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最大の敵、動き出す

 ある晴れた日、ソフィは一人で素材屋の大店を訪れていた。

 

「ジブロワさん、ありがとうございましたっ!」


 小さな丸眼鏡がずり落ちそうになるほど勢いよく頭を下げる。

 

「こっちこそ、毎度足を運んでもらって助かるよ」


 通常、冒険者ギルドへ依頼を行う場合は、依頼主側がギルドに赴く必要がある。

 正蔵は最初の出勤日で店を訪れて依頼を取ったが、そのやり方は極めて特殊だ。むしろ恥ずべき行為として、店への営業は敬遠されていた。

 だが今、その風潮も変化している。

 エルンハイネ冒険者ギルドは積極的に外回りで依頼を取る方法を採用して、他ギルドとの差別化を図り成功しているからだ。

 

「ソフィちゃんも一人で営業を任されるようになってよかったなあ」


「はい。至らぬ点はあるかと思いますけど、今後ともよろしくお願いします」


 ソフィはもう一度、深々と頭を下げた。

 

 依頼をもらえば用は済んだはずだが、ソフィはしばらく店主と雑談する。取りとめもない話の中には、次の仕事の可能性が詰まっているからと、正蔵に教えられたのを実践しているのだ。

 

「そういやソフィちゃん、聞いたよ。ラウロさんとこと、なんかやろうとしてるんだって?」


「ふぇっ!?」


 突然の話に、ソフィは動揺しまくる。

 話に出たラウロとは、『ラウロ冒険者ギルド』に間違いない。この街で3番目に大きな冒険者ギルドだ。

 

 今エルンハイネ冒険者ギルドは、そこと業務提携の話が進んでいる。

 もちかけてきたのは向こうから。

 正蔵の話では、尻に火が点いた彼らはエルンハイネから営業ノウハウを掠め取ろうと近寄ってきたらしい。

 だが正蔵はその思惑を逆手に取り、いずれ吸収・合併し、街最大手のゴルダス冒険者ギルドに迫る規模にしようと企んでいた。

 

 ソフィは経営陣による腹の探り合い、化かし合いはよくわからない。

 

 だが、まだ公にしてよい話でないのは承知していた。

 

「えっと、その……、わたしは……」


「ああ、べつに内情を聞き出そうってつもりはないよ。ま、エルンハイネさんがこれまで以上に繁盛するなら、うちも助かるからね。応援してるよ」


「は、はいっ。ありがとうございます」


 さすが老舗の若旦那は、いろいろ知っているようだ。

 

「でも、こっからが大変だねえ。ゴルダス侯爵が珍しく直接テコ入れするって話だし」


「えっ?」


「おや、知らなかったのかい? なんでも、ゴルダスさんとこのギルドマスターが替わるって話があるのさ。最近、エルンハイネさんに押されっぱなしだからねえ」


 この街では最大手ギルドのトップが入れ替わる。

 本当なら大ニュースだが、噂すら入ってきていないのは不思議だった。

 

「まあ、俺もまた聞きのまた聞きって感じだから、信用できるかはわかんないけどね」


「どんな方に替わるのでしょうか?」


 店主は「それがな――」と声を潜め、

 

「侯爵様の三男坊、ジラハルらしい」


 ソフィは目をぱちくりさせて一瞬呆けたあと、

 

「ええぇっ!?」


 背に悪寒を走らせて頓狂な声を上げた――。

 

 

 

 

「ジラハルさん……。ぅぅ……、あの人、この街に帰ってくるのかなあ……?」


 ソフィは店を出ても、いまだ悪寒が拭えない。

 

 だが、あくまで噂。確定情報とは言いきれない。一縷の望みを胸に、ひとまず依頼をギルドに持って帰って正蔵に褒めてもらおうと、一歩踏み出したとき。

 

 てけてけと、目の前を小さな女の子が駆け抜けた。

 銀色の髪をした、5歳くらいの可愛い女の子だ。

 ほっこりしながらその背を見送っていると、ガッ、バタリっ、女の子が転んでしまった。

 

「だ、大丈夫?」


 ソフィは慌てて駆け寄り、女の子を抱き起す。

 

