83.自分を客観的にみることで、人はより美しくなれるの
これまでのあらすじ。
『森王』ぶっ殺したと思ったら、出血多量により私もこの世からリタイアしてました。
そして、死んだ先には『冥府の宴』で呼び出している私の分身シャチどもが騒ぐはしゃぐの大暴れの地獄絵図。
「大丈夫!? 顔がとても酷いことになってるわ! 具体的に言うとぶちゃ!」
「ぶちゃ子! これは乙女として許されざる顔と角度ですよ!」
「わはー! 白目白目―!」
私に群がり、分身たちがヒレで突いたり叩いたりしてきて、ようやく我に返ったわ。
あまりの衝撃に、ちょっと気絶していたみたい。ぬおお! 失神などしている場合ではない!
「ふがー! 誰がぶちゃ子じゃああ! 小中高通じて、友達のみんなからバカ可愛いバカ可愛いともてはやされた私がぶちゃ子な訳あるかあああ! 周りの友達はいつも口を揃えて『口さえ開かなければ』なんて言ったものよ!」
「きゃー! 怒ったー! 挑発成功よー! たりほー!」
「ああーん! 虐められる私ってマジヒロイン! 可愛過ぎて申し訳ねこ! 申し訳ねこ!」
蜘蛛の子を散らすように跳ねまわって逃げる我が分身たち。
くっ、何てムカつく奴らなの。まるでオリジナルの私とは似ても似つかないやかましさ、落ち着きのなさ。全く、この私のように冷静沈着になれないのかしら!
ヒレでベチベチ地面を叩いて苛立ちをぶつけていると、唯一まともな分身が話しかけてくる。
「どうやら会話ができるくらい落ち着いたようだね」
「いや全然落ち着いてないけども! 私が死んだってどういうことよ! 詳しい説明をシルブプレ!」
既に一回死んでこんなシャチボディにされてるっていうのに、異世界でもまた死んだなど認められざることよ!
私はまだ人化もしてなければ、公爵令嬢にもなってないし、何より恋の一つもしてないじゃないの!
憤慨する私に、鏡写しの分身はむいむいとヒレを振って説明を始めた。
「『死んだ』ではなく『死を迎えようとしている』、だね。君が『森王』と死闘を繰り広げ、勝利したまではよかったんだけど、あまりに血を流し過ぎてしまった」
うぐ……あれよね。『森王』の回復不可の呪いでずっと出血しまくってたもんね。
その状態で大暴れしたら、そりゃこうなるってもんですよ。ポチ丸をやられ、頭に血が昇って暴走しました。その結果、頭に昇るだけの血すら失われたとか笑うに笑えぬう!
ショボーンと落ち込む私に、分身はぷにぽにとヒレで私の背中を撫でながら声をかけてくれる。
「だが、君の体はギリギリのところで死を迎えていない。『森王』を仕留め、呪いから解放された瞬間に君の仲間が治癒をしてくれただろう? 少しでも遅れていたら危なかったかもしれない、仲間に心から感謝しなければね」
「お、おおお……つ、つまり私は死なないのね!」
「いや、このままだと死ぬね。仮死状態みたいなものだから、早く魂が帰還しないと体は再動しないよ」
「どっちなの!?」
大丈夫だと言ったり、やっぱり死ぬと言い切ったり、オル子さんの繊細なハートが不安でグラグラしてますよ! グラノーラ食べたい。
というかね、私の周りで他のシャチは何おやつタイムと洒落込んでるのよ。どこから出てきたのか、ケーキだったりドーナツだったりもしゃもしゃ食べおって。一つ寄越しなさいよ。
視線でアピールしてみると、分身の一匹から綿菓子を渡されました。なぜに綿菓子。いや、食べるけども。
「君の体は本当に死ぬ寸前だったんだよ。一瞬とはいえ、『アストライド』で定義される『体量値』がゼロになってしまった」
「ほむ、綿菓子おいひい……それでそれで?」
「『体量値』がゼロになると、体と魂が分離されてしまう。そして、『オル子』は死を迎えたとき、魂がこの場所へと向かうことが定められている」
「この場所って……何?」
真っ白な部屋で、『冥府の宴』で召喚される私の分身たちが溢れかえってるだけ。
何もないはずなのに、どこからともなくおやつを取り出しているのが凄く気になるんだけど……あ、綿菓子食べ終わっちゃった。新しいおやつプリーズ……何故に羊羹。いや、食べるけどさ。
「この場所の名は私たちにも分からない。便宜上、『魂の座』と我々は呼んでいるけれど」
「え、オル子ハウスじゃないの? 『魂の座』なんて聞いたことないんですぞ! ちなみに私はうお座です!」
「オル子ルームじゃなかったの? 『魂の座』なんて知らないよ! ちなみに私もうお座です! なんという奇遇な!」
「うん、今大事な話をしているところだから、君たちはあっちでお菓子を食べてなさい」
「わはーい! お菓子よー!」
みたらし団子を口にくわえて、騒がしい分身たちはぴょこぴょこ跳ねていったわ。本当に落ち着きがないわねえ。
ちなみに私もうお座ですよ、偶然って怖いわあ。みたらし団子おいひー!
