50.夜空に輝くあの星をみると、あなたとの思い出がよみがえるの
ライル君をはじめ、ラヴェル・ウイングの皆様が警戒されておりまする。
いきなり強い魔物がぼぼぼーんと五体も現れて、敵対してた連中をまとめて虐殺したんだもの。何が目的なんだろうって思いもするわよね。
少しでも選択肢を間違えば、一触即発バッドエンドってところかしら。
ヤンデレキャラを攻略するかのような綱渡り、これはもう頭脳派のエルザさんに説得をお願いするしかないわ。
さあエルザさん! 彼らの警戒を解きほぐし、穏便に話を進めて気持ちよく仲間になってもらえるよう、説得してくださいまし!
「ラヴェル・ウイングの力を欲しているわ。素直に私たちの傘下に下るならよし、拒否するなら戦闘にて実力行使させてもらうわ。支配地を有したまま協力するか、支配者を殺され服従するか、好きな方を選びなさい」
うおおおい!? なんでそんな物騒な説得しちゃってるの!?
ほら、ライル君が目を丸くしてビックリしちゃってるじゃないの! 出会っていきなり恭順か死かなんてバトル漫画の世界でもそうそうないわよ!
ただ、ライル君、肝が据わっているのか怯える素振りなんか微塵もみせない。
口元に手を運び、少し考えるような仕草をみせ、笑って問い返してきた。
「詳しいお話を伺いましょうか。あなたたちが何故僕たちの力を欲しているのか、そして仮に僕たちが恭順を選んだ際、仕えることになる魔物とは……いえ、これは訊ねるまでもありませんね」
そう言って、ライル君は私を見てニコリと笑う。
まあ美少年スマイル。あと十年ほど見た目に歳を重ねて出直してらっしゃい。
でも見つめられて悪い気はしないので、ヒレをぷいぷいと振って応えてあげた。むふー! オル子さんってば王者の風格! さながらパレードをする大統領のごとし!
「飛竜を倒していく姿を見ていましたが、その中でもあなたは飛び抜けて苛烈にして鮮烈、あまりにも圧倒的な存在感を放っていましたからね。お名前をお伺いしても?」
「オル子よ。ライルとか言ったかしら、なかなか良い目をしているじゃない」
「オルコ、ですか。良い響きですね」
んまあ、さりげなく名前を褒めて好感度アップだなんて、悪い男! 悪い男!
オル子の発音がちょっと変わってるけど、外人さんが日本人の名前を呼んだらイントネーション変わったりするし、気にするほどでもないか。
「強引にというのも嫌いではないけれど、身内に引き込むのだから穏便に話を進めたいというのが本音ね。できれば刃を交えずにあなたたちを私の手中に収めたいわ」
「オルコの強さは先ほどの戦いで十分過ぎるほど理解していますからね。僕も出来ることならば戦いは避けたいところですが、長としてそう簡単に頷けないのが辛いところです。あなたは僕らラヴェル・ウイングを従わせ、何をさせるつもりですか?」
何をさせるつもり、とな? それは勿論……え、何させるんだろう。
魔王軍が攻めてきたときに備えて、オルカナティアに人型の魔物を沢山引き込んで盛り上げていこうぜ! みたいな感じなんだけど、それ、そのまま伝えていいのかな。
『我が兵として命尽きるまで戦ってもらう!』とか、そんな格好いい理由がある訳じゃなくて、とにかく街に移住してもらいたいってのが第一なのよね。
うーん……まあいいや、そっくりそのまま伝えよっと。
「現在、私は国を造っていてね」
「国、ですか?」
「ええ、そうよ。人と魔物が共存する面白おかしい私の国よ。ただ、まだまだ国というには人数が物足りなくてね。そこでお前たちに望むことはただ一つ、我が国オルカナティアの住人として過ごしてもらいたいわ」
「魔物の造る国……すなわち、オルコは『魔王』を目指すということですか? 他の支配地を攻めるために、僕たちを使い捨ての兵士にすると?」
ライル君の目が鋭くなる。なに言ってるんでしょう、この子。
魔王なんて物騒なモン誰が目指すものですかっちゅーの。
「馬鹿らしいわ。『魔王』なんてなりたい奴がなればいい。目指してもいないもののために、どうして無駄な命を散らす必要があるのかしら? そんな下らないことに命を費やすよりも、国をより賑やかに発展させることに尽力してもらいたいところね」
「オルコは魔王を目指していないのですか? それほどの強さならば、支配地も当然所有しているのでしょう。『魔選』に勝ち抜く資格と資質を持ちながら、放棄するのですか?」
「だって興味ないんだもの。私がラヴェル・ウイングに戦いを強制するのは、私の国を簒奪しようとする塵芥どもから国民を守るときにお願いするくらいかしら。自衛のための戦いくらいはやってくれるでしょう?」
「それは当然ですが……」
「それにね、もし気に喰わない奴や邪魔な奴がいたとしても――誰かに頼るより私が直々に殺したほうが早いじゃない。私の道を邪魔する者は殺す、私の夢を阻害する者は殺す、私のモノを奪おうとする者は殺す。それらは私の役目であり、お前たちなんかに譲ってなんてあげないわよ?」
物騒なこと言っちゃったけど、正直な本音でござる。
一対一では飛竜に苦戦する普通の翼人さんをいっぱい派遣するより、私たちがびゅーんと空飛んで魔物を倒した方が早いし経験値も稼げるしずっといいじゃない!
