73.輝いてるわよ。吹っ切れたあなたの笑顔、素敵ね
イシュトスたちが帰ったので、改めてみんなで話し合い。
内容はもちろん、イケメン軍団との会議について。私は床に転がってミュラとラブラブスキンシップ中ですよ! ミュラも私のお腹をぺちぺち叩いてご満悦ね!
「さて、色々あり過ぎる話し合いだったけれど、一つずつ整理していきましょうか」
進行役としてエルザがそう告げ、みんなはこくりと頷いた。
こういう役もこなせるからエルザってば大好き。パチパチとヒレで拍手!
「まず、イシュトスとの話し合いの結果、オル子とイシュトスの間に不戦協定が結ばれたわ。ハーディンが倒れるまでの間、互いに手出しはせず不干渉を貫くというものだけど」
「うみゅ、これでイシュトスの奴と戦わなくて済むわね! 魔物界でナンバーツーの化物軍団と戦うなんて絶対に嫌だったもんね! ワタナベに船とはこういうことよ!」
「その協定だけど、あまり意味はないと考えてもらって構わないわ」
「マジで!?」
なんで!? 約束したじゃない! 絶対守りましょうねってイシュトスと決めたじゃない!
驚く私に、エルザは溜息をつきながら理由を説明してくれたわ。
「当たり前でしょう。反故にしたところで、代償も何も払う必要のない協定に何の意味があるというの。私たちを呑み込む好機とみれば、イシュトスは容赦なく配下を動かすわよ」
「ぐぬう……だったらイシュトスはどうしてそんな同盟を持ち掛けてきたの?」
「あなたがハーディンとつながることを恐れたからよ。イシュトスにとって一番困るのは、オル子とハーディンが手を組み、挟撃をしかけることだもの。いくら『空王』とはいえ、『小魔王』に『地王』・『窟王』、そして『海王』、『山王』を同時に相手取れない。だから、形だけでも私たちと結びついたのでしょう」
ほええ、な、なるほど。そんな裏があったんだ。
イシュトスの話すままに言葉の意味を受け取ってたわ。流石はオル子さんの親友にしてオルカナティアの頭脳ね!
「でも、イシュトスもお馬鹿ね。私がハーディンと結びつくなんて絶対にありえないのに。私のミュラをいじめた奴は誰であろうと許さぬのだ! イシュトスなんかより今すぐにでもハーディンをボッコボコにしてやりたいわ! オルコさん怒りのヒレビンタ、ヒレビンタ!」
「特別な魔物ではあると思っていたけれど、まさかミュラが前魔王アディムの娘でハーディンの妹だったとはね。リナの奴、これも知っていて隠していたわね……」
「違うもん! ミュラはアディムなんかじゃなくて私の娘なんだもん! そうよね、ミュラ!」
ミュラは力強く私の頭をぺちぺちと叩いて肯定してくれた。
ほらみなさい! ミュラだってハーディンたちなんかより私の方が大好きって言ってくれてるもん! むふー! お母さん感激!
私たちの愛の光景に、エルザは小さく笑ってくれる。
「そうね。ミュラがあなたに懐いているのだもの、今までと何も変わらないわ。オル子が『聖地』を抱えている以上、ハーディンから追われるのは確定事項。ミュラを狙われるのも、『聖地』を狙われるのも同じことよ。ミュラ、あなたはオル子と一緒がいいのね? たとえハーディンと戦うことになったとしても」
エルザの問いかけに、ミュラは力強く頷く。わはーい! 私も一緒がいいわよ、ミュラ!
地下牢などに可愛いミュラを閉じ込めていた以上、ハーディンのアホどもに保護者としての資格などないわ! 私がお母さんなのです!
ミュラには貴族令嬢として華々しい人生を歩んでもらうのよ! カエルの子はカエル、貴族令嬢の娘は当然貴族令嬢ですのよ! おほほほほ!
