86.大きく変わって、力強く羽ばたくの。この空をどこまでも。
ほむう、今回は進化先が二つ。デス・オルカにファントム・オルカ。
どっちを選んでも人化はなさそうだけど……これから残りの『六王』との戦いの意味でも、進化選びは重要、真面目に考えなければ。オル子さんもたまには真面目になるよ!
まず、デス・オルカ。
魔力こそ低下するものの、体量値と力がなんと二段階上昇、SS-という破格のレベルまで一気に上がっちゃうのは魅力的。まさに破壊の化身、悪魔のシャチになる進化だわ。
新たに得られるスキル、『デス・アクアパレード』も魅力的。倒した敵をゾンビ兵として利用できる、つまり混戦において物量で押す『森王』と似たことができるわね。
とにかく、力こそ正義という進化先ね。間違いなくこっちがデビル・オルカの正統進化先でしょう。
次に、ファントム・オルカ。
こちらはステータスが満遍なく上昇。力と体量値S+、速度と守備がSと素晴らしい伸びを見せてくれる。運もCまで上がるから、運依存で無敵障壁発動の『山王降臨』との相性もバッチリ。
ただ、新たに得られるスキルが引っかかるわ。『トランジェント・ゴースト』、効果はまさしく幽体離脱そのものなんだけど……これ、何の意味があるの?
敵に触れられないし、攻撃もできない。何より魂状態になると、本体は強制スリープ状態。
ううん、正直戦いに使えるとは思えない。自爆技のサクリファシーワールズと同じく死にスキルになりそうな予感ぷんぷんなのよね。
「むう……通常なら、迷わずデス・オルカに突き進むんだけど……」
私はヒレを組み、頭を悩ませる。
気になるのは、ファントム・オルカの『特殊進化』という文字。ファントム・オルカは軍全だけど、隠し進化の条件を満たせたから解放された進化先なのよね。
隠し進化、その響きがどうしてもこの進化を捨てきれない。だって、隠しよ? 通常進化より弱いってことがありうる?
第4ステージのスキルはデス・オルカに軍配があがるかもしれないけど、私が見据えるのはその先。ファントム・オルカという隠しモードを突き進んでいけば、化けるかもしれない。
……よし、決めた。乙女の直感を大事にして、ファントム・オルカにしましょう。
ステータスの伸び自体は、ファントム・オルカも悪くない。いえ、むしろ速度と守備が上がっている分、こっちのほうが良い気がする。
少し前に本気で死にかけた身としては、少しでも身の守りを固めておきたいし。よーし、進化じゃああ!
「決めました! オル子さん進化しますよ!」
「そう。それなら、みんな一緒に済ませてしまいましょう」
「うにゅ!」
ベッドから浮き上がり、部屋の空いた場所に進化可能組が並ぶ。
あれ? ポチ丸はちょこんとベッドの上に座ったまま? どしたの?
私の視線に気づいたのか、ポチ丸は後ろ足で耳をかきながら欠伸を一つ。
「俺の進化は無しだ。お前らの話を聞く感じ、『オルカ化』はステージが一つ上がるにつれてランクが2から3段階上がるようだからな。もしみっつ上がっちまったらクレアが俺を剣化できなくなっちまう」
「ポチ丸……すまんな、私の能力のせいでお前を縛ってしまっている」
「あ? だからそのことは気にしねえっつっただろうが……いや、違えな。俺にすまないと思う暇があるなら、少しでも強くなるこったな。クレアという魔物の名が、それこそ大陸中に響き渡るくらいの強者になれば、相棒である俺も誇らしいってもんだろうがよ」
「ポチ丸……」
やだ、なんかクレアとポメが見つめ合って通じ合ってる。
『森王』戦といい、イケワンコさに磨きをかけちゃって。お風呂は全力で嫌がるくせに、今夜あたり無理矢理洗ってやりましょう。
「それじゃ、ポチ丸はそのままで、残りのみんなは進化ってことで。いくわよう! せーのっ! どーん!」
私の合図とともに、進化組の体が光に包まれる。
むふー! 体が燃えるうう! オル子、エヴォリューショーン! セクシーぷりちーモテカワガール招来っ! かむひあー!