だから、あなたたちをオルカナティアの外まで魔物倒して来いなんて言いませんよ。そういうつもりで話したら……ライル君、大笑い。なんでよ。
心行くまで笑い終えたのか、ライル君はにぱーっと天真爛漫の笑顔で口を開く。
「いや、面白いですね。オルコ、あなたは実に魔物らしく在りながら、それでいて魔物らしからぬ思考をするのですね。まるでちぐはぐ、魔物と別の何かが入り混じったような……そんな不思議な存在に思えてしまいます。オルコ、あなたは本当に魔物なのですか?」
「さあ、どうかしら。魔物かもしれないし、竜かもしれないし、はたまた人間かもしれないわね。それで、答えは聞かせてもらえるの? 私の下につくか否か」
さあ少年、君の答えを聞きましょう!
私の言葉に、ライル君は悪戯っ子のように笑って答えをくれた。
「僕としては頷きたいところですが、これはラヴェル・ウイングの未来を左右する話。里の長老たちとも話し合う必要がありますので、流石に今すぐこの場で意思決定という訳にはいきません。ですので、一晩ほど時間を頂けますか?」
「構わないわ。明日の朝まで待ってあげる。色よい回答を期待させてもらうわよ」
まあ、こんな大切なことを即座に決めると言うのも大変でしょうからね。
とりあえず、ラヴェル・ウイングとのファースト・コンタクトは成功かな? あとは納得してウチに来てくれればいいんだけどね。さてさて、どうなることやら。
大規模戦闘が繰り広げられた崖の上。そこに館を設置して、今夜は滞在することに。
館内からササラの造ってくれた岩風呂を外に運び、今日も楽しくお風呂ターイム。
ミュラと一緒にぬくぬく入浴。ちなみにお風呂仲間は未だに一人も増えません。
くそう、オルカナティアに公共浴場絶対作ってやるんだから、その時にみんなお風呂教に改宗させてくれる!
「しかし、こんな遠くに来てまで風呂って、呑気というか緊張感が皆無というか……」
私のお風呂の傍で腰を下ろし、ササラが溜め息をひとつ。
何をおっしゃる、お風呂は命の洗濯というではありませんか! これを味あわずして一日の終わりなど迎えられぬわ!
