表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/142

81.誰に許可を得て手を出してるの、無礼者

 



 あかん、クレアが完全に劣勢でござる。

 二人の斬り合いに打ち勝ってるのはアスラエール。エルザの銃撃の援護があるにも関わらず。

 技量の差は明らか、どう見てもクレアに軍配が上がる。身のこなしの速さだってそう。戦士としての実力はどう見てもクレアが上回っている筈なのに、アスラエールが推しているのは、『森王君臨』によるチート能力のせい。だってあいつ――防御も回避もしないんだもん。


「はあっ!」


 今だって、クレアが奴の首を斬り飛ばしたっていうのに、何の意味もない。

 『貯魂箱ソウル・ストック』と『冥界医師ドクトル・ナンバー・ゼロ』を複合させたチート回復スキルによって、魂のストックを消費することで奴はすぐに再生し、ダメージなんて気にすることなく魔槍を振り回してくる。

 その槍を必死に回避し、後方に跳躍するクレアに、アスラエールはククッと愉し気に嗤う。


「これでオーガに殺されたのは28回目かしら? そこのウィッチの摩訶不思議な武器で心臓を貫かれたのが9回、頭を撃ち抜かれたのが4回、合わせて13回。クククッ、まだ50回も俺を殺せてないじゃない。そんなのんびりしてて大丈夫なの? まだまだ2000は遠いわよ?」


 そう言いながら、アスラエールは私を見下ろして嘲笑する。

 はいそうです。オル子さん、お腹を貫かれてかなりヤバい状態なんです。実はさっきから尻尾の感覚がなくなってきてます。マジで血を流し過ぎたかもしれぬ……

 2000という果てしなく多い魂、時間をかければ全て潰せるのかもしれないけれど、私の怪我のせいで長期戦は望めない。奴を倒さない限り、私の傷は癒せないのだから。

 

「くっ……このままでは主殿が……」

「ふふっ、俺の『骨毒槍』は破滅の槍、大きな傷をつけた相手に追加効果で不治の呪いを与えちゃう。ほらほら、さっさとかかってこないと大切な王様が死んじゃうわよ? 早く早く」

「言われずともっ!」


 クレアを挑発し、再び二人は剣戟を繰り返していく。

 だけど、クレアの不利は変わらない。すぐにクレアが守勢になり、アスラエールが攻め立てる流れになる。

 当然よ。アスラエールは何度斬られても再生するのに対し、クレアは一発でもあの魔槍で深手を負えば終わりなんだもの。

 大きな傷を与えた相手に『治療不可』なんていうバッドステータスを付与する槍に刺されれば最後、私と同じ血が止まらない状態に陥っちゃう。

 もし、唯一の前衛であるクレアが倒れれば、私たちに勝ち筋なんて本当にゼロになっちゃう。それが分かっているからこそ、クレアは絶対に攻撃をもらわないよう心掛けている。


 敵の攻撃で深手を負うことを許されないクレア。

 何度攻撃をもらおうと問題のないアスラエール。

 この二人の条件の差が、技量や速度の差なんて簡単にひっくり返してしまっている。

 やはり、力であの無限生命チートを押し切るのは駄目なのよ。なんとしてもミュラの封印スキルを当てて、厄介な力を全部封印しないといけないんだけど……ううう、分からない!

 あいつ、ずっとミュラのマーク外さないし、あの状態でどうすれば隙もモーションも大きい黒球封印が当たるの!?


「クレアの瞬間移動……駄目、クレアは前衛から離れられない。じゃあミュラがクレアに変身して瞬間移動して敵の背後に……これも駄目、既にミュラはクレアに変身済みだから一日しないと同じ対象に変身できない……ううう!」


 『山王』戦でやったように、あの技を当てるのは瞬間移動からのコンボじゃないと無理なのよ! だけど、私が前に出られないからクレアがフリーにできないから使用できない!

