嫌とは言うまい。陛下はわらわにゾッコンだからのっ」


「とても光栄だけれど、今は外で働く気はないの。ごめんなさいね」


「うむ、ダメか。そうか、残念だ……。では、宮廷魔導師はどうだ? そなたの実力であれば、魔法部隊の総指揮官に推挙しても異論は出まい。料理長の数倍の給金は保証しよう」


「お金の問題ではないの。私は家を預かる主婦だから」


「うむ、これもダメか。そうか、残念だ……とても、とても残念だ……ぐすっ」


「あたしらもママがいないと困っちゃうんだよねー」


 香菜が慰めようと頭をなでなですると、その手がむんずとつかまれた。

 

「そなたらは、幼いながらブルードラゴンを使役しておるな。どうだ? 王宮で――」


「いや君しつこいね」


「給金は弾むぞっ」


「ママいいかな!?」


「いけません」


 しゅんとする少女二人。

 

「げんきをだすですよー」と今度は陽菜が二人の頭をなでなでした。


 リーンフィルはおにぎりをもぐもぐごっくんとしてから気を取り直し、

 

「しかしそなたら、こんなところで何をしておったのだ?」


「たいむあたっくを、していたですよっ」と陽菜。


「ハイキングがてら、プルでどのくらいスピードが出るか試してたんだよ」


「ふむ。ブルードラゴンの飛行能力を検証していたのか。大型の竜種に飛行能力は求めないものであるが……いや、彼の巨大生物を航空戦力として投入できるとすれば、海戦が予想される帝国とのいくさにも大いに……ふむ、ふぅむ、なるほど……ふむふむ……」


「りーんさまが、こむずかしいことをいってるです」


「なんかよくわかんないけど、プルはあたしらの友だちだよ?」


「ほう。物言わぬドラゴンを友人と呼ぶか。懐が深いな……。ということは、だ。その、なんだ、あれか? そなたらは身分の高低も気にせず、友人関係を構築できるとか、そんな感じだったり……するのか?」


 ちら、ちら、と香菜や陽菜に視線を送るリーンフィル。

 

「りーんさまが、またこむずかしいことをいってるです」


「なんかよくわかんないけど、リーンちゃんはもうあたしらの友だちだよね?」


「真かっ!?」


「だって、一緒にご飯食べて、お話してるじゃん」


 香菜の友だち認定基準は極めて低い。

 同じクラスになっただけでなく、同じ学校に通っているだけで友だち認定してしまうのだ。

 一度でも会話すれば、赤の他人も友だち。

 日本に住んでいたころは、宅配業者のお兄さんも立派な友だちだった。

 

「つ、ついに、ついにわらわにも友と呼べる者が……ぅぅ、ぐすっ」


 リーンフィルは感動のあまり打ち震えている。

 

「姫様が、あんなにお喜びになって……」と老魔法使いゲッテルももらい泣きしていた。


「ゲッテルよ、すぐに宴の準備だっ。地方の貴族もみな集め、わが友を披露するのだ。三日三晩の大祝賀会にするぞっ」


「御意」


「なんかよくわかんないけど、そういうのはいいや」


「なにゆえっ!?」


「あ、でも、お姫様ってことは、お城とかに住んでるんでしょ? そこには行ってみたい」


「うむ、よい。いつでも来てくれ。なんなら今すぐっ……ぁ、ぃゃ、わらわはこれから、ちょっと用事が……」


 しょんぼりするリーンフィル。

 

「そういえば、リーンちゃんってどこに行こうとしてたの?」と香菜。


「ん? ああ、わらわはトレイアに向かう途中であった」


「トレイア……って、家の近くの街か。お父さんがそこで働いてるんだー。ついでにお姉ちゃんも」


「なんとっ。そなたらはトレイアの住人であったか」


「違う違う。街からはちょっと離れた丘の上に家があるんだよ」


「街の外に、住まいを? まあ、母君ほどの魔法力があれば、魔物どもに怯えることはないか」


 リーンフィルはうんうんと納得する。

 

「トレイアに何しに行くの?」


「うむ。これは秘密なのだが、友には包み隠さず話そう。わらわは、兄上の様子を見に行くのだ」


「「あにうえ?」」と姉妹は首をかしげる。


「うむ。これも秘密なのだが、兄上は今、冒険者になっておる」


「兄上ってことは、王子様なんだよね? なんで冒険者に?」


 リーンフィルは『よくぞ聞いてくれました』と言わんばかりに目を輝かせて答えた。

 

