76.一人じゃ何もできないなんて、死んでも思われたくないの
湖の上から私たちを見下ろして悠然と微笑む『森王』アルエドルナと、睨み返す私。
くっ、互いに美少女王同士、夢の共演と洒落込みたいところだけど、オル子さんの後ろにはササラやエルザママがいる。加えて、まだ戦力としては厳しいミリィも。
火力エースエルザとサポートの鬼ルリカがいない状況、ただでさえ『六王』と戦うのに厳しいのに、三人を守りながら戦うというのは……な、なんとか隙を見てウィッチの里まで逃げ込まなきゃ!
とにかく、みんなを守るためにオル子さんは頑張って威嚇するよ! ふしゃー! く、クレアとミュラもいるし、いきなり殺されたりしないよね? ね?
「出会っていきなり殺し合いとは、実に魔物的じゃない。私を殺してハーディンやイシュトスと並び、魔王を目指すつもりかしら?」
「あらあら、とんでもない勘違いだわ。『魔選』なんて一瞬の輝きを求める、死にたがりのお馬鹿が好きに踊ってくれればいいわ」
「死にたがり?」
「そうでしょう? 『魔選』に勝ち抜いたところで、魔王に待っているのは終わりじゃない。魔物の中で最強の地位を得た連中が、誰一人として今を生きていないのはそういうことでしょう? 魔王になるというのは、自殺することと同義なのよ?」
ぬう……? それって逆じゃないの?
歴代の魔王が生きていないのは、魔王が死んでから、その度に『魔選』が行われているからでしょ? そりゃ生きてるわけないわよ。
「あれだけ強くて格好良くて最高だったアディムもあっさり死んじゃった。馬鹿よね、魔王や『聖地』なんて拘るからそうなるのよ。魔物らしく、力に溺れ、弱者を蹂躙し貪り、面白おかしく私と一緒に生きていればよかったのに……本当に馬鹿な人」
「前魔王アディム・クロイツ……部下を率いて人間の領地を攻め、敗北して死んだと聞いているけれど」
「あはっ! アディムや私たち『六王』が人間ごときに負けるわけないじゃない。彼の計画を妨害しようと動いた愚者が人間の中に紛れていたから、ぷちっと殺すために動いただけ」
あれ? 確かかなり前にエルザからそんな話聞いたような……人間に殺されたんじゃないんだ。
やだ、恥ずかし! ドヤ顔で語っちゃったじゃない! エルザ、嘘情報はいかんよ!
ぐぬぬと押し黙る私に、『森王』はクルクルヘアを指で弄りながら話を続けていく。
「そういう訳で、私は魔王になるつもりはないの。だから、本当なら同じ『六王』であるあなたと戦う理由はないんだけどー……そこの小娘とウィッチ族が絡むなら話は別よ?」
そう言いながら、アルエドルナはミュラとエルザママを見つめて嗤う。わあお、悪い顔! 美少女台無しですぞ!
しかし、私じゃなくてミュラとウィッチ族? 『魔選』に参加して、支配地目的で私を殺すというのではなくて? ぬう、これは予想外。なぜにミュラとウィッチの皆さんをご所望なのかしら。
私の横で偽オル子に乗り、いつでも戦闘可能なミュラに、アルエドルナは口元を隠して吐き捨てる。
「見れば見るほどにあの女の面影が残っているのね。忌々しいわ。側近でもない、力もないただの無力な存在のくせに、私のアディムを奪った女狐。死してなお、姿を変えて私を見下そうとする。不愉快極まりないわ」
「何? もしやお前、ミュラの母親にアディムを奪われたことを逆恨みしているのかしら?」
ぬう、失恋系女子としてその気持ちは分かるけれど、八つ当たりも甚だしくてよ! あとそういう恋愛の悲しい話は元人間だった頃の自分を思い出すから止めなさい!
