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※鬼瓦3姉妹の日常(4)


 ある晴れた日の午後。

 三女の陽菜がお昼寝から起きてすぐ、母シルビアの唐突な発言で、3姉妹は色めき立った。

 

「みんなで街までお出かけしましょうか」


「奥様なにをっ!?」


 驚いたのは7級女神のエマリアだ。

 関係各所から『異世界にはなるべく干渉するな』とのお達しを受けていて、正蔵が働きに出てからというもの、チクチクと嫌味を言われたり状況報告に奔走したり、胃がキリキリ痛む日が続いているというのにっ。

 

 シルビアは屈託のない笑顔で答える。

 

「ぶっちゃけてしまうと、こちらの生活にも慣れて刺激が欲しいかなって♪」


「そこは娘さんの情操教育とかもっともらしく言っときましょうよっ」


 エマリアが喚こうが、決定は覆らない。


「何を着ていけばいいかな?」最近おしゃれに目覚め始めた優菜ゆな


「エルフとかに会えたりする?」香菜(かな)は目を輝かせる。

 

「おおかみさまは、いますかっ?」陽菜(ひな)はぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「なんでオオカミ?」と香菜が尋ねる。


「ひとがおおいところには、おおかみさまがいて、ちいさなこをたべようと、ねらっているです」


「あー、『不審者に注意』ってやつね。陽菜っち可愛いから、気をつけなきゃダメだよ?」


「おおかみさまのとくちょうは、よくしっているですっ」


 そうして、いつの間にかシルビアは家族全員分の通行証も用意していたので、3姉妹は初めて、城塞都市トレイアに赴くのだった――。

 

 

 

 で、石造りの街並みや、獣耳を生やした亜人たちに目を奪われるうち。

 

「さっそく陽菜さんがいないんですけどっ!?」


 エマリアの絶叫が大通りに響いた。

 

「大変だっ! あたし捜してくるっ」


 香菜が喜び勇んで駆けだす。

 

「ああっ!? もう人波に飲まれて迷子が二人に……」


 エマリアは頭を抱えるも、すぐに気を取り直し、ドンッとなだらかな胸を叩いてシルビアに言った。

 

「ここはわたくしにお任せを。これでも追跡魔法は得意ですから」


「あら? 魔法は使わないのではないの?」


「緊急事態ですし、パッと見では魔法を使っているとわかりませんから」


 エマリアは『たまには自分も活躍しなくては』との使命感に燃えていた。

 

「では、行ってきますっ」


 むーんと何やら集中している様子の彼女は、やがて「こっちですねっ!」と香菜が消えた方を指さして走り出す。

 

 そっちに向かったのは確定では?と、シルビアと優菜が呆れる中、

 

「ああっ!? 見失いましたっ。人が多くてノイズが……どっち!?」


 とても不安な声が届いた。

 

「お母さん、放っておいていいの?」と優菜が不安そうに黒い瞳を揺らす。


「香菜にも陽菜ちゃんにも、危険が迫ると防護魔法が発動するようにしているから大丈夫よ。せっかく街まで来たのだもの。二人にはのびのびさせたいわ」


 とはいえ、娘たちが他者に迷惑をかけては申し訳ない。

 

「最近あの子たち、女神の力に目覚め始めてきたものね。特に香菜はまだ力に振り回されている感じがするし、ちょっと心配かしら」


「女神の、力……?」


「ええ。貴女たちには女神おかあさんの血が半分流れているのだもの。日本にいたころはお母さんが力を押さえていたけれど、異世界転移の影響かしら、こっちへ来てから覚醒したみたいなのよね」


「それって、わたしも……?」


 不安そうな優菜に、シルビアはにっこり微笑んだ。

 

「ええ。優奈も気づいているでしょう? このところエマリアさんの授業はまったく受けずに、一人でお勉強しているものね。もう高校レベルは終わったのではないの?」


「え、ああ、うん、まあ……」


 優菜は香菜のように常人を超える運動能力はない。陽菜のような魔法の力も持っていない。

 目に見えて成長する妹たちを誇らしく思いながらも、一人取り残されているような寂しさを抱えていた。

 

 ところが最近、自分にも奇妙な点があるのに気づいたのだ。

 

 本は、一度読めばすべて内容を覚えている。

 高等数学の抽象概念もすらすら頭に入ってきて、哲学書も難なく読み進められた。

 

