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84.忘れない。私が背負っているこの重み、絶対に

 



 花の敷き詰められた棺桶に眠るオル子さん、悲しみにくれるみんな。

 どう見てもお葬式です。本当にありがとうございました……などと言ってる場合ではありまセンヌ!


「ストップううう! その葬式ストップううう! みんなのアイドルぷりちーオル子さんは死んでませんよ! はい中止―! 葬式は即刻中止でオル子さんの結婚披露宴にプログラム変更よー! ぬおおおお!」


 ビタンビタンと飛び跳ねながら勢いをつけ、棺桶に向かってダイブ! ちくせう、すり抜けが半端ない! ゴロゴロと転がり壁を突き抜けてお外までいってしまったじゃないの!

 慌てて館内に戻り、必死にヒレを振って元気アピールするものの、みんなには私の姿が見えないらしく、微塵もこっちを向いてくれませぬ。ぴきー!


「この馬鹿っ! 何勝手に死んでるんだよ! 散々迷惑かけて馬鹿やって笑ってたくせに、最期がこれなんて……そんなの、そんなのないだろっ!」

「起きやがれ! テメエは俺に、『海王』グラファンに正面から勝ったんだろうが! たかが『森王』に刺された傷ごときで死ぬなんざ認められるかっ!」


 安置された私の遺体に、ササラとポチ丸が怒声をぶつけまくってる。

 ひいい! ポチ丸、私の顔を噛んじゃ駄目ええ! 生きてるから! それまだ生きてるから! 食用シャチじゃないから!


「恨むべき『森王』は既に主殿が死を与え、私には復讐に剣を向ける相手もいない。主殿、あなたは私に生を、生きる意味を与えて下さいました……そのあなたが、私より先に斃れるなど……」


 目を瞑ったまま、クレアが拳を強く握りしめてる。

 いやいやいや! クレアさん、手から血が出てるから! 握り過ぎ、強く握り過ぎ! ほら、お手手ひらいて! にぎにぎぽーい! 君もいますぐオル子さんと握手! 今なら特別キャンペーンで光るチビオル子人形あげちゃう!


「オル子様……この先、私たちはどうすればいいのですか……あなたと共に生きることが私たちのすべてだったのです……あなたがいない世界に、私は……オル子様を追いかけること、大罪だとしても……」


 スカスカとクレアの手をヒレが貫通していると、今度は背後からルリカが恐ろしいことを言い出す。

 追いかけちゃ駄目ええ! オル子さんはあの世にもお墓にいませんぞ! 行き違いになっちゃうからストップショータイム!


「きゅおーん! きゅおおーん!」


 ミリィが悲し気な遠吠えをずっと続けてる。ぬわああ、まるで家族に先立たれた忠犬のよう! 鳴かなくていいのよミリィ! 


 そして、私の遺体の上では、涙をポロポロとこぼしながら、ミュラが必死に何度も何度も私の顔をペチペチ叩いてる。

 やばい、この光景が一番くる。うわああん! 泣かないでミュラ! お母さんはここよ、ここにいるのよう!

 あなたを置いてお母さんは遠くにいったりしないから! ミュラの花嫁姿を見届けるまで、お母さんは死にません! あと私自身も花嫁衣裳着てないっていうのに、死んでも死に切れぬわあ!


 エルザは帽子を深く被って、ずっと沈黙してる。目元が見えないけど、きっと悲しんでいるに違いないわ!

 大好きなみんなをこんなに悲しませるなんて、私の悪いシャチ! 悪いシャチ! 美少女! 公爵令嬢!

 とにかく、一刻も早く自分の体に戻らないと、このままじゃマイボディの火葬どころか、ルリカが後追いしかねませぬ! いくぞー! マイボディ、レッツドッキーング!


「ほぎゃー! 私の体なのにすり抜けるううう! なじぇええ!? 戻してええ! 私をシャチボディに戻してえええ! 神様お願いしますううう! パスカード入れの中に大事にとってた図書券500円分上げるからあああ!」


 安置された体の上でビタンビタンと飛び跳ねるも、一向に戻れない。

 こういうのは体に触れたら戻れるものでしょ!? 何が足りないの!? 王子様のキス!? 眠り姫を起こすのは王子様のキスなの!? ちくしょう、ここに美形なんてエルザパパしかいねえ!

 妻子持ち、それも親友の父親とキスなんて背徳的過ぎてオル子さんには刺激が強過ぎて死んでしまいます!

 いや、そんなアホなこと考えてる場合じゃなくて、本当にどうすればいいの!?