「へっちゃらです。ひなさまは、これくらい、ちっともいたくないです」


 目に涙を溜めて強がる女の子の膝から、赤い血がにじんでいた。

 ソフィはハンカチを取り出し、傷にあてがう。

 

「えっと、お父さんやお母さんは?」


「おとーさまは、おしごとちゅうです。おかーさまは、みうしなったです」


「迷子っ!?」


 城塞都市トレイアは治安がよいほうだが、かなり広いので捜すのは大変だ。

 迷子はすぐに、街の各所に置かれた衛兵詰め所に預ける決まり。

 ソフィもそれに従い、女の子を連れていこうと考えていたら。

 

「おっ、陽菜ひなっち発見っ!」


 甲高い声が届いた。

 大通りのずいぶん離れたところに、ショートカットの女の子がこちらを指差している。

 

「かなおねーさまっ」


 ヒナと呼ばれた女の子が立ちあがり、カナと呼んだ女の子へぶんぶんと手を振る。

 

 カナは大通りを妹の下へと駆け出した。

 楽しそうに、無邪気に、脇目もふらず、大通りを斜めに横断する最中、


「あっ、あぶないっ!」


 彼女の後ろから、2頭立ての箱馬車がものすごいスピードで迫っていた。 

 

 誰のものとも知れない叫びに、あろうことかカナはぴたりと足を止めてしまう。馬車の真正面だ。

 

 ソフィは恐怖のあまり目をそらすこともできず、一部始終を目の当たりにする。少女が無残にも馬車にひき殺される、凄惨な場面――ではなく。

 

 カナは振り向きもせず、とんと軽やかに舞い上がった。背の高い馬車よりも高く、膝を抱えてくるりと後方に宙返りをすると、両手を広げて元の場所へと降り立つ。

 

 その間に馬車はカナの下を通過していた。


 驚いたのは周囲の人々だけではない。馬もカナの動きに翻弄され、2頭とも上体を起こしていなないた。 御者がどうにか馬を落ち着かせ、ようやく止まったのは、ちょうどソフィのすぐ側だった。

 

「くそっ、いったい何事だ……? おや? ソフィじゃないか」


 呆然とするソフィの耳に、聞き覚えのある、不快な声が届いた。

 箱馬車のドアが開き、中から若い男が現れた。

 

 上等な生地を使った真新しいスーツを来た、顔立ちの整った青年だ。金色の髪をかき上げ、にやけた笑みを貼りつけてソフィの前に進み出る。

 

「ジラハル、さん……」


 青年の名はジラハル・ゴルダス。先に素材屋の店主との話題に上った人物だった。

 

「なにを考えているんですかっ! 馬車の速度制限をお忘れですかっ」


 人との衝突を避けるため、街中で馬を走らせるのは禁止されている。ゆっくり歩くのがルールだった。

 

「ちょっと急いでいたものでね。まったく、どうして僕がわざわざ足を運ばなければならないのか……」


 ジラハルは苦々しくつぶやいてのち、一転してにやけると、相手の反応を待たずにまくしたてる。

 

「2年とちょっとぶり、だったかな? 以前よりずっと美しくなったね。ご両親が亡くなったんだろう? なのに同じギルドで下働きをしていると聞いたよ。もし苦労しているのなら、僕が面倒を見てあげてもいい。亜人を輿入れさせるのは無理だが、めかけなら問題ないだろう」


 ソフィは呆れて何も返せなかった。

 あまり人を嫌うことのない彼女でも、ジラハルの自分勝手な言動は相変わらず嫌悪しか抱けない。


「ま、積もる話はまた今度にしよう。僕も忙しい身だが、君と語らう時間くらいは作ってあげるからね」


「ジラハルさん。そんなことより、あの子に謝ってください」


 ソフィが指差した先では、拍手喝さいを浴びて照れっ照れのカナがいた。

 

「僕が? なぜ?」


「今、あなたの馬車があの子を轢きそうになったんですっ」


「ああ、それで馬車が……。おかげで僕は中で腰を打ってしまったよ。まったく、道の真ん中を歩くとは非常識だな。僕のほうにこそ謝ってほしいね」


 ジラハルはぶつぶつと文句を言いつつ、馬車に乗って去っていった。

 

