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80.いくら涙を流しても、心だけは折れたりしないの

 



 水揚げされた魚の如く大地に転がる私と、それを愉快そうに見下ろす変態女装イケメンさん。アルエドルナどこいった。

 痛みを堪えながら睨みつける私に、正体不明の男は槍をくるっと一回転させながら愉しそうに語り掛けてくる。


「何、その顔。いきなり姿が変わっちゃったから驚いて言葉も出ないって感じ? ガンガン押せ押せだった状態から一気にひっくり返されちゃった気分はどう? ごめんなさいねえ、俺が出てきちゃって」

「……お前は、誰? 私たちが戦っていた『森王』はどこへ消えたのよ」

「あはは! 『森王』なら目の前にちゃんとこうして現れてるじゃない! 俺の名は『森王』アスラエール! これが俺の真の姿、そして本気の姿なのよ!」


 槍を舐めながら、アスラエールと名乗った男はククッと笑みを貰う。いやああ……駄目、無理、気持ち悪くて無理。なにこいつ、やばばばば。

 ドン引きする私に、アスラエールは槍を向けたまま視線を上げる。その視線の先には、私を救出せんと動こうとしたみんなの姿が。

 ぐぬう、怪我人である私を人質にするなんて、なんて卑劣な。


「少しは会話させなさいよ。心配しなくても、こいつは先に返してあげるから。それっ」

「おふっ!」


 なんて思っていると、『森王』の奴、私のどてっ腹を全力で蹴り上げてきやがりました。

 あまりの衝撃に、私はゴロゴロと転がってみんなのところへ。あうあう、お腹に穴があいてる怪我人になんて容赦のない……痛いよう痛いよう。


「オル子様! 今すぐ治療を!」


 横たわる私に、ルリカが慌てて治療に当たってくれた。すまぬ、すまぬ。

 私を守るように前に立つエルザやクレアたちに、アスラエールは構うことなくおしゃべりを続ける。会話というより、本当におしゃべりのノリなのよね……


「まず、あなたたちの戦っていた『森王』なんだけど、名前はなんだったっけ? 俺、気分によって『魂』を変えるから人間の女の名前なんて覚えてないのよ」

「アルエドルナは『森王』ではないの?」

「そうそう! アルエドルナ、確かそんな名前だったわね。綺麗な金髪と勝気な釣り目が綺麗でしょ? 俺のお気に入りの『魂』の一つなの」


 そう言いながら、アスラエールは顔を一瞬にしてアルエドルナへと変えてみせる。

 うわああ、顔だけ美少女というのはあまりに酷過ぎる。早く元に戻れ! 不快過ぎい!

 元の顔に戻ったアスラエールは、ニマニマと笑いながら説明を続ける。


「俺の能力の一つに魂を奪うというものがあってね。この力を『森王』の力と併用すれば、こんな風に他人の魂をこの身に宿すことができるのよ。と言っても、全身変えちゃうと、心までその魂の持ち主になっちゃうのが減点ね。さっきみたいに一部だけなら魂に引っ張られたりしないんだけど」

「つまり、アルエドルナとあなたは別人だということ?」


 エルザが会話に乗って問いかけている。

 多分、質問をしたりして会話を続かせることで私の回復時間を稼いでくれてるんだと思う。流石エルザ、頑張れえ。

 しかし、こいつ、なんかとんでもないこと言ってるような。アルエドルナ=アスラエールってことじゃないの? 他人の魂って、つまりアルエドルナは……


「当たり前じゃない。アルエドルナは俺の力を少しだけ貸し与えただけの無力な小娘よ。私のことを認識できないから、死霊使いの力を自分の物と勘違いして、自分が『六王』の一人だと思い込んじゃってる。本当に滑稽なお洋服で笑えるでしょう?」

「洋服、ですって……?」

「そうよ、あれは俺にとって着飾るためだけに存在するただのお洋服。飽きたらポイって捨てるだけの魂なのに、自分が『森王』だと信じて疑わない、疑えない。馬鹿な女よね、アディムが寵愛したのはこの俺だっていうのに。アハッ、アハハハッ!」