 妹たちに比べれば地味な能力だが、地味な自分にはお似合いかもしれない。


「さ、それじゃあ3人を捜しに行きましょうか」


「エマリア先生も迷子扱い……」


 優菜は母の手をきゅっと握る。久しぶりに独占する母の手は、柔らかく、温かかった。

 

 

~~



 迷子になった香菜と陽菜は、ちょっとした騒動の中で一人の少女と出会う。

 

「これから衛兵さんの詰め所に行くね。あ、わたしはソフィ。よろしくね」


「香菜でーす」

「ひなさまですっ」


「あ、うん。知ってる……じゃなくて、元気がいいね」


 とても簡単な自己紹介を済ませ、香菜と陽菜はソフィに手を引かれて大通りを歩いていく。

 

「……………………えっと、前をちゃんと見て歩こうね? どうして、わたしをじっと見てるのかな?」


 香菜と陽菜は下からソフィを見上げていた。

 

「おみみが、ながいです」


 陽菜が、どこか警戒したように言った。


「う、うん」


「おめめは、ぱっちりです」


「そ、そうかな?」


「でも、おくちは、おおきくないです」


「ん?」


「おててもしろくて、こえはがらがらじゃ、ないです」


「あの……?」


「そふぃおねーさまは、おおかみさまでは、ないですね」


 安心したような笑みを向けられ、ソフィはわけがわからない風に首をひねった。

 香菜が苦笑いでフォローする。

 

「陽菜っち、このお姉さんは『エルフ』っていうんだよ。だよね?」


「うん、そうだよ。見るのは初めて?」


「お噂はかねがね」


「えるふさまのおっぱいは、みんなおっきいですか?」


「えっ、ど、どうかな? みんなってわけじゃないと思うけど……というか、カナちゃん、みんな見てるから、胸を触らないで……」


 姉妹の手を引いているので両手がふさがり、香菜の凌辱になす術がないソフィ。

 

「ふかふかだ」


 香菜の感想を受け、陽菜も手を伸ばした。

 

「ふかふかです……。でも、おかーさまのほうが、もっと、ずっと、おっきいですっ」


 どこか得意げな陽菜は、ソフィの匂いをクンクンと嗅ぎ、小首をかしげる。

 

「おとーさまのにおいが、するです」


「えっ? お父さん?」


 母親のような甘い匂いではなく?とソフィはショックを受ける。

 今日は外回り中心だったから、汗臭くなったのだろうかと落ち込みもした。

 

 

 そんな風に和気あいあい(?)として歩いていると。

 

「見つけましたよっ!」


 ずざざざーっと、金髪美人さんが靴の裏で石畳を削る勢いで現れた。

 

「陽菜さん、急にいなくなっちゃダメじゃないですかっ。そして香菜さんも、捜しに行った人が迷子になってどうするんですかっ」

 

「くっ、見つかったか……」


「逃げてたんですかっ!?」


 まったくもーとご立腹の金髪さんを眺め、ソフィが首をひねった。


「親御さん………………じゃ、ないですね」


「今、わたくしの胸を見て判断しませんでしたか?」


「い、いえいえいえいえっ! ぜんぜん、そんなことは……」


 ソフィはさっと目をそらす。

 

 ともかく、大人の知り合いが現れたのなら、と。


「では、わたしはこれで。カナちゃん、ヒナちゃん、さようなら」


「うん、またねー」

「おせわさまですっ」


 ソフィと別れ、しばらくして、母シルビアと優菜も合流した。

 陽菜が興奮ぎみに、優しいエルフの話をすると、シルビアは娘の髪を梳くように撫でた。

 

「よい出会いをしたのね」


 陽菜はくすぐったそうに身をよじり、元気よく答えた。

 

「はいっ、そふぃおねーさまは、おとーさまのにおいがしたですっ」


 ぴしっと、空気が凍った。

 

「お、おおお父さんの、匂い……?」


「はいっ、ぷんぷんと、におったですっ」


 シルビア、ぱたりとその場に倒れる。

 

「奥様ぁ~っ!?」


「ええ、ええ。わかっていますとも。あんな素敵なお方ですもの。愛人の二人や三人……」


 仰向けに横たわったまま、両手で顔を覆ってしくしく泣くシルビアを見下ろすエマリアは、1級女神の美的感覚に疑問を抱いた。

 

 

 その夜、帰宅した正蔵はいわれなき重圧プレッシャーに神経をすり減らすのだった――。

 


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