尻尾をミリィにガジガジされながら、乙女式高笑いをしていると、ルリカが疑問をなげかけてくる。
「お聞きした話では、イシュトスもミュラ様を狙っているのですよね? ミュラ様と引き換えならば、オル子様を魔王とし、支配地を全て差し出して配下になっても良いと」
「試したのでしょう。『聖地』の『扉』のこと、そしてミュラが『鍵』であることを私たちが把握しているかどうかをね。もし知らないようであれば、ミュラだけしっかり回収し、機を伺ってオル子を裏切っていたでしょうね」
「んまっ、なんてズルい男なのかしら! でも、支配地を全部渡した後だと、配下である魔物の大軍に命令もできなくなるのよね? それってかなりリスキーじゃない?」
イシュトスが抱え込んでる支配地の数は98。
そこにいる魔物が離れちゃうんだから、どうしようもなかったと思うけど。
そんな風に考えていた私に口をはさんだのはポチ丸だった。今は戦闘中じゃないから剣霊じゃなくて実体化してるわ。
「イシュトスの野郎が交渉の場で手札を全部見せるかよ。あいつの支配地は98だったか、それを全部オル子に渡したところで問題ねえよ」
「ほむ? なんで?」
「あいつは自分ではなく、配下に支配地を分散させてやがるからな。忘れたか? 俺が『グラファン』だった頃、海王城の支配者はイシュトスじゃなかっただろう?」
「あ、そっか。グラファンはイシュトスの配下だったけど、支配者はグラファンのままだったもんね」
「奴は各地に配下を送って支配地を広げてるからな。200近い支配地を持ち、『地王』『窟王』なんていう化け物を配下に揃えたハーディン軍に、支配地が半分以下のイシュトスが対抗できる理由なんざそれしか考えられねえ。オル子に98の支配地を譲渡しても、あいつにはまだまだ見えない支配地が幾らでもあんだよ」
な、なるほど。だからポチ丸は交渉の際、必死に私を止めてくれていたのね。
元主のイシュトスではなく、私のことを考えて行動に起こしてくれたポチ丸。やだ、なんだかちょっと嬉しいじゃない。飼ったばかりの子犬が懐いてくれたような。
「会議のとき、それを必死に伝えようとしてくれてたのね。ありがとね、ポチ丸!」
「別に構わねえよ。今の俺は『グラファン』じゃなくて『ポチ丸』だからな、仕える主の為に動くのは当たり前だろ」
「んまっ、なんて忠犬。頑張ったポチ丸の為に、次に天使さんに会ったら女の子のポメラニアン下さいってお願いしてあげるからね! 彼女ゲットで子だくさんよ! チビポメ祭り!」
「要らねえよ!」
全力で拒否されました。
ぬう、奥さんに似て目つきが可愛いポメがいっぱいみられると思ったのに。
「ポチ丸の言う通り、イシュトスの支配地は額面通りに受け止めない方がいいでしょうね。ハーディンに押されているなんて言っていたけれど、それも眉唾物だわ」
「勝てない喧嘩を売るほどイシュトスはバカじゃねえ。あいつがハーディンから離れ、軍団を築いた以上、勝算があるってことだわな」
ううん、聞けば聞くほどイシュトスって腹黒いわね。あいつの話、こうやってみんなでああだこうだ言いあわないと何が真実なのかもわからないじゃない。
まあ、ラヴェル・ウイングの話を聞く限り、無茶苦茶な奴だってのは分かり切ってたことだもんね。
いくらイケメンでも面倒な奴は要らないよ! オル子さん的にはスカッとしたアヴェルトハイゼンの方がまだ好みに近いかな! 普段はクール、だけどいざって時に私の為に熱くなってくれるイケメンはよ!
