67.いかに相手を自分のペースに巻き込めるか、それに尽きるわ
試練の扉に触れると、一瞬にして室内へ。
ほむ、五十メートル立方くらいの部屋で、その中央にはみんなの言っていた紫色の水晶球が。あれに触れれば分身が出てきてスタートだったわね。
ぴょっこぴょっこと飛び跳ねて、水晶球に近づき、右のヒレをペタリんこ。
さーて、これでヒューマノイド・ビューティフルーンな前世の私が現れる筈。出てきた瞬間に押し潰してあげますわ! 戦いにはじまりの合図なんてなくてよ!
ウキウキで身構えること十秒。水晶は何の反応もなく、私の分身体は出てきませんでした。あれ?
「ちょっとー? もしもーし?」
ぺちぺちぺちぺちぺちぺち。
オル子さんの華麗なるヒレタップで水晶を連打してみるも、全然反応する気配なし。ぬー?
「やだ、もしかして故障? それとも配管の詰まりとか? すいませーん、サポートセンターさーん、応答お願いしまーす」
ぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺちぺち。
どれだけヒレタッチを重ねようと、水晶から私のミラーが出てきませぬ。
おかしいにゃあ……みんなの話だと、手で触れればそこで開始って言ってたのに。はっ、もしやヒレは手に入らないってこと!? ならば尻尾ならばどうかしら!
バタバタと宙に浮きながら、尻尾で水晶をソフトタッチしようとしたその時よ――まるで閃光弾が爆発したような輝きが水晶から解き放たれたのは。
「な、何事!? もしかして本格的に故障しちゃったの!? わ、私のせいじゃないよ! 壊してないよ、壊れてたんだよ! 妹のデジカメもスマホもノートPCも私が壊したんじゃないもん、触ったら偶然壊れたんだもん!」
妹に本気で吊し上げられたトラウマがフラッシュバックしそうになる私。好奇心が、好奇心が抑えられなかったのよ、堪忍しておくれやす!
ヒレで頭を抱えて床に転がっていると、水晶の輝きの中からゆっくりと姿を現したのは、長い黒髪と黒衣を身に纏った目の覚めるような美少女だった。
「ほう。よもや本当に『オルカ』を継ぎし者が現れるとはな。ナティアの戯言も存外馬鹿に出来んらしい」
「クール系、洗練された姿、何より気品ある佇まい……ま、まさかこれが私の人化した未来の姿だったりするのかしら!? おほーーー! お、オル子さん勝ち組きたああああ!」
こんな可愛かったら、男の子なんて入れ食い状態ですやん! オル子さんに群がる男性を千切っては投げ、千切っては投げ……むふー! 夢が膨らむううう!
転がりまわる私に、水晶から出てきた美少女は息を吐き出しながら告げる。
「戯け。私がお前のような肉魚の未来であってたまるか」
「だ、誰が肉魚じゃあああ! 私の分身じゃなかったら、あなた何なの?」
「――私はネフア。かつて魔王ラーヴァルと道を共にした魔物であり、この『管理』のしがらみを騙す施設を作った一人でもある。まあ、本物の私は当の昔に死んでいて、この私はこの施設に魂の一部を組み込んだ疑似霊に過ぎんがな」
「え、お化けなの? ゴーストとか怖いんですけど! オル子さん心霊現象特集とか駄目なタイプですぞ!」
ちょっとびびってしまう私に、美少女お化けさんは華麗にスルーして話を続けていく。
「水晶球に『オルカ』が触れた時、私は起動されるようになっていたのだが……こうして新たな『オルカ』が現れたということは、我らは駄目だったのだろう。ラーヴァルも、ナティアも、イクトスも、そして私も死んでしまったのだな」
「ラーヴァルって三代目魔王さんよね? ラーヴァルさんが生きてたのって今から二千年も昔らしいよ?」
「そうか。つまるところ、ラーヴァルとナティアの言い分が正しかったのだな。たとえ我らが事を成せなくとも、未来に希望はある……さて、新たな『オルカ』よ。この場所に来たということは、貴様も『支配地』からの解放を望んでいるのだな?」
「そうでいす! 見ず知らずの相手に強制命令なんてまっぴらごめんだからね!」
そもそも、私って異世界のどこで生まれたのか覚えてないのよね。
気づけば平原で狼に囲まれててって状態だったし、倒した後飛び去っちゃったからね。
もしあの場所を他の魔物に支配されたら困りまくりなのです。そういう意味でも、なんとか解放してもらわねばねば。
私の言葉に、黒髪幽霊さんは深く頷きながら説明をする。
「本来ならば、他の魔物と同様にお前の分身と戦ってもらわなければならないのだが……『オルカ』はあまりに特異過ぎて、この施設では反映することができん」
「ほむ、そうなの?」
「『オルカ』とは異なる世界より導かれし、この世の狂った安定を破壊する者。閉鎖した循環を破壊する、唯一の刃」
「ちょっと幽霊さん、あなたの思春期まっさかりの黒歴史ポエムなんか求めてないんですけど」
ぶん殴られました。ひどい。
床を転がりまわる私に、動じることもなく幽霊さんは話を続けた。
「『オルカ』の力に引き上げられた他の魔物ならば、その因子を排した架空の現身を作りあげればよいが、『オルカ』自身となるとそうはいかん。なにせ、体を構成する全てゆえ、因子を消し去ってしまえば影も形も残らんからな」
「つまり、シャチであるオル子さんは試験を受けられないの?」
「慌てるな。そのために私は魂の一部をここに封じたのだ」
そう言って、幽霊さんはゆっくりと掌を広げた。
次の瞬間、彼女の右手の上にポンと現れたのは真っ黒なチビシャチ人形。あれ、これってミュラのスキルじゃ……
ミニオル子さんを口に運び、飲み込んだ幽霊さんは静かに笑って告げる。
「我が名はネフア。魔王ラーヴァルと道を共にし、『聖地』の『扉』を開く『鍵』を担う者なり。私の力ならば、『魔王』だろうと『オルカ』だろうと、何ら問題にならぬ。成ってみせよう、身も心も、その存在さえも――『闇の鍵』、発動」
次の瞬間、幽霊さんの体が大きく変容する。お、おおお!? ま、マジで!?