『おめでとうございます。オル子はデビル・オルカからファントム・オルカに進化しました』
ほいメッセージきたー! これにて無事進化完了! ステータスも事前チェック済み、こんな感じ!
名前:オル子
レベル:2
種族:ファントム・オルカ(進化条件 レベル20)
ステージ:4(特殊進化)
体量値:S→S+ 魔量値:D→C 力:S→S+ 速度:A→S
魔力:C 守備:A→S 魔抵:C→B 技量:E 運:D→C
総合ランク:A→S-
獲得スキル:トランジェント・ゴースト(常時発動可。自身をゴースト化し、肉体から離れて魂だけで行動できる。その間、肉体は強制睡眠状態となる。ゴースト化した魂は外的干渉の一切を遮断するが、魂側からも干渉することはできない。効果を解除すれば魂は肉体へと戻る)
むふー! とうとう私も夢のSランク! 異世界のギルドに足を踏み入れれば、『や、奴がSランクか!』なんてちやほやされること間違いなし! 魔物だから討伐対象だろというツッコミは知らぬ存ぜぬ。
光が収束したので、他のみんなを見渡してみたり。ほむほむほむ、エルザもミュラもルリカも見た目は変わってないわね。ヒレをふりふりして声をかける。
「どうもどうも、皆さんお変わりなく」
「そういうあなたは少し変わったわね。頭の上に光の輪っかがついてるわよ? 背中の羽はデビル・オルカのときのまま、蝙蝠みたいなそれだけど」
「え、嘘」
私は必死にヒレを伸ばすものの、シャチのヒレが頭上に届くはずもなく。ぐぬう。
もがく私に、ミュラがぴょこんと飛び乗り、私の代わりに輪っかなるものを掴もうとするものの、空振り。
「どうやらその光の輪に実体はないみたいね。よかったわね、寝る時に邪魔にならないみたいで」
「ぬう、それは少し安心かも……それで、他のみんなは無事進化できた?」
私の問いかけに、エルザとルリカは頷き、その詳細を教えてくれた。
二人の進化はそれぞれこんな風になったそうでふ。
名前:エルザ
レベル:2
種族:オルカ・ウィザード(進化条件 レベル20)
ステージ:4
体量値:E→D 魔量値:A→S 力:F 速度:D
魔力:S→S+ 守備:F 魔抵:A→S 技量:C 運:C→B
総合ランク:B→A-
獲得スキル:アルティメット・バースト(自身:効果中、全ての攻撃スキルのCTを0にする。ただし、使用攻撃スキルの魔量値消費量は全て倍になる。効果T60:CT180)
名前:ミュラ
レベル:1
種族:オルカナ・ヴェルゼール(進化条件 レベル20)
ステージ:4
体量値:E→D 魔量値:S+→SS- 力:E→D 速度:F→E
魔力:E→D 守備:E→D 魔抵:D→C 技量:S+→SS 運:C→B
総合ランク:B+→A+
名前:ルリカ
レベル:1
種族:プリズム・オルカーネ(進化条件 レベル20)
ステージ:4
体量値:C 魔量値:B→A 力:D→C 速度:C
魔力:B→A 守備:D→C 魔抵:B 技量:C→B 運:D
総合ランク:B-→B+
獲得スキル:クリアライズ・マリン(単体:中:味方一人の状態異常を解除する。ただし、能力のランクダウンを解除することはできない:魔量値消費小:CT15)
な、なんという素敵進化アンド素敵スキルのオンパレードなの!
みんな一回り以上強くなっちゃってるじゃないの! これは凄いですぞ!
エルザのスキル『アルティメット・バースト』は攻撃スキルのCTゼロ化、つまりノータイムで大砲を撃ち続けられる……まさしく火力チートの極みじゃないの!
魔量値が二倍食うことになるけれど、エルザには魔量値を回復するスキルもあるし、ガンガン使っていけそう。クレアもそうだけど、エルザと戦ったらオル子さん死ぬんじゃないかな、割と真剣に。
ミュラは言葉が話せないから、相変わらず新スキルは分からないけど、そのステータスの伸びのヤバさは今回も健在。
とうとうSSランクのステータスが出てきちゃって、総合ランクもA+、ウチのナンバーツーに返り咲き。ぬうう、流石は私の娘ね! すばらち!
