66.人は誰しも自分のことで悩み成長するものなの
「さて、準備は整っているけれど、誰から挑戦するのかな?」
エルザパパの言葉を受けて、みんなの視線が私に集中する。
私はキリッと表情を引き締め、胸を張って堂々と宣言。
「オル子さんは心の準備が整ってないので、一番最後でお願いしまふ!」
「まあ、そうだと思ったけど……」
だって自分自身のステータス見て微塵も勝てる気がしないんだもん! 何よ体量値S力S守備A速度Aって!
まさか、自分と戦うことでシャチートボディがいかにふざけたスペックか理解させられる日がくるなんて。ぐぬぬ、何とか勝つ方法を探らないと……
「ねえポチ丸。オル子さんと戦ったとき、どんな感じだった? 強い?」
『笑うしかねえ強さだったぜ? どんだけ殴られても退かねえし、どこからでも戦況を一発でひっくり返す必殺の一撃を放ってきやがる。内臓全部持っていかれた時は痛みなんぞ通り越して気持ちよさすらあったな。てめえの一撃をくらうとよ、内側から何もかもが破裂すんだよ』
「おふ……」
あまりに生々しい話に、私はすごすごと退散する。
いくら何でも、内臓を持っていかれるのは嫌じゃあ! 試練中では死なないらしいけど、痛覚はばっちりあるんでしょ! 痛いのは嫌です!
「では、私が先陣を務めよう。主殿や皆の剣として、一番に切り込むのは私の役目だ」
「く、クレア! 素敵よ! 流石はサムライ・ガール!」
一番手に名乗りをあげたのはクレア。
クレアがどうやってミラーマッチを制するのか、是非とも参考にさせてもらわねば!
「問題は、ポチ丸を剣化した『オルトロス』を持ち込めるかどうかなのだが……」
「剣として認識されるなら大丈夫なんじゃないかしら? 肩に乗ってる剣霊のほうは怪しいけど」
「まあ、駄目なら駄目で構わない。互いに素手で殴り合うだけだ」
クレア、まさかのステゴロ宣言。何それ怖い。
ポチ丸ソードなしだと、互いに剣技スキルが封印されるから、本当の根性勝負になりそう。
扉に向かうクレアに対して、エルザが提案する。
「クレア、勝ち負けに関わらず一度戦ったら戻ってきて頂戴。全員順番に戦って、勝ち抜け方式でいきましょう。待ち時間の間に次の戦いに向けて作戦を練られるでしょう?」
「分かった。試練がどんなものか、情報をしっかり持ち帰るとしよう」
「試練の時間は五分だよ。試練の間でどれだけ長い戦いが繰り広げられようと、こちらでは五分しか経過していないことになるから、心行くまで戦って構わないよ」
なるほど、それは色々と助かるわね。
つまり、ミラーオル子から逃げ回って敵を餓死させるという手もありかもしれないわ! 私は口いっぱいにおやつを頬張って試練部屋に入れば飢えずに済む!
「それでは主殿、行って参ります」
「うにゅ! 一発クリアできるようお祈りしちゃう! がんば!」
ポチ丸を肩に乗せ、クレアが試練の間への扉に手を触れた。
次の瞬間、クレアの姿が忽然と消え、肩に乗っていた剣霊ポチ丸だけがフワフワと浮いた状態になっちゃった。
『俺は連れていけねえみたいだが、オルトロスは持って行けたようだ。武器は有りだが、自我のあるのは駄目ってことかね』
「ほむう……今思ったんだけど、空飛ぶポメラニアンって色々とツッコミどころ満載じゃない?」
「空飛ぶ魚であるあなたがそれを言ってもね」
エルザの冷静な突込みに押し黙る。ぬう、魚じゃなくて哺乳類だもん。
何にせよ、私たちはクレアの戻りを待つだけね。五分で済むみたいだし、あっという間だわ。
図書館でエルザママからおやつを貰い、ミュラやミリィとゴロゴロして過ごしていると、扉の前にクレアが現れる。わお、はやーい。
私たちはクレアのもとに集まり、ワクワクしながら話を聞かせてもらう。
「おかえりクレア! どうだった? 勝てた?」
「はい、何とか勝利することができました。エルザの父君の話通り、敵は自分自身で同じ能力、同じスキルを使ってきます。ですが……」
その時、クレアが一瞬言葉を濁らせる。ぬ? どしたの?
言うか迷ったみたいだけど、少し間をあけて話を続けてくれた。
「私が対峙した敵が、本当に私なのかと疑問を抱かずにはいられませんでした」
「どういうことかしら? 見た目はあなたと同じだったのでしょう?」
「ああ、外見はそうなんだが……対峙した私は、まるで感情というものが感じられなかった。斬り合っても表情一つ変えず、まるで淡々と作業でもこなすかのようで、正直あの戦う姿には不気味さすら感じてしまった」
「分身体には感情が存在しないということではないの?」
「いや、それはないよ。分身体は鏡写し、喋りもするし、性格は本人そのものになるはず……なんだけどね」
「つまり、私の出会った感情の欠落した剣鬼が、『以前』の私ということなのだろうか……それは少し、嫌だな」
ずずーんと沈むクレア。えええ……部屋の中で対峙したクレアって、どれだけヤバかったのよ。
いかん、クレアのメンタルにダメージが入っちゃってる。これはいけないわ! メンタルケアも主の役目!
