冒険者は王子様
エルンハイネ冒険者ギルドの窓口に、その男はやってきた。
新調したばかりらしい冒険者服は、着られている感丸出し。そしておよそ冒険者らしからぬその体格は、『走るより転がったほうが速いんじゃない?』と思えるほどまん丸だった。
窓口を担当するようになって二日目の優菜は、ぎこちない笑みでその男を迎えた。
「ようこそ『エルンハイネ冒険者ギルド』へ。新規のご登録ですか?」
「ああ」と男はぶっきらぼうに返す。その顔には『面倒くさい』との文字が浮かんでるようだった。
「で、では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください……」
優菜が用紙とペンを向けると、男はまたも面倒くさそうにペンを受け取った。
億劫そうにペンを走らせる様を眺めながら、優菜は思わずつぶやいた。
「きれいな字……」
ぎろりと、男は優菜を睨みつける。チッと舌打ちして、一転して乱暴な文字を書きなぐった。
「ほら、これでいいんだろ?」
「ぇ、ぁ、はい……。えっと……『シャルロ・アーシュ』さん、でよろしいですね?」
「見ればわかるだろ」
「ご、ごめんなさい。えー、前職は『なし』……? 年齢は……16歳っ!?」
思わず優菜は男を二度見した。
ぼさぼさの金髪には白髪が混じり、肌はがさがさ。どれだけ下に見ても30代の人が、再起をはかるべく冒険者になろうとしたのだと思ったのに……。
「老け顔で悪かったな。ったく、だから他人と関わるのは嫌なんだ。なんで僕が冒険者なんかに……」
ぶつぶつ文句を言うこの男こそ、何を隠そう、アルスバイト王国の第一王子、シャルロ・アルスバイトその人であったのだっ。
もちろん正体は秘密。それを自ら明かせば、厳罰に処すと父王から脅されていた。
ぬっと、彼の背後に巨大な人影が現れる。正蔵だ。
「シャルロ君、人と接するときの基本は『笑顔』だと言っただろう?」
「あ、あんた……」
シャルロは忌々しげに正蔵を睨む。
「相手が誰であれ尊敬し、尊重する姿勢が大事だ。それを心がけるだけで、対人関係における煩わしいトラブルの9割がたは回避できる」
「誰とも話さなければトラブルはゼロだろ?」
シャルロの嫌みたっぷりな笑みにも、正蔵はにこやかに応じた。
「たしかにな。が、それでは人と関わることで得られる恩恵もゼロだよ」
「そんなもの、僕には……」
「必要ないかね? ま、そのうちわかるよ。ひとまず現状は受け入れなさい。すくなくとも一か月は家には戻れないのだからね」
父王アランはシャルロを正蔵に預けるにあたり、『一か月は王宮への立ち入りを許さない』とシャルロに厳命していた。
それを思い出し、シャルロはぎりぎりと奥歯を噛みしめる。
(すこし意地悪が過ぎたかな)
彼は最近、他者と触れ合う機会がまったくなかった。見ず知らずの者への警戒心は強く、自ら感情面で歩み寄るのは酷な話だ。
(まだ無条件で他人に優しくできる段階ではないな。となれば――)
対人関係を、まずは損得勘定で考えさせればいい。
「シャルロ君、冒険者にとって冒険者ギルドはビジネスパートナーだ。上も下もない。互いに良好な関係を築けば、互いが幸せになれる。ひとまず感情を押し殺してはどうかな?」
とはいえ、あまりドライになりすぎると損得でしか動かなくなり、他者から見放されてしまう。
自分と、そして相手が一緒になって幸せになる――Win-Winの関係が存在することを彼には知ってもらいたかった。
「ああ、もうっ。わかったよ。パパからはあんたに従えって言われてるし。ったく、僕は一人でいられれば幸せなのに……」
『わかった』と言いながらも悪態をつくシャルロに、正蔵は思わず苦笑いした。
(やはりなかなかの難物だな)
だからこそ、やりがいがあるのもまた事実だった。
などとやり取りするうち、シャルロの冒険者登録作業が終わったようだ。
優菜が紙を差し出す。
「こちらが冒険者登録証です。ランクは『鉄』です。依頼や報酬を受け取るときに必要ですから、ギルドへお越しの際は必ず持参してください。失くさないように注意もお願いします」
「ふうん、『鉄』か……」
「あ、その……。前職が傭兵だったり、強力な魔法が使えるといったアドバンテージがあれば、特例で『銅』からスタートも可能なのですけど……」
「……」
何か文句を言いたげなシャルロだったが、すんでで飲みこんだらしい。
「えっと、その……そ、それから、こちらが『鉄』の冒険者プレートです」
優菜は居心地悪そうに、名詞サイズの鉄板を取り出した。角には細いチェーンがひとつ付けられている。
冒険者がどのランクであるかを判別するために、重要書類である登録証を首からさげるわけにはいかない。その代わりに目につくところに身に着けるのが、この冒険者プレートだった。
ただ実際のところ。
「なんだこれ。みすぼらしいな」
シャルロは冒険者プレートを乱暴にポケットへと押しこんだ。
このように、冒険者プレートを目につくところに身に着ける冒険者は少ない。理由は様々だが、強制されていないのでお咎めはなかった。
「続けて依頼をお受けになりますか?」
優菜が尋ねると、シャルロではなく正蔵が答えた。
「その前に、シャルロ君にはすることがある」
「な、なんだよ? まだ何かしろって言うのか? 今日はもう、依頼だって受けずに――」