ルリカに至っては、私たちが求めてやまなかった状態異常解除のスキル!
これがあれば、『森王』戦のような悲劇はありえないし、私やクレアも状態異常に怯えずガンガン突き進める! いや、クレアはポチ丸の『フリスビー・バック』があるからもともと怖がる必要ないんだけども。
「素晴らしいわ! ステータスアップもそうだけど、エルザもルリカも破格スキルだもの! ミュラもきっと、とんでもないスキルを手に入れたに違いないわ!」
「本当なら、『森王』戦の前にこのスキルを手に入れていれば、オル子様をあのような目にあわせずに済んだのですが……ふふ、私ってどうしてこんなにも間が悪いのでしょうか」
「ぬおおお!? ルリカの瞳から光が! 大丈夫よルリカ! オル子さんは今こうしてピンピンしているから気にすることなんてないのよ!」
ルリカの周りをビタンビタン跳ねまわって元気アピール。
敵に殴られまくる私にとって、ルリカは生命線! これからもずっとずっとあなたを頼りにするんだから気にすることないのよ! 私の命を守ってね!
「そういうオル子はどうだったの? ステータスが上がったのはいいとして、何か新しいスキルは手に入れたの?」
「えとね、幽体離脱できるようになったよ」
「……えっと、何?」
「幽体離脱できるようになりまひた!」
訊き返してくるエルザに、ヒレでビシッと敬礼をして元気よく返事。
物凄く哀れまれるような視線を溜め息頂きました。いや、分かるよ? エルザの気持ちは凄く分かるよ? でも真実なんだもん!
「まあ、そのスキルは置いておくとして……『森王君臨』はどうだったの? 『森王』を倒して、自分の物にしたのでしょう?」
「あ、忘れてた」
「どういう効果か調べて頂戴。『海王降臨』や『山王降臨』を見る限り、きっと恐ろしい性能を秘めているでしょうから。どういうスキルなのかは、なんとなく見当はつくけれど」
まあ、『森王』と戦ってるときにあいつ説明してたもんね。スキルの複合だっけ?
とりあえず調べてみますか。チェックチェック~。
・森王君臨(特殊な領域を生み出し、その範囲内であれば、所有する二つの異なるスキルを合成し、新たなスキルとして使用することができる。消費魔力量は合成に用いたスキル二つの合計値となる。領域の広さは魔力ランクに依存する。効果T600:CT86400)
うむ、ほぼ予想通りの内容だわ。
アスラエールの奴も、『貯魂箱』と『冥界医師』を組み合わせて無限再生とかやってたもんね。
というか、この効果なら、あいつの魔量値をゼロにすれば私たちの勝ちだったんじゃないの? 魔量値がゼロになれば、これも使えなかったでしょうし。
それをエルザに訊ねてみると、回答が。
「恐らく、魂を用いて再誕するときに体量値と魔量値は初期値まで回復していたのでしょう。そうでなければ、あれほどのスキル連続使用に加え、膨大な魔物召喚が可能だなんて思えないもの」
「そっかあ……ま、勝てたからいいんだけどね! でも、このスキル手に入れたはいいものの、使い道が分からんにゃあ。何と何を組み合わせればあいつみたいなチートスキルになるのやら」
「それは追々試していくしかないわね。まあ、しばらくは戦闘させることはないから、ゆっくりしてなさい」
ふむう……『冥府の宴』と『ブリーチング・クラッシュ』を組み合わせて、分身の重爆撃とか?
いや、いっそ『冥府の宴』と『サクリファシーワールズ』を組み合わせて、シャチ爆弾として敵にぶつけるのは……分身が揃って反乱起こしてこっちに来そうだからそれは止めておきましょう。
とりあえず、『トランジェント・ゴースト』と違ってこっちは使えそうだし、色々試していかないとね。
「とりあえず、こんな感じかにゃ。みんなも無事進化できたようだし……ぬ?」
話をまとめようとすると、尻尾の先からガジガジと甘噛みする感触が。
そちらに視線を向けると、荒ぶるミリィの姿が。おお、そうよ、ミリィも進化したんだった! しかも『オルカ化』じゃないの!