 えっと、分身はなんて言ってたっけ、思い出すのよ、分身との会話を……あかーん! お菓子もっちゃもっちゃ食べてた記憶しかないいい! 私のばかばかばか! なんでちゃんと人の話を聞かないの!


 動揺が止まらず、ぐるぐるその場を回っていると、これまでずっと静かに佇んでいたエルザが私のボディの前に。エルザ、もしや私を助けてくれるの!? 信じてたわ、流石は私の永遠の親友! 大好き! 愛してる! エルザさんかっこいいー!

 ヒレをバチバチさせて拍手してると、エルザがゆっくりと魔道帽子に手をかけ、そっと外した。

 そして、エルザの瞳から、一筋の涙が頬を伝うように零れて。あああ……


「……馬鹿よね、私。きっと心のどこかで、オル子は死なないって思い込んでいたんだわ」

「エルザ……」

「初めて出会った時から、あなたは本当にばかで、無茶苦茶で、人のことを散々振り回してくれて……だけど、そんな時間が私は好きだった」


 帽子を私の背中の上に置きながら、エルザは力無い声で言葉を紡いでいく。

 それは、私が出会ってから初めて見る親友の顔で。どこまでも冷静沈着で、クールな少女が見せた子どものような泣き顔だった。

 そんな泣き顔を見てしまったら、普通でなんていられる訳がない。気づけば、つられるように私の目からも涙が零れていて。


「放っておけないと思った。一緒にいたいと思った。あなたと共に歩む未来に、いつも胸躍らせていた……オル子と一緒なら、たとえ『魔王』だろうとなんだろうと、勝てると信じて疑わなかった」

「そ、そんなの私もだもん! わ、私、馬鹿だからっ! 私、一人じゃ何にもできないくらい駄目駄目だけど、エルザと一緒だから怖くなかった! 異世界なんて場所に放り出されたけど、エルザに出会えたからっ!」


 何も知らない私にエルザが沢山のことを教えてくれたから、道を示してくれたからここまで来られたんだ。

 あのとき、エルザに出会えたからこそ、私はミュラに、ルリカに、クレアに、ポチ丸に、ササラに、この異世界で大好きなみんなに出会えたんだ。

 一人じゃ絶対にみんなと出会えなかったし、ここまで来ることなんて出来なかったはずだから。だからっ!


「これから先、私たちはあなたのいない道を歩んでいくことになるわ。オル子が死んだとなれば、『空王』もこの状況を放っておかないはず。きっとミュラを奪うためにやってくるでしょう。だけど、むざむざミュラを奪わせたりなんてしないわ。この娘はあなたが残してくれた、私たちの希望だから」


 泣きじゃくるミュラの頭を撫でながら、エルザは言葉を続けていく。

 どこまでも悲痛で、悲しみを押し殺す声で。


「あなたの娘であるミュラを王として、私たちは『空王』相手に戦い抜くわ。ミュラを、オルカナティアのみんなを守ることが、あなたの一番喜ぶことだと思うから……だから、弱音を吐くのはこれで最後。最後、だから……」


 そこで言葉を切って、エルザは溢れ出る涙を拭おうともせずに胸の内を吐き出した。

 まるで慟哭するように、子どものように泣きじゃくって。


「なんで、死んじゃったのよ……オル子の、ばか、おおばかっ……ずっと一緒だって、傍にいるんだって言ってくれたのにっ……今度という今度は、絶対に、絶対に許さないから……」

「エルザ……うばあああ! ごめんね、ごめんねええ! びえええん!」


 流れ落ちる涙の滴が止めどなく溢れていく。私も、エルザも、他のみんなも。

 嫌だ嫌だ嫌だああ! 死んじゃうなんて嫌だああ! もっともっとみんなと一緒にいるんだもん! これから先もみんなと一緒じゃないと嫌なんだもん!

 みんなと一緒なら他の何も要らない! 貴族令嬢じゃなくても、イケメンの彼氏がいなくてもいい! もう二度と我儘なんて言わない!

 だからお願いします! どうか、どうか私をみんなの傍に戻してえええええ!





『翡翠の涙結晶が効果を発動しました』





 必死になって泣きじゃくり、こぼれ落ちた雫がマイボディに触れた瞬間――私の魂は眩い輝きに包まれた。な、何ごと!?

