87.生きるということは可能性の塊なの、不可能なんて存在しないわ
ミリィが人になりました。
中型犬くらいの大きさだったミニドラゴンのミリィが、にぱにぱ笑顔の元気娘に変身しました。
オル子さんはシャチのままでした。尻尾もヒレもシャチです。頭に天使の輪っかが増えましたが、何一つ変わらずシャチです。
「うおおおお! なぜじゃあああ! どうしてミリィが人に進化して、オル子さんはシャチのままなんじゃあああ! 許さぬ、決して許さぬぞ水産省! 今からリコール請求するから神妙に待ってなさい! ぐぬうう!」
「わはー! おるこー! みゅらー!」
ビタンビタンと飛び跳ねる私と、その背にのってきゃっきゃと楽しむミュラとミリィ。
うぬ、なんか人になってもミリィとミュラの関係は変わらないわね。いつもどおり、ミュラがお姉ちゃんしてるわ。なんだかほっこり。人化できなかった怒りがどこかへ消えちゃったでござる。
そのままオル子式トランポリンに移行して、二人まとめてぽよんぽよん。おほほ! 面倒見の良いお母さんな私ですよ!
「驚いたわね……まさかミリィが人化するなんて。するのは分かっていたけれど、もっと先のことだと思っていたわ」
「竜族が成長すると人化を成し遂げる種族だとは聞いていましたが、まさかステージ2で成し遂げるとは思いませんでした。竜族は歳を重ねるか、ステージがかなり上昇して、竜としての格が上がってはじめて人化を得るものらしいですが」
「そうなのか……ミリィ、お前は凄いのだな」
人化したミリィに、みんなも驚いてる。
そっか、ミリィはもともと成長すれば人化できたのね。前にキャスを救うときに戦った糸目も竜族で、きっちり人化してたもんね。そっかあ、竜なら人化できるんだ……ほむ。ひらめいた!
「オル子、あなた何してるの? 両ヒレと尻尾の三点だけで体を支えて、ヒレがプルプルしてるけど」
「ドラゴンオル子です。オル子さんは実はドラゴンだったのです。たべちゃうぞー!」
「はあ……また意味不明なことを」
腕立てをするような姿勢、これぞ王者たる竜の構え! どーらーごーんーフォーム!
呆れ果てて溜息つくエルザに、そのポーズのまま決意表明。
「エルザ、エルザ、オル子さん決めました。私、将来ドラゴンになります!」
「……頭痛くなりそうだから理由訊きたくないのだけど」
「私は間違っていたのよ! 人化したくて必死に進化を重ねていたけれど、そうじゃないの! 直接、人への進化を目指すのではなく、一度ドラゴンに進化してそこから成長して人化するのです! ドラガールとして第二の人生を歩むことにしました!」
「どらご! どらご!」
うむ、私の決意にミリィも大喜びね! お母さんもドラゴンになるのよ!
これぞ魔物のビッグ・ドリーム! ゴブリンから始まろうが、スライムから始まろうが、最終的にはビッグな化け物を経て人になるもの! オル子さんもその王道を目指すのです! 呑気に水族館アイドル生物を育成している場合ではないのですよ!
「しかし主殿、他種族が竜になることなどできるのでしょうか」
「きっと方法があると思うの。例えばほら、隠し進化とかでドラゴン・オルカみたいなのがあったり! きっと竜の角やら鱗やらを持って進化すれば私もタイプドラゴンに! ほら、私ってどことなくドラゴンっぽいっていうか、幻想種たる竜の匂いがするっていうか」
「竜の匂いじゃなくて磯の匂いの間違いじゃねえか? お前、どう見ても巨大な魚だしな! カハハッ!」
「ルリカさーん」
「仰せのままに」
女の子に対しとんでもない暴言を吐いたアホポメに断固お仕置き。
ひょいとポチ丸を抱き上げ、再びポチ丸をミリィの前に。目を輝かせたミリィがポチ丸を捕まえてぶんぶんと振り回す撫で回す。
「ぽちー! ぽちー! ぽちすきー!」
「うおおおおお!? 止めろチビ助、つ、潰れちまうだろうがあああ!」
そしてトドメの全力抱擁。幼い子の情操教育にペットは良いからね。仕方ないね。
ポチ丸を抱きしめたまま、床をゴロゴロするミリィを眺めながら、エルザは息をつく。
「オル子の竜云々はともかく、ミリィが人になれたのは、『オルカ化』の影響かしら。それとも、ミリィ自身が元々そういう存在だったのか……私は後者のような気がしてならないのだけど」
「つまり、ミリィが格の高い竜の血族ということですか?」
「それならば、ミリィの持つ『はじまりの竜族』という破格スキルもあわせて低ステージの人化に理由がつくもの。同じスキルを持っていたのは、『山王』アヴェルトハイゼン……ここまでくると偶然とは思えない。つまり、この娘は」
「アヴェルトハイゼンの血脈、ということか」
「妹なのか娘なのか、はたまた別の関係なのかは分からないけれど……どうしたの、オル子、変な顔して」
エルザの推測に、私は顔を真っ青にする。
もし、その過程が正しかったとしてミリィがアヴェルトハイゼンの妹か娘だったなら……あの、私、彼を全力でぶっ殺しちゃったんですけど。それもミリィの目の前で。
ぬおおお! 肉親を目の前でぶち殺して、恨まれない訳ないじゃない! ミリィに嫌いなんて言われたらオル子さん二度と戦えぬ! ふぬう!
