62.どんな風に生まれ育ったか。知りたくなるのよ、好きな人の全てを
その日の夜、オル子さんのお部屋でみんなとお茶会という名の雑談タイム。
淑女たるもの、お茶会は嗜みみたいなものだからね! オル子さんはお手手がヒレだからカップ持てないんだけども!
本日の集いには、オル子さん、エルザ、ミュラ、ルリカ、クレア、ポチ丸、ササラ、リナ、そしてミリィの豪華メンバーでお送りしています。
キャスは仕事のノリがいいので、まだ残業するそうです。キャス、あなた仕事が恋人になりかけてるわよ!
心優しいミュラにお茶を口に流し込んでもらいながら、エルザたちにオルカナティアの内政要員不足について話してみたり。
「難しいところね。最近オルカナティアに加わった連中は『その手』の経験が皆無なうえに、頭を使うのが苦手な種族でしょう。彼らをキャスの補佐につけたところで、あの娘が頭を抱えるだけだわ」
だよねー。ディヴァルト・ティガーもラビット・ピュリアも外を走り回ってる方が好きそうだもんねー。フォレス・ケンタルスなんか楽しそうに草原を爆走しまくってるし。
私と会話をしながらエルザは飛竜小屋のマリンから提出された紙面を眺めてる。
そこには、マリンたちが育ててくれている飛竜たちの成長経過や、私の識眼ホッピングで読み取ったステータス何かがびっしり書かれているわ。エルザ的に私に生み出された飛竜たちが凄く気になってるみたい。
あの子たち、ステージ1なのに既に総合ランクDあるのよね……イルカなのに強くない? 戦う姿微塵も想像できないんだけどにゃあ。
「魔物の中で、その手の仕事をさせるとするならば、アクア・ラトゥルネ、ラグ・アース、そしてラヴェル・ウイングでしょうけれど……彼らにも既に重要な役割を割り振っているわ。それを引き抜いて、ゼロからというのもね。何より、他の種族に比べて比較的というだけで、得意という訳でもないし」
「つまり、キャスには現状のメンバーで頑張ってもらうしかない?」
「もしくは、その手の素養がある種族を引っ張ってくるか、よ。内政を担当すると言うことは、これまでにない新たな知識や経験を嫌というほど詰め込まなければいけなくなるのだから」
つまり、頭の良い魔物が必要ってことね。
頭の良い魔物ってどんな種族がいるんだろう。私の知る魔物の知識人と言えば、エルザかリナってところなんだけど……あれ? エルザ、頭良いじゃない。エルザの種族、ウィッチを引っ張ってくればそれで解決なんじゃないの?
エルザって確か、ウィッチの集落で生まれ育ったけど、退屈のあまり飛び出してきたって言ったわよね。だったら、似たようなウィッチも数多くいるんじゃないかしら。
背中の上によじ登ってくるミュラとミリィをあやしながら、エルザに提案。
「エルザさん、エルザさん。私、名案を思いついたんですけど」
「何。期待してないけど、一応聞くわよ」
「エルザって凄く頭が良いわよね。つまり、エルザの種族であるウィッチ族をオルカナティアに引き入れれば、この問題は解決すると思うの。どうかしら」
私の提案に、エルザは紙面から視線を上げて私を見つめる。うわあ、滅茶苦茶嫌そうな顔してる。こんなエルザ珍しいかも。
まるで苦虫を噛み潰したようなエルザだけど、追い打ちをかけるように、私の意見にルリカもクレアも賛同しちゃった。
「良い考えだと思います。エルザはオルカナティアの頭脳と言っても過言ではありません。ウィッチ族は知識と魔に優れた種族であることは有名です」
「記憶がありませんので、ウィッチ族のことは分かりませんが、エルザが我らの中で抜きんでた才知を持つことは明らか。その同胞ならば申し分ないのでは」
ほわあ……二人の声に、エルザが見るからに不機嫌さを増した。なぜじゃあ。
駄目よエルザ、美少女にしかめっ面は似合わないわ! 美少女は常に笑顔でいなければならないという義務があるの。そう、この私のように! にこっ!
「どうしたんだよエルザ。いきなり不機嫌そうな顔して。ウィッチ族を誘うのが嫌なのか?」
「……嫌という訳ではないわ。ただ、連中が素直に頷くとは思えない、それだけよ。それとオル子、そのニヤケ顔、無駄に腹立たしいから止めてくれる?」
ニヤケ顔……自慢の美少女オル子イックスマイルがニヤケ顔。くそう、今度鏡の前でスマイルの練習しよう。
私の真似をして口元を両手で釣り上げるミュラ。うむ、可愛いわ! 私によく似た美少女っぷりよ!