 その時、『森王』の素顔が明らかになる。

 綺麗に整ってるはずなのに、その顔はどこまでも醜悪極まりなく。

 心の醜さを曝け出した化け物が、耳障りな音を奏で続ける。


「本当に馬鹿な女! 本当は何の力もない人間の小娘だったのに、自分の力だと思い込んで、アディムに恋心を抱いて! 俺の行使するその力のせいで自分は惨殺されたっていうのに、笑いしか出てこないわよね! こんな滑稽な魂が俺の中には腐るほどストックされているのよ!」

「なんと下劣な……これが『六王』たる者の在り方なのか」


 どこまでも蔑むようなクレアの呟き。そこには嫌悪感すら感じられる。

 まあ、確かに今までなかったタイプよね。私たちがこれまで対峙してきた『六王』はどいつもこいつも真っ直ぐな連中だったけど、こいつはなかなかにひん曲がってる。

 となると、アルエドルナはこいつの被害者でもあった訳かあ。ぬう、挑発ばかりしないで優しい言葉でもかけてあげればよかったかしら。ごめんね縦ロール、実は悪い奴じゃない系悪役令嬢キャラだったのね、あなた。


 まあ、敵討ちって訳じゃないけれど、こいつはきっちり私たちが片づけておくからね。

 ウィッチの里もだけど、ミュラの命を狙う輩を生かしておくつもりなんてないし。みんな揃った以上、負ける気なんてサラサラないわ。一撃はもらっちゃったけど、ルリカがこうして治療してくれるしノーカンよ。


 でも、ルリカさん、ずっと治療してもらってるけど、お腹の痛み、一向に取れないんですけど。いつもだったらパパッと治療してくれるのに、どしたのかしら。

 チラリと視線をルリカに向けると、そこには困惑するような表情を浮かべたルリカが。え、え、ど、どしたの? もしかして医療ミス!? シャチは保険の適用外ですか!?

 不安がる私に、ルリカはポツリと恐ろしい事実を告げる。


「傷が……塞がりません」

「え……」

「先ほどからずっとヒーリングを重ねているのですが、傷が塞がらず、血が止まらないんです……どうして」


 な、なんですってー!? どおりでズキズキしっぱなしだと思ったら! いや、正直ズキズキとかレベル超えてるんだけども!

 動揺する私たちに、アスラエールは唇を釣り上げてネタ晴らしを始めた。


「ふふっ、気付いたようね。俺の『骨毒槍』は呪いのスキル。この槍を受ければ、対象は一定時間経過するか俺が死ぬまで回復効果が得られなくなるの。俺の意思では解除不可能、言うなれば、『回復不可状態』ってところかしら」


 何それ酷過ぎるでしょう?

 つまりあれですか、『森王』倒すまで、オル子さんのお腹の傷は塞がらないと。あの、私かなり重傷だと思うんですけど……血なんてドバドバでちゃってるんですけど……

 やばい。本気でしくじった。不用意にもらった一撃が、まさかこんなことになるなんて。

 戦闘力がないからと、一気に決めようとしたのが間違いだった。相手は『六王』、弱いはずがないって分かってたのに。

 ぐぬう、どうしよう……傷が治らないってことは、この状態で戦い続けると、動くだけで延々と血を失い続ける訳で。


「ルリカ、あなたはオル子の傍についていて。敵の呪いの効果が消えたとき、すぐにオル子の治療に当たれるように準備、そしてオル子の守りを」

「エルザ……」


 転がったまま見上げる私をぽんぽんと軽く撫で、なんでもないように言い切る。


「少しの間、横になって休んでなさい。私たちが奴の呪いを解除するまで、絶対に動かないこと。いいわね?」

「解除って……エルザ、まさか」

「『森王』がこの場から離れないということは、回復不能の効果には制約があるということよ。相手が逃げないのなら、やりようがあるわ。隙さえ作れば、こっちにはミュラがいるもの」


 エルザの視線の先には、偽オル子をペチペチと叩いて荒ぶるミュラの姿が。

 そ、そうよ。ミュラには奥の手とも言える奥義、スキル封印があるもんね。これさえ『森王』に決めてくれれば、私に付与されたスキル効果も消失し、敵の厄介な技も封じ込めることができるはず。