 ようやくカナがやってくる。

 

「陽菜っちダメだよー。勝手にいなくなっちゃ」


 カナは何事もなかったかのように、妹の頭をなでなでした。

 ソフィはほっと胸を撫で下ろす。ひとまず迷子ではなくなったのだ。あとは二人を親に……。

 

「あの、カナちゃん、だっけ? 親御さんはどこかな?」


「ん? あれ? そういえば、ママたちはどこだっけ?」


 どうやら、迷子が二人に増えただけのようだ。

 

 

 ひとまず衛兵の詰め所へと、ヒナの手を引いて歩く。

 一番近い詰め所は中央広場沿いにあり、ジラハルが向かった先とは反対方向なので心も軽やかだった――。

 


~~~ 



 正蔵は来客の相手をするため、ギルドマスターの執務室へと呼ばれた。

 相談役のアドラはいない。客の名を聞いて姿をくらませたらしい。

 

 やがて案内されてきたのは、中年男性を引き連れた軽薄そうな青年だった。

 

「やあ、エリザ。久しぶりだね」


 エリザベートは見たこともないような満面の笑みで彼を迎えた。

 

「久しぶり、ジラハル。できれば二度と会いたくなかったわ」

 

「ふん、相変わらず口の減らない女だね。ま、そこも君の魅力のひとつだけどね」


「貴方も相変わらず、魅力の欠片もないわね。で、なに? 商売に失敗して呼び戻されたの?」


「まさか。僕は大成功して凱旋したのさ」


「よっぽど有能な人が側にいたのね」


 エリザベートは彼の後ろに控える男に目をやった。

 中肉中背ながら、精悍な顔つきの男性だ。体格からして明らかに文官向きの人間だが、鋭い目つきは武人を彷彿とさせる。

 男は無表情で無反応だった。

 

「僕が使えば、たいていの者は有能に見えるのさ」


 ジラハルは意にも介さず、応接用のソファーにどかっと腰を下ろした。

 正蔵が名刺を出して挨拶するも、「ひらの人間を同席させるのか?」と不満を隠そうともしない。

 

 エリザベートと正蔵は彼の対面に腰かけた。

 

「で? なんの用があってきたのよ。いきなり約束もなく現れるなんて失礼にもほどがあるわ」


「僕だって父上に言われて仕方なく、だよ。『最大の敵となる者たちの顔を見ておけ』だとさ」


 ぴくりと、エリザベートの片眉が跳ねた。

 

「やっぱりあの噂、本当だったのね。よくもまあ、貴方みたいな男にギルドマスターなんてやらせるものだわ」


「ギルドの経営なんて子どもの遊びみたなものだろう? 手柄を立てた僕に『すこしは楽にしろ』って父上なりの心遣いさ」


「くっ……減らず口はどっちよ。貴方がギルドマスターなら、ゴルダス冒険者ギルドを追い抜くのも、そう遠い未来の話じゃなくなったわね」


 ギルド経営に誇りを持つエリザベートにしては、よくも皮肉だけで我慢したものだと、正蔵は二人のやり取りを眺めていた。

 ジラハルは肩をすくめて言う。

 

「奇抜なやり方で這い上がってきたのは見事だけど、僕の相手にはならない。これからは分相応に振舞うことだよ。このギルドを続けたければ、ね」


 エリザベートは忌々しく睨みつけていたが、正蔵はわずかながら感心していた。

 不遜な態度は目に余るが、自信にあふれる言葉は人を導く上で重要な要素のひとつ。経営者の資質と言えなくもない。

 

(彼の登場で、業界が活性化すればよいのだが)


 それを左右するのは、彼の実力なかみが伴っていることが大前提なのは言うまでもない。


(もしくは社長が言うように、よほど有能なものが参謀にいるか、だな)


 正蔵は中年男性に目をやった。名乗りもしない彼のことは、べつで調査が必要だと心に決める。

 

 ジラハルは用意された紅茶に手を付け、「まずいな」と臆面もなく評価すると、にやけ顔でエリザベートをじろじろ見やった。

 

「君、あまり成長していないね」


「あん?」


 エリザベートが爆発寸前なのは手に取るようにわかった。


「美しさはいいとして、口の悪さは致命的だ。男好きする体つきでもないから、嫁の貰い手には苦労しそうだな。なんなら、ギルドを辞めて僕のところに来ないか? うん、それがいい。伯爵家なら身分に文句はない。僕としては胸と腰回りがふくよかな女性が好みだが、見栄えはこの際、妥協しよう」


 怒りを遥かに通り越し、虚脱感を伴う呆れの境地にエリザベートはたどり着いた。

 

「もう帰ってくれない? てか帰れ」


「口と態度の悪さは、僕が丁寧に矯正してあげるよ」


 プチンと、何かが切れる音がしたような気がする正蔵。

 エリザベートの肩に手を乗せ、飛びかかろうとした彼女を押さえる。

 するとエリザベートは何を血迷ったのか、とんでもないことを喚き散らした。

 

「はんっ、お生憎さま。嫁候補に誰も手を挙げない哀れな貴方と違って、私にはちゃんとした恋人がいるの。なんのために彼を同席させたと思ってるのよ? この人はね、いずれこのギルドを背負って立つ、頼もしい男よっ!」


「お、おい、何を……」


「そ・う・よ・ねっ! ダーリン♪」


 にこぉっとした笑みではあるが、目は笑っていない。

 今は何を言っても無駄らしい。

 正蔵は諦めて、それでも小芝居に付き合うのが嫌で、曖昧に目をそらした。

 

「こんな魔物ような男が……? 君は見ないうちにゲテモノ趣味に走ったのか」


 ジラハルはとたんに不機嫌となり、立ち上がる。

 

「ま、せいぜい今を楽しんでいるがいい。どうせ僕には勝てないのだからね」


 そう宣戦布告して、部屋から出ていった。

 付き従っていた男が会釈して後に続く。けっきょく彼は、名乗りはおろかひと言も口にしなかった。

 

 

 沈黙が執務室に降りてくる。

 エリザベートは『やっちゃった』感を背負い、うな垂れていた。パチンと自らの顔をはたき、気丈にも立ち上がる。

 

「まあ、その、あれよっ」


 腕を組み、正蔵には目を合わせず、

 

「私は、今の私に理解のある男を選ぶつもり。見た目とか、年の差なんかも、気にならないわ。その意味では、ショウゾウも候補に入らないわけじゃないっていうか――」


「私には、妻がいるのだが」


「へ?」


「子どもは3人いる」


「ほ?」


 しばらく呆けていたエリザベートはみるみる顔を真っ赤にし、

 

「初耳だけどっ!?」


「そういえば、アドラたちにも話していなかったな」


 職場ではプライベートに立ち入らない方針の正蔵は、自らもあまり語らない。

 

「どうした? なぜ、四つん這いになっている?」


「今、自己嫌悪に陥ってるから、放っておいてくれると助かるわ……」


「そ、そうか……」


 正蔵は言われたとおりひっそりと、彼女を刺激しないよう執務室を後にした――。

 

 