「『体量値』がゼロになれば肉体の死、魂がこの座に集められることで魂の死となる。だけど、君はその二つの死をどちらもとんでもない方法で回避してしまったんだ」
えっと、すみません。何も心当たりないんだけど……
団子の串を咥えて首を傾げる私に、分身はヒレを振りながら丁寧に説明してくれた。
「まず体の方だけど、君の体量値が尽きる瞬間にヒーリングが施された。本当に際どいタイミングだったんだ。一瞬ゼロになってしまうくらいに」
「え、一瞬ゼロになっちゃったの?」
「なっちゃったんですよ!」
「ですよ!」
「ほら、お菓子をあげるからあっちに」
「「わはーい!」」
また群がってきた別の分身たちにお菓子を与えて追い散らすまともな分身。
うーん、なんだか保護者してるわね、この分身。他の分身は幼稚園児か何か?
「ゼロになった瞬間に回復を差し込んだことで、ギリギリ死を免れた奇跡……これが君の肉体の死の回避。だけど、本当にギリギリのところで回復したからか、君の魂は自分を死んだものと判断して『魂の座』に導かれてしまった」
「うおおおい!? 私の魂何勝手に諦めてるの!? 早合点で死を認めちゃ駄目でしょ!?」
「肉体が生きていても、魂が存在しないならそれは死も同義。この『魂の座』に収められてしまえば、その時点で『オル子』のトライは終わり。君も私たちの仲間入りとなるはずだったんだけど……ここでも君はとんでもないことをやってのけた」
そう言いながら、分身は視線を隣へと向ける。
横には、私と同じ姿形した……いや、どいつもそうなんだけど、一際見覚えのある分身がこねこねと必死にヒレでおにぎりを丸めていたわ。ええ……これに触れるの?
「以前、君に敗れて消滅した『コピーオル子』を覚えているかな。その正体はネフアの力によって生み出された君の幻影な訳だけど……彼女の消滅を『魂の座』が此度の『オル子の死』と捉え、誤ってここに導いてしまった。ゆえに、本来なら君が死した後、収まる筈の席にコピーオル子が既についてしまったんだ」
「えっと……つまり、どういうこと?」
「幸か不幸か、君の魂は辿り着く場所が存在しなくなってしまった。11度目の『オル子の死』は既にコピーオル子が身代わりとして享受したから、君は私たちのようにこの場所に留まり続けられない。恐らく、君の魂は再び『アストライド』へと戻されることになるだろう」
「……あの、言ってることの意味がじぇんじぇん分かんないんだけど。11度目の私の死って何ぞ? 私、まだ死んだのは2回目なんですけども」
「おや、今回の死もカウントに入れるのかい?」
「おおう! 死んでません! オル子さんは一度しか死んでませんー!」
ヒレをバタバタ振って拒否。今回の死はノーカンだから! 原理はよく分かんないけど、セーフみたいだから!
うぬう、分身の言っている言葉の意味が、マジで分からんぬ。11度目の死って何?
質問する私に、頭良さげな分身は顔を横に振って笑う。
「まあ、とにかくこのコピーオル子のおかげで命が助かったと理解してもらえればいいさ。彼女が身代わりになったおかげで、君は魂をこの座に囚われることなく解放される。まさかネフアにお願いしてかけた保険が、こんなところで生きるとは思わなかったけれど」
「おほほほほ! 褒めてくれてもいいのよ! そして一緒にコピー彼氏を送ってくれても構わないのよ! オリジナルの私、そろそろ彼氏できましたか?」
で、できませぬ……ちくせう、出会いがないのが悪いのよ、出会いが。
とにかく、よく分かんないけど、ルリカがギリギリでヒーリングしてくれたこと、試練をクリアしていたこと、この二つの理由で私は助かったのね。
よかった、本当によかった。みんながいるんだもん、私はまだ死ねないの。『森王』ごときにくれてやるほど、私の命は軽いものではなくなってるんだから。
みんなと一緒にもっともっと長生きして、毎日を楽しく過ごしていくの。そして、ゆくゆくは素敵なイケメンをゲットして夢の幸せ家族計画!