ミュラによしよしと頬ずりしている横で、ウィッチ会議は続いていく。
「連中は里に籠り、外の世界とは隔離されたなかで生きることしか考えていないわ。奴らにとっては『魔選』も『魔王』も他人事、僻地の森に隠遁して、ひたすら知識を溜め続けるだけの生きた亡霊よ。連中がオルカナティアに移住、ましてやオル子に力を貸すなんてありえない」
きっぱりと断言されてしまいました。ぐぬう、良いアイディアだと思ったんだけど。
だけど、そんなエルザに言葉を投げてきたのはリナだった。
「私はウィッチ族の里に向かうべきだと思うがな。ウィッチ族の里を制圧し、オル子の支配地に加えておくべきだと進言しておこう。ウィッチを引き込むかどうかなんぞどうでもいいが、そこだけは優先させておくべきだろうな」
「あら、『魔選』に関して微塵も情報を吐こうとしないあなたがどんな風の吹きまわしかしら。進言よりも先に、『聖地』の奥にあるものの情報を教えてほしいものだけど」
「まあそう言うな。これは他ならぬお前の為に指摘してやっているのだから。ウィッチの里を押さえる理由はお前がその地で生まれた魔物だからさ」
リナの指摘に、エルザは何かに気づいたのか、ばつの悪そうな顔になる。
ぬー? 私はリナの言いたいことが全然分からんのですけど。説明ぷりーず。
くいくいと白衣を引っ張る私を軽く足蹴にして、リナはウィッチの里を支配下におくべきだという理由を話し始めた。おおう、転がる転がる。足蹴にするなんて乱暴だわ。ぷんぷん。
「『魔選』において、支配者となったものにはスキルとは異なる一つの力が与えられる。それは、支配地の魔物に対する命令権だ。その地で生まれた魔物は、支配者の行使した命令権に絶対に逆らえない。この地に魔物を呼び寄せたから、このことは経験済みだろう?」
「うみゅ。ゴーレムとかカエルとか、さも当然のようにオルカナティアに集まってくれたわね」
「つまりだ。この先、『魔選』を戦っていくにあたり、強力な仲間の支配地をそのままにしておくのは非常に危険だと言うことだ。もし、敵対する魔物がウィッチの里を支配下におき、エルザがオル子を殺すように命じられればどうなる?」
エルザが逆らえず、私の敵に回っちゃう……ぬおおおお!? え、エルザが敵になっちゃうの!? マジで!?
「だ、駄目よ駄目よ絶対駄目よ! 私、自慢じゃないけどエルザがいないと一人で何もできないんですけど! 異世界に来た初日からずっとエルザに依存して生きてきたんですけど!」
「本当に自慢にならないわよ、それ」
「やだやだやだ! エルザが敵に回るなんて絶対にやだ! エルザはこれから先もずっと私の面倒を見てくれなきゃ嫌だ! 拾ったシャチを途中で捨てるなんて法律で禁止されてるんです! 飼い主ならちゃんと最後まで責任を以って面倒みなさいよ!」
「いつから私があなたの飼い主になったのよ……はあ」
エルザの足元に転がり、ミュラと二人でじたばたして駄々をこねる!
そんな私に、エルザは大きなため息をついて帽子を深く被りなおす。あれ、なんか顔赤くない?
「……言っておくけれど、ウィッチの連中の協力までは約束できないわよ。ただ、他の魔王候補に里を押さえられて、敵に回るのも馬鹿らしいわ。押さえましょう、ウィッチの里を」
「わはーい! これでエルザが敵に回らずに済むのね! そ、そうだ、他のみんなは!? 他のみんなの生まれた場所も押さえないと!」
エルザだけじゃなくて、他のみんなが敵に回られても困っちゃうわ!
慌てふためく私に、みんながそれぞれ自分の状況を伝えてくれる。
「私は海王城で生まれましたので、問題ありません。既にオル子様の支配下です」
「グラファン時代はウルト海生まれだが、ポチ丸だと海王城になるのか? まあ、どっちにせよ支配下だ、問題ねえよ」
「俺はこの村で生まれ育ったけど、境界線の向こうだから『魔選』には関係ないよな」
ルリカ、ポチ丸、ササラはセーフっぽい。おーけー!
「ミュラは大丈夫でしょう。スキル『従魔契約』は所有する支配地の魔物を呼び寄せるものだったから、オル子の所有する支配地のいずれかでミュラは生まれているはずよ」
「ミュラもセーフ! よかったわ!」
むふんと胸を張るミュラを頬ずり頬ずり! ミュラはいつまでもお母さんと一緒だからね!