~~~




 街一番の冒険者ギルドのトップが入れ替わったニュースは、その日のうちに街中に広がり、一定の驚きをもたらした。

 期待感や高揚感、しかしジラハルの人となりを知る者たちは不安に駆られてもいる。

 

 そしてジラハルが宣戦布告に来た翌日から、エルンハイネ冒険者ギルドはさっそく問題に見舞われた。


 執務室に集まったのはエリザベートと正蔵、それに相談役のアドラだ。

 

「ラウロ冒険者ギルドが、提携話を白紙に戻そうって言ってきたわ」


「向こうから近寄ってきておいて、かね?」


「そうね。ま、どこからか圧力がかかったんでしょうよ」


「んなもん、ゴルダスんとこのバカ息子以外いないじゃないのさ」


 アドラが忌々しげに吐き出した。

 

「ふむ。となると、ゴルダスがラウロを取りこむという流れになるのか」


「それはないわ」


 エリザベートがバッサリと切り捨てる。

 

「ジラハルは商売敵を『潰す』ことはやっても、取りこもうなんて考える男じゃないもの」


「そうか。ならば捨て置いても構わんな」


 今度は正蔵がバッサリと切り捨てた。

 

「いいの? かなり話は進んでたのに」


「ラウロは万策尽きて我らにすり寄ってきたのだ。ゴルダスにも敵認定されているのなら、早晩行き詰まる。そのとき、こちらから優しく手を差し伸べてやればいい。以前より有利な条件で交渉が進められる」


「貴方もたいがいしたたかよね」


 エリザベートは頼もしく思いつつも背筋が寒くなる思いだった。

 

 だが数日後には、次なる問題が浮上する――。

 

