51.駆け引きこそ恋愛の醍醐味よ、楽しまなきゃ勿体ないわ
お湯塗れになったライル君、何やらお話があるとのこと。
人の入浴中に闖入してきた狼藉はお湯に流して聞いてあげましょう。その前にっと。
「ササラ、館の中に戻りなさいな」
「え?」
ササラが驚いたような表情で私を見つめてくる。
私はいつでもタゲ取りスキル『レプン・カムイ』を発動できる準備をしたまま、理由を説明。
「これからラヴェル・ウイングの長と話をするけど、それがいつ話し合いから『殺し合い』に発展してもおかしくないでしょう? ササラを巻き込んで怪我をさせるわけにはいかないものね」
「……マジかよ」
いや、知らんけども!
わざわざ長が一人で乗り込んできたんだから、そういう可能性もあるかなって。オル子さんも日々エルザから教育されてるんですよ! てーおーがくですよ!
知らない人をホイホイ信じてついていかない! おやつを貰ってもいい人だと決めつけない! むふー、私ってば優秀ね!
私の話を聞いて、ササラはこくんと頷いて館へと戻っていった。
うむ、これで安心してライル君に対応できるわ。襲い掛かってきてもミュラと二人でボッコボコにしてくれる。
「僕としてはオルコと戦う気は微塵もないのですけどね」
「まだラヴェル・ウイングが降った訳でもないもの、私はあなたを信頼も信用もしてないからね。いざという時の備えは必要でしょう? 話を聞いてあげるだけ感謝してほしいものだわ」
「ああ、それなら心配ありませんよ。答えなんて最初から決まってます。僕たちは必ずオルコの傘下につくことになりますから」
あらま。なんかラヴェル・ウイングの長から早々に降伏宣言がきたんだけど。
でも、この子、昼の時には『長老たちと話し合うから時間をくれ』って言ってたわよね? 首を傾げる私と、つられて真似するミュラに笑みを浮かべながら、ライル君は理由を説明してくれた。
「ラヴェル・ウイングの総意で決めたという形が欲しかったのですよ。僕があの場で決めてしまうと、僕の独断専行として反発する者が出てくるかもしれないでしょう? ならば、話し合いをさせて、『オルコの手を取らなければ待つのは竜族による滅び』という現実を浸透させてやればいいのです。そうすれば頑固な老人たちもあなたを受け入れざるを得ないでしょうから」
「竜族による滅び?」
「オルコも昼に見たでしょう? このラヴァーレ渓谷を襲う飛竜の群れを。奴らは一月ほど前から、この地を毎日のように襲撃してくるのですよ。それも日に日に数を増やしてきて、僕たちラヴェル・ウイングの兵も随分と殺されました」
ああ、トカゲちゃんの群れね。経験値おいしゅうございました。
しかし、毎日のようにあれに襲われるなんて随分と激しい抗争になってるのね。
「竜族はどうしてラヴェル・ウイングを襲っているの? 竜族は魔物や人間には不干渉を貫いていると聞いていたのだけど」
「それは僕にも分かりません。ただ、『魔選』が始まったことと無関係ではないと思っています」
「竜族が支配地を広げて魔王の座を狙っているということ?」
「そうでなければ、ここまで飛竜がやってくる理由が考えられませんからね。飛竜が飛んでくるのは北東のアルバ火山の方角からで遥か北西の竜峰からではないのです」
ほむ。つまり、竜族がまず北東を占領地において、そこを拠点に竜を送ってきているってこと?
んー、でも『支配地勢力図』で竜族の領域はそんなに広がってたかな? 私は『支配地勢力図』を発動させ、宙に地図を浮かび上がらせる。
そして、ラヴァーレ渓谷付近の色をチェック。
「ラヴァーレ渓谷北東、およびその周辺が銅色に染まってるわね。だけど、竜峰は純白色、支配者は竜峰とは違うみたいよ?」
「それは何ですか? この大陸の地図のように見えますが」
「各地の支配者を色分けして表示されるスキル。私も14の支配地を持つ魔物だから、このスキルが使えるのよ」
「14、ですか? オルコ、あなたはそれほどの魔物なのですか? あなたはいったい」
「ああ、そう言えばちゃんと自己紹介してなかったわね――14の支配地を持つ、総合ランクAの『海王』オル子よ。私についてくれるなら、以後よろしくね」
むふー! 少年の唖然とした表情が心地いいー! 私のランクはAです! 凄い!? 凄い!?
テストで良い点を取った時のような優越感! その点数を妹に自慢する時の気持ちですよ!
