6.いくら美少女でも真のヒロインは私。譲れない戦いがここにあるの
大木モンスターを倒したら所有支配地なるものを手に入れました。意味不。
ぬおおお、なんじゃこりゃああ。
ステータス画面を見ると、総合ランクの下に所有支配地なるものの記述がばっちり書いてるじゃないのよ。
ええと、つまり、この森はクユルの森って名前で、そこのボスがこの大木『アディム・ユグドラル』って奴で、そいつを私が倒しちゃったから私が代わりにボスになりましたよってこと?
「というかね、前から思ってたんだけどね、この異世界って転生者に不親切過ぎない? 説明書を寄越しなさいよ! 支配地ってなんですかー! ボス倒したらどんなメリットがあるんですかー! 弊社であなたはどのようにご活躍できるとお考えですかー!」
ビタンビタンと草むらを跳ねまわって抗議。ふう、とりあえずストレス解消。
不親切過ぎるくせに、ステータス表記はアルファベットだったり算用数字だったり、本当に訳わかんないわね。ここ、もしかして本当にゲームの世界なんじゃないの?
「支配地云々はおいといて、この新しいスキルは凄く便利ね」
『識眼ホッピング』ってやつのおかげで、私のステータスのスキルに説明文が追加されてる。ただ、相変わらずオルカ・ポッドは意味不明だけど。シャチの加護って何よ、胡散臭過ぎて震えるわ。
CTってなんだろう。カウントタイム? チャージタイム? とにかく次に撃てるまでの時間だってのはなんとなく分かるけど。
でも、この能力、『自他』のステータスってことは、もしかして敵の能力も見ることができたりとか?
私は視線を倒木に向け、頭の中でステータス呼び出し。あ、やっぱりいけた。
名前:アディム・ユグドラル(死亡)
レベル:6
種族:ヴァン・ファン・ユグドラル(進化条件 レベル20)
ステージ:4
体量値:C 魔量値:C 力:D 速度:F
魔力:B 守備:D 魔抵:D 技量:C 運:D
総合ランク:C-
レベル下じゃん! 総合ランクも下じゃん! 私より格下じゃない!
いやいやいや、おかしいでしょ。こいつ、めっちゃ手強かったわよ? それがレベル6なんて在り得ない。経験値も山ほどくれたし、どう見ても強キャラだったと思うんだけど……まあいいや、終わったことだし。
とりあえず、こいつを倒したおかげで私の当面の食糧となるリンゴの確保はできたわ。
シャチボディなだけに、どれだけ食べるのかが少し不安だけど……よし、食糧問題は解決。
「次はあの女の子よね。人命救助、人命救助……っと」
少し茂みの奥にある、避難させた場所へと私は泳いでいく。目、覚ましてるかしら。あ、まだ寝てる。
大木に捕まっていた桃髪少女は、無防備に体を草むらに投げ出したまま気を失っている。どうしよう。起こした方がいいのかしら。寝かせたままの方がいいのかしら……でも、いいなあ、美少女。綺麗だなあ。私もこんな風になりたかったなあ。
「いいなあ、いいなあ。おっぱいもなかなか大きい。私だって本来ならこんな風に正統派ヒロインになる予定だったのに、どうしてシャチ……えいえい」
何か悔しいので、ヒレでおっぱいを突いてみたり。わあい、柔らかおもち。むにむにむに……はあ、むなしい。
私がもしこんな素敵な体を手に入れていたら、女子力に磨きをかけて出会いを求めに求めていたわね。中世風異世界ならやっぱり貴族の社交かしら。
凛と咲く花のごとく振る舞って、王子様の目に留まり、ライバルたちを押しのけてゴールイン……ぬふふふふ、いい、実に素敵だわ。ロマンスを感じるわ。
「いいなあ、いいなあ、私もそんな恋がしたいなあ。キラキラ輝く女の子になりたいなあ……さっさとシャチなんて止めて美少女になりたい! こんなけしからんおっぱいしてる貴女もそう思うでしょ!?」
「……いや、訳わかんないんだけど。なんで私、見たこともない魔物に胸を触られながら意見を求められているの? 何、この混沌過ぎる状況」
「あ、目覚めた。これは失礼」
魔法使いちゃんが目を覚ましたので、私はおっぱいを突いていたヒレをひっこめる。女性同士だし、まあノーカンね。てへ!