 

~~~



「ショウゾウ、ちょっといい?」


 外回りに行こうとした正蔵はエリザベートに呼び止められた。

 アドラともども、ギルドの受付窓口を望む。

 

「ずいぶん減ったわね」


 エリザベートの言葉どおり、数日前に比べればギルド内は閑散としている。冒険者の訪れる数が、極端に減ったのだ。

 

「ジラハルの奴、思いきったことをしたわね。まさか斡旋料を値下げするなんて……」


 ゴルダス冒険者ギルドは最近、依頼の成功時にギルドが手にする料金を、大幅に値下げするというサービスを始めた。

 その分、冒険者に支払われる報奨金が増加する仕組みだ。


「前は相談窓口にも長蛇の列ができてたんだけどねえ」とはアドラ。


「そりゃあ、報奨金が高いほうにみんな集まっちゃうわよね……」


 エリザベートは唇を噛みしめていた。

 

「ふむ、長蛇の列か。実は私も早急に対応すべきと考えていた」


「いや、問題はそこじゃなくて――」


「わかっている。だが、連中が行ったのは下策だ。心配はいらない」


 以前、ソフィとその話をしたことがある。

 斡旋料は規則で定められた、ギルド側への当然の報酬だ。

 これを削ってしまうと、いつか首は回らなくなる。

  

「でも、実際にこうして、私たちは冒険者おきゃくを取られているのよ? こっちを潰してから元の斡旋料に戻せば、ゴルダスの一人勝ちにならない?」


「体力のある大手ギルドが、中小を淘汰するために短期的に行う場合は、たしかに効果的ではある。が、中長期で見れば弊害のほうが大きい。社長がもし冒険者だとして、ギルドの都合で報酬額がころころ変わったら、どう思うかね?」


「私は、いい気はしないわね。逆に報奨金をちょろまかされそうだし、信用ならないわ。あっ、そうか」


 正蔵は大きくうなずき、続く言葉を引き継いだ。

 

「一時でも甘い汁が吸えたのだからと、気にしない者は少数だ。人は過去にしろ現在にしろ、最高の状態を判断基準にするのが普通だからな。不満はなかなかぬぐえない。そして信用ならないギルドしか存在しなくなった街を、拠点にする者は減る。結果的に依頼をこなせる冒険者が減少すれば、ゴルダスもいずれ瓦解する」


「だからって、放ってはおけないわ。冒険者への直接営業を強化するにしても、窓口に人が集まってくれないと依頼が捌ききれないわよ」


「うむ、そこで、だ」


 エリザベートとアドラは期待に目を輝かせて、正蔵の言葉を待った。

 

「相談窓口を増やす」


「「はあ?」」


 真っ先に噛みついたのはアドラだ。

 

「あんたさ、話聞いてたかい? 窓口に来る冒険者が減ってるのに、なんで窓口を増やすのさ?」


「長蛇の列ができるほどの人気でありながら、長く放置していたのは失敗だった」


「だから、もう今さらでしょ?」とエリザベートも困り顔だ。


 正蔵は諭すように言う。

 

「冒険者は、依頼をこなしてお金を稼ぐ。報奨金が他ギルドよりも多ければ、最初は飛びつきもするだろう。だが大事なことを忘れてはいけない。報奨金は、依頼を達成してこそ(、、、、、、、、、)手に入るのだ」


 エリザベートとアドラがハッとした。

 

「我がギルドの相談窓口は、冒険者の個性に合致した依頼を紹介するために存在する。だからこそ高い達成率を実現できているのだ。少額の対価をちらつかせても、集まってくるのは最初だけ。我らがすべきは、従来どおり付加価値を――彼らが確実に報奨金を手にできるためのやり方を、拡充することだ」


 なるほど、と二人はうなずくも、エリザベートが眉をひそめた。

 