「ただ、ミュラがハーディンの手に渡ることは本気で嫌でしょうから、刺客の処理はやってくれるでしょうね。ハーディンよりもオル子のもとにいたほうが、後々奪いやすいと判断するでしょうし」
そう言いながら、エルザは視線を麻袋へと向ける。
……うん、まあ、生首ですよ? さっきみんなで中を確認したら、これでもかってくらいオーガ族の首が入っていましたよ。
オーガ族の強さは、クレアがいるからこれでもかと理解してる。そんなオーガ族をあの『白騎士』グルガンは倒してのけたのよね。流石『空王』、配下も化物揃いだわ。
そして、私たちの視線は自然とクレアへと集まってしまう。クレア、難しい顔をしたままずっと口を開いてない。やっぱり同族が殺されたことに傷ついてるのかな。
ぴょんこぴょんことクレアに近寄り、私は励ますように言葉を伝える。
「クレア、元気出して? 同じオーガ族が殺されてショックかもしれないけど、クレアにはオル子さんがいるよ? 私だけじゃなくてミュラもミリィも一緒よ?」
「主殿……」
私の頭の上に乗っているミュラとミリィが、クレアを元気づけるように彼女の膝の上に移動していく。
そんな二人に、クレアは小さく微笑み、頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「……初めて『白騎士』に会ったとき、無意識のうちに剣を抜こうとする自分がいました。殺さなければならないと、自分の中の誰かが必死に訴えてきたのです。奴だけは、絶対にこの手で斬り殺さなければならない、と。私は『白騎士』と面識などないはずなのに」
「クレア……」
「イシュトスは言っていました。主殿を殺し、ミュラを奪い返すためにオーガ族の刺客をハーディンが差し向けていると。私が『白騎士』を憎悪してしまうこと、主殿に拾ってもらったときに傷だらけだった理由……ここまでくれば、最早明らかです。私は――主殿を殺すために差し向けられた刺客の一人だったのですね」
クレアの言葉を、私たちは誰も否定できない。
彼女の言う通り、クレアが刺客であれば全てが一本につながるんだもんね。
でもでも、大事なのはそんなところじゃないよ! 私がクレアに想いをぶつけようとしたとき、それより早くエルザが口を開いた。
「そうね。あなたはオル子を殺すために向けられた刺客なのかもしれない――だから何?」
「エルザ……」
「過去はどうあれ、あなたはオル子に仕え、この子のために生き、死ぬと誓ったのでしょう? ならば過去の自分の一切を否定し、未来だけを考えなさい。オル子のために殉ずること、それが私とルリカ、そしてあなたの役割ではなかったかしら」
クレアを見つめ、きっぱりと言い切るエルザ。その瞳はどこまでも真っ直ぐで。
そんなエルザに、クレアは笑みを浮かべる。それは儚げなものではなく、力を取り戻したいつもの魅力的なクレア。
「……ああ、その通りだ。エルザの言う通り、迷う必要などなかったのだ。私は主殿に命を救われ、こんなにも素晴らしい今を生きている。私に全てを与えてくれた主殿を敬愛し、主殿のために命を捧げる――お前たちと共に交わした誓いは今もなおこの胸にある」
「え、そんな誓い交わしたの!? オル子さん何も聞いてないよ!? 仲間外れとか嫌なんですけど!」
「ええ、その通りですクレア。過去に囚われることなく、今を歩いていきましょう。この身、この命の全ては愛するオル子様のために」
「ぬおー! オル子さんも仲間に入れてくりゃれ! 四人で桃園の誓いをするんですよ! 我ら美人四姉妹、生まれた日は違えども、結婚すべき日は同じと願わんっ!」
分かり合ってる三人に必死に混じろうとする私。
ぐぬう、三人が私たちの寝た後に集まったりしてるのは知ってたけど、そんな誓いなんて交わしていたなんて! 仲間はずれはいかんですよ!
すっきりした顔になったクレアは、私に向き直り、口を開く。
「主殿、私の想いは変わりません。たとえかつてこの身がハーディンの配下であったとしても、この命は主殿のために――こんな私ですが、これからも傍に置いて頂けますか?」
「もちろんよ! クレアが嫌だって言っても離さないもん! これからもずっとずっと一緒だからね!」
ミュラが元魔王の娘だろうと、クレアがハーディンの配下だろうとそんな些末なことは問わぬ厭わぬ構わぬわ!