釣り目の魔法使いちゃん、私を凄く訝しむような眼で見つめてる。いや、そんな睨まれても……仕方ないわね、ちゃんと説明してあげますか。
「大丈夫? 長い間、結構気を失っていたみたいだけど、状況は分かる?」
「大きな魚が空を飛んで、しかも言葉を喋っているわね……あなた、本当に何なの?」
「さ、魚じゃないもん! ギリギリ哺乳類だもん! 胎生だもん!」
傷ついた! 過去最高クラスに傷ついた! 誰が魚介類か!
ジッタンバッタンと草原を跳ねまわって抗議する私に、魔法使いちゃんはげんなりとした溜息をついている。
ぬー! 失礼な子ね! 命の恩人になんて態度! こうなれば私の必殺技、恩の押し売りバーゲンセールを放つしかないわ! 恩着せがましくこれでもかと訴えてやる!
「私が頑張らなかったら、あなたは死んでいたかもしれないのよ! あなたは巨大樹のモンスターに捕まって気を失っていたの!」
「……ああ、そっか。私、魔王の眷属に捕まったんだっけ。あなたが私を助けてくれたんだ、ありがとね」
あれ、素直にお礼が返ってきた。何よ、良い子じゃない。
謙虚な私はブンブンとヒレを振って言葉を返す。恩の押し売り? そんなことしないわ、私は謙虚ですもの、おほほのほ。
「いいのよいいのよ、人の命が掛かっていたんだもん。困ったときはお互い様よ。本当に無事でよかったわ」
「人? 誰が?」
「誰がって、あなたに決まってるじゃない。どう見てもあなた、人でしょう?」
私の言葉に、美少女ちゃんは眉を顰める。あれ、何かおかしいこと言ったかな。
顎に手を当てて、少し考える仕草を見せて、美少女ちゃんは再び口を開く。
「……まあいいわ。ところで、魔王の眷属はどうしたの? 私をあいつから引き離してここまで逃げてきたのかしら」
「魔王の眷属って、あの大木のことよね? ウッディなら倒したわよ」
「……嘘。え、冗談よね? あいつ、この森の支配者なのよ?」
「嘘じゃないわよ! あなたの命と貴重な食料確保のため、私がシャッチシャチにしてやったわ!」
シュッシュッとヒレを振り回してシャドーボクシングをしてみせるも、言葉が返ってこない。
むー、信じてないわね? 実物見せれば納得するかしら。私は美少女ちゃんを倒木箇所まで連れて行ってみた。
倒れた巨木を見て、美少女ちゃんはびっくりした表情を浮かべた後、慌てて樹に駆け寄った。
「本当に死んでる……森の王を倒すなんて、あなた、本当に何者なの?」
「何者って、将来美少女志望のシャチだけど……え、何、もしかしてコイツ、倒したのって拙いの? リンゴが食べたかっただけなんだけど……」
い、いかん……これはいかんですよ。
この大木ってもしかして倒しちゃいけない系の植物だったんじゃ……
さっきから魔王の眷属、魔王の眷属って呼んでるし、これ、この世界の魔王さんの所有物する盆栽とかそういうオチだったり……し、知らないもん! こうなったら逆切れして誤魔化すしかないわ!
「だって仕方ないじゃない! 右も左も分からないこんな世界に産み落とされて、何故かシャチになってて、どうすればいいか分かんなかったんだもん! おまけにお腹は空くから、何か食べなきゃいけなくて、そうしたらコイツが良い匂いさせてたんだもん! 私は悪くない、悪くないもん! 何もかもパッパラ天使のアホのせいだもん!」
わ、私は悪くねえ! そう、仕方がなかったのよ。リンゴを食べなきゃ私は死んじゃう、生きるためには仕方なかったの!
ビタンビタンと飛び跳ね、自分でも見苦しいくらいの拙い理論武装を展開しつつ、そっと上目遣いで美少女ちゃんを見上げると……あれ、何か笑ってる。ちょっと怖い笑顔なんですけど、何これ。
まるで釣り上げた魚を見つめるがごとく、美少女ちゃんは私に暗黒微笑を向けて問いかけてきた。
「ねえ、あなたのこと、もっと聞かせてもらってもいいかしら。私、あなたに凄く興味がわいたの。私の名はエルザ、まずはあなたの名前を教えて頂戴?」
「ぴっ……お、オル子でございます」
なぜか圧倒され、敬語で自己紹介する私。
そう、今思い出したわ。かつて前世の私も、人前では見事なまでに小心者だったのよ。
ビビリでチキンで夢見る乙女、それが私――オル子なのよ。ていうかこの子、本当に怖いんですけど! モンスターより怖いんですけど!
あかん、これはきっと勝手におっぱい揉んだことに怒っているんだわ……
ちちち、違うんですお巡りさん。あれは……そう! あくまでも救助活動、愛の心臓マッサージです(キリッ)