でも、見た目は全然変わってないんだけど……桃色チビドラゴンのまま。もしかして、大きい姿に戻ったらオルカ化してるとかかな?
「見た目は変わってないけれど……オル子、識眼ホッピングでミリィが『オルカ化』してるか調べてくれる?」
「ういっしゅ。ぬぬぬーん!」
ミリィに向けて識眼ホッピング発動! ステータスチェーック!
名前:ミリィ
レベル:16
種族:ドラゴン・オルケイア(進化条件 レベル20)
ステージ:2
体量値:D→B 魔量値:D→C 力:C→A 速度:F→E
魔力:F→E 守備:C→B 魔抵:E 技量:G→F 運:C→B
総合ランク:D→B-
おおお、これまた豪快にステータス上昇してるわね。体量値に力が一気にツーランク、オル子さんと同じパワータイプね!
種族の名前もオルケイアってあるし、ステータスの伸びからしても『オルカ化』してると思うんだけど……私は調べたことをエルザたちに伝える。
「不思議ね、『オルカ化』すれば外見がオル子に影響を受けるものだと思っていたけれど……ポチ丸は例外だとして」
「もしかしたら、ミリィが元の巨大竜になれば、影響を受けているかもしれませんよ?」
「その可能性はあるな……どうする? ミリィを一度外に連れ出して確認してみるか?」
エルザとルリカ、そしてクレアがミリィについて色々と話し合っている。
そして肝心のミリィは、楽しそうに私の尻尾を噛み噛み。そんなに美味しいのかしら、私の尻尾。ダシとか出てるの?
私としては、姿もだけど新スキルも気になるかなあ。なにせ、『オルカ化』したみんなは『オル子との絆』なんて名前の付いた独自スキルを与えられてるからね。
そのスキルがミリィはどんなものだったのか、気にならないはずもなく。
きゅんきゅんと鳴くミリィに顔を近づけ、私は問いかけてみる。
「ミリィは新しいスキルを手に入れたりした?」
「きゅおん!」
「おお、元気の良い返事が。どんなスキルか、後で見せてもらってもいいかしら」
「むきゅーん!」
私の質問に、ミリィは尻尾を床に何度も叩き付けて遠吠え。ふむ、おっけーってことよね?
どんなスキルかなー。竜だもの、やっぱりブレス系かなあ。いやいや、もしかするともっと巨大化なんてヤバいのくるかもしれないわ。
巨大竜になったミリィが、ハーディンもイシュトスもまとめて踏みつぶしてハッピーエンド……なんてならないかにゃあ。
ねえ、ミリィ……なんてことを考えながら視線を向けると、そこにはミュラよりも幼い女の子がにぱーっと笑顔で立っていた。……ほむ?
「おるこ!」
「……ぬう?」
「おるこ!」
身長は幼稚園児くらいかな? エルザよりも濃い桃髪をシャチ型の髪留めで両サイドを結んだ、八重歯の女の子が私を指さして笑ってる。
元気印を表すようなハーフパンツと、コミカルなシャチが描かれたダボダボシャツを着た女の子。ミュラとはまた対照的な雰囲気の可愛らしい女の子が、にぱにぱ笑顔で立ってる。
この状況に頭がおいつかず、私は周囲を見渡してみる。エルザも、ルリカも、クレアも、ポチ丸もびしりと固まってる。唯一ミュラが、楽しそうにペチペチと拍手してる。
状況を呑み込めないまま、私は必死に声を押し出して、見知らぬ女の子に問いかけた。
「あの……あなた、もしかして、ミリィ?」
「ミリィ!」
私の質問に、桃髪元気っ子はバンザイして元気よく回答。
そっか、この娘はミリィなんだあ……うおおおおおい!? どういうことですってばよ!? 何で人化!?
いったいミリィの身に何が起きてるの!? いや、それよりもどうして私の身に何も起きてないの!? なんで私は幽体離脱で、ミリィは人化なの!? ちょっとちょっと、アストライドコールセンターさーん! もしもーし! 私の声聞こえてますー!?




