82.この世界で、歌を歌い続けましょう。終わらない歌を、ずっと
「にゅおおおお!」
「はあああっ!」
後方にぶっ飛んだアスラエール目がけて、私とクレアの全力ダッシュ。私に足はないけど気持ちだけダッシュ!
ポチ丸の『フリスビー・バック』のおかげで、再生能力を封じられた奴はもう片手を再生できない。
クレアに斬り飛ばされちゃったから、自慢の魔槍を両手で自在に操ることもできないでしょう。
ポチ丸が命を賭してまで与えてくれた最大の好機、もう駆け引きなんて必要ない。ひたすら強引に、力で攻めて攻めて攻めまくる!
「くっ! いい気になって! お前たちなんて、この『骨毒槍』で貫いて……」
おうおう、やれるもんならやってみなさいよ。
私をの体を貫いている間に、その垂れ目イケメンフェイスを二度と見れないようにグチャグチャに潰してやるわ。私の大切なみんなを傷つけるイケメンなんぞ私の求めるイケメンじゃない、顔だけ野郎は死ねえ!
「……っ!」
槍を構え、私とクレアと衝突する刹那、奴は槍を引いて転移した。ちい、まだそんな小細工を! カウンター迎撃準備!
私とクレアが敵の攻撃に備え、すぐに体勢を立て直すけれど、攻撃が一向にこない。ぬう?
私たちから必要以上に離れた場所に転移し、奴は表情を引きつらせてこっちを睨みつけている。何してるのあいつ、転移して背中を取って攻撃するんじゃないないの?
あんな大袈裟なくらい距離を取って、今までの戦いからは考えられないくらいの安全策……ああ、そういうこと。
ある答えに辿り着いたとき、私は唇を釣り上げて嗤い、アスラエールに言葉を紡ぐ。
「――アスラエール、お前、『恐怖』したわね?」
「なにを……」
「体の回復も、無限の蘇生も封じられ、命の物量による防御を捨てた攻めができなくなった。今のお前は私たちと同じ、一度死んだら終わりの命だものね。私たちの攻撃を受け止める瞬間、死が頭を過って槍で打ち合うことを恐れたのでしょう?」
こいつがクレアと戦っている際、優位に立てた理由は魂のストックにより、防御を考える必要がなかったから。
だけど今、その鉄壁の守りは脆くも崩れ去ってしまった。ましてや片手を失っている。そんな状態で私やクレアと接近戦を繰り広げて、無事でいられる訳がない。
私たちとぶつかる瞬間、『死の可能性』が過ったからこそ、奴は転移で逃げた。それもあんなに大袈裟な距離を取ったんだと思う。
私の言葉に、奴の目が険しくなる。どうやら図星かしら。
「ふふっ、笑えるわね。何が『森王』の真の力よ。お前がやっていたことは、他人の魂を利用して、数千の命という安全な城に籠って他人を蹂躙していただけじゃない。肝心のお前自身の強さは、他の『六王』にも遥か劣るわ。死を怯え、戦いに背を向ける者が『六王』など」
「黙りなさい! 俺は怯えてなどいないわ! 回復を封じたくらいでその増長、許さないわ! ――『地獄門』、出てきなさい!」
背後に黒球を呼び出し、そこから始まる骨兵士召喚。
なるほどね、近づかれたくないから、アルエドルナがやったように物量で私たちとの壁を作ろうってことなのね。
そんなアスラエールを鼻で笑って見下してやる。
「はっ、随分とアルエドルナの戦い方をバカにしていたようだけど、結局お前もその戦い方なんじゃない。躯どもを使役し、圧倒的な物量によって敵を討つ戦いを否定していたようだけど?」
「黙りなさい! 躯ども、『骨毒槍』の効果が切れるまで時間を稼ぎなさい! とにかく時間さえ稼げば、あんな奴ら――」
それ以上アスラエールは言葉を続けられなかった。
召喚された躯たち目がけて、巨大な光の柱と炎の嵐が解き放たれ、その全てを殲滅してしまったから。
自慢の兵士たちを全て灰燼に帰され、呆然とするアスラエール。本当に馬鹿ね。杖を構える親友と、咆哮をあげる可愛い娘を背中に感じつつ、私は奴に言い放つ。
「残念ね。骨を呼び出して時間稼ぎなんて、到底できそうにないみたいよ。この娘たちが控えてくれている限り、何度やっても結果は同じだもの。アルエドルナとこの娘たちの戦いを見ていなかったのかしら?」
そう、範囲攻撃を得意とするエルザとミリィがいるかぎり、何度骨を呼ばれても意味がない。
アスラエールと違い、骨どもに魔抵力なんて皆無。ならば連中は二人にとって餌も同然。
表情をこわばらせる『森王』に、私は息を吐いて死刑宣告。
「さて、もういいでしょう? チェック・メイトよ。お前にはもう何もさせるつもりはないの。お前を殺すと私が決めた以上、この裁定は揺るがない――『森王』アスラエール、お前はここで死ね」
「あああああああっ! 新参がっ! 成り上がりの雑魚が、俺を殺すだと!? 笑わせるな! 俺は『森王』なんだぞ!? 最強にして無限の命を抱えるこの俺が、貴様なんぞに! 貴様如きにいい! 『冥動魂撃』、どいつもこいつも死にやがれえええ!」
本性を現した奴の周囲を紫の人魂が舞い踊る。む、何やら大技が発動の予感。だが、させぬう!
