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夏の休日、海水浴と修行をしよう


「海だあっ!」


 紺色のスクール水着に身を包んだ香菜かなが叫んだ。


「うみですっ!」


 その隣には、陽菜ひなが浮き輪を腰に嵌めてピョンピョン飛んでいた。水着は薄いピンクのワンピースタイプだ。

  

 だが残念ながら、ここは海ではなかった。

 

「リビングで何やってんのよっ!?」


 夕飯時に突如乱入した妹たちに、優菜ゆながツッコむ。

 

「あらあら、どうしたの? 二人とも」


 シルビアは微笑みながら下姉妹を迎える。

 

「海に行きたいよ、ママ。なぜなら、夏だから」


「いきたいですっ。かにさんと、あそびたいからですっ」


「そうね、夏だものね。でも、近くに海水浴のできるところがあるかしら?」


 シルビアは正蔵へ目を向ける。

 

「王国の海岸線は砂浜が多いと聞く。港の側にもあったはずだから、明日職員の誰かに訊いておこう。できればこの週末の休みには行きたいものだな」


 ぱっと下姉妹に笑みが咲く。

 

「バーベキューもやろうっ!」

「ぷるさまも、いっしょしていいですか?」


 きゃっきゃとはしゃぐ下姉妹とは対照的に、

 

「水着……通販で間に合うかな……?」


 オシャレが気になるお年頃の長女は、切実な問題に直面していた――。

 

 

 

翌日の昼休み。

執務室での昼食中、正蔵は海水浴ができる場所についてソフィに尋ねた。

  

「泳げる場所、ですか? 海で……? うーん、砂浜があるというなら――」


 ソフィは地図を持ってきて、いくつか指差して正蔵に教える。

 

 エリザベートが不思議そうに尋ねた。

 

「そもそも、どうして海なんかで泳ぐの?」


 予想外の質問だった。

 

「君たちは海水浴をしないのか?」


「この辺りには大きな河があるし、水浴びがしたいなら泉や湖に行くわよ」


「そうですね。海岸沿いに住んでいる方ならともかく……」


「だいたい、海で泳いだらべたべたして気持ち悪いじゃないの」


「塩辛いとも聞きますね。実際に舐めたことはないですけど」


 ところ変われば考え方も変わるものだと正蔵は思う。

 だが同時に、海水浴が一般受けしていないのであれば、どこの砂浜へ行ってもプライベートビーチのように空いていると考えられた。

 

(それはそれで、アリだな)


 誰にも邪魔されず、家族だけでのんびり休日を楽しむ。

 そんな想像をしながら頬を緩ませていると、エリザベートが呆れたように言った。


「でもさ、そんなのんきに構えてていいわけ? 例の水竜退治はどうするのよ?」


「仕事は仕事。プライベートはプライベートだ。そこはきっちり分けないとな」


 言いつつも、常に頭から離れないのが正蔵の性分だった。

 

「とはいえ、難儀しているのはたしかだ。シドリアス君が失敗したとなると、人選は難しい。ラーライネさんも候補を挙げるのに苦労していたよ」


 王国ではめったにお目にかかれない水棲の竜種。体調不良だったとはいえ、『ドラゴンスレイヤー』でも傷ひとつ付けられなかった素早さと硬さ。

 並の冒険者では太刀打ちできないだろう。

 

「ゴルダスや王都の冒険者ギルドは、外国の冒険者に連絡を取ってるそうよ」


「ほぼトレイア周辺にしか情報網のない我らの弱点だな。さて、どうするか……」


 対策を考えるにしても、できればウォータードラゴンの実物を見ておきたい。

 しかし目的のドラゴンは神出鬼没で、海に出れば出会えるというわけでもないらしい。シドリアスが戦ったのも丸2日探し回ってようやく、とのことだ。

 

(丸2日……それだけ船に揺られて、船酔いを悪化させたのだな、彼は)


 正蔵に、ひとつの考えが浮かぶ。妙案と呼べるほどではないが、試してみる価値は十分あった。

 

「ところで」とエリザベートが正蔵を見据えた。

 

「面白いの? 海で泳ぐのって」


 さんざん文句を言っていたわりに、興味津々らしい。

 

「君も来るかね?」


「えっ、いいの?」


 ぐぐっと身を乗り出すエリザベート。

 それを羨ましげに眺めるソフィはつい、「いいな……」とつぶやいた。

 

 耳の良い正蔵が聞き逃すはずもなく。

 

「ソフィさんも一緒にどうかね?」


「いいんですかっ!?」


 ソフィは初めて営業案件を取ってきたときのように感激の声を上げる。

 

「以前の職場では、ときどき同僚たちと野外交流してね。そのような文化があるのを知ってもらう意味でもいいだろう」


 トントン拍子に話は進み、

 

「ボクも行くっ!」と獣人族のモコや、


「……私は、屋外での活動はちょっ「ラーライネも行こうよ決定ねっ」……はい……」と蛇人族ナーガのラーライネも参加する運びとなった。



 

 そういったわけで、その週末の休日。

 

 抜けるような青空の下、白い砂浜が陽光にきらめく。

 

 穏やかな波打ち際に立つのは、強面でブーメランパンツ一丁の巨漢。そしてその足元に丸まる若い男は衣服を着用。

 

