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ex.5 キャス

 



「どうぞ、キャス様」

「うむ、済まぬのう」


 筆を止め、書面から目を離して用意されたお茶を口に運ぶ。

 うむ、実に渋みがあって美味いのう。妾の好みど真ん中じゃ。


「相変わらずルミルの用意するお茶は美味しいの。このお茶を飲むために頑張っていると言っても過言ではあるまいて」

「嫌ですわ、キャス様ったら大袈裟なんですから」


 純白の翼をバッサバッサとはためかせ、ルミルは照れて首を振る。こらこら、風圧で書類が舞い飛んでしまうわ。

 しかし、ライルの奴に頼み込んで文官として使えそうなラヴェル・ウイングを五名ほど寄越してもらったが、こ奴が一番の大当たりかもしれぬのう。

 ルミルが陰に日向に妾を補助してくれるから、オルカナティアの内政仕事が随分と潤滑に進めることができておる。アル爺と妾に次ぐ、第三位と言ってもいいくらいじゃ。


「んーっ、っと」


 椅子から立ち上がり、一度伸びをして、窓へと向かってオルカナティアの街並みを覗き込む。

 三階から一望する街並みは活気に溢れ、他種族の入り混じった不思議な文化を形成した様相を眺めることができる。

 その光景に満足しながら、妾はしみじみと呟く。


「オルカナティアは日に日に発展していくのう。食糧庫に巨大工房と加工場、牧場に農場。人々の住む家は言うまでもないの」

「リナ様のゴーレムが昼夜問わず稼働していますからね。むしろ無人の建物が増えてしまっているくらいですよ」

「恐るべきはリナの岩人形じゃの。む、あの建物は何じゃ?」


 妾の視線の先、オルカナティアの中央通りに面した場所に、ゴーレムが五体ほど集まって何やら大きな建物を建造しておった。

 今現在、妾が務めておる国政館ほどではないが、貴族の館と言っても過言ではないくらいのものになりそうじゃが。

 視線の方向で悟ったのか、ルミルはその建物について説明を始める。


「あれはオル子様の要望で建設している建物ですよ」

「オル子の? おかしいの、妾には何の話もきておらぬが」

「キャス様が不在の時に、別の者がお話を受けましたので。なんでもキャス様は日々頑張っておられるので、これ以上余計な仕事を与えて、負担をかけたくないからとおっしゃっておられていたそうですよ」


 ルミルの言葉に、緩みそうになる頬を必死に抑える。オル子の奴め、要らぬ配慮をしおってからに。

 普段は妾の前でゴロゴロとしてお菓子を食べてばかりじゃが、やはり大切なところはしっかり見てくれてるのじゃな。


「キャス様、顔が緩んでますよ」

「くふっ、見逃せ見逃せ。それでなんじゃ、オル子はお主らに何を造れと頼んだのじゃ?」

「『ヒツジキッサ』だそうです」

「『ヒツジキッサ』?」


 はて。ヒツジキッサとは何じゃろうか。

 キッサとは喫茶のことじゃろう。その手の建物はサンクレナの城下町にも存在しておった。城から抜け出しては入り浸ったりしたものじゃ。

 じゃが、その前にヒツジ。ヒツジの喫茶……ぬう?


「ヒツジとは、羊じゃろ? 何ゆえ、羊?」

「なんでも、見目麗しい様々な種族のヒツジを集めて、『おかえりなさいませ、お嬢様』と接客させるのがオル子様の望みなのだそうですよ。ヒツジに囲まれながらお茶を嗜むのが夢なのだそうです」

「羊にそれほど多種多様性はないと思うんじゃが……そもそも羊は喋らんじゃろ?」

「ヒツジは喋りませんね。ですが、オル子様たっての願いですので」


 むう……よく分からぬ。羊なら、サンクレナ領地近隣の山に向かえば捕まえられるじゃろうが……会話する羊など聞いたこともないぞ。

 しかも、見目麗しい羊……毛並が良い羊を所望しているということかのう? というかあ奴が大の羊好きだったなど初耳なんじゃが。

 悩んでみたものの、時間の無駄だと妾は息を吐き出す。あ奴が破天荒なのは今に始まったことではないからの。妾ごときが思考したところで、無意味というものじゃ。


「よく分からぬが、オル子が求めているのなら応じるだけじゃな。サンクレナの国境付近にてありとあらゆる羊を確保しておけばよい。オル子が気に入らない羊は全て家畜として飼えばよい」

