58.すくすくと優しい子に育ってほしいわ。願うことなんてそれだけ
『山王降臨』を解き放ち、ランクがS+まで上昇したアヴェルトハイゼンさん。
体を包む黄色の輝きは、私たちの攻撃を確率で無効化するなんてトンデモスキル仕様。ぐぬぬ、まだよ、まだ負けた訳じゃないわ。
敵に無敵化があるとはいえ、こちらも『海王降臨』によって敵の『ドラグ・グラビティ』を封じているもの。先ほどの連続攻撃を見せた以上、奴も同じカードは切れないはず。
うむ、そう考えれば全然いけるわ!
敵に私たちの動きを封じる手段がない以上、さっきみたいに速度でかき乱して翻弄してやればいいのよ!
「クレア、奴の『ドラグ・グラビティ』は私の『海王降臨』のせいで使えないはず。再び速度でかき乱すわよ。敵が確率で攻撃を無効化するというのなら、二倍、三倍の攻撃を叩き込んでやればいい」
「了解です!」
私とクレアは再び奴を挟み込むように位置どり、アヴェルトハイゼンと対峙する。
平然を振る舞っているけれど、これまでの攻撃でダメージがゼロなはずがない。
奴だってダメージが蓄積しているはずなのよ。弱気にならない、勝てると信じてぶつかるのよ!
「――『チェンジ・アームド』」
ぬ、敵が何かスキルを使った! 警戒、警戒!
特に変化は外見では見えないけれど……ええい、女は度胸よ、突っ込め! 予定通り、私は敵の背後を目がけて体当たりを敢行。
私の攻撃に反応し、敵はハンマーを振り回そうとするけれど、遅いわ! 奴のハンマーを振り回す速度は勉強済みよ、大振りなんて怖くな……うおお!? は、速っ!?
「あばっ!?」
「うあっ!」
アヴェルトハイゼンの巨大槌が私のテンプルとクレアの背中に一瞬にして叩き込まれた。星がっ、目から星がっ!
あまりの速さに一瞬目で追えなかった。嘘、なんでそんな速く振り回せるの!?
足の止まった私たちに、アヴェルトハイゼンは何でもないように淡々と告げる。
「言っただろう。時間をかけて確実に一匹ずつ潰すと。武器の性能を破壊力重視から命中重視へと切り替えた。ダメージこそ落ちるが、これなら回避されることもあるまい」
「ぐっ……」
こ、こいつ、まだそんな手を! 何よ、今まで通りぶんぶんハンマー空振りしてなさいよ! 本当に嫌な奴!
だ、だけど慌てることはないわ。確かに敵の攻撃は速くなったけど、その分ダメージは落ちてるもの。
敵の攻撃を耐えつつ、こっちも時間をかけてみんなで削っていけば、『山王降臨』の守りを崩せるはず……
「さて、俺は勝負を急ぐ必要はないが、貴様はどうかな?」
「……なんですって? どういう意味よ」
「そのままの意味だ。『海王降臨』を解放してどれほど時間が経ったか。残り時間は心許ないのではないか?」
あ。あ、あああああ! し、しまったああああ!
そうだった、『海王降臨』の効果時間は600秒! つまり、十分だけ! それが終わると、まる一日使用できなくなる!
つまり、じっくり奴を削るなんて悠長なことやっちゃ駄目じゃない!
な、なんて迂闊……『海王降臨』の残り時間はあとどれくらいなの!? これが消えちゃうと、私たちに『ドラグ・グラビティ』を防ぐ手段がなくなっちゃう!
こ、こうなったら攻めて攻めて攻めまくるしかない! 被弾覚悟でラッシュラッシュラッシュよ! 体当たり! 尻尾ビンタ! ヒレビンタ!
