70.星空に手を伸ばすの。なんだか掴み取れそうな気になるじゃない
エルザパパに先導され、私たちは大きな机と椅子が並んだ、いわゆる会議室のような場所に案内されたわ。
なかなか高そうな机と椅子で、職人の一品というようなオーラが感じられるわね。流石は貴族のお屋敷だわ!
「この部屋を使ってくれて構わないよ。僕はきっとおまけで、イシュトス君の目的はオル子君だろうからね」
「ありがとうエルザパパ! ところで、シャチ専用の椅子とかないかしら? 人型用の椅子だとオル子さん座れませんよ?」
「あなたは浮いてなさい。いい、いつもみたいに転がったりぐーたらしたりしちゃ駄目よ? 相手は『空王』、絶対に情けない姿は見せないで。いいわね?」
「ふぉい!」
もちろん見せませんとも!
相手は次期魔王最有力候補、言うなればあのアヴェルトハイゼンすらも超える化物なんだもん。
「普段はぐーたらだけど、やるときはやるのがオル子流よ! オルカナティアの王としての威厳をみせてあげるわ!」
「分かったから頭の上のミュラとミリィを下ろしなさい」
あ、忘れてた。ぷりちーな二人を乗せたままじゃ威厳も何もあったもんじゃないわね。てへ!
ミリィを抱えたミュラに降りてもらっていると、その光景を眺めていたエルザが提案を口にする。
「……ミュラとミリィは部屋の向こうで待っていてもらいましょう。『空王』の前に出す必要はないわ」
「ほえ? なんで?」
「先ほど試練の間でネフアが言っていたでしょう。ミュラは今回の『魔選』における『聖地』の『鍵』であると。言ってしまえば、この娘は魔王となるために絶対に必要となる存在なの。空王がこの子の存在まで把握しているかは分からないけれど、隠すに越したことはないでしょう」
なるほど、つまり『空王』がミュラの可愛さに参って暴走してしまうかもしれないと!
ぐぬー! 許さんぞう! たとえ『空王』が相手だろうと、我が愛しの娘を攫おうとしたら全力で押し潰してくれる!
憤慨する私に、ルリカが微笑んで優しく告げてくれた。
「それではオル子様、私がミュラ様とミリィのお世話をしましょう。エルザ、ミリィも一緒に連れて行って構わないんですね?」
「ええ。ミリィは……なんとなく、そうしたほうが良いって思うのよ」
「勘ですか? エルザにしては珍しいですね。ですが、了解しました。行きましょう、ミュラ様、ミリィ」
「きゅるっくるー!」
エルザママに案内されて、ルリカが二人と一緒に部屋を出て行った。
ほむ、これでミュラたちの姿は見られないし、イシュトスも部下を二人連れてるみたいだから三対三、丁度いいわね!
あとは私が偉そうにふんぞり返っていればいいだけ。ビビるな、私、頑張れ私。
大丈夫、私は『海王』にも『山王』にも意地を貫き通した美少女ヒロイン。たかが『空王』一つの名しか冠していない魔物におびえたりするもんですか。みんなの生活を守るため、オル子さんは頑張るのです!
気合いを入れ直していると、部屋の外からノックの音が。む、きたわね。
エルザパパが『どうぞ』と声をかけると、外から執事さんが扉を開ける。
そして、そこから現れた三人の『空王』たち――超絶最強イケメン集団に、私は目を奪われた。
「失礼します。お久しぶりです、ウィッチの王。そして……はじめまして、ですね――オルコ」
黄金の長髪、百八十センチ後半という理想的な長身、無駄一つないバランスで整えられた体躯。
透きとおるような美しい黒翼も目を引くけれど、何よりも素晴らしいのは芸術的とも思えるほどに整った容貌。
ただでさえとんでもない美形なのに、切れ長の瞳と優し気な笑顔のミスマッチさが更にグッと魅力を引き出してる。
ライル君をそのまま大きく成長させたような美青年――それが『空王』イシュトスだった。
イシュトスだけじゃないわ。その両隣に控える魔物もとんでもない美青年よ。
白の鎧を身に纏った騎士風の男は無骨な美男子。白い短髪と無表情さが前面に出てもなお損なわれることのない美男子パワー。
そして、イシュトスを挟んで反対側に立つ男性もまた別ベクトルの美青年。
エルザのように魔法使い帽子を被った、桃色の長髪を背中で結んだ少しチャラそうなイケメン。イシュトスや白騎士の足りない属性をカバーするような姿、決して嫌いじゃないわ。
イシュトスの面々を見て、私の正直な感想はただ一つ――興奮が止まりませぬ。
やばい。何これ、やばい。右もイケメン、左もイケメン、正面に至っては超絶イケメン。何これ、もしかして私とうとう乙女ゲーの世界に入り込めたの? オル子さんハーレムきちゃう?
