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昼食をとった後、一息ついてから師匠が口を開けた。
「今日の稽古だがハーグの家に向かおう。ゴブリンがまた近くの畑に出てきているようだとぼやいていたからのう。実戦形式の稽古としてはゴブリンならちょうど良かろうよ、他の所でもまた現れ始めたようだしな」
ゴブリンはこの世界で人間が一番接する機会が多い魔物といえるだろう。人間より一回り小さく、茶色の皮膚で覆われており、乱杭歯を剥き出しにして相手を威嚇してくる。
彼らが嫌われている理由は数メートル離れていても漂わせる不快な体臭、そして自分達よりも弱い者を襲撃して餌にする、または物品を略奪するなどの行為を行うからだ。頑丈な塀で囲われた都市などではまずないのだが農村においては木組みの柵をかけるのがせいぜいだ。だからゴブリン達はいとも簡単に畑や牧場に侵入し、家畜や農作物を奪っていってしまう。そんな事が毎年起こり得るので農村ではこの時期になると自警団を立ち上げ定期的に見回りをして異常がないか確認していくのだ。ちなみにゴブリンはどのくらいの強さなのかというと………正直に言うと非常に弱い。
一般の男性を基準にすると一対一の戦いならほぼ確実に勝利、三対一ならなんとか勝てるくらい、五対一だと危険、その程度の魔物でしかない。
ただし、これもあくまで同数で戦う場合の話だ。
ゴブリンの危険な所は集団で襲いかかって来るところであり、その数は村を襲うのに20~30匹でくるならまだマシ、酷い時には繁殖し過ぎて100匹以上で攻めてきたという話もあるくらいだ。しかも素手ではなく武器も手にしてくる場合もあるのだ、そうなるとさらに危険度は上がってしまう。(とはいえ通常は木を削った程度の槍や棍棒程度だが)そのためゴブリン一匹見つけたら三十匹はいると思え、という言葉が定着しているほどである。
ゴブリンが農村に現れるのは秋の収穫時期だ。その時期が一番略奪できる事を知っているためこの時期になると頻繁に見かけるようになる。
そこで収穫時期になるとゴブリンによる被害を無くそうとどこの農村でも自警団を立ち上げて定期的に見回りをし、ゴブリンによる被害を無くそうとするのである。
この村でもその時期に入り収穫を七割ほど終えていたので手の空いた男衆、そしてアルドと師匠も自警団として見回りを手伝うのが毎年の仕事の一つになっていた。
「ハーグさんの所も結構大きな農場ですからね、毎年この時期になると気が気じゃないでしょう」
「あやつの所も六人家族だからのう、そりゃあきにもするだろう」
そんな事を話ながら二人はハーグの農場に着いたのだった。
扉をノックすると「ちょっと待ってくれ」と野太い声が届き、数秒後にあご髭を生やした大男が現れた。
「おお、ゾルトさん来てくれたか、済まない。ゴブリンの件で来てくれたんだな」
「なに、毎年の事だし気にするな。それに収穫物を分けてもらってるんだからお互い様じゃろう」
「そう言って貰えると助かる。アルドも来てもらってありがとうよ」
「爺さまも言いましたけどお互いさまですよ、それにいい実戦稽古にもなるし」
「ハハハハッ!!じゃあ俺の家は絶好の修行場というわけか」
「そんなところかのう。さて冗談はこの位にしてだハーグ、お前さんゴブリンを見かけたのはいつ頃だった?」
「三日前の時だ。ちょうど芋の収穫が終わる頃にウチの倅がゴブリンが二、三匹ほど近くをうろついていたと言ってきてな、周りを確かめたら柵のいくつかが壊されてやがった。そっちの修理にも手をつけないといけねえし人手が足りなくてね、どうしようかと思ってたとこさ」
「ならこうするか、ワシとアルドで見回りするからその間に柵を修理する、というのは?もちろん逆にワシらが修理しても構わんが」
「せっかく二人が来てくれたんだ、お言葉に甘えて見回りでも頼もうか。柵の修理は日が暮れる頃には終わってるハズだ」
「なら早速に見回りしてきましょうか、爺さま、自分はこちらから農場を右周り、爺さまは左周りで周囲を見るというので行きましょうか。合流したら異常あるかないか、無ければそのまままた回る、あったらその場所に二人で確認しに行く、という方向で」
「わかった、それで行こう。ただし、仮にゴブリンを見つけても絶対深追いはするなよ。二匹や三匹程度なら問題ないだろうが集団で来られると面倒じゃ、恐らくここを狙ってると見て間違いないだろうからの」
「うん、そこは気をつけるよ」
「よし、それで頼んだ。しかし……二人とも装備はそんなものでいいのか?」
ハーグが心配したのも無理はない、二人の外見たるやどこにでもにあるような外套をの下に少し厚めな革の服くらいなものだったからだ。
いくら相手がゴブリンとはいえ戦うのに適した服とはいえないだろう。
ただし二人の武器はこの村にあるものにしてはなかなかの一品だった。
師匠、ゾルトのもつ杖は淡い碧色に輝き、尖端部分はさらに強く翡翠がその存在感を強調していた。一目で非常に値段の張る品とわかるそれは爺さまいわく、風の魔力が込められていおり、風術を使えない自分の代わりに発動させる一品なのだそうだ。若き日の冒険で手に入れたその杖を古代樹の翠杖と名付けていた。
一方のアルドの杖は対照的だった。鉄をそのまま杖に加工したといった趣のものであり、装飾等が一切なされていないそれは一言で現すなら「武骨」という表現がしっくりくるだろう。まさに相手を殴り付けるためだけの物だったがそれでもこの村にあまり武器と言えるものはなく、作業で使う為の斧や鍬に比べれば信用できそうな物だった。
鉄長杖と呼ぶべきそれは相応の重量があるはずなのだが、アルドはそれを何でもないような顔で片手で抱え込むようにしていた。
「ワシらは重戦士じゃないからのう、変に鎧とかつけても動きが阻害されるだけじゃよ」
「当たらなければどうという事はないですからね、じゃあ爺さま、右周りで行きますね」
ハーグの心配をよそに、二人は農場の見回りを開始したのだった。




