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ex.4 ミュラ

 



 ミュラの朝は早い。


 太陽が昇り始める時刻、少女は目を覚ます。

 ふかふかの敷布からむくりと起き上がり、視線を隣へと向ける。


「でへへへへ……は、ハーレムエンドきちゃったわあ……グレイ、ユリウス、ネフェルト、マルシアス、しかも隠しキャラのオルステッドまで……うひひ」


 ミュラの隣では、オル子が仰向けになり、何やら気色の悪い寝言を漏らしながら爆睡の最中である。

 ぐーすか眠りこけるオル子、そんな彼女の尻尾にガジガジと噛み付いているのは桃色チビ竜ことミリィだ。

 寝ぼけ眼でオル子の尻尾を噛んでいるミリィをミュラは抱きかかえ、部屋を後にする。


「きゅるくー……もきゅーん! もきゅーん!」


 ミュラに運ばれる最中に目覚めたミリィは、大きな声で鳴き声をあげはじめる。

 あやすようにミリィを何度も抱きかかえ直しながら、ミュラはチビ竜を館の食堂へと運んでいった。

 食堂に辿り着くと、オル子たちの朝食の準備を進めていた長い髪を背で束ねたアクア・ラトゥルネがミュラに気づき、ぱたぱたと駆けて近づいてくる。


「おはようございます、ミュラ様。お腹を空かせたミリィを連れてきて下さったのですね」


 館で働くアクア・ラトゥルネの一人、ユーリの言葉にミュラはこくんと頷く。

 まだ幼竜であるミリィはとにかく空腹を訴える。お腹が空けば、早朝だろうと夜中だろうと構わず大声で鳴く。

 けれど、この鳴き声によってオル子が睡眠を妨害されたことは一度もない。なぜなら、ミリィが鳴くよりも早く、ミュラがいつも察知して食事を与えているためだ。


 ユーリに用意してもらった獣肉にかぶりつくミリィ。そしてミリィの頭をよしよしと撫でるミュラ。

 その姿は微笑ましく、ユーリは自然と笑みを零してしまう。


「ミュラ様も朝食を召し上がりますか? すぐに準備はできるかと思いますが」


 ユーリの問いに、ミュラはふるふると横に首を振った。

 二人の会話に、ユーリとは異なるボブカットのアクア・ラトゥルネが笑って参加する。


「ありゃりゃ、振られちゃったねユーリ。ミュラ様はオル子様と一緒じゃないと嫌なんですよね?」

「あら、レナ。そうなんですか、ミュラ様?」


 二人に対し、ミュラはこくこくと頷いて肯定。

 あくまでミリィの空腹を満たすことが目的であり、ミュラの朝食は絶対にオル子と一緒なのである。


「きゅるくー!」


 肉を食べ終え、満足したらしいミリィの頭をポンポンと撫でる。

 そして、ミュラは二人に手を振り、ミリィを抱きかかえて食堂の外へと出て行った。

 扉の向こうに消えるミュラを見つめながら、ユーリとレナは雑談に花を咲かせる。


「本当に凄いわね、ミュラ様。お眠りになられているオル子様を起こさないように、お腹を空かせたミリィの世話を毎朝毎晩こうしてみているんだもの」

「いいわよねえ、ミュラ様……私も将来あんな娘が欲しいなあ。あ、そう言えばこの前の話、考えてくれた? ラヴェル・ウイングの男連中、結構、格好いいところ揃えてくれてるみたいよ」

「うーん……止めておくわ。今は充実しているし、仕事が恋人でいいかな」

「枯れてるね~。ま、気が変わったら教えてよ。ユーリの席は空けておくから」


 笑いあい、二人は仕事へと戻っていく。

 もちろん、ミリィ専用の食事皿の片付けを忘れずに。










「きゅーるくっ、もっきゅー、もっきゅーっきゅーん!」


 食堂を出て、元気いっぱいに鳴き声をあげるミリィを連れて、ミュラは次なる目的地へ。

 オル子の部屋と同じ階層にある一室の扉をノックして待つこと数秒。扉を開いて姿を現したのはクレアだ。


「おや、ミュラか。おはよう、ミュラ。今日も早起きだな。良いことだ」


 そう言ってクレアは微笑み、ミュラの頭を優しく撫でる。

 最近のクレアはミュラに対して敬語であることを止めている。

 主であるオル子の娘ということもあり、最初はオル子同様敬語で接していたのだが、ミュラがなぜか嫌がってしまったため、現在はこのように少しだけ砕けた感じになっている。

 当初クレアは難色を示していたものの、エルザ曰く『あなたが主君として接する相手はオル子だけであってほしいんでしょう』とのことで、本人がそれを望む以上、クレアが折れるに至ったようだ。


