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56.全てを受け入れる覚悟、そんなの朝の間に済ませておくものよ

 



「真っ黒ボディに純白お腹~ つぶらな瞳を輝かせ~ セクシーキュートでご免候~ ぷりちー令嬢オル子ちゃーんが異世界にあっらわっれたっ~」


 頭の上にミュラを乗せ、歌を口ずさみながらダンジョンの奥へ奥へ。

 私の歌を気に入ってくれたのか、頭の上でミュラもパチパチと手拍子。むふー! 子どもは小さい頃から音楽を学ばせた方がいいと言うものね! 

 私の美声によってミュラは将来絶対音感を手に入れてしまいそう! 将来は芸大のお受験を考えてもいいかもしれないわ!


 ふむ、ミュラも大喜びだし、情操教育のためにも、ここはガンガンと歌を続けるべきね。よーし、ミュラ、次はお母さんの大好きなヒットナンバーいっちゃうわよ!

 お母さんが大好きだったゲーム『俺の手の中で悠久に踊れ』の主題歌、いっちゃいますか! 


「俺の瞳に移るお前はまるで物言わぬ人形~ 例えるならそれは島根の県産米のごとく~」

「オル子、静かに。その毒音波スキルを一度止めて頂戴」

「ちょ、毒音波スキルなんてオル子さん持ってないの知ってるよね!?」


 くそうくそう、きっとこの世界には歌を愛でるという文化がないに違いないわ。

 こうなったら異世界を周り、私の歌で文明開化を実行するしかないわ。黒シャチ襲来よ! 開国を要求するう! ついでに国内のイケメンを全てオル子さんに献上しなさい!

 異国の男性たちに囲まれてハーレム生活を妄想していると、前方を歩くクレアとルリカが武器を構える。そして、エルザが息を一度吐き、ゆっくりと杖を持ち直して口を開く。


「どうやら、この先にいるみたいね。オル子、ミュラ、戦闘準備を」

「いるって……『山王』?」

「恐らくね。この重圧、魔王の眷属なんかとは比較にならないわ……まさしく六王。どうやらポチ丸の予想は当たっていたようね」


 やべえ、エルザさんの言ってるプレッシャーとか全然感じられへん。

 他のみんなはビンビンに感じてるみたいだけど、私には気配なんて微塵も分かんないですぞ。

 通路の先、曲がった向こうに『山王』とやらがいるんだろうけど……よし、とりあえず知ったかぶりしときましょう。一人だけ気配が分からないなんて恥ずかしいもんね!


「ふふっ、かなり濃密な魔の気配がするわね。この暴れ狂うような力、あまりに強大過ぎて中てられてしまいそうよ」

「逆よ。魔の気配が静か過ぎるの。それでいて、これほどの張りつめたような重圧を放てるなんて、よほどの実力者がいるという証明だわ」

「そうね、その通りね、ええ、もちろん分かっていたわ。今のはエルザを試しただけよ、おほほほほ……」


 おうふ、エルザさんの視線の温度がぐんぐん低下していらっしゃる。これはまずい!

 まあ、とりあえず、とうとうボス戦ね。六王、つまりはグラファン以上の使い手なんだから当然強敵。

 だけど、私たちは全員ランク3まで上がってるわけで、グラファンと戦った時とは違うわ。どんな敵だろうと、決して後れを取ったりしない筈よ。


 むふんと気合を入れなおし、私はみんなの先頭に。ミュラは私から降りて、偽オル子を展開して騎乗済みよ。

 ボスと戦う時は私が前に出る! どんな攻撃をしてくるか分からない以上、みんなを守るために頑丈な私が前に出るのはこれまでも、これからも決して譲れないのです!

 気持ちをワル子へとシフトさせ、背中にみんなを感じながら、いざ出陣!


「さあ、『山王』アヴェルトハイゼンとやらを殺しにいきましょうか。魔物らしく、容赦も手加減も要らないわ。どこまでも獰猛にその臓腑を食い散らかしてあげましょう」

「はっ! 主殿に勝利を!」

「すべてはオル子様の命じるままに」

『カハハッ! いいぜ、いいぜ! 最高に滾るじゃねえかよ! ひりつく空気、溢れ出る殺意と殺意のぶつかり合い、殺し合いはこうでなきゃいけねえ!』

「『山王』を仕留め、この一帯を支配地に置けば、オル子は小魔王や空王と並ぶ最強の一角に成り上がる……絶対に勝たせてみせるわ。この娘の未来、夢の為にも」


 みんなの頼もしい返事を背に、私は通路の奥へと進んだ。さあ、どんな敵でもかかってきなさい! ビビったりなんかしないよ!

 通路を抜けた大空洞。溶岩があちこちで気泡を弾けさせているその奥で、私たちの来訪を待っていたかのように立ち尽くす一人の男と巨大竜。え、ちょ、ボスが二人いるんですけど。そんなの聞いてない!