ぴょこんぴょこんとクレアの前で飛び跳ねながら、オル子フォロー!
「クレア、気にしちゃ駄目よ! 大事なのは過去ではなく、今! オル子さんは一緒にいてくれる今のクレアが大好きよ!」
「主殿……ありがとうございます」
うむ! やはり美少女には笑顔が似合うわ! そう、この私のように! 私のように! 大事なことだから二回言いましたよ!
元気を取り戻したクレアに、試練の攻略を狙うみんなは次々に質問攻め。
「自分自身との戦いですが、どうやってクレアは倒したのですか? 能力が同じであり、同じスキルを使ってくる以上、どこかで敵を上回るのは難しいと思うのですが」
「それが、分身と私で戦い方が大きく異なっていたのだ。分身体は私に致命傷を与えることだけを狙うように、守りを捨てて強引に攻めていた。だから私は、守りながら隙を見て切り返すことを繰り返したんだ。三時間ほど切り結んだだろうか、おそらくあの戦い方が以前の私のものなのだろうと思う」
「つまり、以前のクレアに対し、今のクレアの戦い方の相性が良かったということね。こればかりは私たちの戦いに流用できそうもないわね……」
「すまないな。だが、自分と戦うというのは非常に為になる経験だった。スキルを発動するときなど、どの瞬間が隙になるかなどがよく理解できた。もし、全員の試練が終わったら、改めて鍛錬として挑ませてもらおう。経験値こそもらえないが、価値ある戦いだ」
ひええ……三時間も死闘をして、また戦いたいなんて発想が恐ろしいわ。
クレアのミラーマッチの内容はエルザの言う通り、私たちには活かせないかなあ。記憶を失ったことで、ミラークレアが以前のクレアになってくれたみたいだし。
……でも、記憶を失う以前のクレアって、パワーごり押しで敵を無感情のままに斬り殺すタイプってことよね。今の技量と速度によって場を支配する剣士クレアと違い過ぎない? とりあえずクレアは怒らせないようにしよう。優しい人ほど怒らせたらっていうもんね!
「では、次は私が。なんとかクレアに続けるよう、頑張ってきますね」
「ルリカ、ふぁいとーう!」
次に挑んだのはルリカ。大鎌を片手に、戦場へ突入。
そして、クレア同様、きっかり五分後に戻ってきたルリカさん。なんか困惑してるけど……クレアみたいに何かあったのかな。
「どしたの、ルリカ。勝てなかった?」
「オル子様。いえ、勝利は収めたのですが……敵が、おかしいのです」
敵がおかしいって、何ぞそれ。
首を傾げる私たちに、ルリカはその言葉の意味を説明する。
「対峙した相手は確かに私でした。クレアの時とは違い、性格も自分自身そのものだったと思います。ですが、一つだけ大きな違いがありまして……戦った私は『ジュエル・オルカーネ』ではなかったのです」
「なんですって?」
「敵である私の装いが以前の『アメジスト・ラトゥルネ』と大きく変わっておらず、オルキヌス・サイザーも手にしていませんでした。能力も『オルカ化』していない頃の私とあまり変わっていない様子で、一つだけ私の持っていないスキルを使ってきたくらいでしょうか」
ほむほむ。つまり、どういうこと? 教えてエルザ先生!
私が視線を向けると、エルザは既に推測が立ったらしく、一つの考えを口にした。
「……もしかしたら、あなたが戦ったのは『オルカ化』しなかった自分ではないかしら?」
「つまり、私が対峙したのは『ジュエル・オルカーネ』ではなく同じ第3ステージの『サファイア・ラトゥルネ』ということでしょうか?」
「恐らくね。一つ前の『アメジスト・ラトゥルネ』であれば、ルリカの持たないスキルを使ってきた理由が説明できないもの。それで、『オルカ化』していない自分は強敵だったのかしら?」
「いえ。『移り気な海女神』で速度を引き上げ、一気に距離を詰めてオルキヌス・サイザーで首を叩き落として終わりましたよ。私は戦いに一分とかかっていません」
あの、ルリカさん。柔らかい笑顔でさらりと恐ろしいこと言ってると思うんですけど。
いくら分身とはいえ、自分の首を叩き落として平然と微笑むことができるなんて、流石は魔物っ娘! 容赦がないわ!
「『オルカ化』していない私はステータスも低く、回復以外に戦う手段がほとんどありませんからね。時間をかけず、一気に殺してしまうのが得策と判断しました」
「なるほどね。敵の能力やスキルは同じと言うのが原則だけど、オルカ化だけは例外なのかしら? 理由は分からないけれど、敵がオルカ化できないなら好都合ね。私とミュラも楽させてもらえそうだわ。次は私がいきましょう」
有言実行。エルザもルリカ同様、敵を一分持たせずに瞬殺したそうです。
エルザの場合、杖銃であるオルカ・ショットが非常に活きたらしいわ。魔力攻撃を物理ダメージに変換する武器だから、物理防御の低いウィッチにはひとたまりもないらしいのよね。
銃撃により、自分の分身をハチの巣にしたそうでふ。ルリカもそうだけど、エルザも容赦ないなあ……躊躇知らずね!
