52.時が来たなら、全力で走るだけ。それが私の矜持よ
なんだか小腹が空いてきたかも。お菓子食べたいな。
そんなことを考えながら、私は横になってみんなの話し合いに耳を傾ける。
「『山王』アヴェルトハイゼン……噂は聞いたことあるわ。身の丈の倍以上の鉄槌を振り回し、アディムの敵を次々と粉砕した鉄鎧族の雄。アディムの死後、いの一番に魔王軍から去ったそうだけど」
「奴は竜族と親交が深く、アディムの時代は魔王軍と竜族がぶつからないように間を取り持っていたそうだぜ? 竜族はどいつもこいつも人間や魔物を下に見てやがるが、そんな堅物どもに気に入られているアヴェルトハイゼンなら竜族の用意した魔王候補に相応しいんじゃねえか? まあ、この情報は全部イシュトスからの受け売りなんだがよ」
「イシュトスはアヴェルトハイゼンを警戒していたの?」
「おうよ。次期魔王争いにて邪魔になるのは魔王軍を継いだ息子のハーディン、何をしでかすか予想できないリナ・レ・アウレーカ、そして竜族をバックにつける可能性があるアヴェルトハイゼンだそうだぜ。まあ、そんななかに一匹、とんでもない化け物が割り込んできたんだがな」
ほほー、そんな化け物がいるんですか。本当にこの異世界は怪物の見本市ね。
なによポチ丸、私をジロジロ視て。お腹が空いたならルリカに言うように。ついでに私の分のおやつもお願いしてプリーズ。
ポチ丸を弄るのに飽きたのか、ミュラがポチ丸を解放して私のお腹の上にダイブ。おほほ! お腹がくすぐったくてよ! 可愛い可愛い!
「参ったわね、そんな大物が厄介な場所で支配地を広げていたなんて。ハーディンとイシュトスが膠着しているなかで利を得ようとしたけれど……何でもそう都合よくはいかないものね」
「そうか? 逆に言えばこれはまたとない好機とも言えるぜ? 魔王軍を離脱したアヴェルトハイゼンに昔のような鉄鎧軍団は存在しねえ。ライルっつったか、奴の言う通りアルバ火山とやらに奴が飛竜を従えて引き籠ってるなら、攻め込んで叩いちまえばいい。下手に竜峰に下がられて、竜族の庇護下に逃げ込まれちまったらお手上げになるからな」
「相手は六王よ? 無計画に突っ込んでいい敵ではないでしょう」
「何言ってやがる。こっちにゃ『海王』になった奴がいるじゃねえか。正面切って『海王』を倒したんだ、堂々と正面から『山王』も叩き潰してやりゃあいい」
「相手はアディムの時代から『山王』として名を馳せたほどの相手です。オル子様が倒した、つい最近『海王』になったばかりの誰かとは格が違うかと思うのですが」
「おい、ルリカ。てめえ、俺に喧嘩売ってやがんのか? あ?」
「いえ、別にそういう訳ではありませんけれど」
なんかルリカとポチ丸がいちゃついてる。私にはイケメンとの出会いの一つもないっていうのにね。リア獣なんて爆発すればいいのに。
……ふむ、ポチ丸を軸に展開されるラブ・ストーリー。ルリカが元カノで、クレアが今カノ。
クレアと付き合ったものの、元カノであるルリカのことが忘れられないポチ丸、それを思い悩むクレア……うおお! 何このドロドロ愛憎劇!
やばい、興奮してきた! ミュラをお腹に乗せたまま、飛び跳ね飛び跳ね! びったんびったん!
