61.静かな夜に、そっと一人で空を見上げるの
「そこの区画はディヴァルト・ティガーの住居に当てると決めておいたじゃろう? 何故そこにラビット・ピュリアの要望が出てくる?」
「ディヴァルト・ティガーとラビット・ピュリアは昔から仲が悪いそうで。水辺に近い区画を欲しているのはラビット・ピュリアも同じなのに、そこをディヴァルト・ティガーに与えるのは不公平だと」
「ああ、そういえば連中はそうであったの……だったらその北部の区画をラビット・ピュリアの住居にするかの」
「そうすれば、今度はディヴァルト・ティガーが更に川の上流を望むでしょうな」
「まるで子供の喧嘩じゃのう……」
ほむー。なるほどー。大変ですなー。
オル子ハウスの傍に立てられた国政館。その一室にて、机の上で頭を悩ませるキャスを見つめながらゴーロゴロ。
毛布の上に転がり、用意されたお菓子をバリボリ。お腹の上に乗るミュラとミリィと一緒に爽やかなおやつタイムを満喫中です。
そんな私に、キャスは溜息をつきながら愚痴を零す。
「オル子よ、お主たちがドンドン魔物を引きつれてくるのはいいのじゃが、内政が全く追いついておらんぞ。住居や食料に関しては問題ないが、こうも多種族が入り混じってはのう」
「ほむほむ。やはり、今こそオル子さんの領主令嬢としての力の見せどころかしら。よし、まずはオルカナティアの国民すべてに裁縫をさせるわ! 私に相応しいドレスを綺麗に仕上げた者に褒美を取らせるわ! さらに国内のイケメンにはもれなく全員にオル子さんのお婿さんに来る権利を与えちゃう!」
「うむ、お主に愚痴など零して申し訳なかった。二度と弱音など吐かぬから安心せい」
遠まわしに拒否されたでござる。オル子さん、めっちゃやる気出してたのに。
寝転がったまま、私はクッキーをボリボリと食べながら再びキャスの仕事ぶりを眺めることにする。
山王を倒してから一月。
あれからオルカナティアは順調に住人を増やすことに成功していた。
その原動力となっているのは、何といってもラヴェル・ウイングたち。
北部一帯に顔の訊く彼らは、飛竜たちに襲われ数を減らしてしまい、滅びを待つしかない魔物たちを次々口説いてオルカナティアへと参入させてくれた。
猫耳と八重歯が特徴的なディヴァルト・ティガー族。女は猫耳以外人間みたいなのに、男は全身モフモフモコモコでした。オル子さんはケモナーではありませんぬ。
ウサギ耳と赤い瞳がキュートなラビット・ピュリア族。女はウサギ耳以外、人間みたいなのに、男は兎でした。巨大兎そのものでした。オル子さんはケモナーでは(以下略)
下半身の馬体が立派なフォレス・ケンタルス族。流石の私も、下半身がお馬さんの王子様はちょっと。馬のイケメンは求めてないです。
そんな感じで、次々とオルカナティアに新たな魔物が増え、街は人口増加の一途なのです。
しかし、日に日にオルカナティアの住人が増えてきて、私の代行として内政担当のキャスも大変そうだわ。
お髭の元領主さんとか部下とかいるんだけど、ウチの魔物って脳筋ばかりだからそういう仕事できそうにないし。敢えて言うなら、ラグ・アースとラヴェル・ウイングくらいかなあ。
「でも、ラグ・アースには農業とかに力入れてもらってるし、ラヴェル・ウイングは警邏関係やスカウティングを任せてるし……やっぱり、頭を使える系の魔物を探して交渉しないと駄目かしら? 私のように頭が切れる明晰な魔物をね!」
「お主のような魔物は要らんが、内政を支える人員増加は大歓迎じゃぞ。これから先、オルカナティアはまだまだ大きくなるじゃろうからの。魔物の集落で終わらず、国として形を作るのであれば、『この手』の仕事ができる人員は是が非でも増やさねばならぬ」
「そっかー。まあ、今夜あたりエルザたちと相談してみるわ。キャス、クッキー空っぽになっちゃった。おかわりプリーズ」
「くっ、遠慮を知らぬ王様じゃのう……ミレイ、頼む」
キャスに促され、笑顔の素敵な秘書さんがクッキーを取りにいってくれた。ありがたう!
仕方ないね、キャスが『今日の昼、少しの間だけ職場に来てくれぬか。お菓子も出すぞ』って言ってくれたんだもんね。もらえるものはもらう! それがオル子さんなのです!