 ただ、ミュラのスキル封印はモーションも隙も大きいから、それこそ不意を打たなきゃいけない。

 私が動けるなら、前に出て足止めしている内にクレアの瞬間移動からのコンボができるんだけど……私が戦えない以上、必然的にクレアが前衛に出るしかない訳で。

 『森王』相手に、私とルリカなしだなんて……ううう、バカバカバカ! 私のバカ! 間抜け! 美少女! 世界一のモテ乙女!

 心の中で自分自身を全力で罵倒していると、そんな私の前に立ち、エルザたちが『森王』へと向き合う。そして、臨戦態勢を整え、言葉を紡いでいく。


「主殿が傷を負っている以上、早急に事を成す必要がある。出し惜しみはせんぞ。我らのすべて、ここにぶつける」

「別にオル子抜きで殺しちまっても構わねえんだろ? あのカマ野郎の姿では骨どもは打ち止めみてえだしな。強者と殺し合う、逆にやりやすいったらねえぜ。カハハッ!」

「きゅっきゅるー!」


 クレアが、ポチ丸が、ミュラが、ミリィが、そしてエルザが。私の傷を何とかするために森王へと向かって行く。

 みんなの背中を眺める私に、ルリカがそっと言葉をかけてくれた。


「共に戦いたい気持ちは痛いほど理解できますが、何卒堪えてください。ここで無理をして、オル子様を失うことなど許されません」

「うう、ルリカ……」

「皆を信じてください。呪いを解消し、傷が癒えたその時にオル子様の力は必要となります――すべては『森王』を倒すために」


 ルリカに説得され、私はヒレでペチペチと地面を叩いて我慢する。血が流れるから暴れないで下さいとルリカに厳しく窘められた。すみませぬ、すみませぬ……

 前に出たみんなに、『森王』は唇を釣り上げたまま挑発染みた声をかける。


「あらあらあら、まさか『六王』抜きで俺に挑むつもり? 王でもなんでもない魔物がこの俺と殺し合えるとでも? 悪いことは言わないから、アディムの娘と無様な『六王』を置いて逃げなさいな。俺も鬼じゃないから、三十分くらいは生かしてやっても――」


 言い終るより早く、銃声が周囲に響き渡る。

 何の音かなんて考えるまでもない。エルザの放った銃撃が、アスラエールの頬を掠めていた。

 頬から一筋の血を流す『森王』に、エルザは冷酷な声で言い放つ。


「――お前には無駄話すらさせるつもりはないわよ、『森王』。あの子を苦しませた罪、万死に値する――何も残さぬまま、ここに消えなさい」

「ふうん……気が変わったわ。人間以外をコレクションに加えるつもりはなかったんだけど、お前は別よ、ウィッチ――その魂、俺が永久の牢獄へと誘ってあげる」


 大きく後方に跳躍し、アスラエールは天へ向けて槍を掲げる。

 すると、周囲に散らばった骨の残骸や生き残っていた躯兵が光と化し、奴の体へと集っていく。

 そして、光が収まった瞬間、奴の体には骨で完成された鎧が纏われていた。

 頭蓋骨の兜、両肩をはじめ、幾重にも骨で重ねられた禍々しい鎧ドレス。死神とも思える装備を身に纏い、光の槍を手にアスラエールが嗤う。


「『死食世界デッド・テリトリー』の中で、俺の王としての力は最大限に発揮される……ふふっ、見せてあげるわ。真なる『森王』と王にのみ許された『森王君臨』の力を!」


 え、『森王君臨』てなんぞそれ! というか、『森王降臨』じゃないの!?

 それどころじゃないわ。ええい、ステータスチェック! 迂闊、姿が変わっている以上、アスラエールのステータスがアルエドルナと同じわけがないじゃない!