 温かな光に包まれたかと思うと、私はまるで吸い込まれるように元の体へと引き寄せられていく。

 一瞬にして闇に包まれた意識が、まるで海の底から引き上げられるように目覚めていった。


「――オル、子……?」

「オル子様……?」

「っ、主殿、まさかっ」

「オル子! おい、オル子!」

「マジかよ!? 聞こえるか! おい、オル子!」

「きゅーん!」


 エルザの声が、聞こえる。私を呼ぶ親友の声が。

 それだけじゃないわ。ルリカも、クレアも、ササラも、ポチ丸も、ミリィも。

 そして、私の背の上で必死にペチペチと叩いてくるミュラの心の声もしっかりと届いてる。

 だったら、起きなきゃ。みんなが私を呼ぶ限り、必要としてくれてる限り、何度だって起きなきゃ。ずっと一緒にいるって、何があっても離れないって、誓ったから、だから。

 私は瞳を開き、力なくヒレを動かして、みんなに告げる。


「うにゅ……みんな、ただいまよ……霊体オル子さんの鼻水がマイボディに垂れた瞬間、よく分からんけど何か奇跡が起きました……鼻水令嬢オル子ちゃんですぞ……えへ」

「オル子っ、このばかっ! ばかあっ!」


 棺にうつ伏せになっている私に、エルザが、クレアが、ルリカが。みんなが次々に覆いかぶさるように飛び込んでくる。

 むきゅう、潰れるう……でも、凄く幸せ。この重み、忘れない。私、何があっても、ずっとずっと忘れないもん。

この重みこそが私の背負ってる、大切な宝物だから――やべえ、孔の鼻水止まんない、鼻炎かも……くちゅん!


















『森王を倒しました。称号『森王』がアスラエールからオル子に譲渡されます。特殊スキル『森王君臨』を獲得しました』


『支配者の討伐に成功しました。『アスラエール』の所有支配地が全て『オル子』へ譲渡されました。現在、あなたの統治する地域は42です』


『特殊条件を満たしましたので、ステージ4の進化先に特殊進化『ファントム・オルカ』を解放します』


















「あの、皆さん。どうしてオル子さんの部屋にベッドを運んでいるのでせうか」


 奇跡の復活を果たしたオル子さん、現在ササラ作の最強キングベッドに転がっております。夜も遅く、眠る時間だからね!

 ただ、その私の部屋に次々と運び込まれるみんなのベッド。私の問いかけに、ルリカが代表して笑顔で返答。


「オル子様が無茶をしないよう、見張るためですよ。死に瀕したばかりなのです、どうかご自愛くださいませ」

「いや、うん、もちろんご自愛はしますけども、ベッドを運んでまで監視するほどでは……」


 私のベッドの上にはガシっと抱き付いたミュラ、頬ずりするミリィ、何故か布団に潜り込んでいるササラで満員状態よ。鉄壁ガード状態だから、見張りなんてなくてもオル子さん動けませんぞ。

 そんな私に、ベッドだけじゃなくて机まで運び込み、何やら筆記作業を進めていたエルザがきっぱりと言い放つ。


「何を言っても無駄よ。散々無理をして死にかけて、こんなにも人を心配させたオル子の意見なんて聞かないから。当分は一人で過ごす時間なんて許されないと思いなさい。しばらくの間は養生よ、戦闘なんて絶対にさせるつもりないから」

「んまっ、過保護さに愛を感じる! やはり私は愛され令嬢スキルがSSSランク突破している、歴代最強無敵ヒロインだとしか……おほー! ミュラ、お腹がくすぐったくてよ!」


 私の上に馬乗りになり、ミュラがペチペチと腹太鼓連打連打。

 ああ、泣かない泣かない。よしよし、私はここにちゃんといるからね。ほーらお腹トランポリンよ! おほほ! やっぱりミュラ笑顔が一番よ! ついでミリィもトランポリン! ほほほほほ! さらにササラも飛翔! 何か文句言ってるけど気にしなーい!


「ま、何にせよいつも通りってこった。なんせ『海王』だった俺をぶっ殺した化物だぜ、そう簡単にくたばってたまるかってんだ。カハハッ!」

「うむ、主殿が無事で何よりだ……この身は主の剣、冥府の果てまでもお供いたします」


 ベッドやみんなの私物が次々に持ち込まれ、広過ぎて閑散としていた私の部屋がみるみるウチに賑やかに。

 うむ、こういうのも悪くないわ。嬉し騒がし、恋せよ乙女! さあ、これだけ女の子が集まったんだもの! みんなでトランプしながら恋バナするわよ! 気になるイケメンについて熱く熱く語り合いましょう!

 まるで気分は修学旅行、ぬふー! 夜はまだまだ終わりませんぬうう! 生きているって素晴らしこ! みんなと一緒って素晴らしこ!


 

 

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