『お姉ちゃん数学のテスト56点だったよ! 自己最高点更新よ!』と胸を張った時の妹の哀れみの目が忘れられないわ! なぜ哀れむ。そこは褒めなさいよ。
衝撃の真実を耳にし、ライル君はふっと笑って首を振る。
「人が悪いですね。それほどの存在だと知っていれば、一晩なんて時間を貰わずとも老人を説得できたでしょうに。『海王』といえば魔王に最も近い六王が一人、それでもオル子は魔王を目指さないのですか?」
「ないわよ。成り行きで海王だった奴を殺して手に入れただけの称号だし。それよりも、今は竜族のことよ。あなたのいうアルバ火山付近と竜峰の支配者は異なるようだけど」
「おかしいですね。アルバ火山から飛竜が飛んできているのは間違いないのですが……竜王ではなく、その配下に支配地を獲得させ、領地を広げているにしては、銅色の支配地が広過ぎます」
そうよね。これ、どう見ても10は超えているわよね。
竜の王様がそれほど信頼してるような腹心にでも支配地を広げさせているということかしら?
「何にせよ、これほど支配地を持つ竜族に狙われていたのでは、最早僕たちはオルコに縋るほかありませんね。オルコは私たちを傘下に加えた後も、他種族の魔物を勧誘していくのでしょう?」
「ええ、そのつもりだけど」
「ならば急いだ方がいいかもしれませんね。この飛竜たちは、アルバ火山を中心にどんどん支配地を広げているようですから。この勢いで走り続ければ、大陸北部は完全に竜族の支配下におかれてしまうでしょう」
むう、それはつまり魔王軍でも空王軍でもない、新たな勢力が台頭してくるということかしら。
それはオルカナティア的にどうなのかしら? むむむ、こういう難しいことはエルザがいないとちんぷんかんぷんなのよ。あとで話を持ち帰りましょう、そうしましょう。
「ところでオルコ、あなたは珍しい姿をしていますね。特別種の魔物なのですか?」
「唐突ね。私に興味があるのかしら?」
「ええ。飛竜たちを簡単に倒してのけるほどの力があり、『海王』として王の一角に成り上がるほどの力のある魔物、興味がないと言えば嘘になります。オルコは将来、『空王』をも超える魔物になるかもしれません」
「『空王』イシュトス? そういえば、空王はあなたたちと同じラヴェル・ウイングだったわね。でも、随分と前に追放されたとか」
「そうですね。あの馬鹿は禁忌に手を染めてしまい、種族の掟を破りました。だからこそ、僕が彼の代わりに長となってしまったわけですが。長とはラヴェル・ウイング内で一番の強者が務めるまとめ役、本来ならば彼がそうなってしかるべきでしたのに……本当にどうしようもない大馬鹿野郎です」
迷惑だとばかりにため息をつくラウル君。
なんだか随分とイシュトスのことになると饒舌ね。ま、まさかこの子、イシュトスにゾッコンなの!? ポチ丸、ライバルよ! ライバル出現よ!
「随分と気安げに語るけれど、あなたはイシュトスと知人なのかしら?」
「知人も何も、彼は僕の弟ですよ」
「へえ、弟ねえ……弟!?」
驚きのあまり、私は思わずラウル君を二度見してしまった。
これの弟ってことは、イシュトスも年齢足りません系美少年なの!? 威厳もくそもないわ! 空王のイメージぶっ壊れたわ!
「ああ、違いますよ。イシュトスは僕のような見た目はしていません。僕が幼い外見をしているのは、他ならぬあの大馬鹿のせいなのですけどね。おかげで、長でありながらみんなからはいつも子ども扱いで困っていますよ」
「外見がイシュトスのせいって、先ほどの禁忌どうこうといい、空王は何をしでかしてラヴェル・ウイングを追放されたのよ?」
「当時の長であったラヴェル・ウイングとその配下二百人を殺し、僕に成長阻害の呪いをかけて逃走しました。その長は僕たちの実父だったわけなんですけれど」
うおおい! そんな重過ぎる身内話をさらっと言うんじゃないよ! 反応に困るでしょ!?
というか、イシュトスって奴も何やらかしてくれてんの!? そりゃ追放もされるよ! 頭おかしいんじゃないの!?
「父や配下を殺したのは手っ取り早くレベルを上げるため、僕に呪いをかけたのは嫌がらせでしょうね。成長阻害をかけられ、レベルも上がらなくなった僕では強くなっていく彼を止められません。己の無力さを痛感させたかったのかなと思っています」
「いや、あなたどれだけ弟に嫌われてたのよ? 嫌がらせのレベルを超えてるでしょう」
「お恥ずかしい限りです。身内殺し、同種殺しはご法度ですので、弟は追放扱いとなったのですが、本人は気にしていないでしょうね。現に彼はその有り余る才能で『空王』まで上りつめました」
「なるほどね……読めたわ。つまり、あなたは私を使ってイシュトスに復讐を企んでいるのね? 父の敵であり、呪いを解くために私の力を利用してイシュトスを殺す、と」
「いえ、全く。父が死んだのは弟が強かったから魔物として仕方ないかなと思ってますし、この体も呪いのおかげで病気一つしませんのでそう悪くはないのかなと」
イシュトスもおかしいけど、ラウル君も相当おかしいんじゃないの!?