「『レプン・カムイ』、そして『山王降臨』発動! ルリカ! 私の運と守備をチェンジで!」
「はいっ! 『移り気な海女神』!」
うむ! これぞ敵の遠距離アタックの鉄壁コンボよ!
『レプン・カムイ』でターゲットを私に集中させ、『山王降臨』で無敵障壁を発動!
それだけじゃなく、『海王降臨』のステータス上昇効果と遠距離攻撃を攻撃によって叩き落とす能力、そしてルリカの『移り気な海女神』で『山王降臨』の発動率アップ!
この力で私のステータスは魔抵B、運Sとなり、遠距離砲撃に対する最強の盾となるのよ!
「死ねえええええ!」
アスラエールの周囲の人魂が弾け、四方八方に弾丸となって放たれる。
まさに発狂するような乱撃、弾幕。一発一発に強力な力が込められているけれど……だからどうした! 『海王』と『山王』の力を舐めるなっ!
迫りくる弾幕を尻尾やヒレで弾き、着弾しても無敵バリアが発動し。百発を超える嵐をほぼ無傷で捌ききる。
砂煙の中から、平然としている私の姿を見て、アスラエールの表情がくしゃりと歪む。
「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な!? 俺の最強の一撃だぞ!? 『森王』である俺の、この俺のっ!」
「『森王』よりも『海王』や『山王』の方が強かったということよ――はあああっ!」
「ひいっ! くるな、くるなあああ! 俺に近寄るなああああああ!」
前に出た私とクレアに再び『冥動魂撃』をセットしたみたいだけど、遅いわ。
風神のごとく風を身に纏ったクレアが、奴目がけて一閃する。攻撃モーションに入っていたため、瞬間移動で逃げることもできず、奴の残る右腕が空へと舞いあがった。
「があああああっ!」
痛みで硬直する瞬間、決して逃しはしない!
私に出来る、最大の火力を奴に叩き込む! すなわち、『キラーホエール・ダイブ』と『冥府の宴』の重ね掛けよ!
繰り出す攻撃に必ず必中の追加攻撃を与える『キラーホエール・ダイブ』と連続攻撃の『冥府の宴』を組み合わせれば、過去にないほどの連続攻撃ができるはず!
恐怖で崩れた表情で私を睨むアスラエールに、最終奥義を解き放つ! いけえええ!
「『キラーホエール・ダイブ』! これで最後よ! 存分に暴れ狂いなさい――『冥府の宴』!」
「久々のシリアスモード!」
「これは私たちもシリアスの波に乗るしかない!」
「乗るしかない、このビッグウェーブに!」
「シャチだけに!」
「シャチだけに!」
「シャケ食べたい!」
「シャケと言えば、昨日、棚の上に置いてあったシャケおにぎり、誰のか分からなかったからこっそり食べちゃった! 悪気はなかったの! ごめんち!」
「いいよいいよ! 許しちゃう! 私のじゃないし!」
「心が瀬戸内海より広いと評判の私も許すよ! だって私のじゃないし!」
「神は死んだ……オル子たちが殺したのだ……私のシャケおにぎり……」
「ほむ? シャケおにぎりが食べたかったの? おほほ! コピーオル子さんの料理スキルの出番ですわね! こう見えて私、おにぎり握るの得意なんですよ! あ、でも今の私の手、ヒレじゃん! まんまるおにぎりなら作れるかなあ? こねこね丸めるよ!」
き、きたああああ! 最高の11回発動! これなら『森王』を殺れる!
偽オル子たちが次々に飛翔し、『森王』にラッシュラッシュラッシュ!
舞い踊るシャチたちが、奴に頭突きするごとに追加攻撃のヒレビンタが発動してる! 素晴らしい!