名前:『森王』アスラエール

レベル:13

種族:エビル・シャーマニスタ(進化条件 レベル20)

ステージ:8

体量値:A 魔量値:SS+ 力:B 速度:B

魔力:A 守備:D 魔抵:S+ 技量:A 運:A


総合ランク:S+




 ひいい! ランクがS+に上昇して、能力がバランス型になってるうう!

 守備の低さは相変わらずだけど、それ以外がかなりバランスよく高ランクになってる!

 そして名前の前にしっかりと『森王』の文字、つまりこいつは今、『森王君臨』とやらが発動してる状態で……どんな効果なの!? チートガード!? チートステータスアップ!? あうあう、全然分からない!


「先手を取らせるつもりはない――ポチ丸!」

『応よ!』


 アスラエールに向けて、クレアがオルトロス化したポチ丸に握って疾走する。

 今のところ『サカマタ・フェイカー』を発揮させる気配はなく、今まで通りシングルソードで戦うみたい。

 クレアの剣を正面から光の槍で受け、そこから始まる剣戟の嵐。あいつ、クレアの剣を正面から受け切ってる……アルエドルナの時は接近戦ダメダメだったのに、詐欺過ぎる。

 だけど、流石に接近戦闘はクレアに部があるようで、戦いは自然とクレアの攻勢に。いいわよクレア! そのままぶった切っちゃって!


「あらあら、流石はオーガ族、接近戦闘じゃ部が悪いかしら?」

「『回復不能の槍』、効果こそ恐ろしいが、その程度の腕では当たるものではない! はああ! 『剣舞『紅』』!」


 出た出た出たあ! クレアの必殺、怒涛の連続斬り!

 目にも止まらぬ早業で、敵は防御に精いっぱい! これなら敵もどうしようもないでしょう!

 体勢を崩したアスラエールの隙をクレアは見逃さない。低く体勢をかがませ、そこから跳ね上げるようにオルトロスを奔らせる。

 剣は見事に敵の左腕を切り飛ばすことに成功する。凄い! ステージ4になってクレア、更に剣の凄みが増してるう!


「凄い、凄いわクレア! ガンバ……痛い痛い痛い!」

「オル子様、興奮なさらないでください。傷に響きますので」


 そ、そうでした。私、お腹とんでもない大怪我したままなんでした……自重。

 でも、凄いわクレア。ミュラやエルザ、ミリィの援護無しで『森王』の片腕を切り飛ばすなんて。私を超えかねないステータスといい、まさか単独での『六王』超え、本当に成し遂げるんじゃないかしら。

 左腕を失った『森王』に剣を向けたまま、クレアは睨みつけて言葉を告げる。


「上手く逃れたようだが、次は決して外さん。その首を刎ねる」

「まあ、物騒ね。焦らないの。まだ遊びは始まったばかりでしょう?」

「な……」


 次の瞬間、アスラエールの鎧の骨が失われた左腕に集い、手の形を形成していく。

 そして、その骨を中心に肉が生まれ、一瞬にして元の左腕の形へと戻ってしまう。さ、再生!? あんな一瞬で!?

 左腕をくるくると回しながら、アスラエールはその力について語っていく。


「『冥界医師ドクトル・ナンバー・ゼロ』。他者の骨を利用して、体の損傷を瞬時に修復するスキルね。骨のストックが必要だし、小さな怪我だと反応しない、ちょっぴり面倒なスキルだけど、その効果は折り紙付きよ?」

「そう。だったら治療できないよう全てを消し去ってあげる。『サンダー・ブラスター』!」

「きゅるー!」


 後退するクレアと入れ替わるように、エルザとミリィが前に出て、雷と炎を解き放ったわ。

 その攻撃を、アスラエールは余裕を以って笑みを浮かべたまま、正面から受ける。爆煙のなかからほぼ無傷のアスラエールが。き、効いてないし!


「悪いけれど、魔法に対する防御には自信があるのよね。どれだけ魔力があるかは知らないけれど、俺を魔法で殺そうとしても無駄よ、ウィッチ」

「『山王』とは何から何まで逆のタイプ……面倒ね」


 そっか、こいつ魔抵の能力がS+じゃない! つまりエルザにとって天敵と言っても過言じゃないわ!

