79.予想外なんて格好悪いわ。どんな未来でも覚悟しなくちゃ
エルザのサンダー・ブラスターによって、お空の骨どもが蚊トンボのごとく堕ちる堕ちる。
スカル・ワイバーンにとって阿鼻叫喚の地獄となったお空を愛する娘とスイスイ泳いで『森王』のもとへ。
あれね、気分はまるでロボットアニメの戦闘風景。いつも思ってたんだけど、ああいうのって味方機撃ったりしないのかしら。エルザ、お願いだから私の背中に電撃を当てないでね!
私とミュラの接近に、アルエドルナは目を釣り上げて睨みつけてくる。
ぬう、怖い顔したってビビりませんぬ! みんな揃った今、負ける気なんて微塵もしないからね! 仲間と一緒に敵を狩る、それがシャチの必勝戦法よ!
「あらあらあら……随分と調子づいているみたいね。私の屍兵は無限、無尽蔵。あのウィッチがいくら処理しても、後から後から幾らでも湧き出てくるというのに。わずかばかり死への時間を先延ばししたに過ぎないわ。その時間稼ぎによって生まれた時間で何ができるというの」
「お前を殺すことができるわ。わずかばかりの時間というけれど、自ら戦おうとしない最弱の『六王』を圧殺するには十分過ぎる時間じゃない?」
「あらあらまあまあ――新参者が、つけあがるなっ!」
「ハッ、ようやくやる気になったみたいね――さあ、心ゆくまで殺し合おうじゃない!」
激怒した『森王』さんの掌から、私とミュラめがけて緑の光刃が放たれる。
ほむ、なかなかの数と速度だけど……温いわね! 速さだけならグラファンの魔弾スキルの方がよっぽど上よ! ひょひょいのひょいっと!
私とミュラがシューティングゲームのように回避するけれど、アルエドルナはお構いなしとばかりに光刃をばらまき続けてる。
ふむ、まるで弾幕ね。魔量値が飛びぬけてたし、屍兵と同じく物量で押し潰すつもりなんでしょうけれど……敵の数ではなく、攻撃の数で押されても怖くもなんともないのよ!
「『冥府の宴』――久々の出番よ! いきなさい、我が分身たち!」
「え、マジで?」
「この弾幕の中を行けと?」
「こんなの被弾確定じゃないですかー! ヤダー!」
「労働者の使い捨てに断固抗議するう!」
「シャチ権を守れー! デモクラシー!」
「労働基本法を順守しろー! ストライキよー!」
「ついでに彼氏も寄越せー! 基本的恋愛の尊重よー!」
「働かざる者、とは言うけれど、既に死人たる我らに食は必要ないものだよ。では、私たちは何を報酬として君の守護者として在るのだろう。世界に縛られ、戦いを強いられ、形の見えない何かに縋りつけられ……それでもなお、私たちは理由を求めて戦い続けるのだろうな」
「やっはろー! 分身のニューフェイス、コピーオル子ちゃん華麗に再登場ですぞ―! 愛され系ヒロインは滅びぬ! 何度でも甦るのですよ! ところで約束してた彼氏のコピーを私にくれる話はどこまで進んで……って、ぬおおお!? なんか敵の攻撃の嵐が吹き荒れてるんですけど!? 命短し恋せよ乙女!?」
よし、九回発動! いっけえー! 我が分身たち!
敵の攻撃を物ともせず、マイ分身たちは『森王』めがけて体当たり! シャチラッシュにアルエドルナは攻撃の手を止め、瞬間移動して数メートルほど後退。
むふー! 手を止めたわね! それこそが私の狙いよ! 分身に続いて、オル子さん華麗にとつげーき! ミュラ、ビーム攻撃の援護を頼むわよ!
再び攻撃を開始しようとしたアルエドルナだけど、そうはさせないわ。強襲する私に、表情を顰めて再び転移で回避。私の攻撃は空を切ったけれど、再び現れた場所を狙って偽オル子の眼からビーム発射!
「くっ、こいつらっ! ええい、くらいなさい、『亡霊恋憎――』ちょ、ちょっと!」
再び転移してきたところにヘッドバッド! 転移して逃げたところをミュラがドーン!
ふふ、敵は避けることに手いっぱいで反撃に移れないご様子。でしょうね!
大量の兵士を投入して、安全なところから眺めたり、大量の魔弾を放って弾幕を張ったりする戦闘スタイルから分かっていたわ。『森王』がこういう接近戦を苦手にしているってことがね!
もうね、近づかれたくないって雰囲気がバレバレなのよ。
魔量値だって無限じゃないのに、それを惜しみなく注ぎ続けて必死に魔弾をばら撒く姿なんて、近づかないでって言ってるようなもんだわ。
だったらこうして、ミュラと二人で休む間も与えさせずに攻撃を繰り返し続ければいいの。
シャチの狩りのように、しつこく追い回す! そして疲れ果ててミスしたところを頂くという訳よ。
「こ、このっ、『亡霊恋――』ぐうっ!」
私たちの猛攻に、『森王』は反撃を試みるも、どうしても回避が優先になってしまっている。
ここで彼女に戦闘技量があったなら、転移と反撃を並行してやれたんでしょうけれど……間違いない、この『森王』、直接戦闘の経験がほとんどないと見た!
自分の手を汚すことなく、数で押し潰す戦いばかりしているからなのか、ランクの近い相手と戦うことがなかったのかは知らないけど、とにかく戦い慣れてないことが見え見えだもん。
「う、ううっ、『亡霊――』うきゃあっ!」
ひたすら攻めて攻めて攻めまくる。スキルを使う暇すら与えない。これを続ければ、骨の再生スキルも使えないはず。
今の内にエルザたちが雑魚を全滅させれば、私たちに合流してみんなでこいつを狩ることができる……むふー! オル子さんってば頭脳派! あったまいー!
