69.意外と情熱的なのね。そこまで私に会いたかったのかしら
力尽きたコピーオル子さんが光に包まれ、元の姿に戻った幽霊さん。
その表情はどこまでも不満そう……え、なんで? 私ちゃんと勝ちましたよ?
「ありえん……こんな方法で分身を突破するなど、これでは試練の意味が……だが、文句を言おうにも、条件をしっかり満たしているだけに……」
「……誰?」
「幽霊さん。失恋した未練で成仏できず、エルザのお家に居候し続けてるみたい」
「違うわっ! 適当なことを並べ立てるんじゃない! 私の名と素性は出会った時に告げただろうが!」
……ぬ? あれ、名前なんだっけ。
幽霊さん幽霊さんって呼んでたから、名前忘れたんですけども。三代目魔王さんの仲間だってのは覚えてるよ! えーと、えーと……ヤユヨみたいな感じだったっけ。
必死に思い出そうとする私の横でエルザが溜め息をつきつつ、幽霊さんに話しかける。
「悪いけれど、もう一度あなたが何者かを語ってもらえないかしら。この子に代わって、今度は私たちがちゃんと聞くから」
「そうしてもらえると助かる……全く、『オルカ』はどいつもこいつも……」
「エルザさんエルザさん、戦い頑張ったからお腹が空きましたよ? 何か食べるものアイテム・ボックスから取り出してくりゃれ?」
「分かったから静かにしてなさい。話が終わるまでその辺で転がってていいから」
エルザに干し肉をもらい、床に転がってもっちゃもっちゃと咀嚼。おいちー!
私のお腹の上でミュラとミリィもおやつタイム。うむ! 疲れた体に栄養補給、大事ね!
私たちが食っちゃ寝している横で、幽霊さんが他のみんなに改めて自己紹介。そうそう、ネフアさんですよ! そんな名前でした幽霊さん。
「あなたが第三代魔王ラーヴァルだった魔物、その魂の一部によって生み出された存在だというのは理解したわ。私たちの試練の時には一切姿を見せなかったのに、オル子の前で現れたのはこの子があなたの言う『オルカ』という魔物だから?」
「そうだ。『オルカ』は特異過ぎて、ラーヴァルの力だけでは分身を生み出せん。ゆえに、『聖地』の『鍵』である私の力を利用することにした。私の『闇の鍵』ならば誰が例えオルカであろうと反映できるからな」
そう言って、幽霊さんは手元に真っ黒なミニオル子饅頭を生み出した。
それを見て、みんなは驚きの表情を浮かべる。そりゃ驚くよね、この能力、どう見てもミュラの変身能力なんだもん。
でも、当人のミュラは幽霊さんに微塵も興味ないみたいで、干し肉をもきゅもきゅと食べてまする。
「『聖地』の扉を『鍵』で開く、それが『魔選』の勝者の報酬……アヴェルトハイゼンがそう言っていたわね」
「そうだ。この『鍵』の力を得なければ、いくら『魔選』で支配地をかき集めようと真の勝者とはならん。私たちは言うなれば王冠のようなものだ。『魔選』を制し、我ら『鍵』に認められることで魔物は魔王となる」
「……一つ訊きたいのだけど、その『鍵』は世界に何人も存在する種族なのかしら」
「いいや、『鍵』は種族ではなく個に宿る。死ねば新たな『鍵』の素養をもった魔物が世界のどころかで新たに生まれるだけだ。今代の『鍵』を手にしているようだが、せいぜい守ってやるがいい。見たところ、まだまだ未熟のようだからな」
ぬ? なんかエルザたちの視線がミュラに集まってるわ。
ミュラは今、私のお腹でドラムごっこの真っ最中なんだけど何か用かしら? おほほ! 小さい娘に音楽を学ばせる私ってばセレブね! 将来はお嬢様学校に入学決定よ!
「……オル子とか言ったか。もう本人に言う気にもならんが、あの『オルカ』は酷過ぎるな。同じ『オルカ』であるナティアもアホではあったが、それに勝るとも劣らぬ惨状だ。さぞやお前たちも苦労しているのだろうな」
「あの、少しよろしいでしょうか。ネフアさんのおっしゃられるナティアとは、まさかオルカナティア様のことではありませんか? 巨大魚の魔物から人の姿になり、魔族と恋に落ち、我らアクア・ラトゥルネの始祖と言い伝えられているのですが」
「顔を顰めたくなるほど曲解された言い伝えだが、間違いなくナティアのことだろうな。『恋愛が私を呼んでいる』などとほざいては私を西に東に振り回し、『最高のイケメンを見つけた』などと抜かしては敵の魔王候補を強引にねじふせ『彼氏ゲット』などと豪語。挙句の果てには『世界のヒロインになる』などと抜かしてその魔王候補を魔王にまで導いた『オルカ』、それがナティアだ」
「なにそれ凄い」
ルリカの祖先ヤバすぎでしょう? 私と同じシャチの魔物でありながら、折れず諦めず人化して彼氏までゲット。ルリカたちをみるに、子孫にも恵まれてる。神か何か?
