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71.何があろうと譲れない、大切なものがあるのよ

 



 ウィッチの里に現れた『空王』イシュトスさん。

 彼の要件は私へのデートのお誘いではなく、『魔選』を勝ち抜くための同盟へのお誘いだったそうです。

 呆然とする私に、イシュトスは笑顔を向けたまま言葉を続けていく。


「驚いているようですね。私の提案が意外でしたか?」


 意外っていうか、失望? 親から誕生日プレゼントをもらってワクワクしてラッピングほどいてみたら、辞典の山だったみたいな。私の希望したゲーム機はどこ?

 ちなみに辞書は全部妹に押し付けました。オル子さんはあんな固い枕なんて要らないよ!

 そんな私の気持ちを知らず、イシュトスは『支配地勢力図』を展開し、宙に地図を浮かせる。


「ご存知の通り、現在この東の地は『魔選』の激戦区となっています。そのなかでも前魔王アディムの息子であるハーディン率いる軍勢が頭一つ抜きんでて、次々と支配地を広げているのが現状です」


 トントンと大陸東端の黒い部分を指さすイシュトス。ほむほむ、それは知ってるよ。エルザにいっぱい聞かされたもんね。

 ハーディンとイシュトスを中心として、強い魔物があっちこっちで領地拡大戦争してるんでしょ?

 エルザやリナの話だとイシュトスが上手く立ち回ってハーディン軍を抑えているって感じだったけど、同盟の提案をしてくるあたり、どうも旗色がよくないのかな?


「私たちも彼の進軍を阻止しようと手を打ってはいますが、敵も精強。ハーディンの配下に『地王』と『窟王』が揃っていて、彼らに統率された軍は手強く、私たちは拮抗状態を保つのがやっとというのが正直なところですね。このままでは『魔選』により選ばれる魔王はハーディンのものとなってしまうでしょう」

「ふうん。それで?」

「そこであなたの力を借りたいのです。『海王』グラファン、そして『山王』アヴェルトハイゼンを倒すほどのオルコと『空王』である私が組めば、ハーディンの軍勢など一気に押し返すことができるでしょう」


 んー。なるほどね。言いたいことは分かったわ。ハーディン軍に押されてるから、『海王』『山王』を倒して上昇ムードの私たちの力を借りたいと。

 私は一つ息を吐き出し――そして嗤う。

ほほほ、今こそ悪女を演じるとき! 私の純情を踏み躙った罪を悔いるがいい! ワル子パワー全開!


「馬鹿らしいわね。真面目に話を聞いて損したわ。私の貴重な時間を無為に潰すことがお前の望みかい、『空王』? それならば見事な手腕だと褒めてあげるけれど」

「お気に召しませんか?」

「召さないわね。私がお前と手を組んで、ハーディンを倒すことで何の得があるのかしら? 私にとってはね、この東の地で誰が生き残ろうと構わないの。ハーディンだろうとイシュトスだろうと、せいぜい好きなだけ殺し合い、潰し合ってくれればいいと思っているのよ?」


 強いのが二匹残るより、ぶつかりあって一匹になってくれたほうがいいじゃない!

 それに、もっと言うなら、消耗戦になって混戦になればなるほどありがたいわ。その戦いが十年でも百年でも続いてくれればなおよし! だって私、魔王になる気ゼロですもん!

 強い連中がグダグダな戦いを延々続けてくれてる間に、何とかして人化の方法を見つける。そして、人になって素敵な旦那様をゲットする、これぞ我が夢我が野望!


「分かる? お前はハーディンに苦戦して私に手を貸してもらいたい、だけど私はお前の力を必要としていない。この関係は『同盟』などと言えるのかしら? 他者を頼りたいなら、まずは利益を提示しなさいな。私がお前に手を貸してやることで、その見返りは何だ?」

「なるほど、確かにその通りです。ではまずは、利益を提示しましょうか。ハーディンを共に討って頂けるなら、あなたに『魔王』の座を譲りましょう」

「――なんですって?」


 イシュトスの言葉に、エルザが眉を顰める。

 うぬ、これには私もちょっと驚いたかも。イシュトスって魔王になるために『魔選』を頑張ってるのよね? それなのに、魔王の座を譲るってどういうこと?


「あなたが『山王』アヴェルトハイゼンを倒してくれた今、『魔選』における難敵はハーディンのみ。そのハーディンさえ消すことができれば、『魔選』はほぼ勝負がついたことになります。全てが終わった時、私はあなたの配下となり、魔王の座を諦めることを約束しましょう」

「……分からないわね。あなた、魔王になりたくてハーディンに離反したのではないの? 一大勢力を築き上げ、ハーディン軍と正面からぶつかるほどの軍勢を有しながら私に降るなんて冗談にしか思えないのだけど」

「何を一とするのか、その違いですよ。彼のもとでは私の野望は果たせないから反旗を翻した、それだけです。まあ、彼が主ではつまらないから下につきたくなかったというのもありますけれどね。アディムは面白い魔王でしたが、その息子はどうやら彼に似なかったようですので」