エルザの次に挑んだのはミュラ。
戦いから戻ってきたミュラに結果を訊ねると、グッと握りこぶしを作ってくれた。うむ、大勝利みたい!
やっぱり敵がオルカ化していないってはの大きなアドバンテージよね。オルカ化ってステータスが跳ね上がるし、有用スキルもらえるもんね。
クレアも挑む前に周辺でレベル上げしてオルカ化目指したほうが良かったかな?
ミュラに続いて挑んだのはミリィ。
戻ってきたミリィとコミュニケーションを取るかぎり、何とか勝利したみたい。
ただ、ミリィがすこぶる疲れてるところを見るに、ミラーな相手と正面から戦うのはすこぶる大変みたいね。
私の傍で限界とばかりに眠りについたミリィ。ううん、いったいどれだけ長時間戦ってたんだろう。
「おっしゃあ! 次は俺だな! このまま流れに乗って六連勝と行こうじゃねえか! カハハ!」
オルトロスから実体ポメに戻ったポチ丸が意気揚々と扉の向こうへ。
なんだろうね。ポチ丸が敵に勝つというイメージが微塵も浮かばないんだけど、相手が同じポメラニアンならいけるのかしら。
待つこと五分、再び姿を見せたポチ丸がキャンキャンと咆哮。
「おい! おかしいだろ! なんで俺の相手は『グラファン』なんだよ!?」
「え、マジで?」
「嘘なんかつくかよ! 頭に犬耳生やした『グラファン』が襲い掛かってきたわ! くそが、いきなり『鮫噛乱舞』ぶちかましてきやがって……」
「ううん、おかしいな……本来なら、君の分身と戦うことになるはずなんだけどね。エルザといい、どうも君たちは例外だらけのようだね」
ちょ、犬耳グラファンって何の冗談よ。筋肉ムキムキ大男が犬耳って、酷過ぎる。
でも、気になるのはそこじゃない。ポチ丸の敵が『ポチ丸』ではなく『グラファン』だったという点よ。
一度死んで、ポメラニアンとして生まれ変わったポチ丸が、前世であるグラファンと戦うことになった。
つまり! 私の戦う相手はシャチであるオル子ではなく、人間だった頃の私である可能性が高いということではないの!?
もし人間だった頃の私なら、よーいどんで圧殺して終わりじゃない! これは楽して勝利を手に出来るのでは!?
「よくやったわポチ丸! ある意味これは大勝利よ!」
「いや、勝利も何も、粘ったあげくに殺されたんだが……くそ、あの野郎、絶対許さねえ、ぶっ殺してやる! 後でまた挑戦するからな!」
「子犬が昔のあなたに勝てるわけがないでしょう。学ばない人ですね」
「ああ!? ルリカてめえ、やってみなきゃわかんねえだろうが! 相手はまだステージ1の頃のグラファンだから、『海王降臨』もねえしスキルだって『鮫噛乱舞』しかねえ。さっきは一時間でやられちまったが、あと何回かやれば勝てんだよ!」
一時間ももったの? ランクG-のポメラニアンがステージ1とはいえグラファンにそこまで粘るってちょっと凄くない?
ただ、ポチ丸のお子ちゃまな牙と爪で筋肉マッチョなグラファンにどうやってダメージを与えるのか、オル子さんには微塵も分かんないんだけど……オルカ化してから改めて挑んだ方がいいんじゃないかな。
他のみんなの戦いが終わり、あとは私を残すだけとなったわ。
満を持して、私は自信満々に起き上がる。
「ふふっ、どうやら私の出番の様ね。待ちくたびれたわよ?」
「どうしたのよ、自信に溢れて。さっきまで自分に勝てるわけないって泣き言だらけだったのに」
「そんな情けない過去の私とは決別したわ。たかが自分自身に克てないようでは、皆の主として胸を張れないものね? 私の分身なんて、あっという間に一蹴してあげるわ」
だって、戦う相手は人間の私だもんねー! ステータスなんてどうせオールGとかFとかでしょ? むぷぷー! 超余裕でございますわあああ!
でも、みんなの前では格好つけたいから、戦った相手はシャチの私だったってことにしときましょう!
嘘は言ってないよ! オル子さんはあくまで自分と戦って勝ったという事実しか言ってないもんね! シャチじゃなくて昔の人間だった頃の私ってのを隠すだけで!
「それじゃ、さっさと勝利を奪い取ってくるわ。ほほほ!」
「あなたが調子に乗ってる時って、確実にロクなことにならないのよね……はあ」
不吉なことを言うエルザをスルーして、私は試練の扉へと向かう。
さーて、サクッと前世の自分を殺してクリアといきましょう! むふー! 人間だった頃の私なんて、負ける気が微塵もしませぬう!
ポチ丸、申し訳ないけど私の分の難易度は全部あなたにいっちゃったみたいよ! えへ!