おっと、駄目よオル子! まずはイケメンズの名前を調べないと! ゆくぞう、必殺識眼ホッピングー!
名前:イシュトス・ブロムナド
レベル:13
種族:ケイオス・サティア・ウイング(進化条件 レベル20)
ステージ:9
体量値:C 魔量値:S+ 力:B 速度:SS+
魔力:S 守備:C 魔抵:A 技量:SS 運:SS-
総合ランク:S+
名前:グルガン
レベル:7
種族:パラディ・アーマー(進化条件 レベル20)
ステージ:7
体量値:S 魔量値:E 力:A 速度:B
魔力:E 守備:S+ 魔抵:A 技量:A 運:C
総合ランク:A+
名前:カーゼル
レベル:18
種族:マスター・ウィッチ(進化条件 レベル20)
ステージ:6
体量値:C 魔量値:A 力:F 速度:C
魔力:S 守備:D 魔抵:S 技量:B 運:D
総合ランク:A
なるほどなるほど、配下の二人はグルガンとカーゼルって言うのね。
むふー! イケメンの名前ゲットしちゃったー! なんか地味にとんでもない廃ステータス見た気がするけど、見なかったことにしましょう。オル子さんは総合ランクS+なんて見てないったら見てませんぞ! オル子さんは今、イケメンチェックに忙しいのです!
興奮する私の横で、クレアも目を見開いてイケメンズを見つめているわ。
ぬ、というかクレア、興奮し過ぎじゃない? 怖いくらいの鋭い視線をイシュトス……違うわね、イシュトスの隣の白騎士に向けてる。これは、まさか……
「――止めなさい、クレア。こいつらは一匹残らず私の獲物よ。私が楽しむ前にそれを横から奪うことは許さないわよ?」
「……はっ」
ポチ丸剣を手に立ち上がろうとしたクレアを私は制止する。
ふう、危ない危ない。いくらクレアとはいえ、そう簡単に貴重なイケメンは渡せませんぞ! クレアは美少女レベルマックスだから、アタックしたりしたらコロッと落ちちゃうかもしれないもんね!
まずは私が獲物を吟味してから! 私が誰を攻略するか決めてから、それからあなたの恋愛を進めて頂戴!
「私たちが獲物ですか。私たちを前にしてその姿、好意に値します。魔物とは貪る者、力で敵を屈服させて勝利に酔いしれる狂者でなければなりません。流石はグラファン君やアヴェルトハイゼン君を下した強者ですね」
「強者でひしめく東の血をハーディンと二分する男がよく言う。世辞はいらないよ」
私の言葉に、イシュトスは賞賛の嵐。おほー! イケメンに褒められた! うれちい、うれちい!
飛び跳ねたい気持ちを押さえていると、エルザパパがイシュトスに話しかける。
「久しぶりだね、イシュトス君。来訪はアディム君やリナ君と一緒に訪れて以来かな?」
「それほど間が空きましたか。まるで数日前のことのようにすら思えるのですがね」
「アディム君が死んで、カーゼルはイシュトス君の下につくことを選んだんだね。ハーディンではなく」
「ああ、久しぶりだな兄貴。ハーディンの下は古参の頭が固い奴らでガチガチに固められてるから、成り上がりようがねえ。その点、イシュトスは実力で評価してくれるからな」
兄貴って……え、ということはあのチャラウィッチってエルザパパの弟なの?
つまり、あの人はエルザの叔父ってことで……えええ、エルザパパやエルザと全然キャラ違うじゃない。
髪の色とかはエルザと同じ桃色だから、どちらかというとエルザママに似ているような……もしかして、エルザママの弟ってこと? 義理の兄貴って意味?
しかしまあ、本当に雰囲気がチャラチャラしてる。ウィッチなのに不思議。でもまあ、そのギャップ、大好物ですけども!