「ええ。現在、ラヴェル・ウイングの一隊が羊狩りに出払っていますよ。誰が一番オル子様の気に入る羊を連れてくるか競っているそうです」

「うむ。百匹や二百匹捕まえれば、オル子の望む喋る羊もおるかもしれぬしの」


 他ならぬあ奴の為じゃ、ラヴェル・ウイングたちも張り切って探すじゃろ。

まあ、妾の意見としては、魔物界を巡って、羊に似た魔物を探した方が早い気もするが。


「それと、この件に関しては絶対にエルザ様にだけはご内密に、とのことで」

「……妾は何も聞いておらぬ、聞いておらぬからな」


 『ヒツジキッサ』なるものから目を離し、再びオルカナティアの街並みを一望する。

 リナのゴーレムの力、オル子という王の為に一致団結する民たち。その勢いは日々留まるところを知らぬ。

 内政を一手に引き受ける妾でさえも、この国がいったいどれほどの規模まで大きくなるのか想像もつかぬのう。


「くふふ、この調子でいけば近い将来、サンクレナに勝るとも劣らぬ国家の誕生が期待できるぞ、アル爺」

「オル子様を王とした、多種族からなる超巨大王国ですか」


 アル爺の言葉に、妾は深く頷いた。

 魔王を決める『魔選』という争いにオル子は身を投じ、他の強大な勢力と対等に渡り合うために力をこのオルカナティアに集めておる。

 既にこの国にはラグ・アース、アクア・ラトゥルネ、ディヴァルト・ティガーにラビッド・ピュリア、フォレス・ケンタルスにラヴェル・ウイング。

 そして妾たち人間と片手を超える数の種族が集まっており、これから先もその数はどんどん増えることになるじゃろう。それが妾には面白くて面白くてたまらぬ。


「魔物でありながら、オル子は『人間』に近い思考を併せ持つ。魔物とは力のみで上下を決め、弱きは罪であり、殺し奪われ食い物にされて当然という認識を持つものなのじゃが、あ奴はその弱者を救済し、庇護下に置こうとする」

「ですが、ただ甘いだけではありませんぞ。オル子様はラグ・アースを襲った山賊どもを恐ろしいほど残虐に惨殺してみせたのですから」

「そうじゃ。あ奴は『人間』としての側面を持ちながら、『魔物』のとしての在り方も捨てておらぬ。アル爺よ、素晴らしいと思わぬか? 自分たちに救いを与えてくれた慈悲深い主は、狼藉を働こうとする者に対しどこまでも強く悪鬼のごとき力を振るう。『王』として、これほど縋りたくなる存在はおるまい?」


 傅く者には最大の慈悲を、歯向かう者には容赦なき罰を。

 人魔入り混じり、混沌とするオルカナティアを束ねるには民の心を『王』への忠誠で縛るのが絶対条件。

 なにせ、この街に住まう種族すべて、生き方も文化も何もかもが違うのじゃからの。ちょっとしたことが火種となり、不穏な空気となりかねん。


 そんな連中をまとめるのが、国を治める王への忠義なのじゃが、その点をあ奴は見事クリアしておる。

 オル子はここまで、常に自ら先頭に立って戦い、死に瀕していたこの街に住まう種族たちをその力で救ってみせた。

 本人が意図したことではないじゃろうが、民たちの心にはオル子の戦いがしかと刻まれておる。


「妾はオル子の姿に理想の国家をみたのじゃ。『慈悲』と『力』を兼ね備えた、最高の王によって統治された人魔の混成国。あ奴を王として成るこの国が、いったいどこまでゆけるのか……くふふっ、考えるだけで興奮が収まらぬではないか。この国はまだまだ大きくなるぞ、アル爺。いずれサンクレナも、ガードラックも小国と見下ろせるほどにの」

