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水竜との約束


 海水浴を楽しんでいたところ、突如として現れたウォータードラゴン。

 正蔵が仲間を、家族を守るために排除しようと、殴りかかったとき。

 

「おとーさまっ、このこをいじめては、だめなのですっ」


 三女の陽菜が両手を広げて立ちふさがった。

 

 とはいえ、空中に身を投げ出した状態なので、「おーちーるーでーすー」重力に引かれて落ちていく。

 

 正蔵は勢いそのままに、すれ違いざま娘を抱き、水竜の上あご――カジキマグロのように突き出た部分に飛びついた。

 

「陽菜、どうして止めたのかね?」


「このこが、『たすけて』って、いったです」


「ふむ。助けを求めたのか。陽菜はこの魔物の言葉がわかるのかね?」


「わからないですっ」


 全力の笑顔に正蔵の頬も緩む。

 

「ではどのように、『助けて』という声が聞こえたのかね?」


「ぷるさまが、おしえてくれたです。ぷるさまのことばは、ぎりぎりのらいんで、わかるですよ」


 ウツボのような蛇のような水竜。姿は異なるが同じ竜種だ。ブルードラゴンのプルが、何かしら感じ取ったのか。

 

 当のプルは水竜の頭上を旋回し、正蔵たちのすぐ横へとやってきた。

 その間、水竜は大人しく天を仰いでいる。ぎょろりと瞳が向く。どこか哀しげに、苦しげに潤んでいるように思えた。

 

 正蔵は我が子をプルの背に乗せる。

 

「この魔物と話がしたい。陽菜、お願いできるかな?」


「ぷるさま、このおっきなこと、おはなしできますか?」


 陽菜はプルの首をぺちぺちと叩く。

 

「クエッ」


「『あたしにかかればよゆーよゆー。あとでごほうびちょうだいね』と、いったです」


(今のたってひと言で、小生意気な言葉をそれほど連ねたのか?)


 おそらくテレパシーのようなものを含めての会話だろうと、正蔵は納得することにした。

 

「まずは確認だ。『君は最近、船を襲っているウォータードラゴンか?』と訊いてくれないか」


 陽菜はまたもぺちぺちとプルの首を叩き、

 

「あなたは、おふねにいたずらしてるこ、ですか?」


「クエー」


 プルが鳴き声を上げると、水竜も地響きのような雄叫びで答えた。

 

「クエッ」


「『しかたがなかった』って、いってるです」


 通訳に通訳を重ねることに不安を感じていたが、どうやらきちんと意思の疎通はできているようだ。

 正蔵は安心して会話を続ける。

 

「なぜ船を襲ったのかね?」


 陽菜からプルへ、水竜からまた戻る一連のやり取りを終え、最後に陽菜が答える。

 

「『めいれいされたら、さからえない』……むぅ、ひどいですっ。いじめっこが、どこかにいるですっ」


 言い得て妙だ。

 この水竜を、陰で操っている者がいる。そう考えるのが妥当だろう。

 

 しかし、これほど巨大な魔物が逆らえない相手とは誰なのか?


 単刀直入に尋ねるも、ここからのコミュニケーションは困難を極めた。

 

 命令者の人相を明らかにしようにも、判然としない。

 竜種からみれば、人の顔はみな同じに見えるようで、声などの特徴から自身は命令者を特定できるものの、間にプルを入れた会話では、正蔵が理解するには至らなかった。

 

 個人なのか組織なのかも、水竜は概念として理解できない。竜種は基本『群れ』を作らないためだ。

 命令者は一人のようだが、その何者かは複数の誰かと接しているところまでしか知り得なかった。

 

 と、ウォータードラゴンが哀しげに吠えた。

 ゆっくりと海面に身を沈めていく。

 

「どうかしたのか?」


「えっと、『もどらなきゃ』と、いってるです」


 主の下へ、だろうか?

 となれば、ここは水竜を追って犯人を突き止めるべきだ。

 

 うなり声。

 『ついてこないで』と水竜は言った。

 

 理由を訊いても、答えは返ってこない。

 

「最後にひとつ。聞かせてほしい。『君はなぜ、ここへきた』のだ?」


 沈黙。

 しかし頭が海面につく間際、ウォータードラゴンは答えた。

 

 ――楽しそうだったから、一緒に遊びたかった。

 

 水竜は海底深く、生身の正蔵では追いきれないほど深く潜る。

 

「そうだな。今度会うときは、一緒に遊ぼう」


「あそぶですよっ!」


「クエーーーッ!」

 

 想いは届いただろうか?

 正蔵はしばらく波間に漂いながら、届いてほしいと切に願うのだった。

 

 

 さて、水竜は去った。

 

 正蔵は頭を切り替える。

 

 裏で糸を引くのは何者なのか?