用意してもらったお菓子のお代わりをバリボリ食べながら、キャスに質問。
「ねえ、キャス。職場に来てくれって言ってたけど、私、いつまでここにいればいいの? そろそろミリィを飛竜小屋に連れて行かないといけないんですけど」
「もう少しじゃ。そろそろ来ると思うでな……どうやら来たようじゃの」
キャスがそう言った瞬間、扉が激しい音を立てて開かれる。
そして、扉の向こうから現れたのは種族の異なる一組の男女。
一人は白いモコモコの体毛が特徴的な長身短髪マッチョマン。白いトラのような……いや、もうトラだわ。どう見てもトラの顔をした強面筋肉男。
そしてもう一人は、ピンと立ったウサギ耳が特徴的、ブラウンフェザーボブの女の子。
二人は互いを押しのけ合いながら、キャスの前に現れて声を大にする。
「ちょっとキャス様! 呼び出しにこの馬鹿が一緒なんて聞いてないんですけど!」
「ああ!? そいつはこっちの台詞だ! なんで俺が雑魚ウサギなんかと一緒に入室せにゃならんのだ! こいつは追い払っていいぞ、キャス様!」
「なんですって!? その不細工面、二度と見れないように蹴り飛ばしてやろうかしら!」
「やってみろ、チビウサギが!」
「ああもう……やめんか! 馬鹿者ども!」
激しい唾の飛ばし合いに、げんなりとしてキャスが間に入ってる。相変わらずねえ、こいつら。
私の前に現れたのは、先ほど話題に出た種族の長を務める魔物。
トラの方が、ディヴァルト・ティガー族の長、ギーバ。イメージとしては、ポチ丸から知性と冷静さと思考深さを差っ引いて、喧嘩っ早さを二倍にした感じ。
そして、ウサギの方がラビット・ピュリア族の長、エーヴェ。性格は明るく何でも興味を示すムードメーカー、でもギーバに対してだけは辛辣を通り越した何かってところかな。
二人とも若いのに、種族の長を務めるだけあって、その実力はそこそこ。総合ランクはギーバがD+でエーヴェがDだったかな? 私たちオル子組を除けば、オルカナティアでも上位の実力者と言えるわね。
ただ、見ての通り、二人はすこぶる仲が悪いのよね。
この二人が顔を合わせたとき、喧嘩しているところ以外見たことないわ。元来、この二種族は仲が悪かったみたいだけど、この二人は別格のような気がする。
今なんか額がぶつかるくらいの距離で睨み合ってるし……いや、これ、もうちょっと近づけば立派なキスシーンじゃないの?
憎み合う二人が、偶然のキスをきっかけに恋に……ふ、ふおおおお! 悶える! 悶えるう!
べちんべちんとヒレで床を叩いて興奮していると、その音に気付いたみんなが私に視線を向けてくる。あ、失礼。邪魔してごめんち!
「ほら、見るがいい。お主らがそんな有様じゃから、オル子の機嫌を損ねておるではないか」
「そ、そうなのですか!? あ、あわわ、ち、違うんですオル子様! 私たちはそのようなつもりではなく……」
「そ、そうですぜオル子様! オル子様がいらっしゃると知っていれば、このような醜態を見せるつもりなど……」
私の機嫌を損ねたと思ったらしく、二人は慌てて謝罪の弁を並べ始める。
私全然怒ってないんだけど……なんかこの二人、私に対して必要以上に怖がってるのよね。
いや、原因は分かるのよ? オルカナティアに来たとき、二人が私に『我らを従えたいなら、それに見合う力を以っていることを証明しろ』なんて言うもんだから、オル子さん頑張っちゃったわけよ。
地面に向かって全力で『ブリーチング・クラッシュ』ぶっ放して、どでかいクレーター作ってみせたり。
『海王降臨』発動させて、大空を全速力で飛翔しまわって速度自慢したり。
んで、二人に対してワル子さんモードで『力の証明だったわね? 面倒だから、全員まとめてかかってきなさい。ああ、力加減を間違えてしまっても恨まないで頂戴ね?』って言ったら、こんな風になってしまいました。私、悪くないですぞ?