くそうくそう、妹は男子にモテモテで告白されまくりだったのに、なぜ同じ姉妹である私は……泣かないよ! 泣かないもんね! オル子さんは強い子だからね!
というか、やっぱりミュラの実の母親は故人なのね。ミュラみたいな可愛い娘が地下牢になんて押し込められていたんだもの、薄々そうじゃないかと思っていたけれど。
私の挑発染みた言葉に、アルエドルナは表情から笑みを消し、底冷えするような視線をぶつけてくる。うわ、怖っ! 美少女のブチ切れって鬼怖いんですけど!
「何も知らない新参者が……まあいいわ。その娘を保護している以上、お前も殺すことは確定だもの。ハーディンとは違い、道具としてではなくアディムの子として生まれたその小娘を私は認めない。そして、アディムの下につくことを拒否したウィッチ族も許さない」
「あら、もしかしてアディム君にごめんなさいしたこと、まだ根に持っていたのかしら。彼には理解してもらえたのだけど」
首を小さく傾げるエルザママ。やだ、可愛い。まさしく天然系美女ですよ!
でも、アディムってばウィッチ族を配下に加えようとしたんだ。まあ、普通誘うわよね。
ラーヴァルの代から『魔選』の知識を蓄えこんで、『試練』なんて便利システム保有してるんだもん。そしてウィッチ族の優秀さはエルザ見れば一目瞭然。
多分、私みたいにラーヴァルからの使命を理由に拒否されたんでしょうね。
「アディムではなく、ラーヴァルに忠誠を立てて彼を拒否したというのが気に喰わないの。いつか必ず滅ぼしてやると思っていたけれど、お前たちは忌々しい結界に守られていたから手出しできなかったの」
「まるで過去形のように言うのね。里の守りは未だ健在よ? ウィッチの里は森の庇護にある……森が生きているかぎり、里での戦闘行為は不可能よ?」
「ふふっ、ウィッチって本当に馬鹿ね! いくら魔王が創った結界だろうと、数千年前の埃塗れの術式なのよ? そんなもの、この私にかかればどうにでもなるのよ――『浸食世界』」
アルエドルナが指をパチンと慣らした瞬間、とんでもない光景が私たちの視界に広がった。
青々としていたはずの森林が、一瞬にして毒々しい紫へと染まっていく。綺麗な湖もまるで毒沼のよう。な、何事!?
困惑する私たちに、アルエドルナは勝ち誇ったように笑って告げる。
「私の『浸食世界』は世界を私色に染めあげた死の世界。森全体を殺すことはできないけれど、限られた範囲に『死』を錯覚させるには十分よ。死を認識した森がお前たちの里を未だ守ってくれるかしら」
「まあ……オル子ちゃん、どうしましょう? 大変なことになっちゃったわ」
エルザママ! 可愛く訊ねられても、シャチ系女子のオル子さんには手も足も出ませんよ! ヒレと尻尾は出せるけども!
『浸食世界』って、アルエドルナのやつ、とんでもないスキルを使うのね。世界を侵食だなんて、絶対ヤバい系じゃない!
時を止めたり世界を創り変えたりする能力は最強、漫画で学んだ知識に間違いはないわ! こいつ、かなりやばいボスよ!