全部で22発ものラッシュをくらい、『森王』は完全にボロボロ状態に! 今度こそトドメよ! 『ブリーチング・クラッシュ』! 槍を失った今ならいける!
「嘘よ……こんなの、嘘よ……俺は、死なない……アディムに与えられた、この『森王』の最強の力で、永遠の命と美貌を……この世のすべての男どもを、この手に……」
「夢なら好きだけみるといいわ――永遠の眠りについた後でね」
大空に舞い踊り、そのまま加速して着弾。
ぐちゃりと嫌な音とともに、私の着地した地面に広がる紅。うむ、この感触は間違いなく全てを潰してるはず。
私は大きく息を吐き出し、ヒレをバタバタさせて勝利宣言。
「再生はないわ! 『森王』は殺しました! 私たちの勝利よ! さあ、みんな、盛大に勝鬨を――」
「ルリカ! 今すぐオル子の治療を急いで! 魔槍の呪いは消えている筈よ!」
「はいっ!」
「勝鬨を……勝鬨……」
私の声を全力でスルーして、みんなが私のもとに集まってくる。
あ、そっか。私、シャレにならない大怪我してたんだった。お腹に穴開けてずっと血を流しっぱなし状態だった。ポチ丸を貫かれた怒りで完全に忘れてた。
やばい、勝利したと安堵したら、なんだか急に体の力が抜けた。うおおお! 瞼が、瞼が死ぬほど重いんですけど! 体に力が微塵も入らないんですけど!
「エルザさん、エルザさん」
「全く、こんな酷い状態で無茶ばかりして……何よ?」
「オル子さん、凄く眠いでふ……ちょっとひと眠りするので、あとのことはよろぴこ……」
「眠いって……オル子、オル子!?」
いや、なんか全身の痺れが凄くて、もう体の感覚がないのですぞ。目もなんか霞んでるし。
疲れた体に鞭打って頑張ったもんね。女装趣味の変態と殺し合って、ちょっともう、本当に疲れちゃった。
うぬ、頑張ったし、少しくらい寝たっていいでしょう。
ゆっくり寝て、復活してまたそれから頑張りましょう。ミュラやミリィも頑張ってくれたし、起きたらいっぱいナデナデしてあげないとね!
ついでにポチ丸も良い子良い子してあげるわ! おほほのほ! ではおやすみなさい、ぐー。
・ステータス更新(レベルアップ一覧)
オル子:レベル11→22 (ステージ3)
エルザ:レベル11→22 (ステージ3)
ミュラ:レベル10→21 (ステージ3)
ルリカ:レベル9→20 (ステージ3)
クレア:レベル1→7 (ステージ4)
ポチ丸:レベル10→38 (ステージ2)
ミリィ:レベル8→51 (ステージ1)
眠りから覚醒へと向かう感覚。
まるで水底から水面へと引き上げられるように、私の意識は目覚めを迎えていく。
「起きないね。なんという寝坊助、流石私と褒めてあげたいところだわ」
「うむ、半目で白目向いてるところなんて実にチャーミングだわ。流石は私。えいえい」
頬を何かがぷにぷにと突く感触に、私はゆっくりと瞳を開いていく。
むう、誰だろう。エルザかミュラかな? 『森王』ぶっ殺してそのまま眠っちゃったけど、もしかして館まで運んでくれたのかな。
目覚めを迎え、仰向けになった状態のまま瞳を開くと、私を囲むシャチ、シャチ、そしてシャチの群れ。ほむ……ほむう!?
「な、何このシャチの群れ!? シャチが人類に反旗を翻して攻めてきたの!?」
「え、マジで!? どこどこ!? どこにシャチの群れが!? ひいい! 怖いよう!」
「うおおお! シャチが、シャチが攻めてきたぞおおお! なんてことだ、なんてことだ!」
「くぬうううう! こうなれば私が人類の盾になるしか! シャチなんぞに地球は渡さんぞおお!」
「そうだそうだ! 地球に生きるイケメンはみんな私のものじゃあ! シャチなんぞにイケメンを渡してたまるものかあ!」
私の声に驚き、数匹のシャチどもがびたんびたんと飛び跳ねて驚きまわる。お前たちじゃい!