「ええ、僕もそう思います。キャスの言葉に心から同意しますよ。いずれオルコはこの大陸すべてを統べる王となるでしょう」


 突然、窓が開かれ、そこから入ってくる翼人の少年――ラヴェル・ウイングの長、ライル。妾の貴重な茶飲み友達じゃ。

 むう、窓から入ってくるなといつも言っておろうに。ライルが室内に入ったので、窓を閉めてやる。


「オルカナティア空軍長がサボりとは感心せんの」

「酷い言い草ですね。定められた休憩時間を利用して足を運んだのですよ。お茶と飲みながら、部下から上がった報告を伝えておこうかと思いまして」

「報告?」

「ええ。サンクレナから人間がオルカナティアの領地に入り込んだそうです。国境に配備している監視からの報告です」


 ライルの言葉に、場の空気が一変する。

 妾は視線をアル爺に向けるが、首を振って否定。ふむ、つまりアル爺が手引きした『キャス派』の人々ではないということ。

 この地が魔物の支配地となったことは、アル爺や配下の手腕によってサンクレナ中に伝わっている筈。それなのに、サンクレナから人間が動いたということは……


「一応訊いておくが、その人間たちは武装しておったか?」

「そのようですね。灰色の甲冑を身に纏った人間が五十人ほど。平原の魔物に悪戦苦闘しながらこちらに向かってるそうですよ」


 灰色の甲冑……サンクレナ騎士団に間違いないのう。

 五十人規模となると、本格的な侵攻ではなく偵察目的か。魔物に支配されたというオルカナティアの情報をサンクレナへと持ち帰ることが狙いとみるのが妥当か。

 今日何度目かも分からない溜息をついて、一人愚痴る。


「参ったのう。妾が脱落したとはいえ、兄たちの王位争いはそう簡単に決着つかぬと思っていたのじゃが」

「騎士団を動かすには王命が必要となります。王が不在であるにも関わらず、彼らが動いたということは、新たな王が誕生したのでしょうな」

「王位についたのはアルガス兄上か、ゴーツ兄上か……誰にせよ、このオルカナティアは王のはじめの功績として十分過ぎると踏んだか」

「新王が指揮を執り、魔物に支配された領地を取り戻す……成功すれば民たちにとっても対外にとってもこれ以上ない実績となりましょうな」


 もっとも、奴らはラグ・アース排斥派じゃから、民を救うことはせんじゃろうがのう。

 領地だけを取り戻し、ラグ・アースたちは奴隷として活用するのが狙いかの。


「全く、我らが王の不在時に動くとは思わなんだ。どうせなら、オル子がいる時に攻めてきてくれたなら最高だったというのに」

「さて、どうしますか? オルコのいない今、オルカナティアの指揮権は全てキャスにあります。あなたの命じるままに、我らオルカナティアの民は動きますが?」


 まるで試すような視線を送ってくるライル。

 なるほどの。口にこそ出さないが、こ奴は妾を試しておる。『人間』を取るか、『オル子』を取るか。

 そんなライルに、妾は唇を釣り上げて笑みを浮かべ、きっぱりと告げた。


「決まっておろう。オルカナティアの、我らが王たるオル子の害になる存在など生かしておくつもりなど毛頭ないわ――全て殺し尽すのじゃ。例外などない、慈悲など要らぬぞ」


 オル子がいつ帰ってくるかも分からない今、サンクレナの兵士どもにオルカナティアの情報を持ち帰られるのは非常に困るのじゃ。

 奴らにとって、オルカナティアは手出し出来ぬ悪鬼の住まう場所として、決して踏み込んではならぬ場所で在ってもらわねばならぬ。

 発展途上中であるこの国を今攻められては、多大な犠牲が出てしまいかねん。今、オルカナティアに必要なのは時間なのじゃからの。

 ゆえに、かわいそうじゃが偵察兵どもには見せしめになってもらう。この地に手を出すならば、容赦はしないという意思表示として。

 妾の言葉に満足したのか、ライルは天使のような笑みを浮かべたまま、頷いて言葉を紡ぐ。


「その答えを聞いて安心しました。キャスの命じるまま、闖入者どもを仕留めてみせましょう」

「お主が直接出るのか?」

「ええ、長とはいえ、いつも机仕事ばかりでは体が鈍ってしまいますからね。それに、オルコが帰ってくるまでに、胸の張れる手柄の一つでも立てたいと思うのが男心ですよ。平原の魔物程度にてこずる相手に、後れを取るつもりなど毛頭ありませんから」