 あれだけの立ち回りをする相手に、エルザやルリカを前に出すわけにもいかない。ミリィなんて言うに及ばず。一瞬で槍に貫かれて失血死だわ。

 なんとか、なんとかテレポートを……でも、どうやって、うう。分からない。そんなことを考えていると、ルリカがふと声を上げる。


「あれは……ポチ丸?」

「ほえ?」


 ルリカの視線の先には、ポチ丸がなぜかミュラの頭の上に乗っかっていた。あれ、いつの間に。クレアの傍から離れて何してるのかしら。

 ポチ丸は何やらミュラに話しているわね。ミュラもこくこく頷いている。何か名案でもあるのかな。


「腐っても元『海王』です。もしかしたら、ポチ丸に何か策があるのかもしれません。見た目こそ変わりませんが、溢れる力強さからして彼も『オルカ化』を果たしたのですよね?」

「腐ってもって、相変わらずポチ丸に辛辣な……確かに『オルカ化』をして、新しいスキルは得ていたけど……あ」


 そこまで考え、私は一つの能力に思い当たった。

 ポチ丸が覚えたスキルに、一つとんでもないとっておきがあったはず。名前は確か『鯱の威を借る子犬』、内容は味方のスキルをレンタルし、使用することができるというもの。

 つ、つまりこれを使えばポチ丸がクレアの瞬間移動を使えるということじゃない! それに気づいた私は顔を地面に埋める。


「どうされたのですか、オル子様!? 傷が痛むのですか!?」

「いや、痛みはなんかもう限界通り越して気にならなく……そうじゃなくて、オル子さんは表情を隠しているのです! ちょっとした敵の表情によって博徒は先を読むって漫画でみたもんね!」


 もしかしたら、私の表情を見てポチ丸とミュラの渾身の一手が読まれるかもしれない!

 だから私は表情を隠してチラチラと二人の戦いを見守るのよ。頼むわよ、二人とも……奇跡を、信じてる!

 ヒレを合わせて祈るなか、ついにミュラが動いた! 私の予想通り、ポチ丸の『鯱の威を借る子犬』によって拝借したクレアの『転移『瞬』』が発動!

 クレアによって切り伏せられたアスラエールの背後に現れ、大きな黒球を生成、い、いける! 『山王』戦の奇跡をもう一度――!


「――ざあんねんでした。あはっ!」

「なっ!?」


 次の瞬間、アスラエールはその身を瞬間移動させ、ミュラの後方へ現れた。

 そして、ミュラの背中を魔槍が貫こうとしたギリギリのところでクレアが間に割って入る。クレアああ! 私のミュラを助けてくれてありがとおお!

 槍がクレアの頬を掠め、真一文字に傷が。ひいい! 美少女の顔に傷が! 力を使い果たし、気を失ったミュラを守るように剣を振るうクレアから離れ、アスラエールはしてやったりと笑う。


「言ったでしょう、その小娘の警戒は絶対に外さないと。意識の外からならいざ知らず、常に意識を向けていた相手の気配が背後にあれば気づくのなんて簡単なのよ。一度お前たちが転移しているのを見ている以上、必ずその手でくると思ってたわ」

「くっ……テメエ、アルエドルナと同じく瞬間移動を使えたのかよ」

「当たり前じゃない、元は全て俺の力なんだから。これ、意外と使い勝手が悪いのよね。転移方向は単純だし、距離は飛べないし、硬直はあるし、接近戦ではすぐに捕まっちゃうのよ。アルエドルナは好んで使っていたけれど、こういうのはいざって時以外に使わないのが正解なのよ」


 ぐぐぐ……そんなのありなの……

 裏をかいたつもりが、完全に読まれてた。ウィッチの里に戻す時、私たちが転移できるってことを見てるからこそ対応できたんだ。

 あの力を使い切った以上、もうミュラに頼ることはできない。どうしよう、どうしよう、どうしよう。スキル封印もできない、ポチ丸はミュラのスキルはレンタルできない……

 うう、みんなを逃がすために私の最終手段の自爆技を使っても、所詮敵の魂が一つ削られるだけで無駄だろうし……打つ手なし、終わったかも。あ、諦めるな私!


