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ex.3 クレア

 



 館の屋根に腰を下ろし、私は剣を見つめながら小さく溜息をつく。


 思い出されるのは、先日繰り広げられた竜族との戦い。

 主殿の剣として、仲間たちと共に巨大竜を打倒せんと戦い、勝利を収めたのだが、その内容が未だ私の心に影を落としてしまっていた。

 その理由は考えるまでもない。私の剣では、竜族の鱗に傷一つ負わせることが出来なかったためだ。


「汝の魂、その力を今ここに返還せん――戻れ、熊おこ剣」


 私の声に、熊おこ剣は光に包まれ、その姿を元の獣の姿へと戻る。

 熊おこ剣は、大きな体を私に摺り寄せてくる。その頭を撫でながら、私は声をかける。


「済まんな、大人しいお前を戦いに駆り出してしまって。もう少しだけ待ってくれ。戦いに適合する強き魂を持つ魔物に出会うまで、それまではお前の力を借りなければ私は主殿の力となれないのだから」

「ぐるる」


 熊おこ剣――ラグズ・ベアルは魔物として格が低く、また、元来の臆病な性格から魂としての強度は低い。

 魔物の魂の強さによって性能が変わる私のスキル、創造『剣』との相性はあまり良いとは言えない。だが、色々試してみるけれど他の魔物では熊おこ剣以下の剣しか生み出せていなかった。


 熊おこ剣の性能ランクはF。

 これ以上の性能の剣を生み出すためには、戦いに適した強き魂を持つ魔物を探し、『剣化』させなければいけない。

 しかし、今の私にその目途がついていない。

 スキルの特性上、総合ランクがE+以下の生物しか剣に変えられないのだが、E+以下で強き魂を持つ存在などそう出会えるものではないのだ。


「やはり、一度主殿やエルザにそのような存在に心当たりがないか相談してみるべきか……否、そのようなことできるものか。武器に関して主君や友に泣き言を言うなど、武人として耐え難い。さて、どうするべきか……」


 私はまた一つ溜息をつき、屋根の上からオルカナティアを一望した。

 先日仲間に加わったリナとゴーレムの力、そして主殿の下に集った人間やラグ・アースの協力によって、ここ数日で街が恐ろしい速度で発展していた。

 街中から聞こえてくる人々のにぎやかな声を耳にしながら、私は熊おこ剣に自慢げに語る。


「どうだ、熊おこ剣。この街の全てを統べるのが我が主殿なのだぞ。ラグ・アースたちを救い、竜をも打倒し、ついには一国の王として君臨された。私はそんな主殿に命を救われ、傍で戦えることを誇りに思っている」


 私もラグ・アースの皆と同じく、主殿に命を救ってもらった。

 記憶を失い、素性すら怪しい私を主殿は受け入れて下さった。自身が何者かも分からず、震えるしかできなかった私を主殿は手を握って包み込んで下さったのだ。


 掌を見つめ、私はゆっくりと拳を握りこむ。

 主殿の掌の温かさは今もなお我が手に焼き付いている。子どものように泣くしかできなかった私に、主殿は何の迷いもなく温もりを分け与えてくれた。

 その瞬間、何もなかった私に一つの想いが芽生えた。伽藍洞な私の唯一して絶対に譲れない願い――この命を、主殿の為に使うこと。

 主殿の為に武を振るい、主殿の心を満たすための一振りの剣となること。それが何もなかった私に生まれた、誰にも譲れぬ願いだった。


「だが、今の私では主殿の剣として足り得ない。誰より強く、慈悲深く、人魔を統べる王の中の王たる主殿の剣ならば竜鱗程度斬れずして何とする。主殿の、オルカナティアの剣として在るために、私は強くならなければならないのだ」