「ほら、オル子の奴を見やがれ。『山王』の奴と殺し合うことを想像して滾ってやがるじゃねえか。こいつは俺と同じ戦いを喜びとする大馬鹿野郎だからな、気持ちは痛いほどに分かるんだよ」
「バカってところには強く同意するけれど、この娘は絶対そんなこと考えてないと思うわよ。頭が痛くなりそうだから突込みはしないけど」
「だが、ポチ丸の言うことにも一理ある。主殿がこれから先、魔物領地で支配地を拡大していく以上、遅かれ早かれ『山王』はぶつかる相手。ならば、相手の規模がこれ以上脅威とならないうちに始末するべきだと私は思うが」
「オル子、あなたはどうすべきだと思う?」
エルザに意見を求められ、私は跳ねるのを止める。
ミュラがもっとぴょんぴょんしてほしいとペチペチお腹を叩いてくるのをよしよしとあやしつつ、思考開始。
このラヴァーレ渓谷の北部一帯を支配している奴が『山王』とかいう六王の一人で、そいつをどうにかしないと、この地域だけではなく、下手すればオルカナティア近隣まで支配地を広げてくるかもしれないと。
何とかしないといけないんだけど、敵の戦力や力は未知数。分かるのは、相手が確実にグラファン以上に強いということくらい。その時点で既に逃げ出してオルカナティアに引きこもりたいんだけど……ここで下がっても、遅かれ早かれ戦うことは確定な訳で。
「戦うしかないんじゃないかな? だって、そいつを放っておいたらもっとヤバくなるんでしょ? 無駄に勢いづかれて、その勢いのままにオルカナティアの近くまで支配地奪われて、街が飛竜に襲われたりしたら目も当てられないし」
風邪はひき始めが肝心だって言うからね! 酷くなる前にきっちり対処をするのです!
ちなみにオル子さん、生まれてこのかた風邪を引いたことない健康優良児だったのが自慢です。出席の皆勤賞がずっと続いてたんだよ、死ぬまではね!
私の言葉で意見が集約されたのか、エルザは結論をまとめてくれた。
「分かったわ。では、これからの予定を大きく修正しましょう。私たちの目的はこの銅色に染まった支配地の支配者討伐よ。その支配者は六王の一人、『山王』である可能性が高く、まず強敵とみて間違いないわ。敵は『山王』と仮定するからには、万全の状態で挑む必要があるもの」
そう告げ、エルザはミュラとルリカに視線を向けた。
あ、エルザの言いたいこと何となく分かっちゃった。確かグラファンと戦う前も同じ流れだった気がするわ。
ミュラとルリカがもう少しでレベル20に到達するから、つーまーり。
「ミュラとルリカが進化してから、行動を起こすのね?」
「そうよ。特にルリカはオルカ化が目前に迫っていて、劇的な能力上昇が見込めるもの。全員がステージ3まで到達すれば、相手が六王と言えど正面からぶつかれるはずよ。『海王』の時とは違って、こちらにはクレアという新たな手札もあるのだから」
「なるほど! ルリカ、クレア、今回のキーマンはあなたたちよ! 期待してるわ!」
「すべてはオル子様の御心のままに」
「必ずや主殿の力となりましょう」
むふー! 二人とも頼りになるわ!
ウキウキでいると、ミュラが私の頭へよじ登り、ペチペチと叩いてくる。気合十分ね! もちろんミュラにも期待していてよ!
「次にぶっ殺す相手は『山王』で決定か。クハハッ! 魂が震えるじゃねえか! 雑魚のトカゲなんざ狩るより、よっぽど心躍るぜ! やはり殺し合いは強え奴とやり合うに限るからな!」
「ポチ丸が楽しそうでござる。ところで『山王』ってどれくらい強いの? ポチ丸がビッグバンインパクトだとしたら、アヴェルトハイゼンとかいうのは半径4メートルくらい?」
「また意味不明な例えを……相手はアディムの時代から名を馳せた強者、総合ランクで言えばSに到達しているのは間違いないでしょうね。『空王』が警戒しているところを見ても、リナ・レ・アウレーカと同等かしら」
「あ、やばい、オル子さん急にポンポン痛くなりました。オル子は置いてきた。これからの戦いについてこれそうもないって感じで置いて行ってくだしあ」
「そう。やる気に満ちているようで何よりだわ。今回もあなたには最前線で体を張ってもらうからそのつもりで」
ですよねー。オル子は逃げられない!