私とクレアの猛攻を前に、アヴェルトハイゼンはハンマーを振り回して対応する。
だけど、アヴェルトハイゼンは私たちの狙いを看破したように戦い方を切り替えてきた。
これまでは一撃必殺を狙うように振り回していたのに、今は巧みにハンマーを操って私たちへ確実に攻撃を当ててくる。
ぐうう、こいつ、こんな戦い方もできるんじゃない! 私は何とか耐えられるけど、クレアは決して防御力が高い訳じゃない。
二発ほど良いのをもらい、明らかにクレアの動きが悪くなっている。い、いかん!
「『レプン・カムイ』! クレア、一度下がりなさい! ダメージが溜まり過ぎよ!」
「くっ……すみません、後退します」
タゲ取りをして、クレアを一度ルリカの方へと後退させる。
敵が私一人になったことで、奴の猛攻は加速する。まるでハンマーの五月雨、上下左右と散らした攻撃が私のボディにこれでもかと撃ち込まれる。おごごご! 痛い痛い痛い!
対して、私も何とか反撃を繰り出しているんだけど、全然効いてる気がしない。
多分、『山王降臨』の無効化が発動しているみたいで、殴った感じが三回に一回くらいしかないもん。
くそう、さっさと倒さなきゃいけないのに、奴のハンマーの雨と『山王降臨』の防壁のせいでちっともダメージが与えられないじゃない。
鈍足パワーアタッカーだと思ってたのに、こんな武芸者みたいな戦いができるなんて想定外よ。
ただでさえ無敵防御が厄介なのに、クレアもびっくりの槌術なんて……もうこうなれば敵の狙いは一目瞭然だわ。相手は私の『海王降臨』のタイムオーバー狙い。
時間切れで効果を消失した後、『ドラグ・グラビティ』を絡めた連携で一人ずつ仕留める気だ。
それが痛いほど分かるからこそ、それより先に仕留めなきゃいけないのに……うううう……駄目だあ! 私じゃこいつの守りを抜けない!
洞窟内で『ブリーチング・クラッシュ』は使えないし、確率無敵防御あるから一発技は使いたくない。
隙が無い状態で『冥府の宴』を使っても、槌によって何発も無駄撃ちにされちゃう。
駄目だ、私の手札じゃどうしようもない。あああ、時間が、時間がっ、時間がああ!
「――消えたか。どうやら勝負あったようだな」
「あ……」
突然、私の体から漲るような力が抜けるのを感じた。ああ、終わった……
『海王降臨』がなければ、私たちに奴の『ドラグ・グラビティ』からの『ドラグ・プレス』の凶悪コンボを防ぐ方法がない。
正直、あんなのをもう一度くらって意識を保てる自信がありませぬ。私でそうなんだから、他のみんなは一発くらえば終わりってこと。うう……ど、どうしよう!?
「まだよ! まだ私は負けていない! 『海王降臨』がなくたって、お前なんぞ叩き潰してやる!」
「まるで折れることを知らんな。死を恐れていないのか、それともただの阿呆か……だが、悪くない。懐かしい感覚だ」
ふぬう! こうなったら、敵がスキルを使う前にボコボコにしてやる!
軽量化したハンマーで私が死ぬことはないから、ひたすら歯を食いしばって前に出る! そして強烈な一撃をお見舞いし、そこから『冥府の宴』コンボを決めてくれる!
そうよ、このダメージの少ないハンマー状態なら、まだ勝機は……
「――『チェンジ・アームド』」
はい、消えたー! 勝機消えたよー! 何このCPUレベルパワフル。酷くない?
『ドラグ・グラビティ』が使用可能とみるやいなや、前と同じ一撃必殺を可能とするスタイルに早変わり。
こいつ、マジで容赦ない……オル子さん、かよわい普通の女の子なのに、ひどぃょ……あったまきた! 絶対ぶっ殺してやる! 異世界破壊爆弾よこせ!
「さあ、終焉だ。鬼岩槌に光が灯ったとき、それが貴様の最期となる」
「人の死期を勝手に決めるんじゃない! 死ぬのはお前だと言っているでしょう!」
ひいいい、ハンマーに光が集まり始めた! うわあああん! クレア、いつまで回復に時間かけてるのおおお! お願いだから早く戻ってきてえええ!