スキンシップを存分に堪能した後、残るメンバーはクレアとミリィ。リナは……ほら、この人はまあ、命令されるとかそういうのとは無縁っぽいし、全然心配じゃないし。
「申し訳ありません、主殿。私は自分がどこで生まれたのかも……」
「だ、大丈夫よ! 記憶がなくても、私たちが傍にいるもの! 気にするこたあないわ!」
「もし、私が敵の命令にて刃を向けるようなことがあれば、その時は迷わず……」
「アーアー聞こえない聞こえない! オル子さんなーんも聞こえないー!」
恐ろしく不吉なことを言い出したクレアの言葉をシャットアウト。私がクレアを手にかけるなんて死んでも嫌じゃあ!
落ち込む私とクレアに、リナがニヤニヤと楽しそうな表情を浮かべて言葉をかけてくる。
「オーガである以上、クレアの生まれはザーランド平野だろう。そこにオーガの集落がある。オル子、『支配地勢力図』を出してくれ」
「ほいさ」
リナに促され、私はスキルによって地図を発動させる。
大陸の遥か北東、小さな紅色の場所を指さして、リナが説明する。
「オーガ族の主、『地王』ガウェルが拠点とするザーランド平野だ。オーガの住処ということで、ハーディンではなくガウェル本人が支配地を持っているのだろう。地図の色が黒ではないところをみるに、な」
「『地王』ガウェルか……ハーディンが最も寵愛する配下にして、魔王軍最強の矛。奴の下についちゃいるが、こいつの強さはハーディンと同等かそれ以上って話もあるな」
「ちょ……」
つまり、クレアに命令権を持つのは六王の一人、それも魔王の息子よりも強いかもしれないってこと!?
酷い、酷過ぎるわ! アヴェルトハイゼンですらギリギリ、ミュラの奇跡がなければ負けてたっていうのに、更なる大物だなんて! ちょっと神様、この異世界の設定おかしいよ!
でも、クレアは大切な家族だもん。クレアの安全を確保するためにも、ガウェルって奴をぶっ倒さないと……でも、ラスボスより強い裏ボス……うぐぐ。
「落ち着け。ガウェルとぶつかるのは、間違いなく『魔選』の最終局面だろう。猶予がある以上、今は放っておけ。むしろハーディンの支配地ではないのが幸いだとも考えられるぞ?」
「でもでも、もし遠くからクレアに命令が送られたりしたら……」
「この魔物界にオーガがいったいどれだけいると思っている。ただのオーガの一匹であるクレアに奴が個人的な命令を送ることなどありえんだろう……まあ、クレアとガウェルにつながりがあるなら話は変わるか。奴の肉親など私がかつて魔王軍にいた時には聞いたこともないが、家族をオーガの里に残していたかもしれんからな」
「ぬう……クレア、実はガウェルの娘だったりしない? オーガのお姫様だったりとかしない?」
「あの、流石にそれはないかと……私のような粗忽者に姫が務まるならば、それこそオーガ族は大丈夫なのかと心配になります」
そうかなあ。クレアって目が覚めるくらい美少女だし、振る舞いが洗練されて綺麗だし。
アクア・ラトゥルネのお姫様であるルリカにだって全然見劣りしないと思うんだけど。
とにかく、『山王』でいっぱいいっぱいだった今の私たちが、裏ボス『地王』に勝てるとは思えないし。
もうちょっと時間をかけて強くなって、攻略法とか見つかるまで、クレアと『地王』が無関係であることを祈るしかないかな。
「そもそも、あの堅物が配下ですらないただのオーガに強制命令など出すとは思えん。仮にお前がガウェルの娘であったとして、実の娘に刃を向けられてなお、むっつり顔で粛々と斬り合う姿しか想像できん」
「いや、それはないでしょ。実の娘と殺し合うこと受け入れるって、壊れ過ぎにもほどがあるわよ」
「ククッ、存外その通りかもしれん。奴もアヴェルトハイゼンも、そして私もな。まあ、クレアに関しては当面問題あるまい。今はエルザの身を考え、ウィッチの里を押さえることに専念するがいい」
「あれ、ミリィは?」
「こいつが操られたところで、飯でも抜いて適当に縛り付けておけばいいだろう。腹が減れば暴れる気もなくなるだろう」
「きゅるっくー!?」
とんでもない暴言を吐くリナに、とんでもないとばかりにミリィがゴンゴンと頭突きして抗議。
ご飯抜きなんて酷過ぎる! 空腹がいったいどれほど辛いと思っているの!