「でも、人員の確保が難しいわね。ショウゾウが長蛇の列に手を付けられなかったのは、それが原因でしょ?」


「相談窓口の人員は足りている。が、窓口全体の人手が足りない」


 通常窓口の担当者は、ローテーションで相談窓口を担当していた。依頼内容や冒険者の個性に詳しいラーライネが補佐し、ノウハウは蓄積されている。

 だが相談窓口を増やせば、通常窓口の人手が不足する。

 通常窓口でも簡単な相談は受け付けるし、今ある依頼の特徴を把握するなど専門的な知識が必要だった。

 

「が、幸いにもゴルダス冒険者ギルドが、この問題を解決するために手を貸してくれた」


「意味がわからないわ。どうしてゴルダスがうちに手を貸すのよ?」


「先日の話題に戻るが、ゴルダスの圧力でラウロ冒険者ギルドが窮地に立たされている」


 なるほどね、とエリザベートは得心した様子で続けた。

 

「だいたいわかったわ。ラウロから人を引き抜こうって話か。でも、ついこの間まで提携を進めてたところから、人を引き抜くのは聞こえが悪いっていうか……」


「先に不義理を働いたのはラウロ側(あちら)だ。気にすることはない。むしろ職員は今後の生活に不安を抱えているだろうから、救済の意味ではよい取り組みだな。ついでにラウロが弱体化して、当初より吸収・合併時期が早まるかもしれない」


「物の見事に三男坊の策を逆手に取るってのかい。まったく恐れ入るよ」


 正蔵はさっそく引き抜き(ヘッドハンティング)して――。

 

 

 

 1週間もしないうちに、7名の人員を引き抜いた。

 窓口担当だけではなく、依頼や冒険者に詳しそうな者にも声をかけ、十分すぎるほどの即戦力が整ったのだ。


 正蔵の予言どおり、ギルド内は以前と同じ程度には賑わいが回復していた。

  

「まあでも、ちょっとラーライネの負担が大きいわね」


「彼女は極度の人見知りだからな。が、そこはモコさんにフォローしてもらおう。むしろモコさんの負担が心配だが……」


 モコは新しく入った人にも愛想を振りまきつつ、ラーライネの通訳を買って出ていた。

 

「あの子は逆に人懐っこすぎるから、負担にはなってないんじゃないかしら?」


 遠く、様子を窺ってみれば。


「にゃはは♪ 大丈夫だって。あのおっちゃんは見た目怖いけど、噛みついたりしないからー」


 モコの笑い声に、正蔵も苦笑いするしかなかった――。

 

 

 

 一方そのころ。

 ゴルダス冒険者ギルドの執務室では。

 

 絢爛豪華な調度品が並ぶ中、ジラハルは机に手を叩きつけた。

 

「どういうことだっ! どうして冒険者がエルンハイネに戻っている!?」


 側に控える中年男性が、落ち着いた口調で答える。

 

冒険者かれらにしてみれば、今までどおりのお金がもらえ、しかも確実にこなせる依頼を紹介してもらえるのですから、エルンハイネに集まるのは当然です」


「だったら、こちらもマネするぞ。相談窓口だったか。すぐに整備しろ。連中の倍の数をな」


「承知しました」


 男は眉ひとつ動かさずに恭しく頭を下げた。

 

 

 しかしジラハルの目論見は、すぐに外れることとなる。

 

 冒険者と依頼との適切なマッチングができなかったのだ。専門の人員がいないのだから当然と言える。

 

 けっきょく相談窓口は閑古鳥が鳴き、誰も利用しなくなった。

 

 数日に渡り、ゴルダス冒険者ギルドのギルドマスター執務室からは、地団太を踏む音が響くのだった――。

 

 

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