私が必死で体当たりラッシュをやっても、奴はハンマーを構えたまま反撃しようとしない。
こ、こいつ、もう一撃必殺を私に決めることしか考えてない! 自慢の装甲と『山王降臨』の無敵スキルで攻撃を耐え凌ぎ、チャージが溜まり次第、殺人コンボを決めるつもりだわ!
見える。『ドラグ・グラビティ』からの『ドラグ・プレス』で大空を舞う私の姿が見える。命の灯火が消えちゃう自分の姿が鮮明に幻視できちゃう。
「この、このっ! 倒れろおおお!」
あああ、手を翳してきた! ハンマーも光り輝いてる! うふ、投了でございます!
私の攻撃を受けながら、奴は掌を私に向けたまま言葉を紡ぐ。
「ここまで俺を攻め立てたのは見事だった。もし、貴様がもっと上のステージであったならば、戦いの経験を多く積んでいたならば、勝敗は逆になっていただろう。それほどまでにオル子、貴様は末恐ろしい魔物だった。時代が時代ならば、魔王すらも目指せただろう」
「あ、あ……」
「だが、それも全てここで終わりを迎える。貴様の唯一の過ちはこの俺、アヴェルトハイゼンと出会ってしまったことだ。俺と対峙してしまったこと、あの世で後悔し続けるがいい」
ああ、これ完全に終わった。私に奴の悪魔コンボを防ぐ手段なんてない。
思えば、短い生涯だったわ。シャチにされ早数カ月、恋を求めて流離い続けたけれど、イケメンとの出会いは絶無。切ない終わりだったわ。
だけど、こんな私でも唯一誇れるものがある。
エルザ、ミュラ、ルリカ、クレア……ついでにポチ丸。そして、オルカナティアのみんな。
みんなに出会えたこと、楽しく一緒に過ごせたことだけが私のシャチ人生の誇りだわ。
ああ、みんなが大好きなあまり、幻すら見えてきたわ。アヴェルトハイゼンの背後の上空に、みんなの姿が見える。
杖を構えたエルザ、鎌を振り上げたルリカ、剣を振り上げたクレア、あいかわらずブサポメなポチ丸、そして運動会で使うような黒い大玉を持ち上げたミュラ。
まるでテレポートでもしてきたかのように空に浮かぶみんなの姿に感動。
ごめんね。みんなのことは守れなかったけれど、あの世には一緒にいけそうだもんね。みんなで一緒に天使に頼み込んで、来世は貴族令嬢五人姉妹ウィズ茶ポメとして社交界デビューを……
「さらばだ、オル子。『ドラグ・グラビ』……なっ!?」
意気揚々と私にトドメを刺そうとしたアヴェルトハイゼンに、ミュラの幻が全力で黒い大玉を投げつけちゃった。
大玉が奴に当たった瞬間、まるごと敵の体に吸い込まれていった。
そして、アヴェルトハイゼンの表情が驚愕に染まり――奴の体を包んでいた黄色の輝き『山王降臨』が消え去ってしまった。
さらに、掌に集まっていた『ドラグ・グラビティ』の輝きも、ハンマーに集まっていた『ドラグ・プレス』もなぜか全て消失しちゃった。
えっと……え? 何が起きてるの? 空から降りてくるみんなは幻じゃないの? 後方にいたはずなのに、どうやって一瞬で移動を……
「オル子! 殴りなさい!」
「よ、よく分かんないけど、ほわたあああ!」
「ぐおっ!?」
エルザに一喝され、私は奴の腹部に向けて全力で体当たり。『山王降臨』が消えちゃってるので、当然ながら無敵防御は発動しませぬ。
頭突きをもろにうけて、アヴェルトハイゼンの体がくの字に折れ曲がる。わお、こいつの呻き声、初めて聞いたかも。
「ぐっ……スキルが封印されただと……馬鹿な、これはアディムの……」
と、とにかく好機とみてよろしいですね!? う、うおおお! 攻めろおおお!