ミリィ、そんな状況になってもオル子さんがしっかり差し入れしてあげるからね!
「それじゃ、明日からウィッチの里に向かうってことで決定か? もしそうなら、今夜中に運搬籠の整備と点検をしなくちゃいけないからな」
「ありがとう、ササラ! お願いしちゃう! 今回の旅も同行してもらえる?」
「最初からそのつもりだよ。旅の途中で籠が壊れたり、何か作ったりする必要が出ないとも限らないからな。そもそも、既に館に住むようになってんのに、今更追い出されても困るっつーの」
やれやれ系ヒロインなササラさん。ササラももうオル子ハウスの立派な住人ねえ。
でも、ササラには色々作ってもらっているので助かってるのよね。私だけじゃなくて、エルザたちやアクア・ラトゥルネのみんなもお世話になってるみたいだし。家具に調理器具に遊び道具と、何でも作れるチートメイカー・ササラさんです。
「それじゃ、次の目的地はウィッチの里ってことで! 里に行って、ウィッチたちにお願いして支配地を譲渡してもらいましょう!」
「嫌がったら強引に奪って構わないわよ。総合ランクはEあるかないかの弱小種族だから。適当に押し潰してやりなさい」
な、なんつー怖いこと言うのエルザさんは!? どんだけウィッチの里が嫌いなのよ! 支配者の権利をもらうだけだってば!
いやんいやんと首を振る私に、リナが補足とばかりに告げる。
「ウィッチの里は魔物領域の中央やや東寄り……すなわち、『空王』イシュトスの支配地にかなり近づくことになる。せいぜい連中に見つからないように気をつけるといい」
「『空王』イシュトスね……ハーディンとのぶつかり合いで、私たちに意識を向ける余裕なんてないと思うけど」
「いや、分からんぜ? 俺を倒したことで、イシュトスの奴はオル子の地図における『魂の色』を知っているんだ。つまり、アヴェルトハイゼンの支配地をこいつが手に入れたことを把握しているはずだ。着実に支配地を広げているオル子に奴が執着してもおかしくねえ。あいつは強い奴、有能な奴を手に入れることに貪欲だからな」
つまり、良い女、最高の女である私を是が非でも手に入れたいと? あらあらまあまあ!
むふー、オル子さんは安い女じゃなくてよ! 私が欲しければ、まずは五つの難題を! ルナティック・プリンセスと呼んでくれてもよろしくてよ?
「仮にオル子に執着していても、私たちの動きを知ることはできないでしょう。なにせ相手はオル子の姿すら知らないんだから」
「確かにその通りなんだが……まあ、今回イシュトスの奴とぶつかることはねえと思うが、気を付けるに越したことはねえ。俺の知るイシュトスなら、どんな手を使っても強者であるオル子に接してくるだろうからよ。殺しに来るか、引き込もうとするかは知らねえが……」
「ほむう。とりあえず心の隅に気にかけておくわ」
「お前、気にかけたところで一晩寝れば忘れちまうだろうが。頭に入れておくべきはエルザだエルザ」
まあ、なんて失礼なブサポメなのかしら。実際その通りなんだけど!
しかし、ポチ丸ってば随分イシュトスを警戒するのね。元主、仕えていた身として何か感じるものがあるのかしら。でも、まあ、今回はイシュトスと戦うことが目的じゃないもんね。
サッと行ってササッと用件を済ませて戻れば問題ないだろうし。ハーディンさんとイシュトスさんはどうぞどうぞ、そのまま殺し合いでも何でも続けて下さいまし!
今回の旅に戦いなんぞありません! 永遠の親友エルザさんの家族をオルカナティアにご招待するための旅なのですからね!
「ところでエルザ、ここ一番重要なところなんだけど、ウィッチ族にイケメンな殿方はいるかしら? そっけなさのなかに愛情の垣間見える知識人系男子なんて、オル子さん的にドストライクなんだけど! 普段は適当にあしらってくるのに、いざという時には私のために熱い姿をみせてくれる……ふほおおおお! た、たまらんですぞ!」
「知らないわ。興味ないから」
む、このそっけない反応は間違いない、絶対にイケメンがいるわ! 眼鏡系美男子がいるわ! いないなんて嘘にオル子さんは騙されませんぞ!
ウィッチの里についたら、是非ともエルザに男の子を紹介してもらわねば。
恋は戦場とはよく言ったものよ。恋の駆け引きでも勇猛果敢に肉食系で攻めさせてもらいます!
もちろん、男の子の前では皮を被ってお淑やかで控えめな女の子を演じるんですけどね! ほほほ! ウィッチの里、実に楽しみだわ!