「大分時間はかかったけれど、これでウィッチどもを一掃できるわ。そして、幸運にも私の前には忌まわしい小娘の姿もある。あらあら、目障りだったものを二つも消せるだなんて、今日はなんて良い日なのかしら」
……アルエドルナの奴、完全にやる気だわ。私たちを逃すつもりなんて毛頭なさそう。
ウィッチの里の守りが消えたとはいえ、まだ攻められた訳じゃないわ。エルザの大切な故郷だもん、攻め入らせる訳にはいかないわ。
とにかく、まずは何とかエルザとルリカをこっちに連れてきて合流しないと。そして、非戦闘員であるササラとエルザママの避難誘導も。『森王』相手だと、ミリィもちょっと厳しいかな。
私はちらりと視線をみんなに向けて考える……ミュラが適任かな。
「みんな、よく聞いて。相手は『六王』、並の相手じゃないわ。ササラやエルザママを守りながら戦うのは難しいと思うの。だから、ミュラ、あなたは二人とミリィを偽オル子に乗せて里まで一度後退して。そして、エルザとルリカをこっちに呼んで頂戴」
私の言葉に、ミュラはこくんと頷いた。良い子ね。ミリィも『きゅっきゅ』と良い返事。
「私と主殿、そしてポチ丸で『森王』を足止めするのですね」
『足止めなんてつまんねえこと言わず、いっそぶち殺してしまおうじゃねえか。カハハッ!』
「ううむ、この無駄に自信に満ち溢れたポメラニアンよ。だけど、今は実に頼もしいわね」
「お、おい、オル子、大丈夫なのか? あいつ、やばいくらい強いんだろ? それをお前たちだけで足止めなんて……」
ササラが心配そうな表情で見つめてくる。心配してくれるのね、本当に優しい子。
私はヒレでササラの頭を撫で、にかっと笑う。少しでもササラが安心できるように。
「大丈夫よ。オル子さんは無敵で最強の令嬢ヒロインだもの! 『森王』だか何だか知らないけど、私の自慢のヒレビンタで一撃よっ」
「意味わかんねえよ……とにかく、無理だけはすんなよ。絶対にだからな」
「しないわよう! 私は無理と予習復習はしない主義なの!」
安心してくれたのか、ササラは頷いてミュラの偽オル子へと騎乗した。うむ、ミュラもミリィもササラもみんな良い子!
その後ろに乗ったエルザママに、ぺこりんちょと頭を下げてお願い。
「それじゃ、里までの案内お願いね、エルザママ。あの意味不明女は私たちが何とかするからね!」
「ごめんなさいね、オル子ちゃん。本来なら、ウィッチの里はあなたの支配地じゃないから、放置しておくべきことなのに……」
「何を言うのママン! 大切なエルザの故郷ということは、すなわち私たちの故郷と同義だわ! ババーンと守ってあげるから、安心して避難してね!」
「ありがとう……エルザは本当に素敵な人と出会えたのね」
そう言って私の頭をそっとの撫でてくれた。おほー! くすぐったくてよママン!
よし、みんなに元気をもらってやる気爆発よ。今の私なら、『森王』だろうと学校一のイケメンだろうと敵ではないわ!
私とクレアは前に出て、アルエドルナと対峙する。さーて、ここからはワル子さんモード全開よ!
「随分といい気になっているようだけど、ありえない未来に酔うのは楽しいかしら?」
「なんですって?」
「お前が浸っているのは、私に勝利した後の世界でしょう? 笑わせるわ。そんな未来、どこにも存在しないんだよ――たとえどれだけ幾重に可能性の世界が存在しようとも、その全てにおいてお前はここで私に殺される運命なのだから」
うおおお! 睨んでる睨んでる! 睨んでらっしゃいますよ、金髪ロールライバルキャラがヒロインを虐めんと睨んでます! ヒロインのオル子さんに嫉妬していらっしゃる!
今のうちに識眼ホッピングで敵のステータスチェックよ! 『六王』相手に絶望するとは分かっていても、チェックはしなければ! ほあたあ!
名前:アルエドルナ
レベル:13
種族:エビル・シャーマニスタ(進化条件 レベル20)
ステージ:8
体量値:C 魔量値:SS+ 力:D 速度:D
魔力:S 守備:D 魔抵:S 技量:A 運:A
総合ランク:S-
……あれ? これ能力低くない?
いや、確かに総合ランクがS-だから決して低くはないんだけど、DやらCがちらほらと……SSも魔量値だけ。アヴェルトハイゼンやイシュトスの鬼畜ステータスに比べたら、遥かに低い気がする。
これ、もしかしなくても勝てる系じゃない? 体量値も守備も速度も低レベル、敵が打たれ弱いのは明らか。
速度がないから、ひらひら避けてくるとも思えないし……オル子さんヘッドバッドを一発ぶちかませば一撃KO狙えちゃう?