「しかし、残念ね? もう少し深くダメージを与えられていれば、お前にも呪いをプレゼントできたのに。かすり傷では足りないわ」


 そう言いながら、アスラエールはクレアの頬の傷を見て不満そう。

 ぐぬぬ、乙女の顔に傷をつけておいてなんたることを。許せん! 絶対に許さんぞ!

 そんなアスラエールに、クレアの足元で威嚇するポチ丸が確かめるように問いかける。


「ハッ、忌々しい呪いだな。深手を与えた相手には確実に『回復不可』の呪いをプレゼントって訳かよ」

「ええ、そうよ。この呪いは性質が悪くてね、俺の意思では解除できないの。ふふっ、この槍を恐れ、腰の引けた相手を存分に嬲り殺す……この戦いが大好きでね、随分と沢山の敵を殺しちゃったわ。人間も、魔物も、悪魔も! どいつもこいつもゆっくりと訪れる死の恐怖に怯え死んでいったのよ! 俺へ無様に許しを請う姿のなんて滑稽なことかしら! あは、あはは、あはははっ!」

「そうかいそうかい……救えねえな、『森王』」

「なんですって……?」


 一歩前に出て、ポチ丸は吐き捨てるように言いながらアスラエールを睨みつける。

 ぬう、なんて勇敢な。見た目はチビブサポメなのに、私にはまるで地獄の番犬のように見え……見えないけど。とにかく格好いいわよ、ポチ丸!


「予言してやるぜ、『森王』。テメエはこの後すぐ、『海王』と同じ末路を辿ることになる。因果応報、調子に乗った対価を『海王』と同じくその命で払うことになるだろうよ」

「何を意味の分からないことを……」

「カカカッ! すぐに分かるさ。先に言っておくぜ――地獄に落ちて生まれ変わっても忘れられないくらい痛えぞ、どこぞの馬鹿魚の怒りはよっ!」

「ポチ丸っ!? 何をっ! 止めろっ!」


 クレアの制止を振り切り、ポチ丸はアスラエールへと疾走する。

 まさか単騎で奴と戦う気!? お、お馬鹿ワンコ! 無茶よ! いくら『オルカ化』したとはいえ、『六王』相手に戦えるわけがっ!

 向かいくる白ポメに、アスラエールは眉を顰めながら槍を向ける。あ、あ、あああっ!


「意味が分からないけれど、死に急いでいるというのは理解したわ――望み通り殺してあげるわ、死になさい。『骨毒槍』!」

「――ガハッ!」

「ぽ、ポチ丸っ!」


 敵の奔らせた槍は、ポチ丸の後ろ左足付け根から腹部に向けて真っ直ぐに貫いた。あ、ああっ、ポチ丸がああっ! いやああああ!

 クレアが『サカマタ・フェイカー』で生み出した剣を振り抜き、奴の左肘から先を消失させたけど、ポチ丸を救うには届かなかった。間に合わなかった。


 紅の血で自慢の白毛を染め、地に落ちていくポチ丸。その時、私は彼の表情を見てしまった。

口元から血を垂らしながらも、表情は、どこまでも不敵に笑って――その在り方は、どこまでも強く在った『海王』で。


「……ハッ、死ぬのはテメエだ、三下がっ――『フリスビー・バック』、くらいやがれっ」


 次の瞬間、ポチ丸の体を白い光が包み、その輝きはアスラエールへと吸い込まれていった。

 『フリスビー・バック』って、確かポチ丸が会得した新たなスキルで、効果は……まさか!


「ルリカ! ポチ丸のもとへ急ぐわ! 治療を!」

「は、はいっ! ですが、ポチ丸もあの槍の呪いを受けているのなら……」

「良いから急いで! あのスキルが発動しているなら、ポチ丸は治療できるはずよ!」


 ルリカを背に乗せて、私はポチ丸のもとへと跳ね飛んでいく。うおお! お腹の傷なんて構ってる場合じゃない! 私よりも、体の小さいポチ丸を早く治療しないと!