Sランクの敵なんて恐ろし過ぎるんですけど……でも、こいつを倒さないと私の未来はないわけで。
くそう、こうなったら開き直ってやるしかない! こっちには私のほかに四人も強者が揃ってるのよ! しかもクレアはポチ丸によって劇的パワーアップも遂げているわ! Sランクの一匹や二匹怖くねえ!
「問題は支配者がどこにいるか正確な特定できないってことよね。ライル君の話だと、飛竜はアルバ火山から飛んできているそうなんだけど、そこに居座っているとは断言できないし」
「グラファンの時は海王城にいるとルリカから聞いていたものね。今回はそのヒントに縋って火山方向を探し回るしかないかしらね。非効率的であまり良い方法とは言えないのだけれど」
参ったなあ。こう、支配者がここにいますよー! みたいに探知できる方法でもあればいいんだけど……ぬ?
私の頭の上で、ミュラが急にペチペチと激しく私の頭部を叩き始めた。どしたのミュラ、お母さんの頭はドラムではなくってよ! 随分と派手にハードビートを刻むじゃないの! ロックな生き様ね!
そんな荒ぶるミュラに視線が集まるなか、首を傾げながらエルザがミュラに問いかける。
「ミュラ。あなたまさか支配者の居場所が分かるの?」
エルザの問いかけに、ミュラはこくんと頷く。え、マジで?
ぴょこんと私から飛び降り、ミュラは『支配地勢力図』の銅色の一点を指さし、続いて室内である方角を指示する。
「え、なんでミュラにそんなことが分かるの? ま、まさかウチの娘はとんでもない索敵チート能力の持ち主だったとか!? うおおおお! ミュラあああ! 可愛くて強くてその上にチート神能力保有者だなんて、あなたはなんて素晴らしいの!」
ミュラに向かって頬ずり頬ずり! ミュラもぎゅっと抱きしめ返してくる。うむ! これぞ美しき親子愛ね!
きゃっきゃとコミュニケーションを取り合う私たちに、エルザは難しそうな表情を浮かべてる。
「どうしてミュラにそんな能力があるの? 支配者の居場所を特定できる能力なんて、『魔選』のためだけに与えられたような能力だわ。ミュラ、あなたはオルカ化したあとでその能力を手に入れたの?」
エルザの問いかけに、ミュラはふるふると首を振る。
つまり、この力はミュラが最初から持っていたスキルってことになるのね。
「生まれながらに『魔選』を優位に進めるためのスキルを保有していただなんて……ミュラ、そのことは私たち以外の誰にも話しては駄目よ。いいわね?」
「ぬ? どうして?」
「そのスキルがどうしようもないほどに危険だからよ。次期魔王を狙う者にとって、そのスキルはあまりに強力過ぎる。支配地をしらみつぶしに探さずして、支配者のみを狙い撃ちし、支配地を次々に増やすことができるのよ? ミュラにその能力があると知れば、強者はこぞってミュラをあなたから奪おうとするわよ」
な、なんですと!? 私の可愛いミュラを攫うですって!?
そんなこと絶対に許さないわ! ミュラは私の娘として育てると決めたんだからね! これから先もずっとずっと一緒なんだから! どんな輩だろうとミュラは決して渡すものですか!
「誰が相手だろうとミュラは絶対渡さぬ! 命に代えてもこの娘は守るだからね!」
「ならばミュラを守れるように、しっかりと強くなって地盤を固めなきゃいけないわ。今回の『山王』討伐も、いうなればこれからを見据えた通過点よ。アヴェルトハイゼンを倒せなければ、これから先、ハーディンやイシュトス相手と対等に渡り合うなんて夢物語だもの」
うおおお! や、やる気が急激に漲ってきた!