「あ奴に褒められたいなら羊を集めたほうが早いかもしれんがのう」

「羊なら既に百二匹ほど捕まえましたよ。虹色の毛色をした羊もいましたので、オルコが気に入ってくれればいいのですが。では、仕事に戻りますね」


 そう言って、ライルは窓から飛び去って行った。空軍を率いて、騎士たちを叩きに向かうのじゃろうな。

 その姿を眺めながら、妾はアル爺に問いかける。


「もしかしたら、騎士たちは行方不明となった妾を探しに来た可能性も僅かではあるが、決してないとは言えぬ。それにもかかわらず、即座に切り捨てることを命じた妾をどう思うかの」

「サンクレナの姫としては失格でしょうな。ですが、オルカナティア最高幹部のキャスとしてはこれ以上ないほどの判断でしょう。まあ、キャス派の者たちは全てオルカナティアに連れてきておりますので、可能性は皆無と断言しますが」

「言い切るのう……ま、政争に負け、妾は死んだ身だったところをオル子に救われたのじゃ。妾の望みはあ奴の望みを叶え、共に笑いあうこと。そのためなら、人間たちに裏切り者と詰られても何ら構わぬよ」

「何を言うんですか。キャス様は人間である前に、私たちと同じオルカナティアの一員じゃないですか。キャス様を裏切り者なんていう奴がいたら、惨殺してやりますよ! ライル様がっ」

「ルミルじゃなくてライルがやるんじゃな……ま、適材適所。戦いは戦える者に任せ、妾たちは内政によってオル子を支えればよい」


 そう、オル子の為に生きると誓ったのなら、その目的のために全力で走り続けるだけ。

 日々大きくなっていくオルカナティアの未来を、たどり着く先を愛するお馬鹿と共に見届けるために。あ奴と共に駆け抜けた先にある光景を眺めるために。

 ありきたりじゃが、今目の前にある仕事を頑張り続ける。それだけでよい。全てはあやつの――オル子のために、の。


「さ、仕事に戻るとするかの。オル子がオルカナティアに戻ったとき、よりよい街へと発展しているように」

「オル子様がウィッチの里に向かってまもなく一月近く経つのですね。元気にされているでしょうか? 少し心配です」

「考えるまでもないの。あ奴のことじゃ、元気が有り余り過ぎて飛び跳ねてはエルザに説教されているじゃろうて。心配せずともオル子は怪我一つしておらんわ。なんなら妾のおやつを賭けてもよいぞ?」

「賭けにならないから止めておきます。オル子様が誰かに傷つけられるなど、想像すらできませんから」


 笑って言うルミルに、妾も笑い返す。

 まあ、最初から賭けになるなんて思っておらんがの。オル子はアホじゃが、『海王』も『山王』もねじ伏せるほどの実力者じゃ。

 ましてや、あ奴の傍にはオルカナティア最強の四人が常に控えておるでな。あ奴ら、街では四魔姫などと呼ばれていることも知らんじゃろう。

 最強たる王と、傍に付き従う四魔姫――その実態は、単なるアホと過保護な四人娘なんじゃがなあ。くふふっ、実に面白い。みんなが帰ってきたら、このことで盛大に弄ってやらねばな。


 だからオル子、なるべく早く帰ってくるのじゃぞ。

 この青空の下、どこかで元気に飛び跳ね回っているのじゃろうが、やはり待つ身としては寂しいものじゃからの。一刻も早く帰ってきてほしいというのが本音なのじゃ。

 サンクレナが不穏な空気をみせはじめ、きな臭くなってきたという理由もあるが、一番の理由はやはりオル子に会いたいという気持ちに他ならぬ。


 全く、妾のような良い女をこんなにも待たせおって。

 早く帰ってきて、妾に、そしてみんなに元気な顔を見せるのじゃぞ。

 沢山喜んでもらえるように、皆がお主の大好きな羊を沢山用意して待っておるからの。オル子が戻る頃には、『ヒツジキッサ』とやらも完成しておるじゃろう。
















「白目ですにゃ」

「白目ですな」

「まごうことなき白目ですぞ」

「ご注文は白目ですか?」

「いいえ、それは消しゴムではなくトムです」

「ホワイト・アイズ・ブルー・シャチゴンと申したか」


「……まさか、ショックのあまり白目をむいて失神するとは。もう少しソフトに伝えるべきだったかな」

「オリジナルが元気になった時に備えておにぎり作るよ! コピーオル子さんのこねこねおにぎりを食べれば元気百倍間違いなし!」


 

 

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