 慌ててルリカがポチ丸にヒーリングをかける。すると、私の傷とは違い、ポチ丸の傷がみるみるうちに回復していく。や、やっぱり!


「傷が治っていく……どうして?」


 その理由は唯一つ――ポチ丸が使用した新スキル『フリスビー・バック』の効果にある。

 新スキルの効果は『自身に付与されたバッドステータスを相手におしつける』というもの。このスキルによって、ポチ丸は『回復不可』の呪いを自分からアスラエールへとおしつけたのよ。

 敵の魔槍が呪いを発動させるためには、軽くない怪我を負わせる必要がある。だからこそ、ポチ丸は死なないギリギリの攻撃をワザと受け、スキルを発動させたんだ。一歩間違えば、死ぬかもしれないっていうのに。

 ……いいえ、ポチ丸はきっと死すら覚悟していたに違いないわ。『森王』に挑む彼の姿に、確かな『海王』が見えた。戦士としての覚悟、絶対に諦めない執念がポチ丸から感じさせられたもの。


「馬鹿ね……こんなに無理をして。ポメのくせに格好つけ過ぎよ」


 横たわるアホワンコに、私はそっと声をかける。ポチ丸は気を失って反応しないけど、彼の想いは受け止めたつもり。

 私は顔を上げ、宙へと浮く。正直、お腹から下の感覚はもうない。ヒレの痺れも隠せない。


「オル子様、まさか戦うつもりでは……無茶です。その傷では……」

「止めないで。ポチ丸が命を賭けてまでくれた好機――ここで戦えないなら、私は『海王』じゃないわ」


 だけど、もう戦わないなんて選択肢はありえない。許されない。

 私の体を青き輝き――『海王降臨』が包み込む。みんなのおかげで、休む時間は十分過ぎるほどに与えてもらった。奴を倒すための道も切り開いてもらった。


「馬鹿な……なぜ、どうして傷が回復しないの!? 俺の左腕はどうして再生しないの!? まさか、『骨毒槍』の呪いが俺に発動しているとでもいうの!? アディムの娘は失敗したというのに、どうして!?」


 私は視線の先で狼狽する『森王』を睨みつける。奴は自慢の回復力が発揮できず、困惑しっぱなしだった。

 ポチ丸が命を賭して発動させた『フリスビー・バック』は、奴に確かな呪いを贈り返していた。つまり、『森王』はもう無限の再生力を使うことができない。私は奴の前に出て対峙し、言い放つ。


「終わりよ、『森王』アスラエール。お前の再生の力は誇り高き『海王』が封じたわ――ここから先は地獄だと思いなさい。ポチ丸の痛み、主として私が代わりにきっちりとその身に刻んであげる」

「くっ……生きているのも不思議な死体のくせに! 回復を封じたからと調子に乗らないで! もうお遊びはなしよ! お前も他の連中も、すぐにこの手で殺してあげる! 俺にはこの『魔槍』と『森王君臨』による数多のスキルが――がっ!?」


 奴が言葉を言い終えるより早く、尻尾アタックが奴の鳩尾にめり込む。

 くの字にへし折れた奴に目がけて全力ヘッドバッド。大きく後方に吹き飛んだアスラエールを見下ろし、私は口の中に溢れる血を吐き出して言い切る。


「実はだいぶ頭に血が昇ってるのよね。生憎と大切な仲間が殺されかけた姿を見て、冷静でいられるほどお上品ではないの」

「あっ……があっ……」

「私やみんなを殺すですって? 笑わせる――死ぬのはお前よ、三下がッ!」


 お腹の痛みも忘れるくらい、頭も胸も熱くぶっちぎっておりまする。怪我なんかもう知るもんか。『森王』アスラエール、お前だけは絶対に許さんぞ!

 ポチ丸の怒り、みんなの怒り、そして動物愛護団体とポメラニアンを愛する会の怒りを思い知れ! 断固制裁!



 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こいつら揃いも揃ってカッコよすぎ。まじで惚れる。
2022/10/19 14:00 れもんぷりん
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