そんなことを考えていると、私の体がいつのまにか白い光を放ち始めていた。な、何事!?
「どうやら時間切れのようだね。偶然の産物とはいえ、こちらに来た君ともっと話していたかったのだけど」
「ほむ、話なら『冥府の宴』で出来るよ? 足りないならいっぱい召喚するよ!」
「あれでは長時間話せないからね。ま、とにかく老婆心ながらアドバイスでも。元の世界に戻ったら、死なないよう、すぐに自分の体に魂を戻すように。それと――」
そう言って言葉を切り、頭良さげな真剣な表情で私に語り始めた。
「――オル子、君の歩んでいる今の道は、私たちの誰もが経験しなかった未知の旅路だ。充足の生を歩んだもの、修羅の道を歩んだ者、『扉』の先を求めたもの、王を支えたもの……それらは存在するけれど、自らを『王』として『世界』を統べた者は誰もいなかった」
「ぬう……?」
「だから私たちは君にとても期待しているんだ。『人』としてではなく、『魔物』として運命の場所に辿り着けたなら、もしかしたら私たちの願いは叶い、この『悪夢』から解放される時がくるのではないかとね」
光が段々と強くなり、もはや私の視界には他のシャチたちの姿が見えなくなってしまった。
光の向こうでは、沢山の分身たちの激励のような声が聞こえてくる。『負けるな!』『頑張れ!』『今度こそ!』、そんな声援が。
そして、光の強さに目すら開けられなくなったその瞬間、私の耳に入ってくる分身の声――
「この終わらない夢を終わらせるために、私たちの『願い』を叶えるために――どうか、『魔選』を勝ち抜き、『魔王』として『聖地』の奥を目指してほしい。そして、過去の誰もが超えられなかった運命の壁をその手で……期待しているよ、私たちの『オルタナティブ』」
――その声は、なぜか私には泣いているように聞こえて。
「その手じゃなくて、そのヒレの間違いじゃない? むふー! シャチには手がないからね! あと、オリジナルの私!餞別にこのおにぎり食べていきなさい! 元気が出るよ!」
……それと、コピーオル子、お前のせいで全部ぶち壊しじゃないかしら。田舎のおばちゃんか何か?
押し付けられたおにぎりを頬張って、私は元の世界『アストライド』へと消えていった。
光が収まると、私は見慣れた場所へと舞い戻ってきていたわ。
見慣れた天井、見慣れた壁、そして見慣れたベッド。うむ! これはオル子ハウスのマイルーム!
我が部屋にふよふよ浮いているってことは、転移されたのかな? しかし、死にかけて『冥府の宴』の分身たちと会うなんて思わなんだ。これぞまさしく、奇跡体験って奴かしら!
おっと、こうしちゃいられないわ。早くみんなに元気になったよって報告しないと!
私は部屋から出るために、扉のノブを掴もうとして――そのままヒレが扉を貫通した。ほえ?
慌ててヒレを引っ込め、もう一度伸ばしてみる。やっぱりヒレがノブを通過。まるで透明人間になったかのごとく、触れない。
「な、な、なんぞこれえええ!? うわあああ! 私の体が変になってるううう! エルザあああ! エルザさああああん! 私、変な病気になってるかもおおおお!」
扉を開かないまま通り抜け、私は慌てて館の中を飛び回る。
なんかよく分かんないけど、まるで幽霊になったかのように私の体が物を貫通するんですけど! もしや、『森王』を倒して得たスキル……なんて言ってる場合ではない!
とにかく何とかしてもらうため、エルザたちを探して館の一階大広間まで飛び出すと――そこには、お花に包まれ、棺に入れられた私が。な、何事!?
花がこれでもかと収められた棺に入れられ、熟睡かます私と、そんな私を囲む館のみんな。
アクア・ラトゥルネの使用人のみんなは涙に暮れて。
エルザパパやエルザママは沈痛そうな表情で。
ポチ丸とササラは眠る私に対して必死に声を荒げて。
ミリィはまるで遠吠えするように悲し気な鳴き声を繰り返して。
クレアは瞳を閉じ、何かを耐えるように拳を震わせ。
ルリカは溢れ出る涙を拭おうともせず。
エルザは帽子を深く被り、俯いたままで。
そして、ミュラは私の上に乗り、涙を零し続けながら、必死に何度も私の体をペチペチと叩いて。
そこまでも悲しみに包まれた館内と、棺の中の私を見て、ようやく私は状況に気づくことができた。
あの、これ、もしかして私、死んだ扱いされちゃってたりします……? ま、マジで?