「今回の来訪、僕も名指ししていたけれど、目的はオル子君との会話でいいんだよね? 僕の役目はこうして場を整えることでいいのかな?」
「ええ、助かりますウィッチの王。このウィッチの里は魔王ラーヴァルの力によって戦闘行為ができませんからね。すなわち、互いに剣を収めて話し合いをするのに最高の場だとは思いませんか?」
私たちと向かい合うように席に座ったイシュトスが微笑んで告げる。
ほむ、やはり目的は私たちとの接触みたいね。理由は分からないけれど、私たちがこの里に訪れたのを確認して、好機とばかりにやってきたのでしょうね。
戦いができないという前提条件なら、こうして向き合って話をするのに格好の場所だもん。ホームもアウェイもないから、騙し打ちされることもないし。
「随分、用意周到に準備を重ねていたようね。私たちの動きを調べていたのかしら」
「つまんない質問するなよ、姪っ子。グラファンの脳筋を殺したんだろ? あいつが俺たちの一味だった以上、それを殺した魔物をマークすんのは当たり前じゃねえか」
「物心つく前に一度会っただけのくせに、私を姪などと呼ばないで。互いに仕える主が違う以上、いずれ殺す相手よ。『支配地勢力図』で青色の勢力を警戒することはできても、オル子の姿や動きを捕捉していた理由にはならないわ」
「おーおー、愛想なく育ちやがって。その方法を教える訳ねえよな。ま、言っておくけどお前らの動きは俺たちに筒抜けだったと思ってくれていいぜ?」
チャラウィッチの言葉に、エルザの表情が険しくなる。
まあ、そうよね。私の姿や名前を知ってる以上、筒抜けで当然よね。ただ、それがどこまで情報を抜かれてるのか。
ミュラの存在、ミュラが『鍵』であること、オルカナティアの国の位置。
この辺りまで全部が全部抜かれてるとは思えないんだけど……チャラ男はハッタリがうまい策士、オル子さんのゲーマー経験がそう告げているわ! どこまで本当でどこからハッタリかを見抜くのが、この手のイケメン攻略のコツよ!
「カーゼルの言う通り、私はオルコの動きを掴んでいました。あなたが網に引っ掛かれば、いつでも動けるように準備を整えていたのも事実です。気を悪くしましたか?」
「なぜ? そこまでして私に会いたいと思ってくれたのでしょう? 情熱的に想ってもらって女冥利に尽きるというものだわ。それほどまでに私を求めていたのね」
「ええ、恋い焦がれていましたよ。そのどこまでも猛々しく、隙あらば私を喰らおうという意思の込められた瞳を間近で見て、私のこの想いは間違いではなかったと確信しているところです」
え、マジで? 今、私に恋い焦がれてるって言った!? オル子さんの肉食系積極的アピールにクラクラって言った!? 結婚を前提にお付き合いしたいって言った!? 結婚式は六月希望って言った!?
確かにオル子さんはイケメンに目がないから、隙あれば食べちゃいたいなんて思ってるけども! いや、むしろ食べられたいなんて思ったりしちゃってるけども! まな板の上のシャチな私ですよ! 召しませ乙女の愛情シャチ料理! 鮮度が命ですよ、さあ早く!
「食えない男ね、『空王』イシュトス。こうしてわざわざ足を運び、策をめぐらせてまで私に会いに来た理由を聞かせてもらいましょうか? 返答次第では『本気』になってあげるわよ?」
「『空王』を前にして恫喝かよ。ククッ、でけえなあ。グラファンの奴が負け、イシュトスが気に入る訳だ」
恫喝って何ですかチャラ男さん。オル子さん何もしてませんぞ。『好きです』って言ったら本気にしちゃうからねって言っただけですよ! 遊びで付き合うなんて絶対許さぬう!
さあ、イシュトスはどう出るかしら。『まずは友達から』『恋人になってほしい』『私と一緒に名古屋城の天守で金鯱デートしませんか』、何を言われてもバッチコイよ!
ウキウキで待つ私に、イシュトスは優しい笑みを湛えたまま告げた。
「――私がオルコに会いに来たのは、『同盟』を提案するためです。不戦協定を結び、私とあなたで手を結んで『魔選』を勝ち抜くための強固な同盟関係を築くこと、それが私の目的です」
イシュトスの言葉に、私は呆然としてしまった。
……あれ、恋愛展開は? デートの誘い、待ってるんですけど。ちょっと、イケメンさん?