真っ白な部屋の中に、溢れかえるシャチたち。というか、あの、姿形といい、声といい、どう見ても全部私なんですけど……何この混沌状況。
言うなれば全員コピーオル子みたいな。目が覚めたら右も左もオル子祭り。え、何これ、夢? 悪夢にも程があるんですけど。
困惑する私に、飛び跳ねていないシャチたちが声をかけてくる。
「ほむほむ、何だか凄くビックリしてるわね。状況を呑み込めてないみたい、当たり前だけども」
「まあ、いつものことだよね。新入りはみんなこういう反応するんですよ、誰もが通る道! それで、誰が伝えるの?」
「え、私は嫌よ? どうぞうどうぞ、遠慮なく」
「えええ、私だって嫌よ。どうぞどうぞどうぞ」
「いえいえ、そちらが」
「いえいえいえ、そちらが」
「むっしゃー! いいからアンタが告げなさいよ! お馬鹿!」
「なんですってー!? アンタのほうが馬鹿じゃないのよ! このあろー! ヒレビンタ!」
「あ、手を出すんだ! ふーん! ふーん! ふーーーーーん! 世界最高のヒロインにそういうことするんだ!」
「誰がヒロインじゃあ! 世界最愛のヒロインはこの私に決まってるでしょ!」
二匹のシャチが見苦しいにも程がある喧嘩を始めたんですけど……ええ、何この混沌……
姿形と声が自分だけに、これはひどい。
喧嘩する二匹を囲んで囃したてたり、どっちが勝つか賭けたり、『私の為に争わないで!』なんて言って、二匹のターゲットにされたり……いや、止めなさいよ、マジで。
というか、今更気づいたんだけど、こいつら、『冥府の宴』で出てくる私の分身なんじゃないの……?
なんでこいつら、召喚してもいないのに出てきちゃってるの? とにかく、このままじゃ話が進まないからなんとか話を訊かないと。
適当なシャチを捕まえて会話をしようと思っていると、背後からポンポンと背中を叩かれる。
後ろを向くと、二匹のシャチが。ううむ、どいつもこいつも同じ顔形だから違いが分からんぬ。
「連中はいつものことだから放っておいて構わないよ」
「いつものことって……あれが?」
視線の先では、シャチが別のシャチをキャメルクラッチかましてる。えええ……短いヒレで何やってんの、あれ。なんであれが決まっちゃってるの。
もう、とにかくあの連中は視界にいれないことにしましょう。何か混沌とし過ぎて、頭が痛くなっちゃう。アホですよ、あいつら。
げんなりとする私に、なんかまともそうなシャチとその後ろに控えて、サッカーボールみたいなおにぎりを握ってるシャチ。よし、後ろのシャチも無視しよう。絶対アイツもアホだわ。
「まあ、見ての通り、私たちは『冥府の宴』で君に呼び出されるオルカたちだ。こうしてきちんと挨拶するのは初めてだね」
「ああ、やっぱりそうなんだ……でも、どうして私の分身が表に出てきてるの? 『森王』を倒す時に召喚したけど、まさか戻れなくなったとか?」
「ふむ、そうではないよ。私たちが異世界『アストライド』に現れたのではなく、君が『アストライド』からこちらに移動したんだね」
「ほむ……?」
つまり……どういうこと? 意味が全然分からないんだけども。
困惑する私に、頭の良さそうなシャチはヒレで私を指し示しながら、とんでもないことを告げた。
「まあ、単刀直入に言うと――まもなく死を迎えようとしているだよ、君の体がね」
「ほむほむほ……えええええええええええっ!?」
「むほおおおお!? で、できたわっ! 非の打ちどころのない、完璧なシャケおにぎりだわ! さあさあさあ、召しませシャチ娘の愛情手料理! 食べごたえは保証するわよう!」
「うん、分かったから、そのサッカーボールはその辺に置いておいて。今、とても大事な話をしているのだからね」
死ぬ。私が、死を迎えようとしている……え、マジで? ドッキリ? オル子さん死んじゃうの? 美人薄命? 命短し恋せよ乙女?
呆然とする私と、私そっちのけで周囲で暴れまわるフリーダム過ぎるシャチの群れ。
艱難辛苦を乗り越え、強敵『森王』を倒した結果――死にかけの私を待っていたのは、アホなシャチしかいない、あの世という名の竜宮城でした。嘘お……ないわあ……
~五章 おしまい~
これにて五章完結となります。ここまでお読み下さり、心より感謝申し上げます! 皆様のおかげで、とうとう五章完結まで辿り着くことができました!
次章ですが、今までどおり一話だけ幕間を挟み、それから六章に突入になるかと思います。
死にかけでもシリアス皆無、依然としてお馬鹿の加速が止まらないシャチ娘ですが、六章も何卒よろしくお願いいたします! 本当にありがとうございました!