大切なことはただ一つ! このオル子さんと一緒に今を生きてくれればそれでよかろうなのよ!
クレアの足に擦りついていると、エルザが纏めるように言葉を紡ぐ。
「これからのことをまとめるわ。予定通り、しばらくの間、このウィッチの里に滞在して過去の『魔選』に関する情報を集めること。ここまで巻き込まれた以上、オル子にとって『魔選』はもはや無関係ではいられない。少しでも勝率を上げるために、情報を吸い上げるわ。父さんとルリカには作業を手伝ってもらうわよ」
「娘の頼みだからね。頑張らせてもらうよ」
「ええ、心得ました」
うむうむ、今回受けた『試練』みたいに『魔選』を有利に進めるための、言うなればラーヴァルの遺産が眠っているかもしれないもんね。情報は武器というもの。
「よーし、オル子さんも張り切って手伝うよ! 学校の図書館の本を涎塗れにして弁償させられた、この私の本気パワーを発揮する日がきてしまったようね!」
「あなたは手伝わなくていいわ。調べ物が終わるまで、ウィッチの村で適当に過ごしてなさい」
「やる前から戦力外通告!? 酷いわ酷いわ! オル子さんも何か手伝いたいよう!」
珍しく人が労働意欲に燃えてるというのに、なんてつれない言葉なのかしら。
ミュラやミリィと一緒に床を転げまわっていると、クレアが私に話しかけてきた。
「主殿、もしよろしければ、私に付き合って頂きたいのですが」
「ほむ? いいよいいよ、なんでも付き合っちゃうわよ! ショッピングでもスイーツ食べ歩きでも何でもやっちゃうわよ! 今の私の気分的にはシュークリームかな!」
「ありがとうございます。エルザたちが調べ物をやってくれている間にレベルを上げ、私も『オルカ化』を果たしたいのです」
おお、そう言えばクレアはレベルが19なんだっけ。
『山王』討伐からちょこちょこ魔物と戦っていたから、もしかしたらレベルアップは目前かもしれないのよね。
「『オルカ化』により、私の総合ランクが上がれば必然的に剣化できる魔物の上限も上がります。そうすれば、ポチ丸の『オルカ化』も同時に達成でき、より主殿の力になれるかと」
「そうね……確かにあなたとポチ丸の進化は済ましておいた方がいいかもしれないわ。イシュトスにハーディン、オルカナティア近隣とは違って、この場所では何が起きても不思議ではないものね。上手くいけば、ミリィの進化も狙えるかもしれないし」
「そうね。分かったわ、クレア! それじゃ、調べ物は二人に任せて、私たちはレベル上げ作業といきましょう!」
「はい!」
私の宣言に、クレアは元気よく返事してくれた。
もうクレアの表情に暗い陰はなくなったみたいね。うむ、やっぱり美少女には笑顔が一番よ!
みんなが調べ物を頑張ってくれてる間に、クレアもポチ丸もまとめて進化させてくれるわー! ミリィもいけたらいいなー!
「エルザ、レベル上げは構わないのですが、あなたがここに残ってしまっては幻惑によって隠されたウィッチの里にオル子様たちが戻れないのでは?」
「そこに暇そうなウィッチがいるじゃないの。母さん、オル子と一緒にいるだけでいいから森の案内をお願い」
「ええ、任せて。よろしくね、オル子ちゃん」
おおう、まさかのエルザママ案内役。エルザママは沢山甘えさせてくれるから大好きよ!
これでいつでも里に戻れるし、頑張ってレベルをバリバリあげるわよー! オル子さんは今、珍しく燃えに燃えているのです! 矢でも鉄砲でも王でもかかってらっしゃい!