しかもそのパワフルな原動力が恋愛というのにも心打たれるわ。まるで他人事とは思えないじゃないの。恋愛こそ乙女パワー! 命短し恋せよ乙女! 私も第二のオルカナティアを目指して頑張らねば!
幽霊さんの話を聞いて、ルリカは大喜び。いや、泣いてまで喜ぶってどれだけ嬉しいの。
「まさか、私たちオルカナティアの祖先が本当にオル子様と同じ種族だったなんて……館に戻って、早くみんなに伝えてあげたいです。とても誇らしいです」
「今のナティアの話のどこをどう聞けば誇らしく思えるんだ……流石はナティアとラーヴァルの子孫だとは思うが」
「頭が痛くなるわね……オルカナティアとオル子、『オルカ』という名を冠する以上、つながりがあるとは思っていたけれど、そのものじゃないの……」
「違いはあるぞ。ナティアは『恋愛馬鹿』だったが、こいつは度を越した『本物の馬鹿』だ。ナティアでもここまで酷くはなかったぞ」
「止めて。頭痛が止まらなくなるから」
むむ、なんか馬鹿にされてる気がする! うおおお! 学園物語でもないのにヒロインの陰口など許せんぞお! オル子号発進!
ミュラとミリィを背に乗せて、ぴょんこぴょんこと飛び跳ねて近づいて抗議しようとすると、エルザがアイテム・ボックスからリンゴを取り出して押し付けてきた。わはー! デザートじゃー!
元の場所に転がって、三人仲良くもしゃもしゃ。甘みと酸味のハーモニー、芸術よ!
「手慣れたものだな。普段の苦労が想像できるぞ」
「そんなことより、色々聞かせてもらうわよ。『オルカ』のこと、『魔選』のこと、そしてその先にある『聖地』のこと」
「ここはウィッチの里なのだろう? ならば情報の管理を命じているはずだ。情報を引き出したいなら私ではなく、記録に頼るがいい。何より、私は役目を終えてしまったからな。語りたくとも長くは語れん」
あら、なんか幽霊さんの体がだんだん透明化しちゃってる。
天に召されそうな幽霊さんが理由を説明してくれた。
「この身は『オルカ』が現れた際に、『試練』を成立させるための装置に過ぎんからな。役目を終えた以上、あとは消えるだけだ。いつの日か再び現れる『オルカ』を『命令権』という束縛から解放させること、それが本物の私に与えられた役目だ」
「つまり、あなたたちは『オルカ』の訪れを予期していたというの? このウィッチの里といい、試練といい……分からないわね。あなたたちの目的は何なの?」
「目的などないさ。未だ『魔選』が続いている以上、我らは敗者だ。お前たちは『魔選』のためにこの施設や里にある知識を利用することだけ考えればいい。それが敗者である私たちにとって、『聖地』の向こうにできる最高の意趣返しになるのだから」
そう言い切って、幽霊さんは溶けるように消えていった。
ほむ、何か色々難しい話してたみたいだけど、全然分かんないですな。まあいっか、難しい話は全部エルザにお任せだし!
ミュラとミリィを背中に乗せて、難しい表情を浮かべているエルザに近づき、話しかける。
「難しい顔してどしたのエルザ。幽霊さんは成仏して、私も命令権から解放されてめでたしめでたしじゃないの?」
「オル子、あなたは気にならないの? オルカナティアがあなたと同じ『オルカ』であること、『魔選』と『聖地』、そして魔王ラーヴァルたちの意図」
全然、とか言ったら怒られるかしら。
オルカナティアさんも私と同じくシャチだったそうだけど、そこまで驚くことじゃないと思うのよね。
私がシャチなのは、天使さんの異世界転生の結果こうなった訳で。
つまり、オルカナティアさんも私と同じ転生者ってだけなんじゃないのかな? ところどころ共感できる思考や行動で、同じ時代に転生できてたら良い友達になれそうだったのにね!
『魔選』に関しても、そもそも私、魔王になんてなるつもりゼロですし。アヴェルトハイゼンとかが言ってた『聖地』の奥とかも興味ゼロなのですよ。
そんな私の思考を読み透かしたのか、エルザは溜息をつきながら告げる。
「いいわ、この件に関しては、私の方で色々と調べておくことにするから。今は全員が『命令権』から解放されたことで良しとしましょう」
『ちょっと待てこら! 俺はまだ解放されてねえぞ!』
「主殿、よければこのままポチ丸の分身も全員で倒しておきませんか? 流石にポチ丸が一人で倒すのは厳しい相手かと思いますので」
「んむ、そうしておきませう! ポチ丸、水晶にお手!」
ついでなので、ポチ丸の開放も済ませておきました。
犬耳生えたグラファンが出てきたけど、ステージは1だし『海王降臨』もないからあっという間に倒せたわ。
もし相手が海王グラファンだったら、以前と比べてどれだけ成長したかの物差しになったかもにゃあ。
「おかえり。その様子を見ると、どうやら無事に試練を乗り越えたようだね」
みんな揃って図書館に戻ると、エルザパパとエルザママが笑顔でお出迎え。
ううむ、何度見ても理想の貴族令嬢パパママって感じだわ。今からでも遅くないから私を養女にしてくれないかしら。そうすればエルザと美人姉妹令嬢として世界に名を轟かせられそう!