 先日の竜族との戦いでは、主殿とエルザ、ミュラ殿の攻撃に耐えられず巨竜は地に倒れ伏した。

 私が出来たのは時間を稼いだり隙を作るために牽制をしたりするだけ。

 主殿たちは大きな力だったと褒めてくれたが、それだけでは足りない。あまりにも足りなさすぎる。

 主殿へ与えられた恩を返すために、恩義に報いるためには、この程度の力では。

 熊おこ剣の頭を撫でて、私は大きく息をつく。


「ぐるう」

「お前が本当は戦いなど好まぬことは理解している。迷惑をかけるが、今しばしの猶予をくれ。お前とて、戦いよりも村の子どもたちと遊んでいた方が幸せだろうからな」


 並の魂である熊おこ剣にとって、戦いが負担となっているのは明白だった。

 魔剣にされ、敵を切り裂き続けるという環境に完全に適応できるほど、熊おこ剣は強くはない。剣化だけならば何も問題はないが、戦いとなれば話は変わる。

 だからこそ、一刻も早く新たな剣を見つける必要があるのだが。


 悩みが解消できぬまま、オルカナティアの街並みを眺めていると、屋根の縁から敬愛する主殿がひょっこりと顔を出した。もちろん、頭の上にはミュラ殿の姿もある。


「はあいクレア! 屋根の上で何してるの? もしかして敵が襲ってこないかの監視!? ううむ、私のクレアは剣士ではなく弓兵だった可能性が……?」

「残念ですが、弓の心得はありませんね……しばしの間、熊おこ剣と共に風に当たっておりました。主殿、私に何か御用でしょうか?」

「うむ! クレアは風と炎、どれが好きかしら!」

「風と炎ですか? あの、それはいったいどういう意味なのでしょうか」


 問いかけの意図が掴めず、私は頭を下げて説明を求めた。

 主殿は時々、私ごときでは理解できない深い内容の問いや言葉を発される。

 エルザやルリカが共にいる時ならば、彼女がその意味を教えてくれたり噛み砕いたりしてくれるのだが……悔しいけれど、今の私では主殿の心のすべてが理解できる域に達していないのだろう。

 志を共に、主殿のために命を捧げた二人に追いつくためにも、私は主殿のお心を知る努力を重ねる必要がある。そんな私に、主殿は笑って質問の意味を語って下さった。


「えとね、えとね、私ってばほら、王様になった訳じゃない!」

「そうですね。オルカナティアの国を束ねる誇り高き我が王に仕えられること、心より幸せに感じています」

「やっだー、そんな褒めちゃってえー! ふへへ! で、折角だからこれを機会に四天王を作ろうと思って!」

「……ええと、四天王、ですか?」


 王になったから、四天王を作る。どういう関係があるのだろうか。

 やはりまだまだ私ごときでは主殿の深慮を見通すことは叶わないらしい。だが、主殿がそうおっしゃる以上、とても大事なことなのだろう。


「うむ! 思ったのよ! 形はどうあれ魔物として王様になった以上、四天王を作るべきだと! ほら、四天王のトップに立つ奴って『うわ! なんか凄く強そう!』って思わない? 四天王なんて格好良すぎる配下を四人も揃えたボスだって知れば、他の魔物も『あいつやべえ!』って思うに違いないわ!」


 一度言葉を切って、主殿はビシッと掌を私に向けて言葉を強くする。


「そこでクレアにはその四天王の一員になってほしいのよ! 四天王とは王を支える最強無比の部下の代名詞だものね! 決して主人公のかませなどではないのよ!」

「なんと、そのような誉れ高い称号を私に与えて頂けると……」

「勿論よ! だってクレアは最高に頼りになる私の騎士様だもん! あなたにはこれから先も私を護ってもらうんだからね!」


 主殿の言葉に、胸が熱く震えるのを感じずにはいわれなかった。

 護る。私が、主殿を。私より遥かに強者である主殿から送られたその言葉の意味を理解できないほど私は愚鈍なつもりはない。

 つまり、主はこうおっしゃっているのだ。主殿を護れるくらい強くなれ、と。その期待を込めて、お前に四天王の称号を与えるのだと。


 敬愛する主にそのようなことを言われて、心が動じぬはずがない。燃え上がるこの胸の炎を鎮めることなど到底不可能。

 私は拳を痛いほど強く握りしめ、頭を下げて主に誓う。


「――すべては我が主の心のままに。必ずや主殿に相応しい剣となることを誓います」

「ええ! 全力で頼りにしてるからね! で、そういう訳で風と炎、クレアはどっちがいい? 水はルリカ、土はミュラで決定だから、あなたはその二つから選んで頂戴!」

「選べばよろしいのですね? そうですね……それでは、風を」


 主殿の望む道を阻む者、全てを蹴散らすほどに吹き荒れる猛き暴風となろう。

 私の選択に、主殿は『そうきたかー!』と楽し気に反応してくれた。


「私もイメージ的に風か炎かなって思ってたんだけどね! ではクレアは風に決定よ! むふふ、これでオルコーザ四天王のうち、三人が決まったわ! あとはエルザを説得して炎になってもらうだけ!」