「冒険者は、複数人で依頼をこなすことが多い。駆け出しの冒険者なら、なおさら一人では行動せず、まずパーティーを組むべきだ」
シャルロの文句を無視し、正蔵はきっぱり言った。
「パーティーって……まさかっ」
「仲間にしてもらうんだ。君から声をかけてお願いするんだよ」
「じょ、冗談じゃないっ。知らない人に? 僕自らが?」
「そうだ」
「ぐっ……」
正蔵が冷ややかに返すと、シャルロは恨みがましい視線を突き刺してきた。
ただ正蔵に逆らえば、王宮に戻れるまでの期間が延長されかねない。
シャルロは渋々ながら、冒険者を物色し、とある冒険者三人組に近寄っていく。
彼が離れたところで、優菜が小声で正蔵に尋ねた。
「お父さん、大丈夫なの?」
「さて、どうなるかな。ところで、シャルロ君への依頼なのだが――」
正蔵は、あらかじめ彼にあてがおうと考えていた依頼内容を優菜に告げた。
「――という依頼はあるかね?」
「ちょ、お父さん、本気で言ってるの?」
「もちろんだとも。で? ありそうかな?」
「そりゃあ、あるとは思うけど……」
優菜は不安そうに席を立ち、依頼を扱う担当者のところへ向かった。
その間、正蔵はシャルロの様子を見守る。
シャルロは不機嫌そうに三人組のリーダーらしき若い男に声をかけた。
「あー、ちょっといいか? 僕とパーティーを組んでくれ」
見るに堪えない引きつった笑顔である。
男はじゃっかん引きぎみに応じる。
「は? おっさん、誰っすか?」
男は二十代前半くらい。シャルロよりはずいぶん上のようだが、彼を『おっさん』呼ばわりである。
「僕はまだ16歳だよっ」
「えっ、マジで? てか、年下のくせになんでそんな偉そうなんだよ」
「そこは気にしないでくれ。とにかく、僕は冒険者登録をしたばかりで仲間がいない。だから頼むっ」
彼にしては最大限の誠意の言葉。加えてニタリとした、彼にとっては満面の笑み。
「なんかキモイ……」と三人組唯一の女は嫌悪感を露わにし、
「君、『鉄』なのかい?」と残る神官系の男は比較的冷静に質問した。
シャルロがうなずくと、リーダー格の男が肩をすくめた。
「わりいけど、うちは『銅』以上じゃなきゃ一緒にはやらねえ。他を当たってくれ」
しっしっと手で払われてカチンときたのか、シャルロがぼそりと言う。
「ふん、偉そうに……。お前たちだって『鉄』じゃないか……」
「なっ!? なんでそれをっ」
「なんだ、やっぱりそうなのか。周りを見渡して、プレートを見えるところに付けてるのは『銀』ばかりだったからね。『鉄』や『銅』をアピールするには恥ずかしいんだろうと思ったんだ」
また、『金』や『白金』なら、有名で顔も知られている。これみよがしにプレートを見せつけるのを恥じる空気でもあるのだろう、とシャルロは推測した。
そんな中、端っこでこそこそしているプレート表示なしの三人組は、『銅』より下の『鉄』だとシャルロは踏んだらしい。
正蔵は聞き耳を立てて彼らの会話を聞いていた。
(なかなかの観察眼だな。しかし――)
「なんなんだ、こいつ……」
「行きましょう」
「相手するだけ無駄よ」
三人組はそそくさと彼をおいて行ってしまった。
シャルロはその後も、『鉄』ランクとおぼしき冒険者に声をかけるも、
「俺ら、上のランクの人を捜してんだよね」
「そのまんまるな体で魔物と戦えんの?」
「せめて回復魔法でも使えればなあ」
「見た目が生理的にちょっと……」
ことごとく断られていた。
「くそっ、なんだよっ。あいつら、僕が頭を下げてやってるのに。『鉄』ごときが魔物と戦う? 回復魔法は必要ないだろっ。生理的に受け付けないのは僕のほうだっ」
周りには聞こえないような小さな声でぶつくさ言っているが、正蔵には丸聞こえだった。
(やはりコミュニケーション能力が圧倒的に足りないな)
体格や能力不足の問題があろうと、駆け出しとの自覚をもって交渉すれば、一回くらいは依頼を一緒にできただろうに。
(まあ、パーティーを組んだところで依頼をこなす前に崩壊するだろうがな)
正蔵はこの事態を予想していた。というよりも――。
「結果は芳しくないようだな」
シャルロに近寄り、その肩に手をおいて正蔵が言うと、シャルロは神妙な顔になる。
「そう悲観することもない。私が提案したのは、『今の君に仲間集めは無理だ』という現実を突きつけるためだ」
「僕をもてあそんだのかっ!」
「いや、その上で君の実力が知りたかった。同ランクの冒険者を選ぶ観察眼は確かなもの。断られてもしばらく諦めない姿勢もすばらしいっ」
「え、あ、そう……?」
まんざらでもない照れ顔をみせるシャルロ。
そこへ、優菜が紙を持って現れた。正蔵が頼んでおいた依頼票だ。
「それらを踏まえ、仲間ができなかった君にぴったりの依頼を選んできた」
正蔵は優菜から依頼票を受け取り、柔らかな笑みでシャルロに差し出した。
「さらっと僕をバカにしたな……。まあいいけどさ。どれどれ……………………」
シャルロの目が、点になる。
「おい……これを僕にやれって言うのか……?」
わなわなと震えて尋ねたシャルロは、正蔵の回答を待たずに叫んだ。
「この僕にっ、ドブさらいをやれだとっ!」
王子にドブさらい。王の耳に入れば、打ち首だってあるかもしれない事態ではあるのだが。
「ああ。単独でもできる、実に有意義な仕事だよ」
正蔵はさらりと言ってのけるのだった――。