「お疲れ様、エルザちゃん。折角帰ってきてくれたんだもの、しばらくはゆっくりしてくれるのよね?」
「そんな訳ないでしょう。この書庫の『魔選』に関する情報を全て洗い出し終えたらオルカナティアに戻るわよ」
「それはつまり、少なくとも数日は居てくれるということだね」
ほむ。幽霊さんの話では、ここに過去の『魔選』の情報が全部残ってるそうだもんね。
私はどうでもいいんだけど、エルザが調べると言っている以上、それは私たちにとって大切な情報なんだと思う。だったらオル子さんはエルザの判断に従うよ! 頭脳労働は全部エルザに任せちゃう!
「それじゃエルザパパ、エルザママ、しばらくの間お世話になるわね。私を実の娘と思って可愛がってくれてもいいのよ! 食後は必ずデザートをつけてくれなきゃ嫌よ!」
「まあまあまあ、こんなに大きくて可愛い使い魔ができて嬉しいわ。オル子ちゃん、甘いものを沢山用意してあげるわね。ミュラちゃんにミリィちゃんも」
「だから甘やかすなって言ってるのに……父さん、開いてる土地を借りるわよ。そこに私たちの館を展開するから」
「魔道具なんて持っているのかい。いいよ、好きに使うと良い。それと、調べ物の際は僕も手伝おう」
「……感謝はしないわ」
んま、エルザってばパパにもツンデレなのね。エルザパパは慣れたものなのか、笑っているけれど。
でも、ウィッチの里に滞在するのはチャンスかもしれないわ。エルザが調べ物をしている間に、私は里を巡ってウィッチたちにオルカナティアで頭脳労働しませんかと勧誘するとしましょう! 好待遇高収入、さらに美シャチを愛でる権利までもらえますよ!
そしてあわよくば、イケメンのウィッチをゲットして、ふひひ! エルザやパパママを見ても、ウィッチは美形種族なのは間違いないし、心躍るわああ! やったるでええ!
ウキウキで心躍らせていると、書庫の外から扉がノックされる音が響いてきた。そして、現れた執事さんがエルザパパに用件を告げる。
「ヨシュア様、里の外からの来客でございます」
「今日は来客の多い日だね。普段は月に一件あるかないかという状態なんだけど……それで、来客は誰だい?」
エルザパパの問いかけに、執事さんは淡々とその名を告げた。
「――『空王』イシュトス様でございます。配下二名を引きつれ、イシュトス様がヨシュア様と『オル子様』に面会をお願いしたい、と。如何いたしましょう?」
まさかの名前に、私たちは全員が凍り付く。
え、あれ、『空王』イシュトスって、ハーディンと並ぶ最強ボスの一人で、今の私じゃ手も足もでないくらいの化物なんじゃ……
そのイシュトスが、どうしてウィッチの里に? いや、そもそもなんで私の名前を? いやいやいや、それ以前にどうして私がこの場所にいるってことを……や、やばい、動転してパニックになってる!
落ち着け、私! いや、無理でしょ落ち着くとか! まさか『空王』が私に会いに来るなんてそれこそ想像すらしてなかったもん!
ど、どうしよう、試練のせいで『山王降臨』も『海王降臨』も今日は使えないんですけど! ミュラもスキル封印使い切ってるから、切り札も切れないし!
「エルザ、エルザ! これってやばいんじゃないの!? 力を使い切ってる今、イシュトスに襲われたら私たち何も出来ずに殺されちゃうんだけど!」
「落ち着きなさい、オル子。忘れたの? このウィッチの里では、試練の間を除いて一切の戦闘行動ができないようになっていることを。イシュトスは過去にこの里を訪れ、試練を受けている以上、そのことを知っているはずよ」
「そ、そっか。でも、私たちを殺しに来たんじゃないのなら、いったい何が目的で……」
「……会ってみるしかないでしょうね。理由は分からないけれど、あなたを名指ししてきた以上、相手にはあなたの名前や姿が割れているとしか思えない。直接会って話をきいてみましょう」
マジで? 現在魔物界ナンバーツーの実力者である『空王』さんとお話するの? いきなり戦闘不可の縛りがキャンセルされて刺されたりしない?
というか、なんでイシュトスは支配地から出てきてるのよ! ハーディンや他の魔物と殺し合ってなさいよ! 私のような無力でか弱い可憐な令嬢は放っておいてくださいまし!
ご感想500件突破、心より感謝です! 皆様の温かいお言葉、とても嬉しく励みになっておりますー!
これからも皆様と一緒に楽しみながら、オル子のお馬鹿な物語を描いていけるよう頑張りますっ!