 つまり、こいつを倒すためには物理でガンガン攻めるしかない。くうう、まさに私にとって一番の戦場じゃない! 怪我なんてしなければああ!

 自己嫌悪のあまり、ガンガンと地面にヘッドバッドしていると、ルリカに本気で怒られた。ごめんなせい!


「つまり、貴様を殺すには我が剣にて心臓を貫くしかないということか。分かり易くて実にいい――『サカマタ・フェイカー』」


 で、でたあ! クレアの奥義、ダブルオルトロスモード!

 あの状態は下手すれば私すら上回るステータスだもん! さっきよりも格段にステータスの上がったクレアなら、間違いなく『森王』の心臓を止められるはず!

 さっきより格段に動きがよくなり、ラッシュをかけるクレアをアスラエールは止められない。

 数度の打ち合いを経て、クレアの剣が奴の胸を貫いた――はずなのに奴の槍がクレアへ向けて奔る。


「馬鹿なっ!? くっ!」


 『サカマタ・フェイカー』によって生み出した剣から手を放し、クレアは大きく後方へ跳躍して槍をギリギリで回避する。危な過ぎる、もう少しでクレアまで血が止まらない状態になるところだったわ。

 というか、あいつ、心臓に剣を突き刺したまま何事もないように動いているんだけど……なんで? もしかして心臓が五つくらいあるとかそういうオチなの? 臓器が左右逆でついてるとかなの?


「うふっ、うふふふっ! 心臓を貫かれてしなないからビックリしてるのね! そうよ、俺はその顔が見たかったの! だからわざとこうして貫かれてあげたのよ! どう、俺ってば演技上手いでしょう? 迫真の演技だったと思うわ」


 そう言いながら、胸に突き刺さった剣を抜き、アスラエールはクレアへ向けて放り投げる。

 その剣を片手でキャッチしながら、クレアは眉を顰めて問いかける。


「……確かに心臓をこの手で貫いたはずだ。貴様、まさか本当に不死だとでも言うつもりか」

「いえ、死んだわよ? ただし、消滅したのは俺の魂ではなく別の『人間の魂』だけれど、ね」


 そう言いながら、『森王』は胸をトントンと指で叩いて言い切る。

 えっと……つまりどういうことよ。まさか、こいつはアルエドルナをはじめとしたストックしている人間の魂を犠牲にして、死を回避できるとでもいうの?


「俺の持つ『森王君臨』、その力の効果は領域内における『スキル効果の合成』よ。人間の魂を溜め込める『貯魂箱ソウル・ストック』と代償を支払って傷を癒す『冥界医師ドクトル・ナンバー・ゼロ』……この二つを組み合わせることで、俺は不死の体を得たの」


 な……『森王君臨』の効果がスキルの合成って、そんな滅茶苦茶な効果なの!?

 つまり、私が使えば『ブリーチング・クラッシュ』と『冥府の宴』を複合させて、私と分身によるスーパーピチピチ飛び跳ねショーが……いや、今はそんなことどうでもよくて!

 つまり、こいつがその複合スキルとやらを使える限り、何度殺しても復活するってことじゃないの!

 な、なんて最悪! 『山王』が無敵スキルなのに対し、こいつは不死スキルだなんて……鬼過ぎる! 生きてるなら死なない努力をしなさいよ! 命は一つしかないって言葉を知らないの!

 

「ちなみに俺の所有する人間の魂の数は二千超。さて、俺を殺しきることはイシュトスにも不可能だったけれど、挑戦してみる? 俺を殺すことができるのは後にも先にもアディムだけだと思うけれど」


 む、無理よ。いくらなんでも、二千回もクレア一人で殺すなんて無理。そもそもそれ以前に、私が出血多量で先に死んじゃう……

 こうなったら、やはり私たちの取るべき手段はただ一つ。ミュラによるスキル封印に頼ることだけ。

 これさえ決まれば、私の出血も敵の復活スキルも止めることが出来て、一気に押し込めるんだけど……さっきからあいつ、ミュラからマークを全然外してくれないのよ!