「兄上はここ数年、自己研鑽のため一人籠っておられたのだが、次なる段階に入られたようなのだ。進んで市井に身を置くことで、臣民の生活を肌で感じようとお考えなのだろう。そして職業として選ばれたのが、冒険者というわけだ」


 鼻息も荒く、ノリノリでまくしたてる。

 

「冒険者とは、様々な困難に立ち向かい、ときに魔物を討伐する猛者。軍属よりも民草に寄り添う、まさしく庶民の英雄であるっ。兄上はいずれ父王陛下の後を継ぎ、この国を統べるお方。ゆえにこそ、身分を隠して一般市民に紛れてがんばっておられるのだっ」


 ぜえはあと息を荒げるリーンフィルに、香菜はペットボトルを差し出した。

 こくりとひと口。「冷たいっ。美味いっ」とスポーツドリンクに舌鼓を打つ。ごくごく一気に飲み干すと、ペットボトルをしげしげと眺めた。

 

「ふむ。ガラスのように透明でいて、ぺこぺこと柔らかく、軽い。不思議な容器だな」


 感心したのち、思い出したように兄上語りに戻る。

 

「兄上にはここ数年、お会いできていなかったのでな。この機にこっそりと、その雄姿を目に焼き付けようと彼の地に赴くのだ」


「こっそり……?」


 香菜は、遠くで休んでいる百名ほどの兵士さんたちに目をやった。

 めちゃくちゃ目立ちそうだ。


「リーンちゃんのお兄さんってすごいんだね」


「うむっ。嫉妬深い連中は口汚く兄上を貶めているが、わらわが幼いころはよく面倒を見てくれたものだ。優しく、たくましく、とにかくなんかすごいお方なのだっ」


「おおー、さすが王子様だ」

「はくばには、のっているですかっ?」


 興奮ぎみの姉妹に対し、母シルビアはリーンフィルの話を聞きながら首をひねった。

 

(正蔵さんから聞いたお話と、違うような……?)


 彼女は正蔵から、ぐうたら王子を立ち直らせるため、その身を引き受けたと聞いている。

 リーンフィルが嘘を言っているとはまったく思わない。ただ、まだ8歳の女の子が、数年前のおぼろげな記憶を頼りに、ものすごく美化している可能性は否定できなかった。

 

「ねえ、リーンちゃん。あたしも王子様を見てみたいっ」

「ひなさまも、あってみたいですっ」


「うむ、そうであろうな。わらわも兄上に友を紹介したいと思っていた。でもなー、兄上は身分を隠しておるからなー、あくまで素知らぬ顔で、こっそり、こっそりだぞー?」


「王子様ってバレなきゃいいんでしょ? 大丈夫大丈夫」

「できるですよっ」


 二人は行く気満々。

 

「ねえママ、行ってもいい?」

「おかーさま、いいですかっ?」


「そうねえ……」


 シルビアは頬に手を添えて考える。

 伝え聞く王子の現状を、美化しまくりの姫が目の当りにしたらどうなるか?

 想定される事態はよろしくないものばかり。


「どうだろうか、母君よ?」


 ふと横に目をやれば、姫の従者ゲッテル老人が、縋るようにこちらを見ていた。

 彼は王子の現状を知っていて、姫を会わせたくないと考えているようだ。当然、姫を引きとめたに違いない。

 

 にもかかわらず、彼女は今、トレイアに向かっている。

 赤の他人がどう言おうと、リーンフィルは兵を引き連れ兄の下へ行くだろう。

 

 いや、赤の他人――第三者であればこそ、できることがあるかもしれない。

 

「ええ。ご迷惑でなければ」


 シルビアが笑顔で答えると、ゲッテルがほっと息をついた。


「やったーっ♪」

「やったですー♪」


 大喜びの子どもたちに、釘を刺すのは忘れない。

 

「でも、王子様のお仕事を邪魔しないようにね」


「わかってるよ、ママ」


 小躍りする香菜はしかし。

 

「ついでに優菜姉をからかいに行こう」


「やめなさいっ」


 ちょっと不安になるシルビアだった――。




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