美少女だった体は何処からどう見ても私の鏡写し、瓜二つな姿に。ほ、本当にミュラと同じ能力使いだったの!? す、ステータスチェック! もしミュラと同じなら、全ステータスワンランクダウンのはず……
名前:オル子
レベル:11
種族:デビル・オルカ(進化条件 レベル20)
ステージ:3
体量値:S 魔量値:D 力:S 速度:A
魔力:C 守備:A 魔抵:C 技量:E 運:D
総合ランク:A
うわああああ! な、なんで!? ステータスランクダウンしてないですよ!?
しかも名前も私と同じになってる! 幽霊さん、本当に私の分身になったんだわ!
どうして幽霊さんがミュラと同じようなスキルを使えるのか……いいえ、むしろ逆なの? ミュラが幽霊さんのスキルを使えるってことなの?
いや、今はそんなことを考えてる場合じゃないわ。つまり、幽霊さんのパワーによって、私も試練が可能になったということで……それは私自身とこれから戦うことを意味する訳で。
や、やっぱり戦って勝たなきゃいけないの? このアホステータスに!? く、前世の私が相手で楽できると思ったのに!
シャチの姿になった幽霊さんは、私を威嚇するように睨みつける。こうなったらやるしかないわ。やると決めたら迷いは捨てる! 先んずれば人を制す! 先手必勝!
「「くらえ必殺! オル子ヘッドバッ……ほげえええっ!」」
同時に飛び出した私たちは、頭から思いっきり正面衝突。
痛いいいいい! な、なんでこいつ開幕でいきなり飛び出してきてるの!?
あまりの激痛に転がりまわる私。同じように転がりまわるミラーオル子。そ、そうか! 中身も私だから、思考回路も同じなんだ! 考えることが同じだから、開幕先制を狙った訳で……だったら!
私はがばっと起き上がり、敵の攻撃を待つ。
ふっ、敵が喰らいついて来たら最後、カウンターで『冥府の宴』をぶちかましてくれる! かかってらっしゃい!
いつでもこいと構えていると、敵がなぜか近寄ってこない。むしろ私みたいに攻撃を待ってらっしゃる。
「ちょっと、攻めてきなさいよ。先手は譲ってあげるわよ」
「そっちこそ遠慮せずにかかってきなさいよ。ほらほら」
「いえいえいえ、そちらがどうぞどうぞ」
「いやいやいや、お先にどうぞどうぞ」
くそおおお! 思考回路が同じだから、待ち戦法までバレバレじゃないのよおお!
こ、こうなったら我慢比べだわ! 百年戦争、先に動いた方が負けという忍耐勝負よ!
オル子さんの根性を舐めんじゃないわよ! 我慢できずに飛び出したが最後、全力スキルでこれでもかとぶん殴ってくれるわ! オル子さんは絶対に根を上げんぞおおおお!
「『愛リーク』のフェデルテ様いいわよねー! 普段の紳士な姿とは反対にシナリオを進めていくと見えてくる獣としての雄々しさ!」
「分かる分かる! 個別シナリオの四日目に館に誘ってくれるシーンが良いわよねー! アルデ君と主人公を奪い合う形になるんだけど、クールにビシッと決めてくれるのが最高で、私シーン回想76回も見直しちゃった!」
「わ、偶然! 私も76回見直したのよ! 偶然って怖いわねー!」
「ねー! あ、偶然といえば隠しキャラのリオ少年がさー」
一時間後、私とコピーオル子さんは床に寝転がり、ゲーム談議に花を咲かせていました。
いやあ、ここまでゲームやキャラの趣味が合う相手って貴重だわあ。おっと、せっかくだから恋バナもしなきゃ!
ここまで気が合うんだもの! もしかしたら好きな異性のタイプまで気があうかもしれないし!
「ねね、コピーオル子はどんなタイプの人が好きなの? イケメンなのは当然として、やっぱりクール系?」
「そうね、やっぱり私としては……」
そこまで言った瞬間、コピーオル子の体が光に包まれちゃった。
そして、光が収まるとそこには憤怒の表情を浮かべた幽霊さんの姿が。えっと……
「……幽霊さん、恋バナに参加したかったの?」
「……お前が分身とずーーーーーーーーーーーーーっと無駄話している間に『闇の鍵』の効果時間が切れた」
こぶしを握り締め、ふるふると震わせる幽霊さん。こ、これはやばい!
怒られることに関しては百戦錬磨のプロフェッショナルな私だからこそ幽霊さんのマジ切れ具合が分かっちゃう! でも、一応確認しておかないと!
「分身オル子さん消えた……すなわちこの勝負、私の作戦勝ちってことでよろしいかしら!?」
「こんなものは無効に決まっているだろうが! この大馬鹿者! お前といいナティアといい、オルカには救いようのないアホしかおらんのか!」
怒鳴られました。やっぱり駄目みたいです。ですよねー。