さあ、どうするの『森王』! このままジリジリと雑魚の数を消され、フルメンバーでボコボコにされるか、足を止めて私とミュラに串刺しにされるか! どうぞお好きな方で死になさい! さっきまでのお返しよ、ねちっこく倒してやる!
「ハッ! 偉そうなことを言ってた割には、逃げるだけしかできないみたいじゃない! 骨の守りがなければ、随分とお粗末なものね!」
「な、なんて野蛮なの!? スキルを使う訳でもなく、戦術も駆け引きもなく、ただひたすら追い込んで体当たりしてこっちのスキルの発動を潰すなんて、こんなの戦いでもなんでもないじゃない! まるで獣の狩りだわ! くううっ!」
ええ、これは狩りにございます! だって、これが一番効率いいんだもん。
ステータスが上がってしまうと、最終的に人は通常攻撃に回帰する、これぞRPGのお約束なのです。
しかし、一時はどうなることかと思ったけど、形勢逆転。楽に勝てそうで何よりだわ。
色んな厄介スキルを持ってるみたいだけど、そんなもの発動させてたまるもんですか。戦いが苦手と分かった以上、『森王降臨』含めて使われる前に潰すわ。
「くうう……って、嘘、きゃああ!」
私の体当たりを何度目かも分からない転移で避けたアルエドルナだけど、その転移先目がけてミュラが先んじてビームを放っていた。おおお! 先読みごいすー!
ビームが直撃し、動きの止まった隙を逃しませんぞ! シャチパワー全開! 突貫!
『森王』の頭上まで浮き上がり、そのままオーバーヘッドシャチ尻尾! アルエドルナを全力で大地へ向けて叩き付ける!
物凄い速度で地面へ落下してゆき、激しい爆音と砂埃を巻き上げて衝突。
ほむ、これで決着っぽいけど、オル子さんは最後まで油断しません! たとえ『山王』や『海王』以下の戦闘力しかなくても、息の根を止めるまで何が起こるか分からないものね!
これでトドメといきましょう! くらいなさい、必殺! 『ブリーチング・クラッシュ』――!
「今頃、オル子と『森王』が激突してるくらいかね。お前はどっちが勝つと睨んでるんだ?」
正面に座り、グラスを傾けながらカーゼルが主へと問いかける。
その問いに、主――イシュトスもまた酒の注がれたグラスを手にしながら口を開いた。
「さて、それは難しい質問ですね。『山王』を倒したオルコの実力は本物です。戦闘能力もそうですが、実に頭も切れる。魔王としての器を十分に備えている彼女は、並大抵の魔物相手では鎧袖一触でしょう」
「そこまで言い切りながら、オルコが勝つとは言わねえか」
「フフッ、分かっているでしょう? 彼女の強さは認めるところですが、それを踏まえてなお『森王』は厄介極まりありません。オルコが勝利することを望んではいますが、思い通りにすんなりいってくれるかどうか」
「まあ、そうだわな。何せ俺たち三人がかりでも殺せなかった化物だからな、『森王』は。お前の下で、今まで色んな戦いを経験してきたが……悪いがもう二度と『森王』と戦うのだけはごめんだな。命がいくつあっても足りやしねえ」
イシュトスの言葉に、カーゼルは肩を竦めておどけてみせる。
そんな彼に、『空王』はグラスを傾けながら、窓の外へ視線を向けて戦場を想う。
「亡霊兵団など『森王』にとって戯れに過ぎません。真なる恐ろしさは、その身を追い詰めた先に在る――さて、はたしてオルコに『狂王』たる『彼』を止められますかね」
鮮血。
周囲に紅き血が零れ落ちる。その血の主は他の誰でもなく、この私。
遅れてやってくる、腹部への激痛。
あまりの痛みに、意識がカットされそうなるのを、必死に歯を食いしばって堪える。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえたけど、頭がぐちゃぐちゃでそれどころじゃない。
地面に転がり、腹部から血を流しながら、私は自分の身に何が起きたのかを振り返る。
『森王』を上空で追い込み、ミュラと一緒に追い詰めていたはずだった。
尻尾を叩きつけ、大地へ墜落したアルエドルナに、トドメの一撃として『ブリーチング・クラッシュ』を発動させた。そこまでは覚えてる。
だけど、今、こうして大地に転がっているのは腹部を貫かれた私で。私の正面には、無傷のアルエドルナが立っていて。
……いいえ、ちょっと待って。私の目の前に立っているのが、アルエドルナ……?
おかしいわ。『森王』アルエドルナは、金髪縦ロールの少女だったじゃない。どこからどう見ても美少女だったのに――
「――調子に乗り過ぎよ、雑魚の分際で。あーあ、こんなに砂埃塗れになっちゃった。可愛くてお気に入りのドレスだったのに……はい有罪決定。お前たちはこの『俺』が直々に刻んであげる。アディムの娘ごと、愛を込めて、念入りに、たっぷりとね?」
――私の目の前に立つ、ブロンド短髪の美青年は、いったいどこの何方なの……?
緑の魔力光を固めて生み出した槍を手にした、百八十近くはありそうな垂れ目系泣きぼくろの金髪イケメン……あの、なんで体格のいいイケメンがフリフリドレス……
やべえ、大怪我してるあまり、恐ろしい幻覚が……オル子さん、女装系男子はいくら美形でも流石に守備範囲外ですぞ……げふっ……