私が『海王』『山王』であることや、総合ランクがAであることを話したら、顔青ざめてたし……
エルザ曰く『獣に近い種族であればあるほど、群れを率いる者には強さを求める』とのことだから、私が強くなきゃ王様として認めーん!ってことだったんでしょうね。
私はヒレをヒラヒラとさせながら、二人にリラックスするように言ってあげる。
「別に怒ってないからそんなに固まらなくてもいいのよー。オル子さんは女神のように優しいのです。決してやましいではなくてよ、おほほのほ!」
「そ、そりゃあ良かったです」
「ほっ……改めまして、オル子様、お目通り出来て光栄です」
「うぬ、おはよう! ところでクッキー食べる? おいしいよ!」
「あ、いえ、それは流石に……」
頬を引きつらせて拒否されました。しょぼーん。
私たちの会話に割り込むように、キャスがパンパンと手を叩いて口を開く。
「ほれ、そこまでじゃ。今日、主らを呼んだのは他でもない。最近、ディヴァルト・ティガーとラビット・ピュリアの諍いが多過ぎる。あまりに下らぬものから、見逃せぬものまで多くて困り果てておる。揉めるなとは言わぬが、それにも限度があるじゃろう」
「お言葉ですがキャス様、そりゃあ仕方ありませんぜ。俺たちとウサギどもはかつて縄張りを争いあった同士なんですから」
「そうです! いつもいつもつまらない因縁吹っかけてくるバカトラたちと仲良くするなんて無理ですよ!」
「ああ!? 誰がてめえらなんぞに絡んだよ!? 吹っかけてくるのはお前らだろうが!」
「なんですって!?」
何だろう、この甘酸っぱい青春ラブコメ見せられてるような気持ち。体当たりしていいかな。
呆れ果てて溜息をつくキャスが、私にちらりと視線を向け、ニッと笑う。ほむ? 何の笑顔?
そして、コホンと咳払いをして、キャスは私に問いかける。
「と、いうことだそうじゃが……オル子よ、こやつらの主張はどう思う?」
「んー? オルカナティアの中で喧嘩されるのは困るわね。だって、二種族の揉め事のせいで他の真っ当な住人に迷惑が出てるってことでしょ? それはちょっとねえ……どうすれば解決するかなあ――いっそ片方が消えればこんな問題もなくなるのかしら?」
「ひっ」
「あうっ」
接近するから駄目なのかな。例えば、二種族を正反対の区域に住まわせてあげるとか?
ほむ、悪くないかも。隣接地域から消すことで、ぶつかることもなくなるし。長年の諍いはもう時間が解決するのを待つしかないかなあ。
とにかく、今はこの二種族のせいでラグ・アースとかに面倒が出ても困るし。よし、そういう風に助言しましょう。
そう心に決め、キャスに意見を述べようとしたら。
「という訳じゃ。覇王たるオル子がその気になれば、我らなどいつだって消せるのじゃぞ。こやつの機嫌を損ねてまで争っても仕方なかろう。喧嘩をするなとは言わんが、決して他種族に迷惑をかけるような行動だけは慎むようにの」
「は、はい! 肝に銘じておきまさあ!」
「わ、分かりました! すべてはオル子様の御心のままに!」
私が意見するより早く、二人は執務室から飛び出していった。
あれ、私の名案による仲裁は? 呆然とする私にキャスは息を吐いて言葉を紡ぐ。
「他ならぬオル子の命令じゃからの、これで連中も大人しくなるじゃろうて」
「え、私何も命令してないんですけども」
「まあまあ、ここは命令したことにしておいてくれぬかの。魔物にとって『強さ』とは絶対じゃ、王であるお主が『仲良くしろ』と言えば、従わざるをえんじゃろ。全く、本当に不仲とはいう訳でもないくせに、面倒をかけおる」
「そうなの?」
「ぶつかっておるのは、昔の喧嘩を忘れられん一部の連中だけじゃよ。現に街ではディヴァルト・ティガーとラビット・ピュリアが仲良くしているところなど、しょっちゅう見かけるわ。今日はお主の力を利用するような形で済まなかったのう」
それでキャスの仕事が楽になるなら全然かまわないんだけども。私、寝転がってクッキーぼりぼり食べてただけだし。
しかし、オルカナティアも大きくなって、色々とあるのねえ。これが国を造るってことなのかしら。
「まあ、私は王様として何も出来てないんだけども。キャス、内政のお仕事はいつ回してくれても構わないからね! オル子さんちょー頑張っちゃうよ!」
「うむ、絶対回さんから安心するがよい! まあ、お主は王として強く在り続けてくれればそれでよい。この苦労は我らが背負うものであるし、何より毎日が充実しておるしの! くふふ、サンクレナで傀儡の王になるよりよっぽど楽しいわ! 国が大きくなり、富んでいく実感が満ちておるでの! 楽し過ぎて睡眠すら惜しいくらいじゃ!」
キャスが何だかワーカーホリックみたいなこと言い出したけど、大丈夫かしら。
まあ、執事役の元領主さんもついてるし、大丈夫でしょ。でも、内政要員の補充は考えないとなー。要エルザに相談ね。