ベッドから転がり落ち、そのままの勢いでミリィのところまでローリング! そんな私の上で玉乗りするミュラ! これぞ親子の一体技!
そして、ぐたりとしたポチ丸を撫で回してるミリィに必死に訊ねてみる。
「ミリィ! ミリィは私のこと好きよね!?」
「おるこだいすきー!」
にぱーっと笑って、ミリィが私の顔に抱き付いてきた。
よ、よかった! この感じだと、ミリィにとってアヴェルトハイゼンは他人っぽいわ! セーフでござる!
よじよじと私の背中の上によじのぼり、再びミュラに抱き付くミリィ。うむ、これでよし! なんか床でぐったりしてるポチ丸は見なかったことにしました。
二人を背負って、びたんびたんと跳ねてみんなに合流。
「ミリィは一応会話もできるみたいね。できれば、持っているスキルの詳細を把握しておきたいのだけど……分かるかしら?」
「大丈夫ですよ。根気強く、分かり易く繰り返し訊ねてあげれば、きっと答えてくれると思います。ミリィ、いいですか?」
「ですかー!」
両手をバンザイして了承するミリィ。そんなミリィと話をする私たち。
一つ一つ確認し、時にはお菓子をあげたりすること一時間。ミリィの持っているスキルはステータス含めてこんな感じみたい。
名前:ミリィ
レベル:16
種族:ドラゴン・オルケイア(進化条件 レベル20)
ステージ:2
スキル:はじまりの竜族雌(魔量値を消費し、新たな竜を生み出す。対となる『はじまりの竜族雄』のスキルを所有する相手がいなければ竜は生み出せない:魔量値消費(大))
ファイア・ブレス(複数:中:ダメージ1.0倍、力依存による魔法攻撃:力依存、魔量値消費(極小):CT10)
サイズ・ダウン(常時発動可。体を小さくすることができる。その大きさは術者の年齢と共に変わる)
(オル子との絆)オルケイン・クラッシュ(単:近:ダメージ2.0倍。攻撃対象に発動している全ての防御障壁を破壊し、攻撃できる。また、相手の防御ランクを無視し、ランクをGとして攻撃する:力依存、魔量値消費(小):CT25)
竜人変化(常時発動可。竜から人の姿へ変わることができる)
体量値:B 魔量値:C 力:A 速度:E
魔力:E 守備:B 魔抵:E 技量:F 運:B
総合ランク:B-
必死のコミュニケーションによって、謎に包まれていたミリィの秘密がここに解き明かされたわ!
『はじまりの竜族雌』の内容はやっぱり私と同じ。『ファイア・ブレス』は竜状態の時にミリィが繰り出してた奴ね。力のランクによる魔力攻撃、つまりエルザのオルカ・ショットの反対バージョン。ミリィは魔力低いから、魔力依存じゃなくてよかったよかった。
『サイズ・ダウン』と『竜人変化』も予想通り。ただ、巨大な元の竜の大きさのまま人化はできないみたい。
よって、ミリィがとれる形態は『巨大竜』『ちび竜』『子ども姿』の三種類ということね。状況によって姿を変えたりできそう。
最後の『オルケイン・クラッシュ』。これは『オルカ化』によって得られたスキルみたい。
エルザの杖銃やルリカの大鎌のように、ミリィに与えられたシャチ人形型の髪飾り。なんとこれ、ミリィの意思によって変形するのですよ。
髪飾りを外し、手に持つとあら不思議。髪飾りがむくむくと大きくなり、シャチ印の巨大ぴこぴこハンマーに。何故ぴこハン。
見た目はぴこぴこハンマーなのに、その重量は相当なものらしく、クレアですら振り回すのがやっとらしい。それを軽々と振り回してけらけら笑うミリィ。小さくても流石はドラゴンね! 見事なパワーファイターだわ!
ちなみにオル子さんはハンマー持てなかったよ! ヒレだからね!
そして、ミリィは左右の髪を結んでいるので、都合ハンマーは二本出せるということに。
いや、こんな巨大ハンマー二刀流する意味微塵もないけどね。武器を弾き飛ばされた時とかに便利かも。
「ステータスに能力、実に申し分ないわ。障壁破壊ができるという点でも魅力ね。これから先、アヴェルトハイゼンの『山王降臨』のような防壁を無力化することができるのだから」
「しかし、ミリィの武器もハンマーか……竜族がその手の武器を好むのか、やはりミリィはアヴェルトハイゼンの……」
「違います! ミリィはうちの子です! アヴェルトハイゼンとは何の関係もないのです!」
クレアの推測を必死に打ち消す! 私をミリィの家族殺しにするんじゃあない!