 全身を淡い桃色に染めた巨大竜。大きさにして十メートルは優に超えるかも。

 前に山奥で戦った糸目竜ほどは大きくないけれど、それでも十分過ぎるように思えるわ。

 大きな図体とは対照的に、人懐っこそうな瞳をさせた桃色竜は私たちを興味深そうにじっと見つめている。

 ううん、あんまりこっちは凶悪そうじゃないわね……となると、前の男が『山王』で間違いないかな。


 桃色竜の前に立つのは、全身を黒鎧で固めた鎧男。顔までフルフェイスの兜をしているから、どんな顔をしているかまでは分からない。

 でも、二メートルほどの身長を更に超えるような巨大ハンマーを片手で抱えている時点で迫力満載。何あの岩石の塊みたいなハンマー。

 あんなので殴ってくるの? オル子さんのアイドル顔負けの小顔を? し、死ぬんじゃないかな流石に。

 

 私たちが接近している今も、男は攻撃してこない。

 ふむ、問答無用で殴ってこないということは、会話をお望みかしら。

 エルザに視線を向ければ、無言で杖を構える。これはきっと『指示されれば先制で攻撃する』という意味ですね。

 ううん……でも、ボスと戦闘前にいきなり奇襲して倒せるなんて漫画でもゲームでも全然なかったのよね。

 むしろ爆煙巻き上げて『やったか!』からのボコーってカウンターされるイメージしかないわ。

 漫画やゲームと一緒くたにしちゃいけないってのは分かるけど……


 よし、こうしよう。私が一人だけ前に出て会話をしましょう。

 もし、敵が卑怯にも奇襲をかけてきても、私がタゲ取りしての開幕と同じだし、あまり痛手ではない。何より、そんなことする時点で敵は小物確定、私たちの敵じゃないわ。

 私はヒレでみんなを制止し、視線で『いつでも攻撃できるように』と合図を送り、前に出る。

 やばい、近くで見たら滅茶苦茶怖いんだけど。もうみんなのところに帰りたい。数秒前にこんな案を決断した自分をぶっとばしたい。


「一匹で前に出るとは剛胆なことだ。これ幸いと俺から奇襲されると考えなかったのか?」


 あらやだ、凄いクールイケボ。超好み。

 グラファンが血気盛んな若者声だとしたら、こっちは落ち着いたクール系の若い声。声の響きが心地いいわあ。兜の下イケメンだったりしない?

 おっといけない、集中集中。いつものオル子さんなら尻尾をパタパタ振ってすり寄るところだけど、今はみんなの命を背負ってるワル子さんなんです。容赦はしないよ!


「会話を誘っておいてよく言うわね。仮に奇襲されたなら、お前が会話する価値もない、その程度の相手だったと嘲笑して殺すだけよ。逆に私たちが奇襲していたら、お前もそうしていたのではなくて?」

「フッ、違いない」


 一度鉄槌を下ろし、鉄鎧さんは私に向き直る。

 武器を下ろしたということは、いきなりオル子叩きしたりしないよね? ハンマー片手に不意打ちシャチシャチパニックは嫌よ!


「俺の名はアヴェルトハイゼン――『山王』アヴェルトハイゼンだ。貴様の名を聞こうか」

「オル子よ。あなた風に名乗るなら『海王』オル子といったところかしら」

「『海王』だと? 貴様、我が友ジーギグラエを倒したのか?」

「正確にはジーギグラエを倒して『海王』に成り上がった魔物を倒した、かしら」

「そうか、ジーギグラエが逝ったか……老いて本来の力を発揮できなくなっていたとはいえ、奴ほどの男を退ける魔物が現れるとはな」


 いや、私じゃないからね! 殺したのは私じゃなくて、クレアの肩の上に乗って、間抜け顔で舌を出してる、目つきの悪いチビブサカワ白ポメだからね! 


「新たな『海王』オル子よ。貴様がこの地を訪れた目的は俺の抱える支配地が目的といったところか? 『海王』と成り上がった身ならば、当然『魔選』のことも知っていよう。支配地を集め、魔物たちを従え、魔物の王となるのが貴様の望みか?」

「いいえ、違うわね。私がここにきた理由はただ一つ、お前が邪魔だから。飛竜を生み出し、次々と支配地を南下させていくお前を放置していると、私の領地にまで被害が出てしまいそうなのよ。今すぐ支配地集めを止め、獲得した支配地を全て私に献上するなら命だけは助けてあげてもいいわよ?」

「それは出来んな。俺はアディムの夢を継ぎ、次魔王とならねばならん。奴の夢は下らぬ野心に捕らわれたハーディンやイシュトスでは決して叶えられぬ。死してなお無念として残る奴の夢、ならば俺がそれを叶えてみせよう。俺の死後、奴に良い手土産となるように」

「前魔王アディムの夢? それはどんなものかしら」

「魔王を目指さぬお前には関係のないことだ。『魔選』に勝ち抜く覚悟も、『魔選』の開かれる意味も理解せぬお前たちにはな。魔王とは、魔物の上に君臨して形式だけの王を気取るだけの存在ではないのだ」


 むか。私、こういう『俺には事情あるけどお前らには分からないよな』的に見下す奴が大嫌いなんですよ!