アヴェルトハイゼンごとき倒せずして、ミュラの母親たる資格はないってことね! いいでしょう、覚悟しなさい『山王』! このオル子さんがギッタンギタンのボッコンボコンのメッタンメタンのシャッチシャチにしてくれる!
ヒレでシャドーボクシングをする横で、エルザさんがミュラを見つめながらぽつりと呟いた。
「真なる王に至るための能力を生まれながらに保有する……まるで次代の魔王になることを宿命づけられたような存在。ミュラ、あなたは……」
エルザの問いかけにミュラは答えることもなく、私にぎゅっとしがみついていた。
ぬ、どしたのミュラ? おねむ? お母さんもそろそろ眠気が来てるから、一緒に寝ましょうか!
おっと、寝る前にスイーツを頬張ることを忘れてはいけないわ! 寝る前の間食が最高の幸せなのよー!
「という訳で、飛竜の主を殺して支配地を奪い取ってくることにしたから。私の下につくかどうか、その答えは戻った後で聞かせて頂戴」
翌日の朝、私の元に訪れたライル君とラヴェル・ウイングの皆さんにアルバ火山への遠征についてご報告。
私の言葉に、ライル君は目を丸くして驚き、そして柔らかく笑う。
「それを僕たちにわざわざ伝えるのが実にあなたらしいですね、オルコ。討伐に向かうことを言わなければ、飛竜の襲来を恐れさせたまま無条件でラヴェル・ウイングを傘下に引き込むこともできたでしょうに」
「あら、私はこう考えているわよ? あなたたちの命を散々脅かした飛竜どもの頭を私の手で消し去れば、私の強さを示せるとともにあなたたちの心の鬱憤も解消されるでしょう? 沢山のラヴェル・ウイングを殺されたみたいだもの、私がついでにあなたたちの仲間の仇を討ってあげるわ。そうすればあなたたちも気持ちよく私の下につけるでしょう?」
「敵いませんね。それほどの力と想いを示されては、僕らはあなたという存在に酔いしれるしかできなくなる。もしよろしければ、僕らラヴェル・ウイングも討伐の旅に同行させてもらいたいと思うのですが」
「要らないわ。あなたたちの命を無駄に散らしたくない理由もあるのに、ついてこられては迷惑極まりないもの。それよりも、戻った時に良い返事が得られることを期待したいわね」
私の言葉に、ラウル君は大きく頷き、笑顔のままその場に膝をつく。
彼に倣うように、ラヴェル・ウイングの兵士さんたちが次々と私に対して膝をついて首を垂れる。
「約束しましょう。我らラヴェル・ウイングは、オルコの凱旋の際には必ずや忠誠を誓うと。正直なところ、現時点で誓いたくて仕方ないんですけどね」
「そんな茶目っ気満載の笑顔で言われてもね。ま、期待して待ってて頂戴。これから仕えることになる主がどれだけのものか、力を示すことで教えてあげるわ」
「ええ、無事のご帰還、心よりお待ちしていますよ。僕たちの主様」
だから早いってば。でもまあ、これでラヴェル・ウイングとの話はまとまったかな?
あとは私たちが『山王』アヴェルトハイゼンをぶっ倒せば、それでめでたしめでたしってことで! さあ、戦いの始まりよ!
「それでは行きましょうか。アルバ火山へ、我らが道を阻む愚か者どもを殺し尽してあげましょう!」
いざゆかん! ボス討伐クエストへ!
私の言葉を合図に、みんなが手分けして私の体に運搬用籠のロープを巻き付け始めた。しっかり固定しないとみんなを乗せた時に落ちちゃうかもしれないからね! きつめでよろしく!
そんな作業光景を眺めること数秒。ライル君が一言。
「あの、固定作業、お手伝いしましょうか?」
「……お願いするわ」
結局、ラヴェル・ウイングの皆さんにロープの固定作業をお願いしました。
格好いい女を常に演じ続けるというのも大変なのです。おほほのほ!