でも、シャチ型ぴこハン担いでるミリィの姿見てると、チラチラと山王の陰が……考えない、考えないったら考えない! 山王様、お許しください!
ちなみに今、ミリィは元のチビドラゴン姿に戻ってお休みタイム。いっぱい喋って遊んで疲れたからね。ミュラと一緒に毛布に包まって夢の中です。
「ミリィのことも一段落したし、進化は一区切りといきましょう。これから私たちはウィッチの民の引っ越し準備を指揮してくるから、オル子は今日明日とゆっくり休むこと。明後日早朝には、この場所を出てオルカナティアを目指すわよ」
「あいあいさ!」
「オルカナティアに戻る際は、クレアとミュラ、そしてポチ丸の力を借りることになるわ。行きと同じく、オル子に空を飛んでもらって帰るわけだけど、その移動に『転移『瞬』』を併用してもらいたいの」
ほむ? どういうこと?
オル子さんに乗って空を飛びつつ、クレアの瞬間移動技を使うってこと? それもミュラの人コピースキルとポチ丸の技コピースキルを併用して、三人がかりで? なぜに?
首を傾げる私たちに、エルザは指を立てて理由を語っていく。
「オルカナティアのことを他の魔物に知られたくないのよ。私たちと『森王』の戦いを眺めていたであろう第三者にね」
「第三者……? まさかエルザ、『空王』のことか?」
「そうよ。ウィッチの里に私たちがつくなり、奴は早々に姿を現し接触してきたわ。つまり、奴はこの周囲に目があるということ。そんなイシュトスがオル子と『森王』の戦いに気づかない訳がないわ。いいえ、もしかしたら、『森王』とオル子の戦いを裏で計画したのは奴という可能性だって十分にある」
「マジで!? オル子さん、イシュトスと戦わない同盟組んでるのに!? それって同盟違反じゃないの! 許せませんよ! 怒りのあまり、必死で焼いたメザシ投げつけるよ!」
「違反じゃないわ。奴とオル子との間で交わした約束は、互いの不戦による協定のみ。奴は私たちと直接戦った訳でもないもの。まあ、証拠もなにもなし。本当に『森王』を奴がけしかけたのかは分からないけれど」
そう言いながら、エルザの態度は犯人を決め切っているも同然で。
ぬう、イシュトスの奴、あんな女装男を清らかな乙女たる私にぶつけるなんぞ、なんということを。今度会ったら顔面にパイ投げつけてやる。顔面真っ白になるがいいわ!
「イシュトスに居場所を突き止められないためにも、オル子の移動速度と転移を駆使して監視の目を撒きましょう。あるかないかも分からない監視のために、力を使ってもらうことになるのは申し訳ないけれど」
「何を言う。全ては主殿とオルカナティアの民のため、我が力喜んで差し出そう」
「あいつと戦いのもおもしれえが、ちと時期尚早だわな。ぶつかるのはもっと俺たちが強くなってからだ。異論はねえよ」
エルザの意見にみんな全面賛成。
『森王』との激戦を制したばかりだもん、流石に『空王』との戦いなんてのはごめんだわ。あいつ、ステータスだけでもやばかったもんね。間違いなく『森王』よりも強いでしょうから。
とにかく今は、ウィッチのみんなを安全にオルカナティアへ連れて帰ることに全力でいきませう。
ああ、戦いとは無縁の平和なオルカナティアが恋しいわ。今頃街も沢山発展してるでしょうし、楽しみだにゃあ。
街に戻ったら、まずは部下にお願いしていた執事喫茶に行きましょう! エルザに内緒で作るようにお願いしていた私のオアシス!
沢山のイケメンに囲まれて、優雅に紅茶を嗜む私。お嬢様と呼ばれる私。おほー! よろしくてよ、よろしくてよー!
「さあ帰りましょう今すぐ帰りましょう我らが故郷、愛しきオルカナティアが呼んでいるわ!」
ヒレをじたばたさせて興奮気味に叫んでみたり。
もう当分戦いはこりごりなのよー! 美味しい食べ物と、素敵なイケメンに囲まれて、オル子さんは怠惰に暮らしていくのです! 毎日が日曜日の生活が私を待ってるうう!
「オル子様、大変です! 人間の大軍がサンクレナとの国境を越え、国境付近に生息していた魔物たちを殺して次々に南下してきております! 二日前、キャス様がライル様と共に兵を率いて出陣され、人間の軍との戦いに!」
「えええ……」
数日後、オルカナティアに帰り着いた私を待っていたのは、キャスの秘書さんからの切羽詰まったそんな報告でした。
あの、すみません、人間との戦争イベントなんて想定外なんですが……人間さん、何オルカナティアに喧嘩売ってくれてるのん……
キャスさん、王位争いの混沌がまだまだ続くだろうから、サンクレナは当分の間は攻めてこないって話だったじゃないですかー! これじゃ話が全然違うじゃないですか、やだー!