「それより、ラヴェル・ウイングとの交渉は上手くいったのかよ? 連中、オルカナティアに来てくれそうなのか?」
「んー、どうかなあ? 話を持ち帰るって言ってたから、今頃話し合いが白熱してるんじゃない? 良い返事もらえるといいなーって感じ」
「おいおい、そんな適当な……もし断られたらどうするんだ? ラヴェル・ウイングを攻めて無理矢理に支配地を奪い取って命令するのか?」
「いやあ、それはないかな。みんなが楽しく暮らしてるオルカナティアに、そんな反逆の火種を抱えた連中なんて混ぜたくないし。住みたくないなら諦めて別の魔物にアタックした方が得策じゃない?」
無理矢理オルカナティアに連れてっても、馴染めないんじゃねえ。
嫌々来られて街で問題起こされてもキャスが困るだろうし。
「魔物はラヴェル・ウイングだけじゃないしね。軽く脅しはしたけれど、嫌だと言われたら切り替えてさっさと退散しようかなってさっきエルザたちと話していたところ」
「お前、本当に変わってるよな。普通なら、ラヴェル・ウイングの支配者を殺して、逆らえないように命令をして使い捨ての配下にでもするんだろうに」
要らない要らない。ノーサンキュー。
そんな連中を兵士として使うなら、リナのゴーレム部隊で間に合ってますし。
まあ、駄目だったらトカゲ退治で良い経験値稼がせてもらったと前向きにとらえて次にいきましょう。次の魔物はどんな人型種族がいるのかなー。
「獣人型の魔物なんて素敵じゃない? モフモフしてて可愛い感じの、犬耳猫耳どんとこいって感じで。ふむ、犬耳クールな美少年ってのも最高じゃない! ご主人様に忠犬のごとく付き従う獣人、すごくいい! 執事!」
「忠犬みたいな奴ならクレアがいるし、犬ならポチ丸がいるじゃねえか」
「全然違うわよ! クレアは女の子だし、ポチ丸はギリギリ犬にカテゴライズされたブサカワな何かだもん! 私が欲しいのは、犬耳美少年執事なの! うおおお! こうしてはいられないわ! ラヴェル・ウイングは残念だったと諦めて、今すぐ次の魔物の生息地へと旅立ちましょう!」
「――ああ、それは困りますね。このまま去られてしまっては、僕たちとしても非常に非常に困ってしまいます。他の魔物に心移りする前に、まずはラヴェル・ウイングのことを見て頂けませんか?」
突然、空から聞こえてきた声に、私とササラは上空を見上げる。
すると、そこには白い翼を広げた美少年――ライル君が無邪気に笑って姿を現した。
そんな彼を見上げること数秒。ふうむ? 私は口にお湯を沢山含み、そして空のライル君めがけて容赦なく発射。
「う、うわあ!?」
私の口から放たれた強烈なお湯鉄砲を顔面から浴び、ライル君思いっきり地面に尻餅。
水も滴るいい美少年を見下ろしながら、私はふんぞり返って言い放つ。
「乙女の入浴をこんなにも堂々と覗くとは、なんて破廉恥な合法ショタなのかしら。オル子さんの妖艶な色気に目が眩んで、我慢できずにそんな蛮行に及んだのでしょう! このケダモノ! アザラシ!」
「えっと……え、乙女の入浴……? 妖艶な色気……? わぷっ!」
訊き返してきたのが何か凄くイラッとしたので、シャチ式お湯鉄砲の追撃入ります。
以前、領主と村長に入浴シーンを覗かれた気がするけれど、見た目が枯れ果てた老人と若者ではこっちの反応も別なのよ。乙女の敵をオル子さんは許しません! 天罰!
常にお前は全裸だから入浴を見られても恥ずかしくないだろって? 水着と下着くらい違うわ!
「す、すみませんっ。何やら気分を損ねてしまったようですが、許して頂けないでしょうか。僕はただ、オルコとお話がしたくてやってきただけなんです」
ぴゅっぴゅっとお湯を吹き続けていると、お湯塗れになったライル君の懇願に、私はお湯を口に含むのを止める。ほほう、話とな?
そして、口のお湯を浴槽に戻しながらキリッとした表情で問いただす。
「話、ね。いいわ、聞きましょう。ラヴェル・ウイングの長がわざわざ危険を覚悟のうえで一人ここまで来たんだもの、応じてあげるわ」
「オル子、格好つけてるとこ悪いんだけどさ……入浴したお湯を口に含んだり、そのお湯を口から浴槽に戻すって人としてどうなんだ? 俺、正直すっげえドン引きしてるんだけど」
ササラの突込みは全部聞こえない振りをしました。聞こえないったら聞こえません。
人じゃないから、魔物だからセーフ。人化して美少女令嬢になったらこういうことは絶対しないからノープロブレム。
仕方ないじゃない、覗きに罰を与えるにはこれが丁度よかったんだもん。わ、私は悪くねえ!