「さあジラハルよっ、泳ごうではないかっ!」


「騙したな騙したな騙したな……」


「騙してはいない。儂の言ったとおり、『美しい女たちが海で戯れている』ではないか」


「あいつがいるなんて聞いていませんよっ父上!」


 ジラハルがびしっと指差した先からは、正蔵がにこやかに近づいていた。

 

「はっはっは、思ったよりも元気そうじゃないか」

 

 トランクスタイプの海パンは10年愛用したお気に入りである。

 

 ジラハルは自分で指さしておきながら、正蔵が近寄ってくるのに怯えまくる。

 

「ひいっ!?」


「おおっ、あの引きこもりが沖へ向かって一心不乱に泳ぎ始めたではないかっ。やはりパパ友の言葉どおり、やや詐欺的にでも外へ連れ出して正解だったな」


「…………そうだな」(←なんとなく自分に怯えて逃げ出したのがわかっていながら言えないでいる)


 息子を追いかけて海に飛びこんだゴルダス侯爵を見送り、正蔵は振り返った。


 目に飛びこんできたのは、胸は慎ましやかでも態度は尊大な金髪さんだ。

  

「なるほど……。これはなかなかの解放感ねっ」


 エリザベートは赤いビキニを着て、腰に手を当てふんぞり返っている。だが顔や体は真っ赤になり、小刻みに震えてもいた。

 

「エリザさん、よくそんな格好で……。恥ずかしくないんですか?」


 ソフィは大きなタオルで首から下を隠して縮こまっている。

 

「恥ずかしいに決まってるでしょっ! 何よコレ? ほとんど裸じゃないのよ? でも、だからって、負けてらんないじゃないの。あんなのがいるんだからっ」


 忌々しく見つめる先には、正蔵の妻シルビアがいた。白いビキニからは大きな胸がこぼれ落ちんばかり。


「いつも主人がお世話になっています」


 シルビアは正蔵の同僚たちへ挨拶していた。

 大きなパラソルの下で、普段着のまま膝(というか蛇の下半身)を抱えるラーライネは目のやり場に困って萎縮している。

 彼女の隣にはモコが尻尾をパタパタさせていた。ワンピースタイプの水着で、お尻の部分は尻尾の通し穴が開けてある。

 

「お姉さんってホントにオニのおっちゃんと結婚してんの?」


「ええ、そうですよ」


「脅されて、とかじゃなく?」


「どちらかといえば、私から迫りました」


「お姉さん、いい人なんだね……」


 言いながら、シルビアの胸を凝視するモコ。

 同じくエリザベートも恨みがましく重そうな双実を眺め、

 

「アレに勝てるなんて思っちゃいないわ。けどね、だからって身を縮こまらわせて隠れるなんて私のプライドが許さないの。あんたはそれなりにいいモノ持ってんだから、シャンとしなさいっ」


「エリザさんちょっとっ!? タオルを取らないでーっ」


 訴えも空しくタオルをはぎ取られ、ソフィの肢体が露わになった。

 こちらもビキニタイプではあるが、パレオを付けているので露出は控えめ。しかしこの場ではシルビアに次ぐ大きさの双丘が、たゆんと揺れて艶めかしい。

 

 正蔵はさっと視線を愛娘たちに移す。

 

「準備っ運動っ!」


 優菜の号令で、体操を始める妹二人。香菜はしぶしぶ、陽菜はうきうきだ。

 

 海に到着するなり飛びこもうとした香菜を、優菜が説教して今に至る。

 

「海って怖いんだからね。お父さんやお母さんがいても、油断するとすぐ死んじゃうんだからっ」


 お調子者の香菜も、姉の剣幕に押されては反論できなかったようだ。

 

 娘たちのやり取りをほっこり眺めていた正蔵は、側にいた少年の肩にバンッと手を置き、

 

「ではシドリアス君、私たちも準備運動を始めようか」


 鼻の下を伸ばしていた彼に禍々しい笑みを向けた。

 

「えっと、あの……お誘いいただいたのは、とても嬉しく、感謝しているのですけど……」


 シドリアスは正蔵を直視できず、怯えたように尋ねた。

 

特訓(、、)って、何をするんですか……?」


 王国を困らせる迷い水竜。

 その討伐に失敗した『ドラゴンスレイヤー』は、船酔いで体調を崩していた。

 

 それもそのはず。

 彼は海を見たことはあっても、船に乗ったり泳いだりの経験がまったくなかったのだ。

 

「君は、ウォータードラゴンを倒したくはないかね?」


「そりゃあ、再戦はしたいです。実力を出せないままでは、やっぱり悔しいですから」


「うむ。君がそう言うと思ったからこそ、私は今日、ここに、君を呼んだのだ」


 プライベートに仕事は持ちこみたくなかったが、同僚や家族との交流ついでに前途ある若者の悩みを解決するのはやぶさかでない。

 

 そんなわけで。

 

「修行だよシドの兄ちゃんっ!」

「しゅぎょうですーっ!」


 鬼瓦家の総力を挙げて、シドリアス少年を鍛えるのだっ――。

 


 ちなみに、ソフィの伯母アドラは参加する気満々だったが、昨日飲みすぎて今日は不参加だった。

 


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