 うわ、なんかリナみたいなこと言ってる。

 リナといい、アヴェルトハイゼンといい、イシュトスといい、ハーディンのこと嫌ってるわねえ……それだけアディムが魅力的だったってことなんでしょうけど。

 眉を顰める私の代わりに、エルザがイシュトスに重要なことを訊ねてくれた。


「確実にオル子の下につくという保証がないわね。ハーディンを倒した後、邪魔な存在となった私たちを消さないとどうして言えるの? 軍勢を率いて私たちに大量の魔物をぶつけてくるのではなくて?」

「ええ、そう疑われるのも尤もです。ですので――もしこの場で頷いて頂けるならば、私の所有する支配地の全てをオルコに譲渡しましょう」

「支配地を……?」

「ええ、そうです。現在、私が所有する98の支配地を今すぐあなたに譲渡することで、全ての支配地の魔物の『命令権』をオルコが握ることになります。そうしてしまえば、私が何を企もうと、数で押し込むことができる。違いますか?」

「言っとくが、ハーディンを倒すことで得る支配地も全部そっちのもんだぜ。魔王になるのはそっちなんだから、当然と言えば当然だがよ」


 イシュトスの台詞に続けてチャラウィッチことカーゼルが補足する。

 ほむう……支配地を全部譲渡するってのは思い切ったわね。確かにそれなら、魔物の命令権は全部こっちが握る訳で。しかもハーディンの支配地も全部こちら持ち。

 ちらりと視線をエルザに向けると、エルザが難しい顔して悩んでる。まさかここまで譲歩してくるとは思わなかったみたいで、考えてるみたい。


 うむう……魔王になんて微塵も興味ないんだけど、でもこれは良い話なのではないかしら。

 現状、所有する『聖地』を手放せないから魔王軍に狙われてるかもしれない訳で。

 この世界でナンバーツーの実力と組織を持つイシュトスの力を借りれば、その危険を排除することができる。

 うう、揺れるなあ……いくらイシュトスとはいえ、支配地を全部取り上げられたら牙を剥いたりしないんじゃないかな。

 いくら『空王』とはいえ、この地にいるであろう強靭な魔物を山ほど差し向けられればお手上げだと思うの。


 ぐらりと心が傾きかけていたとき、私のお腹にぺちぺちと何かがぶつかる感触が。ほむ? 何事?

 少し高度をあげ、視線を下に向けるとそこには剣霊化したポチ丸が必死に私のお腹にお手をする姿が。どしたのポチ丸、おトイレ?

 私を見上げ、必死にブンブンと首を振ってる。ええと、これは……誘いに乗るなってこと? ポチ丸に意識をとられている私に、イシュトスは説明を続けていく。


「私たちはあなたの配下として、この『魔選』に勝ち抜くために尽力することをお約束しましょう。そのかわり、一つだけ我らの要求を呑んで頂きたいのです」

「聞きましょうか。どうやらそれがあなたたちの本命の様だものね」


 エルザの言葉に、イシュトスは頷いて要求を告げる。

 こら、ポチ丸。お腹をいつまでもてしてしするんじゃないわ! むふー! くすぐったくて笑いが出そうになるじゃないの!

 全くもう、オル子さんのただでさえスリムなお腹が、これ以上引っ込んだらどうしてくれ……


「私たちの要求はただ一つ。あなたたちの所有している魔物――ミュラ姫を引き渡して頂きたいのです」

「――あ?」

「銀の髪を有した幼い魔物をあなたが飼っているのは知っていますよ。その魔物の身柄と魔王の座を交換して頂きたいのです。如何でしょう? 一匹の魔物で余りある見返りだと思いますが」


 いや、如何でしょうも何も……ミュラ姫って、ミュラのことよね? あの子の身柄と引き換えに魔王ねえ。所有している魔物、飼っている魔物ねえ。

 私は大きく息を吐き出し――全力で尻尾をテーブルへと叩きつけて粉砕する。


「どうやら交渉はこれまでのようね。まったく、私のミュラを差し出せだなんて――今すぐこの場で殺されたいか? 浅ましい鴉ごときが、随分と増長してくれる」


 感情を抑えられず、憤怒の視線をこれでもかとイシュトスにぶつける。

 いくら極上のイケメンだろうと、私の最愛のミュラを寄越せなんて……死刑確定、断罪不可避。


 あと、私ではなくミュラが欲しいなんて言ってることも地味に許せないんですけど。

 幼いミュラに夢中でオル子さんのモテカワワガママボディが見えていないと言うの!? このロリコンカラス野郎、許せない! ぶっ潰してやる!


 って、やば! 怒りのままにテーブル壊しちゃったけど、これ戦闘行為にならないよね!? 森の外にワープなんてならないよね!?

 あと、エルザパパ、勝手に机ぶっ壊してごめんなちい! このボケども追い返したらササラと一緒に頑張って作り直すからね!

 こう見えて手先が器用なオル子さんですよ! 夏休みの工作はいつも妹に泣きついて完成させていた実力、いかんなく発揮してあげるわ!




 

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