う、うおおおお! 俄然気合入ってきたああ! アヴェルトハイゼンと殺し合った時の絶望を考えれば、天国ですよ天国!
魔力Sの一撃はきつそうだけど、耐えて一撃返せば勝てる筈! ましてこっちには進化済みのクレアとポチ丸がいるのよ! 楽勝だわ!
先ほどとは打って変わって、余裕に満ち溢れた私はふふんと笑って『森王』を再度挑発。
「さあ、殺し合いましょうか? 互いの存在が気に喰わない以上、殺し合うしかないものね。どんな理由があろうとも私の道を邪魔する輩は潰す、それだけよ。かかってきなさいな」
尻尾を振り振り、ヒレをぺにょぺにょ。むふー! これは苛立たしいでしょう!
さあ、かかってきなさい! カモンカモン! 襲ってきたが最後、返す刀のシャチプレスでぶっ潰してくれるわ!
ウキウキの私に、アルエドルナはやんわりと微笑み、私の挑発を一蹴した。
「ふふっ、お馬鹿さんね。どうして私が野蛮なあなたと殺し合わなくてはならないの?」
「……何?」
「合点がいったわ。あなたはそうやって直接戦い、他の王を倒して名を得たのね。あはは! 馬鹿な連中だわ! 何も考えずに力でねじ伏せようとするから、新参者の魔物に足元をすくわれるのよ! 殺されて当然だわ! そんな馬鹿ども、『魔選』に参加する資格すらないもの!」
『んだと……?』
言われてます、言われてますよポチ丸さん! 馬鹿にされまくりですよ!
ケラケラと笑いながら、アルエドルナは言葉を続けていく。
「私たちは支配地を抱え、魔物の上に立つ魔物なのよ? それなのにどうして直接手を下す必要があるのかしら。私たちはタクトを振るい、駒を動かし続けるだけで勝利できるというのに――『死骸召喚』」
アルエドルナがパチンと指を鳴らすと、空に地面に、無数の黒い大穴が生まれていく。うおおお!? な、なんぞこれ!?
そして、その中から次々とこんにちはしてくるのは、骸骨、骸骨、見事なまでに骸骨の嵐。骸骨剣士に骸骨魔法使い、空には骸骨飛竜とそれに乗った槍騎士。
な、なんというアンデッド集団! しかもこれ、数が半端ないんですけど!? 次々と量産されていく敵の数は十や二十じゃきかないわよ!? しかもどんどん増え続けてる……さ、際限とかないわけ!?
無数の亡霊軍団を従えながら、アルエドルナは勝ち誇った笑みを浮かべて言い切った。
「個で個を潰そうとするから、ジーギグラエもアヴェルトハイゼンも敗北などという無様な死を迎えることになるの。『魔選』における戦いにおいて、勝敗を左右するのは『個』の強さではなく、『群』で敵を押し潰すことのできる『組織力』よ。それはハーディンもイシュトスも軍勢を以って証明しているでしょう?」
「主殿、迎え撃ちます!」
「ふふ、せいぜい私のお人形たち相手に必死に踊って頂戴な――無限に湧き出る死霊兵に押し潰され、その自信に満ち溢れた強者の顔が崩れ落ち、絶望に染まる瞬間……うふふ、実に楽しみだわ」
ぬわあああ! 百以上の骸骨の軍勢ががっちゃがっちゃと音を鳴らして近づいてくるうう! しかもまだガンガン増え続けてるうううう! 空にもうじゃうじゃいるううう! この光景、本気で気持ち悪いんですけど! 怖いんですけど!
エルザさん、エルザさーん! いつもの全体破壊魔法ぶっぱお願いしますううう! うわあああん! エルザ、お願いだから早く来ておくれええええええ!