 話もしないのに私が理解できない前提にするの止めろお! もしかしたら理解できるかもしれないでしょ! 現国ではちっとも作者の意図を読み取れないオル子さんだけども!


「ふん、別にいいわよ。死んでしまった男の夢なんて興味ないし。それで、お前は魔王となるために飛竜をあちこちに飛ばすのを止めるつもりはないのね?」

「当然だ。ハーディンもイシュトスも呑み込み、魔物の領地を全て支配下におくまで俺は止まるつもりはない」

「そのために竜族どもに尻尾を振って竜を借りているのね。偉そうなことを言う割には、竜族にとって都合の良い道具でしかないように思えるけれど。所詮、お前は下っ端で、お前の背後には竜族どもがいるのでしょう?」

「下っ端か。ククッ、そうであればどれほど楽であったろうな。このような縛りがなければ、俺もリナ・レ・アウレーカのように自由でいられたものを」


 ぬ、そこでなぜドSが出てくるんでしょうか。確かにフリーダム過ぎる人ですけども。

 というか、この人、リナの知人だったのね。元魔王軍のお偉いさんだから当たり前と言えば当たり前だけど。

 私との会話に満足したのか、アヴェルトハイゼンは巨岩ハンマーを肩に担ぎ、エルザたちの方を顎で指す。


「戻るがいい。貴様が仲間の元に戻り次第、そこから殺し合いの始まりだ。俺も貴様も譲れぬ理由があるなら、殺し合うしかあるまい。強者が弱者を蹂躙する、それが俺たち魔物の唯一にして絶対の掟だろう」

「仲間の元に戻るまで待ってくれるなんて随分と紳士ね? 悪いけれど、手を抜いてなんてあげないわよ?」

「その軽口もすぐに叩けなくなる。ああ、言っておくが『こいつ』は戦いに加わらん。飛竜を量産するために力を利用させてもらっただけの存在で戦闘能力などない。まあ、視界に入って邪魔だというなら、殺してくれても構わんがな」


 そう言いながら、背後の桃色竜を指し示す。

 むう、そんな風に言われては殺したりできないじゃない。オル子さんは温厚な動物には優しいのです。

 昔は小学校の飼育係として鶏と箒で決闘していたくらいの動物愛よ? 飛び蹴り痛かったなあ。


「私が必要としているのはお前の命だけよ。さて、あまりに長話をして体が冷えてはたまらないものね――本気で殺すわ。せいぜい私を愉しませなさいな、『山王』アヴェルトハイゼン」

「ククッ、俺を殺すなどと宣言した魔物ははたして誰以来だろうな――やってみろ、『海王』オル子」



 視線を交わして笑いあい、私はみんなの元へ戻る。

 こえええ! あいつこええええ! 今、殺気出てた! ぶわーってアヴェルトハイゼンからヤバいオーラ出てた! 私でも感じ取れたレベルだった!

 動揺を必死に押し隠し、私はみんなのもとへ戻る。私が戻ると同時に、エルザが小声で話しかけてくる。


「よく頑張ったわ。動揺したり隙を見せなかったのは褒めてあげる」

「し、死ぬかと思った。殺気がぶわわーって! あいつ化物だわ! 強者オーラ半端ない!」

「落ち着いて。識眼ホッピングは?」

「あ、忘れてた。えへ」


 でこピンされた。ごめんちゃい!

 ゆっくり振り向き、ハンマーを片手で構えるアヴェルトハイゼンに対して識眼ホッピング発動! 総合ランクはAかA+か!




名前:アヴェルトハイゼン

レベル:9

種族:エンシェント・ドラグ・アーマー(進化条件 レベル20)

ステージ:9

体量値:S 魔量値:A 力:S 速度:C

魔力:C 守備:SS- 魔抵:S+ 技量:C 運:C


総合ランク:S




 これは酷い。もうそれ以外に言葉がありませぬ。

 グラファンがAだったのに、それを3段階も上回るSなんて酷過ぎる。『海王』と『山王』でどうしてこんなに違うのよ? 海の方が山より面積広いのに詐欺過ぎるゥ!

 いや、グラファンが成り上がったばかりの魔物に対し、アヴェルトハイゼンは前魔王アディムに古くから仕えていた強者だものね。

 だからグラファンより遥かに強いってのは分かっていたけど、それでもこのステータスは……守備SS-ってこれ、ダメージ入るの……?

 私の視線の先には、ハンマーを振り上げ、異様なプレッシャーを放つアヴェルトハイゼンさんの姿が。

 

「さあ、かかってくるがいい。老いたジーギグラエでは味わえなかったであろう、アディムより任ぜられた六王の真の恐怖を貴様たちに叩き込んでやろう――目覚めるがいい、我が鬼岩槌よ!」


 わあ、何か岩ハンマーが黄色く輝き始めたんですけど。やる気満々なんですけど。

 オル子さん、これからパワーSの力で振り回されるあのハンマーに殴られるんですか? あんなのに、全力で? マジで?

 ……天使さん天使さん、あの世に来店の予約をお願いしたいんですけど。次の転生先に美少女令嬢とか今度こそ空いてたりしませんかね? ね?



 

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