 クレアと戦っていても、視線は常にちらちらとミュラをチェックしてる。だからミュラが動くに動けない。

 なんであいつ、あそこまでミュラを警戒してるのよ。いったいどうして……

 『森王』は相変わらずミュラに視線を送りながら、愉悦を漏らして言葉を紡ぐ。


「悪いけれど、俺はお前から警戒を外さないわよ。アディムの娘であるならば、彼のスキルを使えないとも限らないもの。たとえば彼が私を屈服させたスキル封印――『闇王威圧ダーク・プリズン』を、ね。もしくは先ほどみせた変身能力で俺に化け、『骨毒槍』で攻撃したりされては叶わないわ。たとえ何度殺されても、お前からは視線を逸らさない」


 う、うわあああ! ばれてる! ミュラがスキル封印持ってるって完全に疑ってた!

 モーションも隙も滅茶苦茶大きい以上、警戒されてる状態でミュラの必殺は使えない。加えて、ミュラが『森王』に成って回復不能状態に陥らせるという私の思考になかった手まで警戒してる。

 そして、アスラエールはミュラから警戒を外すつもりはないと宣言してるし……これじゃ完全にミュラを封殺されてしまったってことよね。不覚。


「ふふっ、お前たちの焦りが嫌というほど伝わってくるわよ。これだからこの戦い方が止められないのよ。俺が大技を用いず、じわじわと削る戦いを愛するのはゆっくりと絶望に沈む顔がみたいからに他ならないもの」


 槍を構え、アスラエールが不敵に笑う。

 ぐぐ、本当に性格が悪いと思うけれど、確かに理に適った戦い方だわ。

 敵に回復不能の効果を与え、自分は何度死んでも甦る。じわじわと嬲り殺し、相手の絶望を引き出させる、言うなれば心をへし折る戦い。


「そう言えば、アルエドルナが面白いことを言っていたわね? 『王』の戦いは部下を使って押し潰すだのなんだの……笑わせるわ。『王』の戦いとは、如何に弱者の心を根元から折るか、敵の嫌がることを全力で押し進めることにあるの。どんな手を使っても、敵に敗北を与え、絶望の闇に溺れさせてこその『王』よ」


 ど、どうしよう。予定していたミュラのスキルは使えない。いちかばちかで使っても一発限り、外したらそれで終わり。

 ダメージを与えるのはクレアの攻撃だけが頼りだけど、あと二千回以上殺さないとアスラエールは消滅しない。

 何より時間をかけすぎると、私が手遅れで死んじゃう。というか目が、目が何か霞んできたんですけど! これ血を流し過ぎなんじゃないの!? シャチの致死失血量ってどれくらいなの!?


「さあ、ここからは手加減しないわ。一人ずつ、この槍をその体に突き刺してあげましょう。一瞬で殺してなんてあげないわよ? 俺に逆らった罪を理解できるよう、苦痛と絶望に溢れた緩慢なお前たちに死を与えてあげる」


 さて……どうしよう。骨祭りの時より絶望が段違いにやばいんですけど。

 アスラエール君! いいえ、アスラエールちゃん! ここは引き分けってことで手を……打ってくれませんか、そうですか。

 あかーん! このままじゃ本気で全滅するうう! うおおお! 何か名案、名案は! ええい、『冥府の宴』かもん! 我が分身よ、何か良いアイディアを! あれ、出てきたの一匹だけ?


「私たちは君の分身だよ? 君程度の知能しかない我らに良い案など出てくると思うのかい? 君は実に頭オル子だな」

「ほむ、一理ありますにゃ。ところで他の分身は?」

「知識労働は嫌だと言ってみんな召喚拒否したよ。私はジャンケンに負けて仕方なくメッセンジャーさ。二度とこんなことで呼ばないでくれよ? 迷える君にこの言葉を送ろう――『運命とは、最もふさわしい場所へとあなたの魂を運ぶのだ』」


 そう言い残し、分身オル子さんは消えていきました。全く、役に立たないオル子たちだこと!

 やはり頼れるのはオリジナルだけ! 考えるのよ、私! この難局を乗り切るためのとびっきりの方法を! 考えろおおお!




 

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