いや、でもルリカも父親殺されたときに似たようなこと言ってたし、魔物の世界では強者に殺されるのは弱肉強食で仕方ないって割り切れることなのかしら。
それでも、呪いを悪くないかもなんて言ってるこの子は絶対おかしいと思います。この兄弟、変よ。
「でも、そうですね。オルコがイシュトスを超えるほど強ければ、それはそれで面白いと思いませんか? オルコが『魔選』を勝ち抜き、イシュトスの野望であるところの魔王の座を奪った際のイシュトスの絶望する顔は是非見てみたいなあと思ったりはします」
天使みたいな笑顔でそんなどす黒い発言申されましても。黒い、黒過ぎるわよラウル君。
やっぱり似非天使は駄目ね! ウチのミュラの純真無垢な心を見習ってほしいわ! ミュラ、こういう大人になっちゃ駄目よ! あなただけは真っ直ぐでいて!
「拙いわね」
拙いそうです。ご飯がじゃないよ? 今日もルリカのご飯は最高だったわよ!
ラウル君とのお話を終え、みんなにさっきの話の内容を全部伝えると、エルザがしかめっ面。
「うむ、私もあの性格は凄く拙いと思うわ。ラウル君、あれは将来女の子を泣かせるタイプだわ。優しい笑顔と人当たりの裏側に吐き気を催すほどのどす黒さを秘めているッ! この恋愛百戦錬磨のオル子には見えているぞッ!」
「違うわよ。私が言っているのは、この銅色の支配地のほうよ」
そう言って、エルザは『支配地勢力図』をトントンと指さして告げる。
ラウル君との話に出てた、飛竜で襲いまくって手あたり次第に支配地を伸ばしているんだっけ。
「魔王軍と空王軍が近接して拮抗状態に陥ってるからこそ、オル子を王としたオルカナティアの発展が見えていた。けれど、こんなところに巨大勢力が出来てしまうのは、非常に拙いわ」
「そうなの?」
「この勢いのままに南下されてしまえば、あっという間にオルカナティア近隣まで支配されてしまうわ。魔王軍と空王軍の足踏みしている間に、支配地を獲得していこうにも、隣にそんな勢力が出来てしまえば、今度は私たちと新興勢力が全く同じ状況に陥ってしまうじゃない」
なるほど。つまり、今度は私たちが睨めっこしている間に、魔王軍か空王軍の勝者が私たちのやろうとしていたことを実行するかもしれないってことね。
「身動き取れなくなる前に、この勢力は何としても叩いておきたいわ」
「敵は竜族なのだろうか? 飛竜を従えている以上、何らかの関係はあるのだろうが」
「竜族ならば支配地の色が純白色になるのでは? この支配地は銅色ですが」
クレアとルリカの質問に、エルザは少し考える仕草をみせる。
「竜王に支配地を献上しない限り、純白色にはならない。つまり、竜王ではない配下がこれだけの支配地を抱え込んでいるのでしょう。こちらとしては好都合よ、竜族の頭を叩かずして、相当量の支配地を奪えるかもしれないわ」
「でも、不思議なのよね。竜族って『魔選』に関係ないんでしょ? 魔物じゃないから、どれだけ支配地を広げても、魔王になれないのよね? だったら支配地は竜の王様に渡してしまった方が奪われるリスクもないと思うんだけど」
「それは……」
私の質問に、エルザが言葉に詰まる。
そう、ずっと不思議だったのよ。魔選に参加資格のない彼らがラヴァーレ渓谷をはじめとした魔物の支配地を攻めることが。
魔物じゃないから、魔王にもなれないし、支配地をとっても魔物に命令権を持てないから魔物を兵士としても使えない。竜の住処を広げたいって理由なら分かるんだけど。
頭を悩ませる私たち、そんな空気を打開したのはミュラに腹を撫でまわされているポチ丸だった。
「簡単な話じゃねえか。竜どもが魔物の領地を支配しても命令権を持てねえ、魔選にも参加できねえなら、魔選に参加できる資格を持つ、竜についてる魔物に支配地を集めりゃいい。それが強者ならなおさらだ」
「ポチ丸、あなた心当たりがあるの?」
「あるぜ? 竜族とつながっていて、魔選に参加して勝ち残れる可能性がある魔物なんぞ奴しかいねえよ」
そう言って、ポチ丸はある魔物の名を断言した。
「元魔王アディム・クロイツに付き従った六王が一人――『山王』アヴェルトハイゼン。アディムが死に、魔王軍を離れハーディンではなく竜族についた『山王』の野郎なら、竜にとって都合の良い魔王になってくれるだろうよ」
『山王』アヴェルトハイゼン。告げられた六王の名に、私たちは静まり返る。
ところでポチ丸、ミュラに両手を掴まれ、ダンスを踊らされながらニヒルに決める自分の姿に疑問とかあったりしない?
オル子さん、山王さんよりもそこんところが気になって仕方ないんだけど。スマホ持ってたらカメラで待ち受け画像決定ものの案件よ?