「エルザが最後なのですか? 珍しいですね」

「そうなのよ! 昨日思いついて、即座にエルザに訊ねたんだけど、エルザってば『恥ずかしいから嫌よ』なんて言うのよ! オル子さんが一生懸命考えたのに酷くない!?」


 ああ、それは何というか、実にエルザらしい言葉だなと思う。

 恐らく、主殿の前で素直になり切れないという一面もあるのだろうが。


「だけど、他のみんなの了承はもらったもの! エルザだけ拒否なんてさせないわ! むっふー! エルザ、覚悟おし! あなたにはオルコーザ四天王筆頭、『炎のツンデレ』の二つ名を何が何でも与えるんだから! という訳で行ってくるわ!」

「ええ、主殿、どうかご武運を」

「おまかしこ!」


 逆立ちのような珍妙なポーズを取り、主殿は意気揚々と館内へと戻っていった。

 そんな主殿に私は思わず笑みを零す。いつでも元気に溢れたお方だと思う。喜怒哀楽をはっきり示し、その様は気持ちよさすら感じてしまう。

 主殿と話している内に、胸の中の靄はいつの間にか何処かへと飛んで行ってしまったようだ。


「また主殿から元気を分けてもらったな……四天王、か。称号に恥じぬよう、主殿を護れるだけの剣とならなければならんな。誰よりも強く、全てを切り裂く最強の一振りの剣に――」


 熊おこ剣を剣に戻し、私もまた館内へと戻る。

 主殿に送られた言葉のすべてが嬉し過ぎたのだろう。未だ私の胸は熱く燃え滾っているようだ。

 この熱を共有する意味でも、今は誰かと主殿との一連の話を語り聞かせたい気分だ。


 そんな欲求を胸に抱いて館を歩いていると、廊下を歩いてくる一匹の子犬の姿が見えた。

 泥だらけで白と茶色が混ざってしまっているすこぶる目つきの悪い子犬に、私は息をついて咎める。


「ポチ丸、駄目ではないか。泥だらけのままで館内をうろつくなど、ルリカに見られたら怒られるだけでは済まないだろう」

「あ? おお、クレアかよ。カハハッ! ばれなきゃいいんだよ! それより、聞いてくれよ! さっき、館の外でクユル・オオカブトの奴と一戦交えてよ、見事に叩きのめしてやったぜ! やっぱり闘争は最高だな! この喜びだけは死んでもなお忘れられねえわ!」


 嬉々として楽しそうに笑うポチ丸に私は溜息をつく。

 主殿が館内で飼育しているこのポチ丸は少々やんちゃなところがある。

 そして、なぜか人語を使いこなし、その在り方はまるで強者の魔物のような振る舞いさえみせる。

 武人としてなかなかに共感できる話ばかりするので、私としても聞いている分には面白いのだが、ただの無力な子犬が無茶ばかりするのは心配にもなるというものだ。

 私はポチ丸をひょいと抱え上げ、問答無用で連行することにする。


「おい、馬鹿、止めろ! てめえ、俺をどこに連れていくつもりだ!」

「無論、ルリカの元に決まっているだろう。ドロドロの状態で館内を歩き回り、床を泥まみれにしたことを謝罪しておけ。晩飯を抜かれたくはないだろう?」

「はっ、飯ぐらい自分で狩れるわ! 元Aランクの魔物は伊達じゃねえんだよ!」

「またそんな妄言を。その姿のどこにAランクの魔物の要素があるというのだ」

「今じゃねえよ、前世だよ! てめえ、まだ俺が元魔物だって信じてねえのかよ!? 俺は元海王で、オル子と本気で殺し合った仲だっつーの!」

「子犬が主殿と戦えるわけがなかろう。ほら、一緒に謝ってやるから大人しく来い」

「だから今の姿じゃなくて前世が……うおおお! 離しやがれ、くそがああああ!」


 じたばたと暴れまわる問題児を抱え、私はルリカの元へと向かうことにした。

 ポチ丸のことはさておき、主殿の力となるためにも、新たな剣を探さねばな。


 低ランクでありながら、激しい戦いをものともしない、戦場に飢えた強き魂を秘めた存在……か。

 そのような都合の良い相棒が、見つかればよいのだが……否、なんとしても見つけてみせる。

 全ては主殿の力となるために――竜をも魔王をも切り伏せ、敬愛する主を護る、最強の剣となるために。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] お誂え向きの子犬がおるやないかーい!
2022/10/11 08:01 れもんぷりん
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