クッキーを食べ終え、ミュラとミリィを背に乗せて、オル子さんは国政館を後にして飛竜小屋へと向かう。
飛竜小屋は文字通り、飛竜を育てるための小屋で、私とミリィの『はじまりの竜族』スキルによって生み出された飛竜を養育するための場所。
まあ、小屋といっても学校の体育館くらいの大きさがあるんだけどね。
街中に作られた飛竜小屋の扉を開き、私は室内に入り込む。
すると、私たちの姿に気づいたらしく、小屋の中にいた飛竜たちは私たちに向かって一斉に飛び込んできた。
「みゅみゅー!」
「みゅーう!」
「わはー! おお、よしよし、可愛い可愛い! きなこもち、ごまだんご、さくらもち、ようかん、もなか、おはぎ! みんな元気そうでなによりよ!」
次々に飛び込んでくる飛竜たち。ゴンゴンと頭をぶつけてくる飛竜6匹に、私はされるがまま。並び立てたお菓子は飛竜の名前です。命名、私。和菓子食べたい。
そんな飛竜たちに、ミリィは頭をぶつけ返してもきゅもきゅ鳴いているし、ミュラは頭をナデナデしてご満悦。
心温まるコミュニケーションを取る私のもとに、歩みよってくるのは飛竜小屋の責任者であるラグ・アースの女の子。
「いらっしゃいませ、オル子様。今日も飛竜のご視察に?」
「ええ、無事に成長しているようでうれしいわ。全てはマリンたちのおかげよ。感謝するわ」
「いえ、そんな。私たちこそ、オル子様とミリィ様の飛竜を任せて頂けて……」
恥ずかしそうにはにかむマリン。どう見ても幼子だけど、これでも立派な大人らしいです。ラグ・アースマジックだわ。
この飛竜小屋は飛竜育成のためにエルザの指示によってつくられた施設。
私とミリィの力で生み出された飛竜を、ラグ・アースたちによって飼育し、将来はオルカナティアの空を守る立派な一員として育てるための場所なのよ。
飛竜たちをあやしながら、私はマリンに訊ね掛ける。
「今日は新しく孵化した卵はなさそう?」
「ええ。もうすぐかなという卵はいくつかありますが」
「そっかあ。おおう! お腹くすっぐたい! ぬふーう!」
こつんこつんと私のお腹をタックルしてくる飛竜たち。元気いっぱいすぎ!
そんな姿に笑みを零しながら、マリンは私に問いかけてくる。
「それではオル子様、本日もスキルを?」
「うーん、そうするつもりだけど、大丈夫? あまり飛竜を増やして、手が回らなくなったりしない?」
「大丈夫ですよ。孵化待機の卵は八個、私たちの人手にはまだまだ余裕があります。何より、この子たちはみんないい子だから手がかかりませんので」
「そっかあ。それじゃあ、やっちゃおうかな。ミリィ、やるわよ!」
「きゅるくー!」
じゃれてくる飛竜から抜け出し、ミリィは私の上でスタンバイ。
そして、私と一緒にスキル発動! 『はじまりの竜族雄』、どーん!
私とミリィの体が光に包まれ、その光は私たちから離れて床に敷き詰められた藁の上に。
むくむくと光が形をなしていき、そこで生まれたのは三十センチほどの小さな白い卵。
その卵をマリンは大切そうに抱きかかえながら、にっこりと笑顔を浮かべる。
「確かに受け取りました。オル子様とミリィ様の飛竜は我々が責任を以って育てますので」
「ありがとう! 大変なお仕事だとは思うけれど、よろしくね!」
「きゅるっくー!」
私の頭の上でミリィも嬉しそう。
なにか制約があるのか、一日一個までしか産めないけど、こうして日々飛竜小屋で新たな飛竜が生まれているのよ。
オルカナティアの人口増のためにも、戦力増の意味でも、毎日頑張るようにってエルザに言われているからね。オル子さんもミリィも頑張るよ! 飛竜可愛いしね!
「それじゃ、私たちは戻るから。またね」
「はい。またのお越しをお待ちしています」
「みゅみゅみゅー!」
「みゅーん!」
飛竜たちに別れを告げて、私たちは飛竜小屋を後にする。
うむ、今日も飛竜たちが元気そうで何より! 言うなれば、あの子たちも我が子みたいなものだからね! 愛情たっぷり注がねば!
マリンたちをはじめとした、優秀なスタッフの力もあるもの。すくすく育って立派なドラゴンになってね!
「……ただ、何故か飛竜の外見が全員そろってイルカなのよね。解せぬ」
卵から孵った子どもたちは、誰一人例外なく外見がイルカそのものでした。
オルカからイルカが、しかも卵から生まれるってどうなんだろう。どんな合成事故起こしたらシャチと竜のスキルでイルカになるんだろう。
まあ、可愛いからいいんだけどね! 可愛いければオールオッケー!
こんな感じで今日も私のオルカナティアでの一日は経過していった。
山王を倒してはや一カ月。最近のオルカナティアは素敵な感じに平和です。もちろん、私もね!
いやー、このまま何事もなく過ごせるといいなー。山王がアホみたいに強かったもの。しばらく強敵はこりごりだもんね! 平穏って素晴らしい! このまま当分ダラダラ生活をエンジョイするわよーう!