 その動機も判然としない。

 水竜は商船を襲っているが、荷のほとんどは海の底だ。海上で漂う一部にも、手を付けた様子はなかった。

 怨恨か? それにしては無差別のようにも思える。

 

(いや、ジルクはたしか……)


 ――襲われているのは外国の商船ばかり

 ――これ以上被害が増せば国際問題になりかねんのでな

 

 他にも何か知っている風だった。

 

 急ぎ正蔵は砂浜に戻る。 


 ちょうどジルク・ゴルダス侯爵が溺れたジラハルを引きずって、浜に上がったところだった。

 

 子どもたちはプルやソフィたちに任せ、正蔵はエリザベート、シルビアを呼ぶ。

 状況を説明すると、ゴルダスは眉間のしわを濃くした。

 

「なるほどな。なんとなくだが、背後関係が見えてきたぞ。ウォータードラゴンに襲われていたのは外国の商船、しかもバーデミア帝国の船ばかりだった」


 バーデミア帝国は、王国から海を隔てた北方に位置する。

 近年は軍事力を増強し、何かと理由をつけては近隣の小国を襲い、属領としていた。

 

 王国とは海を挟んでいることもあり、今のところ緊張はない。

 が、この問題が長引けば、その限りではなかった。

 

「帝国に恨みのある者の犯行ってこと?」とはエリザベート。

 

「王国の領海で行う理由に乏しいな」ゴルダス侯爵が異を唱える。


 正蔵も侯爵と同意見だった。

 わざわざウォータードラゴンを棲息地から遠く離れた他国に連れてくる理由がない。

 

「では侯爵様、第三国による工作は考えられませんか?」


「ふむ。両国が争うよう仕掛け、双方の弱体化を計る、か。うーむ……」


 ゴルダスは腕を組んでうなる。

 

 正蔵はこのとき、ひとつの可能性に思い至った。


「帝国かもしれんな」


「はあ?」


 声を上げたエリザベート以外も、驚いて正蔵に注目した。

 

「詳しい状況は私も理解が不足しているので自信はないが、理由として考え得るものはいくつもある」


 正蔵は前置きして説明する。

 

「自国の商船ばかり狙われたことに因縁をつけ、多額の賠償金をせしめる腹積もりかもしれない」


 もしくは、と続ける。

 

「王国の海軍力の調査だ。水竜退治ともなれば当然、軍が対応する。そこから大体の戦力を測ろうとの思惑だ」


 ゴルダスの顔がこわばる。

 

「いずれも可能性としては考えられるな。いや、もしかすると……」


「うむ。帝国の仕業であれば、そのどちらもが連中の策の範疇だろう。そして最終的には――」


 正蔵の次なる言葉に、みなが息をのんだ。

 

「戦争を仕掛ける口実にするつもりか」


 版図拡大を推し進めている帝国も、理由なく他国を攻めれば国内外の批判の的となる。それを軽減するための策。

  

「もしショウゾウの推測どおりならば、厄介だな」


 すでに水竜討伐に軍は出動していた。もし戦力を測るという目的があったとしたら、それは達せられている。

 そして仮に犯人を捕らえ、帝国の仕業と判明しても、相手が白をきる可能性が高い。

 そうなれば戦争へは一直線。『言いがかりをつけられた』と帝国は主張し、喜び勇んで攻めてくるだろう。彼らの思惑どおりとなってしまう。

 

 事は慎重に。

 最良は、秘密裏にあの水竜だけを倒し、平穏を取り戻すことだ。

 そうゴルダス侯爵は主張した。

 

「シルビア、追跡魔法で先ほどの水竜は追えるかね?」


「……はい。遠目でしたけれど、魔力的な特徴は把握しましたから」


「ショウゾウ、やってくれるのか」


 ゴルダス侯爵がほっと胸を撫で下ろす。

 

 正蔵は波打ち際に目をやった。

 陽菜が楽しそうに、プルに水をかけて遊んでいる。蒼天に浮かぶ太陽よりもまぶしい笑顔だ。

 

「あの水竜は別れ際、『戻らなきゃ』と言ったらしい。つまり、裏で糸を引く何者かに接触する可能性がある」


「おい、ショウゾウ。貴様、いったい何を――」


「決まっている」


 正蔵は鋭い視線を遥か沖へ向けた。

 

「善良な魔物を利用する悪辣な者を捕らえ、水竜の呪縛を解き放つ」


 ゴルダスは絶句した。

 対してシルビアとエリザベートは、安堵したように微笑んだ。

 

「水竜は冷たい海に棲むと聞く。ここの温かい海はあまり好まぬだろう。遊ぶのは、一度だけかもしれんな」


「待てっ。それでは帝国との関係が――」


「なに、心配はいらない」


 ゴルダスの懸念を、正蔵は笑い飛ばす。

 

「私がなんとかしようっ」


「せめて根拠を言わんかっ!」


 そのあたりは状況次第で臨機応変に。

 生き馬の目を抜くビジネス業界では、計画通りに事が進む方が少ないのだ。

 正蔵はそんなことを考え、ほくそ笑んだ――。

 

 

 

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