 笑うクレアに、ミュラは腕に抱いていたミリィをずいっと差し出した。

 ミリィを受け取ったクレアは、嬉々として腕の中で幼竜を抱きなおす。


「うむ、今からポチ丸や熊おこ剣を連れて朝の散歩に向かうところだったからな。いつもどおり、ミリィは私が責任を以って世話をしよう」

「きゅるくー!」


 朝の散歩と耳にした瞬間、クレアの腕の中のミリィが大喜び。

 食後の散歩が大好きなミリィの喜ぶ姿を見て、うんうんとミュラは頷く。

 こうして朝食を済ませたミリィをクレアに預けるのがミュラとクレアの間で毎朝恒例となっていた。

 街中を散歩できてミリィは大喜び、そんなミリィを見てミュラは嬉しい、日課の散歩のついでにミリィを可愛がることができてクレアもご満悦。そんな三人であった。


「それじゃ、私たちは散歩に行くとしよう。いくぞ、熊おこ剣! ポチ丸!」

「がう」

「んだよ……まだ朝っぱらじゃねえか、んなもん一人で行けって毎日言ってんだろうが……俺ぁ眠いんだよ……」

「何を言う。朝の澄んだ空気を吸い、オルカナティアの始まりを眺めながら良き一日の始まりを感じる素晴らしき時間ではないか。それに、ポチ丸の強制参加はルリカに厳命されているのでな。『館でダラダラさせて太らせるつもりはありません』とのことだ」

「ダラダラしてねえだろ! ったく、俺だって毎日忙しいんだよ! 巨大タニシと戦ったり、クユルオオカブトと戦ったり、戦士としての研鑽を……」

「では私たちは行くとしよう。ミュラ、また後で」

「ぬおおおおお!? ち、ちくしょおおおお!」


 熱を込めて語っている間に首輪とリードを嵌められ、ポチ丸はクレアに部屋の外へと連れ出されていった。

 楽しそうに鳴き声をあげながら去っていくミリィと熊おこ剣、笑顔のクレア、悲鳴を上げるポチ丸。

 そんな彼らを見送り、ミュラはオル子の部屋を目指し、とてとてと歩いていく。


「ん? ミュラではないか」


 オル子の部屋に戻ろうする際、廊下でばったりリナと出会う。

 なぜか掌で菓子を転がしているリナ。彼女の手の中で転がされている菓子に釘付けになっているミュラに、リナはククッと笑う。


「この菓子が気になるか? これは諦めの悪い魔女娘と行った盤上遊戯の戦利品でね。幾度と私に食い下がったのは褒めてやりたいが、頭脳戦でこのリナ・レ・アウレーカを出し抜くにはまだまだ足りんな」


 どうやら彼女の手の中のお菓子はエルザから合法的に奪い取ったものであるらしい。

 最近、オル子がササラにお願いして作ってもらった『オセロ』なる盤上遊戯にエルザとリナの間でブームとなっているらしい。

 もっとも、作ってくれとお願いした張本人は館の誰にも勝てないため、すぐに飽きてしまっているのだが。


「ほれ」


 手の中のお菓子をミュラの頬に押し付け、リナは優しく笑う。それは普段の彼女が見せない表情で。

 お菓子を受け取り、じっと見上げるミュラの頭を一撫でして、魔女はいつも通りの彼女に戻り、掌をひらひらとさせて去っていく。

 手のひらサイズのクッキーを貰ったミュラは、ブンブンとリナの背中に手を振って別れを告げ、オル子の部屋へと戻っていく。


「ぐぬーう……幼馴染の少年と、お金持ちの貴族なんて私には選べぬうう……もういっそ三人で幸せに……にゅふふ……」


 室内で相変わらずだらしない顔で眠りこけているオル子。

 眠りこける彼女の巨体に毛布を掛け直し、ミュラは手に持つクッキーを半分に割る。

 そして、片方をオル子の口の中に入れ、もう一枚をポリポリとハムスターのように口に頬張る。

 クッキーを食べ終え、満足してミュラはいそいそと毛布の中に潜り込み、オル子に抱き付いて二度寝を敢行するのだった。

 

「もぐう……甘いわ……甘くておいひい……なんてこと、初めてのキスの味は甘いというのは真実だったのね……ふへへ」


 もしゃもしゃとクッキーを咀嚼しながら、未だ夢の世界で奮闘し続ける――ミュラがこの世で一番大好きな駄シャチの温もりを誰より傍で感じながら。





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